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Burleigh Pottery (バーレイ・ポタリー)

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2017-02-23 Thu 21:50:28
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ジュエリー新シーズン立ち上げの多忙は収まってきたのだけれど、そして今年からは1月後半のアムス郊外出張がなくなったので、暇ができてるはず。 そうしたら、今度はまた別の・・・新しいプロジェクトを立ち上げようとしていて、また暇がなくなっている次第。
また、形になってきたら、標本箱にも詰め込みますよ。
そんなわけで、しばらく不定期更新に陥りそうな標本箱。今回も、イギリス陶磁器の町Stoke-on-Trent(ストーク・オン・トレント)からの続編で、Middleport / Burleigh Pottery(バーレィ/ミドルポート・ポタリー)のイメージを。

ここも、2014年、2016年と続けて訪れていて、今回は3度目。(標本箱は<このページ>と<このページ>に。)
2014年は、まだ正式に復興したミュージアムがオープンする前の取材仕事で、2016年はそのオープンした所を見てみたい・・・の予定が、ちょっと無謀な日帰り旅行だったので、帰りの列車に間に合うように、駆け抜けて見て回って、オープンしたカフェでゆっくりする時間がまるでなかった。今回は2泊したので、時間もたっぷり。再びゆっくり見て回ることができた。


Middleport Pottery
19世紀の工場を、そのまま保存した
ファサードとエントランス。

Museum - Middleport Pottery
エントランスを入ってすぐ左側、
以前のオフィスの部分が、現在は博物館になっている。

Museum - Middleport Pottery
このミュージアムの部分は、去年もダッシュで見て回った。

Museum - Middleport Pottery

Museum - Middleport Pottery
この部屋ではキャビネットが以前よりも整備されている。

Museum - Middleport Pottery
ここにはバーレィの歴代の製品が展示されている。
このキャビネットにはコメモラ(記念グッズ)。

Museum - Middleport Pottery
操業当時のまま(1930-40年頃)の様式で
保存されている重役室。

Museum - Middleport Pottery
上階に上がって、トランスファープリントの解説のエリア。

Museum - Middleport Pottery
ファクトリーの雰囲気を残して解説される展示が、
上手いな・・・と、やはり思う。

Burleigh shop - Middleport Pottery
上階でつながっている、エントランス右側の建物の中は、
アウトレットショップ。
この下階にもショップが続いている。

Burleigh shop - Middleport Pottery


Middleport Pottery
前回はまだ公開されていなかった、
窯の内部が、今では公開されている、
というので、敷地の奥へ向かう。

Middleport Pottery
窯に付随した作業室。

Middleport Pottery
窯の構造の解説。
こんな風に2重構造になっているとは知らなかった。

Middleport Pottery
両サイドに写っているのが窯の外側の壁の部分。
その中に、内壁が見える。

Middleport Pottery
内部では作業の様子をフィルムで解説。
映像の下に見える、耐火性の箱(Saggar /サガー)
日本語だと「匣鉢(こうばち)」と呼ぶらしい。
ここに乾燥させた製品を詰めて、
この内窯の内部に高く積み上げられる。

Middleport Pottery
窯の近くの部屋には、原型が保存されている。
ファクトリー・ツアーに参加すると、
この部屋も(多分)見学するのだろうけれど、
今回はカフェ目的で訪れて、
ツアーには参加しなかったので、
表から窓越しに覗き込む。

Middleport Pottery
南大阪のガラス・ビーズ製造工場によく出入りしていた私は、
こういう万国共通いかにも「工場」な感じが、
なんとも言えず懐かしい。

Middleport Pottery
敷地の奥は運河になっていて、
ここから燃料の石炭が供給されて、
ここから完成品が出荷されていった。
その昔の、デリバリー・ルート。
運河に出る手前、左側の建物にカフェができている。

Cafe - Middleport Pottery
壁にバーレイのモチーフが描かれて、
ティー・ポットのランプシェードのカフェ。

Cafe - Middleport Pottery
ランチ時間帯は、ほぼ満席。

Cafe - Middleport Pottery
ここでも、ストーク名物のオートケーキがあったけれど、
それを知らずに、スープで済ませてしまった。
周りの人が食べているのを見て「あれは何?」というので、
オートケーキのことを知って、
翌日ミュージアムのカフェで食べてみたのだった。
食器はもちろん、すべてバーレイ。

Cafe - Middleport Pottery
一通り見て回った後、再びカフェへ。
3時過ぎには、すっかり空いていた。

Cafe - Middleport Pottery
ヴィクトリア・スポンジ・ケーキで、まったりお茶時間。
旅行はゆったりに限る^^。

Cafe - Middleport Pottery
一時は廃業に追い込まれたバーレィが、
リヴァイヴァルしたのは、
伝統産業の保存に熱心な、チャールズ皇太子が
運営する「プリンスズ・トラスト」が、
ここを買い取ったから。
そう、バーレイの現社長は、皇太子、ということになる。
カフェの扉ガラスには、そのプリンスズ・トラストの
マークが記されている。



Middleport(Burleigh) Pottery
ミドルポート(バーレイ陶器)

Port Street, Burslem, Stoke-on-Trent, ST6 3PE

オープン:
ヴィジターセンター/カフェ: 毎日10am - 4pm
ショップ:月~土曜 9am - 5pm、日曜 10am - 4pm

地図:

ストーク・オン・トレント駅から一駅先の、
Longport(ロングポート)駅から徒歩12分。
または、ストーク・オン・トレント駅からタクシー。





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Emma Bridgewater Factory(エマ・ブリッジウォーター・ファクトリー)

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2017-02-12 Sun 15:54:48
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今回から、昨年の10月に訪れた、イギリスの陶磁器の町Stoke-on-Trent(ストーク・オン・トレント)のイメージを。
ストークは2014年(<このページ>から、3回のエントリー)、2015年(<このページ>から、2回)と、例年日帰りやら、一泊だけのミニ旅行で訪れている。
それというのも、21世紀の初頭には、完全に衰退して「死んでしまった」イギリスの歴史的窯陶業の町ストーク・オン・トレントが、アメリカ資本の流入や、文化遺産保護をライフワークにしている、チャールズ皇太子の援助などで、復興中、いわば「ルネッサンス」期を迎えつつある。その状況を実際に見てみたい、というので、陶器にも詳しい日本のアンティーク・ディーラーの友人が、イギリスに滞在するたびに、ミニ旅行に誘ってくれるから。
今回も、一段と規模の大きくなったWorld od Wedgwood (ウエッジウッド・センター)、Burleigh Pottery (バーレイ・ポタリー)など、定番を見て回る以外にも、一泊して2ヶ所新しい所にも見学に訪れた。
今回は、そのうちの一つ、Emma Bridgewater Factory(エマ・ブリッジウォーター・ファクトリー)のイメージを。
このブランド、ロンドンに2件ショップがあって、カラフルなイギリス・カントリーテイストで、イギリスはもとより世界各地に根強いファン層を持っている。近頃の60'sテイストもうまく取り入れて、相変わらずの人気ブランド。
1985年にエマ・ブリッジウォーターが設立したこのブランドは、ストークでは「ニュー・ウェーヴ」。いままで見てきた窯元と、スポンジ絵付けという、テクニークの違いもあって、新鮮な面白みのある見学だった。


Emma Bridgewater Factory
まずは、ファクトリーの外観。
工場自体は19世紀に遡る、窯元の一つを買い取って、
現在はこの直営工場で生産されている。
正面は、正規品のショップ。

Emma Bridgewater Factory
その前が中庭になっていて、気候のいい頃だと、
カフェテラスでお茶というのも和めそう。
ここはただの「工場」ではなくて、
ひとつの「ブランド」なので、
フレンドリーでカジュアルなデザインコンセプトが、
ショップや、カフェにも行き渡っていて、
なかなかオシャレ。

Factory Shop
カフェの隣はアウトレット・ショップ。
ここでは軽度のB品が、ディスカウントで販売されている。
素人目にはほとんどわからないものが多い。
なので、赤マーカーで、問題の箇所がティックされている。
それを見て、自分にとって問題なし、
かどうかを、判断できる。

申し込んでおいた工場見学ツアーは、
指定の時間に、ここの集合なので、
時間待ちの間、色々と見て回ることができる。

Emma Bridgewater Factory Tour
工場見学ツアーはまず、
モールド(型)を作るための型を作る、
というところから始まる。
モールドは石膏製で、奥に2機あるのが、
石膏の撹拌機。
モールドを作る型は、シリコン(だったと思う・・・)製。
赤茶色の箱型のものがそれ。

Emma Bridgewater Factory Tour
石膏型からマグが型どられて出てくる様子と、
その石膏型を作るための、シリコン型
(ここでは、ブルーのもの)の説明。

Emma Bridgewater Factory Tour
そのシリコン型の棚。

Emma Bridgewater Factory Tour
こちらは、石膏型の方の棚。

Emma Bridgewater Factory Tour
この機械は、粘土を混ぜて流し込み用の
液状にするためのもの。
1号機~3号機まであったと思う。
それぞれ、エマ・ブリッジウォーターの代表的な、
ドットパターンで飾られていて、機械まで愛らしい。

Emma Bridgewater Factory Tour
この液状粘土が、まるでタコ焼きでも作るかのように、
並べられた石膏型に、続々と注ぎ込まれていく。
右上では、熟練の職人さんが、
指で粘土の固まり具合をチェックしている。
石膏型が液状粘土の水分を吸収するので、
石膏型に接した部分から、粘土が固まっていく。
一定の厚みに達したところで、
まだ固まっていない中の液状粘土を、
注ぎだして、マグの形が作られる。
これをまた、半乾きに。
そこで、トップの部分の余分の粘土を取り除く。
(写真下の段の工程)

Emma Bridgewater Factory Tour
もう少し乾かせて、中の粘土が安定したところで、
石膏型から取り出す。

Emma Bridgewater Factory Tour
そしてまた、乾燥。

Emma Bridgewater Factory Tour
この段階では、まだ「バリ」がでているので、
次にこれをスムースにしていく。

Emma Bridgewater Factory Tour
水を使って、スポンジやナイフで削っていっている。

Emma Bridgewater Factory Tour
「モールド部」の生産ライン。

Emma Bridgewater Factory Tour
こちらは、ロクロをつかって成形する、
皿やボウルの部門。
ここでは、液状ではなくて、通常の粘土が使われる。
一定量が切り取られて、手前の黄色い台の方のロクロで、
粘土を平たいクレープ(というか、薄いお好み焼き)状にする。
それを奥の方の、皿の石膏内型の上に乗せて回転させ、
上からメタルのゲージが降りてきて、
外側の形を作り出す。

Emma Bridgewater Factory Tour
石膏内型に載せたまま、乾燥させる。

Emma Bridgewater Factory Tour
大型のボウルの微妙なカーヴは、
半乾きの状態からロクロにかけ、
ゲージと手作業の両方で。

この後、乾燥後、すべて素焼きの窯に入って、
ビスク生地になる。

Emma Bridgewater Factory Tour
ここからは「絵付け部」。
スタッフの年齢層がぐっと下がって、
若くてセンスの良さそうな、
アートスクール出身っぽいお嬢さん達で占められている。
左上はここで使うカラーの、顔料釉薬。
次にエマのデザインに準じて、スポンジ型を作る工程。
細かいヒートペンでスポンジを溶かして、
パターンを浮き上がらせる。
この過程で有毒ガスが出るので、
手元にバキューム機が設置されている。
そのスポンジを使って、指定のデザイン通りに絵付けされる。
右下では、絵付けの状態の検品。
欠けた部分を足したり、はみ出した部分を削ったりしている。

Emma Bridgewater Factory Tour
絵付けの終わったところ。
この後まだ「絵付け部」の見学は続くけれど、
次シーズンの製作部では撮影禁止なので、
写真はここまで。

Emma Bridgewater Factory Tour
これは「下絵付け」なので、
その上からクリアの釉薬を全体にかけて、
最終焼成されて、完成品となる。

この後、最初の写真の右に見える建物の、
「絵付けスタジオ」で、
エマ・ブリッジウォーターの素焼き型の上に
ヴィジターも好きなように絵付けができる・・・
というのに、当然のように吸い込まれていくのだった。

Decorating Studio
あまり見かけないハーフパイント・マグがあったので、
これに絵付けをすることにした。
次の予定があって、半日も描いていられないので、
スポンジ絵付けで、そそくさと済ますことに。

微かに期待してたんだけれど、
さすがにスポンジ型は
エマ・ブリッジウォーターのものではなくて
(それだと「モドキ」が簡単にできてしまう・・・)、
使われていないものばかり。

Decorating Studio
基本子供向けなので、
子供っぽいスポンジ型が多くて、
どんなのにするか迷ったけれど、
無難に花柄で。

マグ代とスタジオ代と送料を払って、
預けて帰ると、10日ぐらいで完成して送られてきた。

Fired Mug
出来上がり~。
毎日たっぷりのお茶で愛用中。

いろいろ楽しめる、充実の工場見学だった。




Emma Bridgewater Factory
(エマ・ブリッジウォーター・ファクトリー)


オープニング情報は、英文で<このページ
ファクトリー・ツアーは平日のみ。
ファクトリー・ツアー案内は英文で<このページ>。

地図:






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Le Château in "Period Living 2015-March" (インテリア誌「ペリオド・リヴィング」に掲載されたル・シャトー)

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2017-02-03 Fri 19:27:49
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遡ること2年前の記事で、何を今更・・・なんだけれど、やっとコピーが手に入ったので、今回はその話題を。
標本箱ではおなじみの、Pおじさんこと箱彫刻アーティスト、Peter Gabriëlse(ペーター・ガブリエルザ)の家、Le Château(ル・シャトー、またの名を、Danaさんや私の夏のホリデー・ホーム)が、イギリスのインテリア雑誌に掲載された。
この話は、2年前の2015年の4月頃に、おじさんから聞いていて、そのインテリア雑誌「ペリオド・リヴィング」を買いに走ったのだけれど、ニュース・エージェントに並んでいるのは(UKでは雑誌は本屋ではなくて、新聞と同様にニュース・エージェントで売られている)5月号で、立ち読みしてみても、それらしい記事は載っていない。なので、てっきり4月号の話かと思って、出版社から取り寄せたけれど、やっぱりそこにも載っていない。その後、ホリデーに出たりや何やかやで、すっかり忘れてしまっていた。
2年経って、先日友人が会社で古い雑誌を整理していて見つけたそうで、「これ、おじさんちじゃない?」と教えてくれた。
2015年3月号だったんだな・・・これが。 早速、再び出版社に問い合わせて、バックナンバーを入手した次第。
自称ペーター・ガブリエルザ・デジタル・ミュージアムのキュレーターなので、出版物も出来る限り入手して、デジタル資料に落とし込んで置くことにしている。
そして、この標本箱にも詰め込んでおくことに。


page1-2
長いカントリー・レーンの先に、ル・シャトーが。
18世紀のゲートのフレームのみが残されていたところに、
Pおじさんが堀を作った話などがキャプションに書かれている。
プシャー、雑誌デヴュー。
鉋(?)を調整しているおじさんを、
横からシリアスに覗き込んでいるのも、プシャー。

page3-4
どこかもっと静かな田舎に引っ越すつもりで、
オランダやベルギーで物件を探していて、
ノルマンディーは好きなエリアなんだけれど、
ちょっと遠すぎると思っていた。
ところが、フランスの不動産屋が送ってきた
ル・シャトーの写真を見て、内見に行くことにした。
という本文の話は続いて・・・、

page5-6
その日は、とりわけ雨で曇天の日だったにも関わらず、
入り口を入った瞬間に、ここを買うことに決めた。
という、おじさんの直感話。
(家を買うときって、確かにそうかもしれない。
私達も今のフラットを買った時に、
入った瞬間に「あ、ここだ。」とすぐに判った。)
不動産屋は、またもっと天気のいい日に再び内見
することを勧めてきたけれど、
もう見る必要もなくて、(当時のこととて)Faxでオファーして、
翌日にはもう、ル・シャトーを買ってしまっていた・・・。
実はその段階では、何をどうするつもりなのか、
設計のプランは、全くなかったのだそう。
何が気に入ったかというと、ル・シャトーのオーセンティックな
外観やレイアウトだったので、
生活に必要な、上階・下階のバスルームと、
キッチンだけを、新しいスタイルで付け加えて、
それ以外はできるだけ元の18世紀の状態に戻す様に
修復をしたという話。
買った時には20世紀前半のハリボテの壁や、
壁紙が入っていて、単純にそれらを、
どんどん取り除いていったら、
味わいのある18世紀の壁が下から出てきたのだそう。

page7-8
上階のベッドルームは夏用で、
下階のベッドルームは冬用なのだそう。
(おじさんはネコ科の生き物なので、
その時々の一番快適なところを探し当てて
寝床としている。)

-「ペリオド・リヴィング」2014年3月号より。-


「2年ぶりに手に入ったので、コピー送ろうか?」って
おじさんに尋ねたら、
「自分の作品が載ってないなら、いらん。」だそうです(笑)。






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Hatfield House Gardens(ハットフィールド・ハウスの庭)

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2017-01-22 Sun 08:00:00
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Hatfield House(ハットフィールド・ハウス)から、今回は本館を出て、ガーデンを散策・・・の話を。


Hatfield House
屋敷の正面に向かって右側には、
テューダー/ジャコビアン様式のノット・ガーデン。

Hatfield House
ノット・ガーデンというのは、
低く作られたbox hedge(ボックス・ヘッジ=セイヨウツゲの生け垣)の
幾何学的な区画の中に、バラやハーブを植え込んだもので、
中世以来の伝統的なガーデニング様式。
その奥に立つのがOld Palace(オールド・パレス)。

Hatfield House
中は天井の高い吹き抜けになっているけれど、
一部2階部分も作られている。

Hatfield House
その上階部分から、全体が見渡せるようになっている。
元々は、Bishop of Ely(イーリー司教)の所有する屋敷の一部で、
当時はBanqueting Hall(宴会用ホール)として使われていた。
一時は厩として使われたりで、荒廃していたそうだけれど
現在は貸しホールとして、
結婚式のレセプション等に使われているので、
本来の目的を取り戻したようだ。

Hatfield House
裏側から見ると、他にも司教館だった頃からの
名残の建造物が連なっている。

Hatfield House
このオールド・パレスの横に、
エリザベスI世の石彫レリーフがはめ込まれている。
ヘンリー8世が宗教改革の時に、この屋敷を司教から没収して、
子供たちの教育用の王宮とした。
なので、エリザベスI世も、メアリーI世やエドワード6世とともに、
ここで子供時代を過ごしている。
レリーフはメアリーI世が他界して、エリザベス即位のニュースが
届けられて、顧問たちと話し合うシーンということになっている。
もともと、ここにあるレリーフではなくて、1855年に火災にあった
Royal exchange(王立証券取引所)から、
そのフリーズがここに持ち込まれたものだそう。

Hatfield House
オールド・パレスとウェスト・ガーデンの間をつなぐ、
The Lime Walk(ライムの小道)

Hatfield House
その先のトピアリーの間から、
ウェスト・ガーデンの噴水が見える。

Hatfield House
そのウエスト・ガーデンの噴水。

Hatfield House
本館の西面が正面に見える。

Hatfield House
ウエスト・ガーデンの奥には、Woodland Garden
(ウッドランド・ガーデン)が広がっている。
森林浴中の配偶者氏。

Hatfield House
生け垣を隔てて、そのまた先は、並木道の続く平原。
このエリアには、ヴィジターはアクセス出来ないけれど、
ところどころ生け垣に、のぞき穴が設けられている。
ティーンエージャーっぽい鹿たちが、一列になって横切っていった。

この日は水曜日だったので、水曜日にのみ別料金で公開される、
イースト・ガーデンにも入ってみた。
この東側のウィングは、
現在でもソールズベリー侯の私邸として使われている一角。

Hatfield House
屋敷の登る階段横に集められた、ポット達。

Hatfield House
その階段の上の、マーキュリー像。

Hatfield House
並木道に沿って、ボーダー花壇が伸びている。

Hatfield House
その先のウッドランドのエリアに向かう途中、
ブランコになったソファで、しばしまったり。

Hatfield House
ウッドランドのエリアの奥には、
17世紀に作られた「New Pond(新池)」。
ローマ風の廃墟を模したFolly(フォリー)が、
池の端に佇む。

Hatfield House
そして、池の周りをぐるっと散策。
18世紀以降主流になる、English Landscape Garden
(イギリス式ランドスケープ・ガーデン)の
とても初期の例なんだと思う。

Hatfield House


Hatfield House
もう一度屋敷の近くに戻ってきて、
キッチン・ガーデン(ベジタブル・ガーデン)を覗く。

Hatfield House
最後は、キッチン・ガーデンのチャーミングな納屋。


Hatfield House(ハットフィールド・ハウス)
イースターから、9月末までオープン。
ヴィジター情報は英文で<このページ

地図:





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Hatfield House(ハットフィールド・ハウス)-2-

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2017-01-19 Thu 18:15:05
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今回もHatfield House(ハットフィールド・ハウス)から、引き続き。


Hatfield House
The King James Drawingroom(ジェームス王のドローイングルーム)
を順路通りに出ると、その次の部屋は一段と豪華な、
The Long Gallery(ロング・ギャラリー)
17世紀のお屋敷によく見られる、
長い廊下状の部屋で、ここに先祖代々の肖像画を架けたり、
キャビネットを並べて、お宝を保管していたりする。
天候の悪いイギリスで、冬の間はここをウロウロして運動する・・・、
というのが定説になっているけれど、真偽の程は定かでない。
あと、客人に先祖やお宝を見せびらかすための部屋、
という側面もある。

Hatfield House
ここは、とりわけ長い50m超えのギャラリー。
18世紀後半に、別の部屋だった両端の部屋との間の、
仕切壁をぶち抜いて、いま見られる柱を入れて、
この長さに拡張されたのだそう。

Hatfield House
その後19世紀前半に、2代ソールズベリー侯が、
ヴェネチアのインテリアからの影響で、
白漆喰レリーフだったここの天井を、
金に着彩させたのだそう。
そうすると・・・19世紀的な賑々しさが・・・。

Hatfield House
この一角は、手前(ドローイングルーム側)のぶち抜かれた部分。
窓がないので、たしかにぶち抜かれる前は、ただの暗い部屋だったかも。

Hatfield House
この一角の壁の中に埋め込まれた展示キャビネットに、
クリスタル・クオーツ彫りのお宝が展示されている。

Hatfield House
この一角にもう一つ独立した部屋があって、
The Chinese Bedroom(中国風ベッドルーム)と呼ばれている。
19世紀前半にシノワズリー(中国風)スタイルに改装されたもの。

Hatfield House
これは反対側の、ぶち抜かれた部屋部分。

Hatfield House
ロングギャラリーの中央、窓と反対側に、
また一つ凹んだ、部屋になっている一角がある。
The North Gallery(北ギャラリー)と呼ばれている。
ここはちょうどエントランス・ホールの上階にあたる場所で、
右の壁に開いている2つの窓から、
その下の吹き抜けになっている
マーブル・ホールが見下ろせるのだそう。

Hatfield House
順路の次は、The Winter Dining Room(冬のダイニングルーム)
と呼ばれる部屋。
ちょうどロング・ギャラリーの裏側、上のの北ギャラリーの左側にあたる。
元々はベッドルームとして作られていたものが、
18世紀後半にダイニング・ルームに転用された。

Hatfield House
この部屋を出ると、
The Adam & Eve Staircase(アダムとイヴの階段)。
ここは後で、下の階から見ることになる。
名前の由来は、元々ここに、アダムとイヴの絵画が
架けられていたからだそう。

Hatfield House
その次の部屋はThe Library (図書室)。
18世紀後半に、2つの部屋をぶち抜いて作られたもの。

Hatfield House
16世紀から現在に至る、1万冊以上の書籍が所蔵されている。

Hatfield House

Hatfield House
暖炉の上部は、17世紀初頭のベネチア製のモザイクで、
Robert Cecil (ロバート・セシル、第一代ソールズベリー伯)の肖像画。

Hatfield House
その後、階段を降りて、下から見た先程の、アダムとイヴの階段。
階段自体は17世紀のもので、
装飾的な彫りの施されたパネリングは、
これも19世紀前半に、2代ソールズベリー侯が導入したもの。

Hatfield House
1614年に聖別された、The Chapel(チャペル)。
1835年の火事で、この一角はダメージを受けたものの、
このチャペルだけは、屋根裏の鉛の給水タンクが、
火災の熱で溶けて、消火して奇跡的に焼け残ったのだそう。
その後19世紀後半に改装されて、現在に至る。

Hatfield House
鮮やかな、ステンドグラス。

Hatfield House
次のエリアはThe Armoury(アーモリー=武具室)。

Hatfield House
なんだか、イギリスっぽくない構造と思ったら、
もともと、イタリア建築の影響を受けて設計された、
loggia(ロジア=片面が開いて、廊下状になった部屋)だったものを、
これまた、2代ソールズベリー侯が開口部を窓状にうめて、
大理石を床に張り「屋内」にしたもの。

Hatfield House
ヴィジターの入れない奥の部分で、
衝立に隠されて、卓球台があるのがちょっと可笑しい。
ここ、エクササイズ室にピッタリ。
ジムに使えそう(笑)。

Hatfield House
最後の部屋は、螺旋階段を地下に降りて、キッチン。

Hatfield House


Hatfield House
19世紀ヴィクトリアン期の状態で保存されている。
暖炉はオリジナルで、レンジ・オーヴンは失われていたので、
公開にあたりチェシャー城から、ヴィクトリア期のものが、
取り寄せられたのだそう。

Hatfield House
圧巻のヤカン達は、もともとここの屋敷のもの。
1846年にヴィクトリア女王が初めて来訪した折には、
フランスのシェフを筆頭に、
25人のスタッフがこのキッチンで働いていたとか。




次回は、ガーデンへと話は続きますよ。





Hatfield House(ハットフィールド・ハウス)
イースターから、9月末までオープン。
ヴィジター情報は英文で<このページ

地図:










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Hatfield House(ハットフィールド・ハウス)-1-

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2017-01-14 Sat 20:10:24
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また新年早々、今月のジュエリー制作ノルマが押してきて、標本箱更新遅れ気味だけど、ボチボチいきます。

今回から(多分3回になると思うけど)、昨年の9月に訪れたHatfield House(ハットフィールド・ハウス)のイメージを。
ここの説明はそのまま、Wiki.jpに丸投げしてしまう<このページ>。
ハートフォードシャー(Hertfordshire)というと、どこの田舎で、どれぐらい遠いのか・・・と思うけれど、実際にはロンドンを取り巻く外環M25を北に出た先は、ハートフォードシャー。なので、ロンドン北郊外といった感じ。屋敷同じHatfield(ハットフィールド)が、最寄りの駅の名前で、ロンドン・ターミナルのKing's Cross(キングス・クロス)駅から、鉄道でも23分。
遠い遠い昔、日本からホリデーで滞在している時に、一度訪れたことがある。その時はオールド・パレス(Wiki.jpではなぜだか「ビショップ館の一部」と表記されているけれど、これは通常オールド・パレスと呼ばれている)と庭を見にきていて、本館の方をなぜだか見ていなかった。公開されてなかったのか、閉館日だったのか、なんだか事情は覚えていないけれど。
近年歴史的建造物(特にインテリア)写真が趣味(?)なので、今回はちゃんと事前に調べて、チケットもNetで買って、本館を回ってから、オールド・パレスと庭、という優先順位で向かった。


Hatfield House
そのハットフィールド駅を出て、信号を渡ると、
目の前にある大きなゲート。
ここが歩行者用の入り口。
迷いようがないほど解りやすい。
ここから、敷地の中の道を400mほど歩くと、屋敷が見えてくる。

Hatfield House
本館は、17世紀ジャコビアン様式。

Hatfield House
本館に入る前に、途中にあるカフェ・ギフトショップ・エリアで、
燃料切れになりがちの配偶者氏に、まずはお茶させる。

Hatfield House
本館の入り口。
ジャコビアン様式というのは、エリザベス(テューダー)の次に来る様式で、
17世紀前半のジェームスI世の時代の様式のことで、
基本的にイギリスにおける、後期ルネッサンス様式。
入り口アーチの上の装飾文様は、
ルネッサンスを継承しているところに、
クラシカル(ギリシャ・ローマ的)な、
コラム(柱)が付け加えられるようになってくる。

Hatfield House
入り口を入って、すぐ左側、順路の最初は、
the Marble Hall(マーブル・ホール)。
いやもう、出だしから、内容が濃いし・・・(笑)。
このお見事なパネリングと天井に感嘆。

Hatfield House
で、入り口を振り返ってみたら、
このパネルも圧巻・・・。

Hatfield House
イギリスのパネリングはたいていが、
ハード・ウッドのオーク(樫)材。
一方コンチネントでは、ソフト・ウッドがよく使われている。

Hatfield House
これは19世紀のJoseph Nash(ジョセフ・ナッシュ)が描いた、
「グレート・ホール」以前はそう呼ばれていたのだろう。
(19世紀に描かれているけれど、
17世紀を想定して、17世紀のコスチュームで描かれている。)

Hatfield House
キャビネットを、シゲシゲ眺める配偶者氏。
このキャビネットの、木彫装飾もお見事。

Hatfield House
屋敷と同様ジャコビアン様式。

Hatfield House
エリザベスI世が子供時代を過ごしたことから、
エリザベスI世の肖像画が伝えられている。

Hatfield House
Attrib. Marcus Gheeraerts the Younger, 1600-1602
The Rinbow Portrait(虹の肖像画)と呼ばれる。
“Non sine sole iris”=“No rainbow without the sun”
=「太陽なくして、虹はない」の記述とともに、
虹を手にした姿で描かれている。
虹は「平和・和合」の象徴で、
「エリザベスI世(=太陽)の叡智が、平和をもたらす」の、
象徴とされている。
その他にも、様々なシンボリズム要素で埋め尽くされた絵画。

Hatfield House
次に、The Grand Staircase(大階段)へ。
この一角は階段下の、ちょっとコージーなエリア。

Hatfield House
階段の手すり装飾は、17世紀のものだそう。

Hatfield House
上階に上がって、このコテコテの天井は、19世紀のもの。
ヴィクトリア女王の来訪のために、付け加えられたものだそう。
なので、これはゴシック・リヴァイヴァル様式。

Hatfield House
順路にそっていくと、次はThe King James Drawingroom
(ジェームス王のドローイングルーム)

Hatfield House
ここにもエリザベスI世の、
The Ermine Portrait by William Segar (「アーミンのいるポートレート」)
右隣り下の絵は、詳細はわからないけれど、ヘンリー7世かと。

Hatfield House
タペストリー自体17世紀のものだろうけど、
ここではただのバックグラウンド。
その上に、ガンガン絵画が架けられている。
暖炉の上の、等身大の彫像はJames I(ジェームズI世)で、
王自身から贈られたものだそう。
暖炉の上にでも飾るしかないよね(笑)。

Hatfield House


Hatfield House
部屋はコテコテで濃厚だけれど、
窓辺の一角が、和める感じ。


次回も、続きますよ。





Hatfield House(ハットフィールド・ハウス)
イースターから、9月末までオープン。
ヴィジター情報は英文で<このページ

地図:















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Rye (ライ)の町。

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2017-01-04 Wed 08:00:00
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6日の12夜(=エピファニー)まで、どっぷりホリデー続行中のUK。
元日はいつでも何か作っている。今年も、クリスマスプレゼントにティータオルをカスタム・プリントしたサイトで、シルク・スカーフが作れることを発見して、元日からPCに張り付いて、デジタル・デザイン完成。 2日にオーダーして、早く届かないかな~と待っているところ。
そんなわけで今年もやっぱり、ワーキング・ホリデーだった。趣味と仕事の境目がないので、いつでも何か作っている・・・ということになってしまう。

標本箱の方は、去年の11月に撮影に訪れていたRye(ライ)の町のイメージを。
このライの町、町中に中世以来のハーフティンバーの建物が残っていたり、コブル・ストーン敷の通りがのこっていたり、フォトジェニックな町として有名。 インテリア撮影の翌日に、町も見て回ることにした。あいにくの曇天で、途中から雨になるし、町を半分見て回っただけで、退散してしまったけれど・・・。


Rye - Town
撮影に行っていたアレックスのショウルームから(その話は<このページ>に)、
コブル・ストーン敷のパッセージを抜けると、
ハイストリートの東端に出て来る。

Rye - Town
町は高台に建っていて、その昔は海に面していたとか。
流れ込む川が運んだ土が土地になって、
現在では、海から3kmほど内陸になっている。
この遥か先が海なんだけれど、ここからでは見えないな。

Rye - Town
ハイストリートを、西に向かって歩き始める。

Rye - Town
17世紀前半に建てられた建物は、学校として使われていた。
現在はレコード・ショップが入っている。

Rye - Town
別の建物だけれど、17世紀的なるドア。

Rye - Town
ホテルのエントランス。

Rye - Town
ロンドンと違って、田舎の町では、
個人店舗が色々生き延びている。
ウィンドウを眺めているのも、楽しい。

Rye - Town
13世紀からイン(宿屋)として記録に残る「The Old Bell(ジ・オールド・ベル)」。
今も現役のパブ。
18世紀の密輸組織Hawkhurst Gang(ホークハースト・ギャング)が、
ここと、後に出てくる「マーメイド」を基地にしていて、
回転する戸棚とその先のトンネルで、
「マーメイド」と繋がっていたのだそう。

Rye - Town
その隣のコブルストーンのパッセージ。

Rye - Town
家と家の間の狭いパッセージ。
その先に小さなお店があったりする。

Rye - Town
パブ+インのウィンドウの、邪悪そうな(笑)ノーム達。

Rye - Town
カントリーサイド的なるティー・ルーム。

Rye - Town
このあたりで、ハイストリートの西の端。
通りの名前もThe Mint(ザ・ミント)と変わっている。
この通りが尽きたところで、
左のコブルストーンの坂道Mermaid Street(マーメイド・ストリート)の坂を登る。

Rye - Town
多分この通りが、ライの中でも一番フォトジェニックだと思う。

Rye - Town
観光絵葉書なんて、大抵この通りかと。

Rye - Town

Rye - Town

Rye - Town
これがマーメイド・イン。
酒造庫の記録は12世紀に遡る。
現在の建物の大半は、15世紀と16世紀に改築されたもの。
ここはまた、いろいろな幽霊が住んでいるのでも有名な所。
そのあたりの話は英文で<このページ>の後半に。

Rye - Town
ここがライのベストヴュー・ポイントの一つ。

Rye - Town

Rye - Town
坂を登りきったところに、St Mary Church(聖マリア教会)。

Rye - Town
中を少し覗いて、

Rye - Town
小さなお店やティールームの並ぶ、
東側の道に出たら、雨が降り出した。

Rye - Town

Rye - Town
風見のスターリング(ホシムクドリ)達。

Rye - Town
ティールームでゆっくりするほどの時間がなかったので、
そのまま、アレックスのショールームに戻って、
午後の追加の撮影に入ったのだった。
夏のいいお天気だったら、もっと楽しめるのにな・・・。



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Namur(ナミュール)の町。

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-12-10 Sat 15:57:43
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11月に滞在していたNamur(ナミュール)の町、3つのミュージアムの2つが、改装オープンの目処なしのまま閉まっていたり、教会が公開されてなかったりで、ちょっと不満~と以前に書いてたけれど、写真が仕上がったので、標本箱に詰め込んでみる。


Namur town
Royal Theatre of Namur (ナミュール王立劇場)は、
19世紀のエレガントな建物。

Namur town
アーチ越しに、ユネスコ世界遺産とかいう話の、
ベルフライ(鐘楼)が覗いている。

Namur town

Namur town
以上は典型的なナミュールの町並み。
暗い目の色合いのレンガに、
グレイの(ちょっとスレートっぽいような)色合いの石造り。
ナミュールは石の産地だったそうで、
この石がどこにでもふんだんに使われている。
結果、町並みがちょっと陰気臭い・・・、
というのは、この11月の曇天のせいでもあるけれど。

Namur town
閉まっているどころか、使用されていない感じの教会。

Musée archéologique
川沿いの「考古学博物館」・・・入り口は開いていて、
小さなショップがあるようだったけど、博物館は閉まっている。

Musée des Arts Anciens
唯一開いていたMusée des Arts Anciens(古代美術館)。
ここの写真は、また次回に。
濃淡のナミュール石をふんだんに使った建物。

St Aubin's Cathedral, Namur
Cathédrale Saint-Aubain(聖オーバン大聖堂)。
ナミュールで、一番大きな教会。
なんだけど、最初開いていたのはサーヴィス(あれ、マスかな?)の時で、
基本サーヴィス中は撮影しないエチケットなので、
撮らなかったら、サーヴィス時以外は閉まってる。
ま、そんなに外の規模から思うほどデコラティヴでなかったから、いいか。
Google Mapに360°ヴューが載ってるし。
このページ

Église Saint-Loup, Namur
じゃ、次はここ、と思って向かった、Église Saint-Loup(聖ルー教会)。

Église Saint-Loup, Namur
鳩がなんだかカメラ目線。

Église Saint-Loup, Namur
扉が空いていたので、ホクホク中に入ると、
ガラスの扉があって、そここら見れるけれど、中には入れない。
ガラス越しに撮影。
「中に人がいるなら、ドンドン叩いて開けてもらえ!!」とは、
後で話したPおじさんの見解。
あー、私おじさんほど押しが強くないですよ、さすがに。

Église Saint-Loup, Namur
これがどうやらセンの司教だった聖ルー、御本尊。

Église Saint-Loup, Namur
パルピットの彫りも凝った、バロック。

Église Saint-Loup, Namur
天井の彫りが見事。

このナミュールの教会が閉まっているのと、
この小さな地方の町なのに、
やたらホームレスの人が町で小銭を乞っているのと、
関係してるのかな・・・とも思う。
ホームレスの人を援助するために、
教会があるんではないのかい、閉めてどうする(笑)。
なんだか奇妙な町。

Namur town
本屋さん。

Church of Saint-Jacques, now Scotch & Soda
アムステルダムのファッション・ブランド、
Scotch and Soda(スコッチ&ソーダ)が入っているのは、
Église Saint-Jacques(聖ヤコブ教会)。
使われなくなった教会を、アパートメントにしたり、
店やレストランにするのは、(基本的に宗教の絶滅しつつある)
ロンドンの得意のパターンだけど、カトリック・ゾーンのベルギーでも、
教会っていうものは絶滅に瀕する設備ということのよう。

Church of Saint-Jacques, now Scotch & Soda
で、中では教会装飾が保存されているので、
ここで初めて、まともに教会の中を見る(笑)。

Church of Saint-Jacques, now Scotch & Soda
パイプオルガンが残されている。

Namur town
霧がかかった日曜日、この日は丘の上の
Citadelle(シタデル=要塞)に登った。
右にかすかに写っているのがシタデル。
中央に見えるのは、シタデルからまだ奥に登った、
現在はレストランになっているシャトー。

Namur town
滞在していたアパートから、川沿いの遊歩道を歩いて来た。
この写真では紅葉した木の陰に隠れてしまっているけれど、
金色の鉢状の物体が、夜は特にライトアップされて、
浮かび上がっているのが、車の中から不思議に思っていた。

Searching for Utopia, Jan Fabre 2003
その正体はこれ。
黄金浦島太郎・・・っていうか・・・、

Searching for Utopia, Jan Fabre 2003
Searching for Utopia (ユートピア探求)と題された、
Jan Fabre (ヤン・ファーブル)2003年の彫刻。
近くで見るとなかなか良くできた作品なので
(コンテンポラリー度も低いし・・・笑)、
遠くから見たときほど異様感はない。

View from Citadel, Namur
旗が翻るあたりまで、登っていった。
真ん中で煙の出ている建物(病院)の、
ちょうど裏(左手)にあたるホリデー・アパートに滞在していた。

View from Citadel, Namur
上の写真からは右手の、街の中心部。

View from Citadel, Namur
そのまた右手、Sambre(サンブレ)川沿い。
中心やや右より、木の上に白くのっぺり見える屋根が、
Pおじさんの出展していた「Antica(アンティカ)」会場、
Namur Expo(ナミュール・エキスポ)。
アパートからはかなり離れているので、おじさんは車で、
私一人で向かう時はバスで通っていた。

View from Citadel, Namur
最後に川沿いの、一連のお屋敷。
19世紀北ヨーロッパ、まぜこぜ様式だけど、ステキかも。


多分この町は、夏に訪れたら風光明媚で、川辺のリゾートという感じで、気持ちいい町なんじゃないかな、と思う。冬に行くところじゃ全然ないってこと・・・(笑)。
その上、距離的にブラッセルからそんなに遠いわけじゃないのに(50km位)、鉄道で1時間以上かかる。本数が少ないし(一時間2本)ブラッセル圏に入ってから、市内をヘアピン状に大回りして、各駅停車で中央駅や(ユーロスターの)南駅に入るものだから、辛気臭いことこの上ない。
ついつい3月に滞在のMechelen(メヘレン)(←ブラッセルから20km、6-7分に一本の列車で30分以下)と比較してボヤきたくなる、が、Pおじさんの仕事ならしかたないよね。
Pおじさんの方、この地域で作品を展示するのは全く初めてで、メヘレンほどの売上には繋がらなかったけれど、ヴィジターの反響は良かったので、来年ももう一度だけ、ここのアンティカ展に出展してみて、今後の継続を判断するという結論に達したそうで・・・、だから、来年もまた、この暗いどんよりの11月に来ることになりそうです・・・ここ(笑)。




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Vitré(ヴィトレ)2― Brittany Drive (ブリタニー・ドライヴ)

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  • 2016-10-30 Sun 19:07:50
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時計を1時間遅らせて、UKは暗ーい冬時間突入。初日から・・・なんだか眠いのは気のせいだろうか?

今回は長々とひきずってきた夏のノルマンディー・ブリタニー話の最終回で、Vitre(ヴィトレ)の続編。
前回の中世以来の建物の残る町を散策して、通りかかった教会に入ってみた、ところから。


Église Notre-Dame de Vitré
今は駐車場になっている広場に面して建つ、
Église Notre-Dame de Vitré
(ヴィトレのノートルダム教会)は、ゴシック様式。

Église Notre-Dame de Vitré
そして、ドアが黄色い。
黄色・・・というのは今まで見たことがなかった。

Église Notre-Dame de Vitré
そして、サイドの翼廊のドアも、16世紀の彫に黄色。

Église Notre-Dame de Vitré
中は比較的シンプルで、石造りがむき出しになっている。

Église Notre-Dame de Vitré
入り口のパネリングがゴシック期の重厚なもの。

Église Notre-Dame de Vitré
翼廊の19世紀の祭壇を見たり、

Église Notre-Dame de Vitré
反対側の翼廊の、18世紀(かな?)の祭壇を撮影したりしていると、
Danaさんが呼びに来た。
おしゃべり上手なティエリー氏が、教会のスタッフの人と話していたら、
普段は関係者しか入れない、
控室を見せてもらえることになったということ。

で、急いでその部屋に向かう。

Église Notre-Dame de Vitré
天井やら壁に壁画が残っているのみならず・・・、

Église Notre-Dame de Vitré
壁一面のキャビネットに、このパネリング。

Église Notre-Dame de Vitré
建造当時のものとしたら、16世紀後半?
17世紀ごろのものかもしれない。

Église Notre-Dame de Vitré
窓際のレリーフ・パネルも味わい深い・・・。

Église Notre-Dame de Vitré
ズーム・イン。

Église Notre-Dame de Vitré
儀式の際の装束まで見せてもらった。
田舎の人は、みんな親切ー。
まったく、ありがとうございました、ですよ。

この後、教会前広場に面した、
愛想のいいおじさんのアイスクリーム屋で、
アイスクリームを立ち食い。これがまたとても美味しい‼
しかし、この時は、「ここでアイスクリームを食べる」
ということが後々、重要なポイントになるとは知る由もない・・・。

Vitré - street
ここから、辻々に飾られた聖母子を撮ったりしながら、
(あ、これは今回私たちの行きそこなった
Quimper/カンペールの町の焼き物)
ぶらぶら街歩きして、前回の古色豊かなハイストリートを抜けて、
Château de Vitré(ヴィトレ城)へと向かう。

Château de Vitré
11世紀からここに石造の城が建つのだけれど、
いかにもフランスの城・・・という感じで秀麗な
現在の建物は、16~17世紀に改造・補修・増築されたものだそう。

Château de Vitré
城にたなびくこの旗が、ブリタニーの旗。

Château de Vitré
bailey(ベイリー=城壁に囲まれた中庭のこと。
日本語で一般的にどう呼ぶのか不明。)に現在建つ建物は、
現在はヴィトレの町役場。
16世紀のペスト流行時には、ブリタニーの首都Rennes(レンヌ)から、
ブリタニー議会がここに移されていたのだそう。

Château de Vitré
その横に立つ、ルネサンス様式のチャペルの窓が美しい。

Château de Vitré
城のKeep(天守)にあたる部分が、
現在はミュージアムとして公開されているので、入ってみる。

Château de Vitré
まずは建造当時の、16世紀の断片が展示されている。

Château de Vitré
巨大な暖炉。

Château de Vitré
別の暖炉にあった、暖炉の奥を飾る鋳物のパネル、
Fireback=ファイヤーバックと呼ばれるもの。
15世紀ごろから暖炉の裏の壁を保護するため、
また、ラジエーター効果で熱を備蓄して、
室内に反射するために使われ始めたもの。
紋章の入ったデコラティヴのものになっていった。
これは、同じ紋章のものをティエリー氏が持っているそうで、
写真を撮ろうとしていたけれど、ひどく暗い中に黒なので、
氏のカメラではフォーカスできず・・・ウチのカメラが代理撮影。

Château de Vitré
上階は18世紀のものの展示。

Château de Vitré
しかし暖炉飾りは、建造時の16世紀。
イギリスでいえばエリザベス1世女王の頃。
装飾や様式はよく似ているけれど、こちらの方が少し田舎風。

Château de Vitré
19世紀前半の展示室。

Château de Vitré
最後の部屋はチャペルからの(?)祭壇装飾の断片。
Pおじだったら買いたそう・・・(笑)。

Château de Vitré
私好みの聖遺物容器。

Château de Vitré
城壁からの眺めも堪能。


さて、城を見た後、そろそろ戻らないと、2時間パーキングチケットが切れるころ・・・なので、そのまま車を停めていた駅前駐車場に向かう。
駅前では、着いた時とうって変わって、食品を売るマーケットが立っている。そのにぎやかな感じに誘い込まれて、Danaさんと「ここで晩御飯買って帰ろうか、Pおじさんにお土産とか・・・。」と、のんきに話していたら、
T 「だから、車がなくなってるんだってば―‼」
と、前を歩くティエリー氏が振りかえって絶叫ー。
D+K 「げっ!?ここに停めてたんだっけー!?」
私たちはてっきり、そのまた奥に見える駐車場に停めていたものと勘違いしていたのだった。
T+D+K 「OMG‼ レッカられたよーっ‼」

とにかく、マーケットの前に建つ観光案内所に駆け込んで、仏語ネイティヴのティエリー氏が、どーしたもんだか相談をする。
どうやら、この駅前では今日は夕方のマーケット日で(マーケットは、一般的に朝なので、夕方マーケットということ自体、私たちの概念に入っていない)、その旨表示がされていたとのこと。
でも、私たちは誰も気づいてなくて(そもそも私は読めんし)、パーキングチケット機にはなんの表示もなく、ちゃんと2時間パーキングの料金も払えたから、2時間パーキングしたらこのザマ・・・。
「警察に行って、レッカー移動されたところから回収してください。5時で閉まるから急いで。」という感じで、アドヴァイスされる。
その警察というのは、途中入った教会の隣。かくして、また大急ぎで教会広場に戻る。

で、その警察に着いたときはすでに5時を過ぎていて・・・、完璧に閉まっている・・・Dahhhhh・・・sigh。
この敷地内に移動されたのかとも思うけれど、そんなような車はどこにも見かけないし、私たちの車も当然なし。
いやぁ~まいったなぁ~。明日警察が開くまでどうしようもないんかい・・・、つまり、今夜ヴィトレでもう一泊ってかい?着替えも化粧品も全部車の中なのに?そして、レッカー移動の罰金って法外じゃないのかー?などと一同青ざめる。

が、警察の隣にさっき食べたアイスクリーム屋があることに気が付く。
夕方なので早々に閉まっているのだが、人当たりの良さに自信ありのティエリー氏、そして親切そうなオヤジさんだったことを覚えているので、「すいませーん、助けてくださいー。」とドアを叩く。
出てきてくれたオヤジさんが、話を聞くなりケータイを取り出して、某ナンバーに即電話し話した後「10分で迎えに来るってよ。」とスマイル。 神に見えたわ(笑)。
想像だけど、警察の横で店を構えていたら、こんな「助けて~‼」な余所者がよくドアを叩くんじゃないのかな、で、時間外警察ホット・ラインがケータイに入っていると・・・。

親切なおじさんの言ったとおりに、10分もしないうちにパトカーに乗ったポリス2人組が、広場に登場。
早速、ヴィトレの町はずれにある、ポリスの駐車場に、ポリスのヴァンに乗せてもらって向かう・・・というか、連行される。
ここでもまた、ティエリー氏おしゃべり上手を発揮して「そんな表示、全く気が付かなかった」だの、「この子らは『マーケットで晩御飯買いましょう』とか言ってんですよー」とか、話しまくって、なんとなくポリスの人たちとも、フレンドリーな雰囲気が醸し出される。
罰金は100ユーロだったので、全員の失態ということで、3割決定。「高くついたポリス・タクシー」ということにする。


Our car was tow tracked...
疲れてキンチョーした挙句安心したせいか、
異様にハイになってきた私たち、
警察の駐車場に車を見たときはもうお祭り騒ぎ・・・。

Our car was tow tracked...
罰金のチェックを切ってて、なに、この一同の笑顔(笑)。

Our car was tow tracked...
Danaさん激ハイ図は「小さくっ‼」の
指導要綱に従ってこのサイズ。
この後、一同で記念撮影して(なんでやねん?)、
で、「Fougères(フジェー)経由でノルマンディーに帰るには、
どう行ったらいいですか?」と尋ねるティエリー氏。
田舎はポリスも親切で、
「じゃあ、分岐点まで先導しますね。」ということになり・・・、

The poilce car lead us to the direction to Fougères
こういうことに。
この間も、「実は刑務所に向かってたりして・・・」的な、
くだらない大笑いが入っているので、音声はカット。

Drive back from Bittany
夕日の中、無事ノルマンディーに帰り着いたのだった。

というところで、夏のノルマンディー・ブリタニー話は終わって、
次回は何とか、イギリスに話を戻したいもんです・・・。



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Vitré(ヴィトレ)1― Brittany Drive (ブリタニー・ドライヴ)

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-10-27 Thu 14:46:10
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3日間のブリタニー・ドライヴの最終日は、まず宿の近くの「美しい村」ベストXX入りをしているRochefort-en-Terre(ロシュフォー・アン・テレ)を見て回って、その後ノルマンディーに向かって帰る途中の、Vitré(ヴィトレ)の町に立ち寄ることにした。
観光激戦区の町や村は、夏のホリデートップシーズンなので、昼頃からのんびり駐車場に車を入れること、まず不可能。
Vitré(ヴィトレ)はドラーバー兼ガイド役のティエリー氏の推薦で、鉄道駅もあるそこそこ大きな町で、観光というよりか住んで働いている人の多い、「普通の町」。つまり、駐車場もいくつもあって、昼頃の駐車も問題なし。
それでいて城や教会、中世以来の古い建物がふんだんに残されているとのこと、そして都合よく、東側ノルマンディーへの帰りのルート上にある。
そんなわけで、「行こう、行こう‼」ということになった。この町Googleマップでいうと<ここ>にある。

まずは、駅前の駐車場に車を停めて、町を散策。

Vitré - street
中世以来の建物が、現役で使われているのは、
以前訪れたDinan(ディナン)と少し似た雰囲気。

Vitré - street

Vitré - street
この町にしたら、新しい方の18世紀の建物。

Vitré - street
可愛い窓辺は19世紀。

Vitré - street
市の関連の建物はルネッサンス様式。

Vitré - street
その門は、田舎風ルネッサンス(笑)。

Vitré - street
その窓。

Vitré - street
ルネサンス~バロックなバルコニー飾り。

Vitré - street
教会前の建物も、教会と同じような中世のもの。

Vitré - street
中世以来残されたような路地。

Vitré - street
このエリア、一度荒廃していたのが、
古い建物を忠実に修復再開発されているようで、
いくつかまだ工事中の建物あり。

Vitré - street
そして、これがハイストリート。
お店が古色豊かな建物に収まっている。

Vitré - street

Vitré - street
木造部分をイエロー・オーカーにペイントするのは、
この地域(?)独特。
ほかで例を見たことがないけれど、
次回掲載予定の教会のドアも、イエロー
にペイントされているのだった。

Vitré - street

Vitré - street
上階の痛んでいる建物も多い。
Danaさんと、建物を見上げるティエリー氏。

Vitré - street
あぁ、ここも修復待ちだ。

Vitré - street
後ろにもっと大きな建物が建っていて、
現在は廃墟になっているよう。
前の建物も、いろいろ継ぎ足されているのがわかる。

Vitré - street
16世紀建造(1512年かな?)。

Vitré - street
ハイストリートを抜けた先は・・・、

Vitré - street
ヴィトレ城で、ここからまた次回に話は続きますよ。




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Rochefort-en-Terre(ロシュフォー・アン・テレ)2― Brittany Drive (ブリタニー・ドライヴ)

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-10-24 Mon 15:00:00
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Stoke-on-Trentから、戻ってきましたー。
来週はRye(ライ)で1泊の撮影で、再来週はベルギーのNamur(ナミュール)に5泊、これは、撮影仕事は一日だけ(件のPおじさんのアートフェア会場記録撮影)で、4日は遊びというか、観光というか、ブラッセルのマーケットで仕入れ・・・というか。
その合間をぬって、標本箱もなんとか更新予定ですよ^^。

Rochefort-en-Terre(ロシュフォー・アン・テレ)の話の続きで、今回はここのシャトーと、教会のイメージを。


Château de Rochefort en Terre
高台になった石垣の城壁を上って、
現在は市の所有になっている、
Château de Rochefort-en-Terre(ロシュフォー・アン・テレ城)の
入り口がここ。
城の歴史は12世紀にさかのぼるけれど、
何度も戦乱で破壊されてきている。
このファサードが現存する一番古い部分の一つで、
15世紀末のものだそう。

Château de Rochefort en Terre
その、シャトーの部分。

Château de Rochefort en Terre

なんだかディティールは古そう(16-17世紀)に見えて、それにしてはフロア・プランが近代的?と思ったら、これは17世紀のシャトーが、フランス革命で破壊されて廃墟になっていたものを、フランス生まれの裕福なアメリカ人画家、 Alfred Klotz(アルフレッド・クロツ)が1903年にここを購入して、それから再構築されたもの。
石造のディティールは、実際に中世~ルネッサンス期のものが使われているけれど、必ずしもここの城で使われていたものだとは限らないのだとか。


Château de Rochefort en Terre
上の写真の窓の上の装飾は、ルネサンス様式で、
この窓の装飾はゴシック様式。
いずれにしても、こんな感じの装飾がつく建物は、
本来なら少なくとも3フロアあるはず。
けれど、ここは「屋敷」として設計されているので、
こじんまりした2フロアの設計になっている・・・ということ。

Château de Rochefort en Terre
この方が、住み心地はよさそうだけど(笑)。

Château de Rochefort en Terre
真ん中の井戸。

Château de Rochefort en Terre
ドアのフレームは、ゴシック教会から来たものかも。
ドア自体もゴシック期の彫が入っていて、
とてもいい味を出している。
フランス革命で、いろいろ建造物が破壊されたので、
19-20世紀初頭は、サルヴェージ(再使用)資材はきっと、
安価で転がっていたのだろうけれど、
現在なら、こういうのは高級アンティークということになる。

Château de Rochefort en Terre
もう一つのドア。

Château de Rochefort en Terre
窓飾りが、サイドに繋がりがなくて、
切って張り付けた感がすこしある(笑)。

夏の間内部も公開されているという情報も、
どこかで見たけれど、詳細が見つけ出せなかった。
この時はあまり時間がなかったので、
私たちは外だけを見て、素通り。

Château de Rochefort en Terre
敷地の先にチャペルがある。

Château de Rochefort en Terre
中は廃墟状態、外もこのように傷みが激しい。
なので、修復基金大募集中だった。

Château de Rochefort en Terre
庭の一角でぽつんと立つゲートは、
とても古そう(12-13世紀?)だけれど、
ここにのこされていたものか、
これもクロツ氏のコレクションなのかは不明。

この後、お城は、Google mapでいうと<ここ>。

この後は、通りかかった小さな教会
Our Lady of Tronchaye(トロンカイの聖母教会)
を覗いてみた。


外観をとっていないので、Google Streetで、
こんな感じ、というのを載せておく。
ここで、あー、前にカルヴァリーが建っているのに
気が付かなかった―・・・と後悔する。

Our Lady of Tronchaye, Rochefort-en-Terre, Brittany
中のゴシック・パネリング。
これは古そう・・・15世紀だろうか。

Our Lady of Tronchaye, Rochefort-en-Terre, Brittany
天使君をズームで。

Our Lady of Tronchaye, Rochefort-en-Terre, Brittany
入り口の上の彫刻パネルが見事だった。

Our Lady of Tronchaye, Rochefort-en-Terre, Brittany
石彫にプラスターを載せた上に着彩、かな。
18世紀後半か、19世紀なのかも。

Our Lady of Tronchaye, Rochefort-en-Terre, Brittany

Our Lady of Tronchaye, Rochefort-en-Terre, Brittany
この像は木彫にプラスターを載せて彩色しているものと。
乾燥してできたクラックが、
表面にも出ているので木地なのだろう。
この像やこの上の天使君の、
おおらかなおっとりした表情は18世紀の典型。

Our Lady of Tronchaye, Rochefort-en-Terre, Brittany
19世紀に入ると、このように、
ステレオタイプな美男美女の表情になる。

Our Lady of Tronchaye, Rochefort-en-Terre, Brittany
これも18世紀パネルのフレームは石彫、
アラバスターではないようだけれど、
もっとサクい感じのライムストーンのような石に見える。
彫像たちはこれも木彫。

Our Lady of Tronchaye, Rochefort-en-Terre, Brittany

Our Lady of Tronchaye, Rochefort-en-Terre, Brittany
メインの祭壇の装飾。
この下に・・・、

Our Lady of Tronchaye, Rochefort-en-Terre, Brittany
これがここの「ご神体」トロンカイの聖母。

伝説によると、10世紀のノルマン人の侵略時に、神父が聖母子像の建てられた木の洞に隠れて、略奪・殺害から逃れた。2世紀後同じ木の洞から羊飼いがこの木彫像の聖母子を見つけて、この聖母子にささげられた教会が建造されたのだという。
Tronchaye(トロンカイ)という語も、木の幹(Trunk=トランク)に由来するのだそう。
正面のゴシック・ファサードは15世紀建造のもの。


Our Lady of Tronchaye, Rochefort-en-Terre, Brittany
最後に18世紀の聖母子の祭壇画を。

次回は、ブリタニー・ドライヴで訪れた最後の町、Vitréのイメージを。



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Rochefort-en-Terre(ロシュフォー・アン・テレ)1― Brittany Drive (ブリタニー・ドライヴ)

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-10-20 Thu 09:00:00
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再び話はブリタニーへ。
今回はドライブ旅行の3日目の最終日、前々回のエントリーの最後に載せたステキなB&Bで朝をむかえて、コンチネンタル・スタイルの朝食後、ここの最寄りの村で「フランスの美しい村リスト」に入っているという、Rochefort-en-Terre(ロシュフォー・アン・テレ)の観光に向かった。


Rochefort-en-Terre
朝10時に宿を出発、10時過ぎにはすでに村の中心に到着。
まだまだ余裕の駐車スペースで楽勝。
私たちがここを後にした12時過ぎには、
駐車スペースを探す車から、血まなこで凝視されながら、
車出ししたのだった。

Rochefort-en-Terre
古い町並みがいい味を出しているところに、
美しい村賞2016年に選ばれた・・・か、何かで、
村中に花を飾って、観光ムードを盛り上げている。

Rochefort-en-Terre
タレット(建物に付随する小塔)の付いた建物も、
この村で著名なホテル、La Tour Du Lion(ライオン塔)で、
最初ここに泊まろうかと考えていたけれど、
水車B&Bの方も、ステキかつ経済的というので、そこにしてしまった。

Rochefort-en-Terre
そのライオン塔ホテルの窓。

Rochefort-en-Terre
その昔使われていた井戸。

Rochefort-en-Terre

Rochefort-en-Terre
これも昔の井戸。
その後ろの建物は、今は観光案内所。

Rochefort-en-Terre
内陸だけれど、温かいのかアガパンサスが満開。

Rochefort-en-Terre
窓にズームを入れてみたら、

Rochefort-en-Terre
1566年建造だとわかる。
450年現役で使われている建物。

Rochefort-en-Terre

Rochefort-en-Terre

Rochefort-en-Terre

Rochefort-en-Terre
ここは、ブロカンテのお店。

Rochefort-en-Terre

Rochefort-en-Terre

Rochefort-en-Terre

Rochefort-en-Terre

Rochefort-en-Terre

Rochefort-en-Terre
ブロカン屋の庭先をのぞき込んで撮ったけど、
残念ながらここの店は開いていなかった。

ブロカンテといえば・・・、
ハイストリートにある、かなり正統アンティークのお店を見に入って、
レリカリーを本当に買いそうになったけど、
残念なことにキャッシュの持ち合わせが少し足りなくて、
そしてそのお店がクレジットカードが使えなくて
(いまだにフランスではそういうこともある、キャッシュかチェックが主流)、
断念したものがこの下の写真。

Rochefort-en-Terre
あ~ぁ残念。
でも悔し紛れに「買わなくていいものだったんだ・・・。」ということにしている。
いいもん、自分で作るもん・・・(笑)。

Puppy at Rochefort-en-Terre
最後は、村で出会った、ムクムクの子犬君。
手足が巨大で、大きくなりそう―。

次回はこの村のお城と、教会をフィーチャーです。
というものの、明日から撮影出張で、
陶磁器の町ストーク・オン・トレントに行ってます。
またしばらく、不定期更新に陥りそう・・・だけど、また見に来てくださいね^^。



おまけの余談:

Preparation for SS2017 collection has been started.
2017春夏コレクション作りこみ進行中。
写真やる自分と、ジュエリー作る自分と2人欲しい・・・。


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Île-de-Bréhat(ブレア島)-2- Brittany Drive (ブリタニー・ドライヴ)

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-10-05 Wed 20:14:02
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ウチのPC3兄弟、オールインワンWindows 10 と、ラップトップWindows7が、そろって調整入院中。
なので、やりにくいなぁ・・・とかぼやきながら、タブレットWindows8.1君で、更新しているところ。
うーん、これもきっかけは、マイクロソフトがベータ・テストで問題が出ているにもかかわらず、Windows10の1周年アップデートを強行してしまったから。で、ウチのオールインワンWindows10は、毎日「アップデートできませんでした」のエラー・メッセージが出るトラブル組に陥ってしまった。
それ以外にも、ちょっと使い勝手のまずいスペックがあったので、まとめてエンジニアに調整してもらっている。
Windows 10のアップデートとは関係ないだろうに、3兄弟の下の2機ともに、アップデートエラーが起きるので、この子たちも順番にクリーン・アップ兼ねて、調整してもらうことにした。
というのも、レヴューがよくて、お手頃価格のエンジニアを見つけたからで、後は彼がグッジョブしてくれてることを祈るのみ。
まだ、Keep fingers crossedです。

さて、本題は夏のブレア島の話の後半を、今回も。

Île-de-Bréhat
おばさま宅は、コテージの並びの最後の家、
といっても、そこはアネックスで、
この時はおばさまのお嬢さん夫婦、
つまりティエリー氏のいとこカップルが滞在中。

Île-de-Bréhat
その横の門を入ると、その先にはまた可愛いコテージが現れる。

Île-de-Bréhat
ダイニングルームの先は庭が広がり、
その先には海が広がる、眺めのいい部屋。

Île-de-Bréhat
ブリタニー的なるパネリング。
その昔は棚ではなくて、その奥にキャビネットに入ったように
ベッドが作られていたのだそう。
どうやら、それがブリタニーのコテージの様式らしい。

Île-de-Bréhat
庭からの眺め。海風が気持ちいい。
庭はここだけではなくて・・・、

Île-de-Bréhat
切花・野菜畑を抜けて裏側に回ると、

Île-de-Bréhat
また、別の海岸線の眺め。
つまりここは、島の端で180度を海岸線に囲まれていることになる。

Île-de-Bréhat
これが個人宅の海岸線・・・というのは、なんとも贅沢な環境。

Île-de-Bréhat
とてもチャーミングなおばさまと、後姿のティエリー氏、
そして、いとこカップルと、彼女たちの犬君(名前忘れた…)。
美味しいお茶と、ブリタニー名物バター・ビスケットをよばれて、
あまりゆっくりもできず・・・、魚釣りに出るいとこカップルと一緒に、
お家を後にして、島のミニ観光に向かう。

Île-de-Bréhat
途中まで犬君も一緒。
ボートに向かうカップルと別れた時に、
私たちも一緒にボートに行くものと思っていたらしい犬君、
「なんで?どこいくの?来ないの?」という感じで、
観光組の私たちが、さようならするのを、
しばらく残念そうに見送っていた。

Île-de-Bréhat
カップルと犬君がボートを出す、海岸線。

Île-de-Bréhat
観光の我々は島の中心部へ戻っていく。
途中見かけた、岩石にくっついて建つコテージ。

Eglise paroissiale Notre-Dame de Bonne-Nouvelle
Notre-Dame de Bonne-Nouvelle「善き知らせの聖母」と呼ばれる教会。

Eglise paroissiale Notre-Dame de Bonne-Nouvelle
印象的なカリオン。

Eglise paroissiale Notre-Dame de Bonne-Nouvelle
教会の中を覗いてみる。

Eglise paroissiale Notre-Dame de Bonne-Nouvelle
これがその「グッドニュース」の聖母さんのよう。

Eglise paroissiale Notre-Dame de Bonne-Nouvelle
正面祭壇の磔刑図。

Eglise paroissiale Notre-Dame de Bonne-Nouvelle
聖母さんと反対側の翼廊にかかる洗礼図。

Eglise paroissiale Notre-Dame de Bonne-Nouvelle
フォント( 洗礼盤)の収まる一角を区切った、
木製スピンドルのスクリーンが、とてもブリタニー的。

Île-de-Bréhat
教会を出て、その先のビーチが海水浴客で満載なのを横目で見つつ・・・、
実はもうそんなに、のんびりしていられない。
帰りに乗る予定のフェリーの時間が近づいてきている。

Île-de-Bréhat
午後の傾いてきた日差しの中を、フェリーのポートへ向かう。

Île-de-Bréhat
この先は、フェリーの着くポート。

Back to Mainland
これはもう、本土に戻ってきて、ブレア島を振り返って眺める。

Back to Mainland
最後に、駐車場近くの海岸の眺め。
この後は、こことパンポルの町の間にとっていたホテルにチェックイン。
パンポルまでまた車で出て、シーフードを堪能したのだった。

次回はドライブ2日目の話しに続きますよ。



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Île-de-Bréhat(ブレア島)-1- Brittany Drive (ブリタニー・ドライヴ)

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-10-02 Sun 11:47:18
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朝晩はすっかり冷え込んで、ヒーター入れ始めたロンドン。この季節が一番過ごしやすいかも。
標本箱は相変わらず、夏のブリタニーから戻ってきていない。
今回はブリタニー・ドライヴの第一目的地、Île-de-Bréhat(ブレア島)のイメージを。

モン・サン・ミッシェルが、ノルマンディーからブリタニーへの入り口で、そこから大西洋に突き出した、ブリタニーの半島の突端までが約400km。このブレア島はちょうどその中間位に位置している。
前々回のボーポール修道院から、Paimpol(パンポル)の町を通って更に北上すると、島へ渡るフェリーの乗り場に着く。
ブレア島の中では車は許可されていないので、本土のフェリー乗り場近くの駐車場に車を入れる。
島の住民も、駐車場は本土側に持っているのだそう。島の中で、唯一の「車」はトラクターで、バス代わりの観光トロリーを引っ張って走っているのを見かけた。あとは、ただただ歩くか自転車。(消防車や救急車は、あるんだろうかね?)
なので、フェリーも人と自転車用のもの。 


Drive to Île-de-Bréhat
ドライブの車の中から、ブレア島が見えてきた。
(最初に公開したときに載せていたた写真が。
ブレアではなくて、サン・リオム島だった・・・、
なので、キャプションに合わせて、写真を差し替えた。)

Brittany coast
駐車場から本土側の海岸線の眺め。
ブリタニーに入ると、海岸線が岩がちで、
複雑な風光明媚なものになる。

Waiting the ferry
フェリー乗り場のピアで、フェリーの到着待ち。

夏は基本的に1時間に一本<タイムテーブルは、仏語でこのページ>。
冬場は一日8便に減る。
最終フェリーも7-8時頃なので、夏場で明るい夕方に、
のんびりしていたら、フェリーを乗り逃しそうになったりもする。

Ferry to Île-de-Bréhat
フェリー到着。

Ferry to Île-de-Bréhat
夏場の観光トップシーズンは、一時間に一本では、
観光客を捌ききれないのか、2台のフェリーで運行。

Ferry to Île-de-Bréhat
フェリーの中は、こんな感じ。
写真を撮りたいので、船頭のデッキに座る。
航行時間は約10分。
これぐらいなら、多少揺れても船酔いしないうちに着いてしまうので、
船酔いしやすい私でも大丈夫^^。

Ferry to Île-de-Bréhat
本土側がどんどん遠くに。

Waiting the ferry
伝統的なスタイルのヨットが走る。

Île-de-Bréhat

Ferry to Île-de-Bréhat
島に近づいて来た。

Ferry to Île-de-Bréhat
島側のフェリー乗り場は、満潮時と干潮時で少し離れたところにある。
満潮だと島のメインの通りの先にあるピアだけれど、
私達が渡ったときは干潮時だったので、
離れた方のピアに着いた。

Île-de-Bréhat
そこからタラタラ、300mほどを海岸線の道を、
島のメインの通りに向かって歩く。

Île-de-Bréhat
ブリタニーにはこの先に、ピンクの岩の海岸線で有名な、
Ploumanac'h(プルマナック)があるけれど、
そこでなくても、なんとなく岩が赤っぽい。
それは石造りの建物にも現れていて、
建物がどことなくピンク(赤)っぽく感じられる。

Île-de-Bréhat
海岸線を見下ろす、ステキなお屋敷。

Île-de-Bréhat
島のメインの通り、Crech Kerio
(クレシュ・ケリオ←ケルト起源のブルトン語なので、地名はフランス語とは程遠い)
を登る観光トロリー・・・、を引くトラクター。
これが唯一の公共交通のよう。

Île-de-Bréhat
シャトー的な建物。

Île-de-Bréhat


Île-de-Bréhat
典型的なブリタニーのコテージ。
左右対称で、中央に入り口、両側に窓、
上にも左右対称にドーマー窓がついて、左右の端に煙突。

Île-de-Bréhat
そして、ブリタニーの海岸線はMicroclimate
(マイクロクライメート=微気候というのか、局地気候というのか、一部に限られた気候)。
温かいメキシコ湾流の真っ只中に突き出しているわけで、
緯度は高いのに、冬でも霜が降りない。
なので地中海地域の植物が自生できる。
典型的なのが、このアガパンサス。
ウチも鉢で育てたことがあるけれど、温室がないので冬越しできずに
(球根を引き上げて保存すればよかったんだろうけど・・・?)、
お亡くなりになりましたよ。
ブリタニーの本土側でもブレア島でも、
アガパンサスがモリモリ自生しているのには驚いた。

Île-de-Bréhat
ホリホックも大きく育っている。

Île-de-Bréhat
ここもブリタニー・コテージのフォーマットに完璧。

Île-de-Bréhat


Île-de-Bréhat
観光ルートとは離れて、
コテージの続く細い道にくねくね入っていって、
まずはティエリー氏の叔母さま宅で、お茶をよばれることに。

オマケ・ヴィデオはブレア島へのフェリーの様子。
上に載せた写真もいろいろ、スライドショーで入ってるんだけど・・・。


夏のブレア島、次回も続きますよ。







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Abbaye de Beauport-2 (ボーポール修道院-2)- Brittany Drive (ブリタニー・ドライヴ)

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-09-22 Thu 11:57:42
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また、プチ修羅場をのりこえていて、標本箱更新が止まっていたけど、第一弾プチ修羅場クリア。
明日また第二弾プチ修羅場があるので、ちょっとまだ不定期更新だけれど、夏のブリタニー話は続きますよ。(季節はすーーーっかり秋なんだけどね。)

Abbaye de Beauport (ボーポール修道院)のrefectory(レフェクトリー=食堂)だったエリアから。


Abbaye de Beauport, Brittany
この壁、というか・・・窓のエリアは、
頂点が丸いノルマン/ロマネスク様式の窓なので、
(先の尖ったゴシック窓より)古い時代のものではないかと思う・・・。

Abbaye de Beauport, Brittany
あちこちに建物と建物をつなぐ部分の石組みも残っていて、
そこに植物を植え込んでガーデン風に構成されている、ステキ空間。

Abbaye de Beauport, Brittany

Abbaye de Beauport, Brittany
旧レフェクトリーの廃墟を外側から見たところ。

Abbaye de Beauport, Brittany
手前に見える門柱から先(つまり立ち位置の後ろ側)が、
修道院の庭だった(というか、菜園、果樹園だったと思うけど)ところ。

Abbaye de Beauport, Brittany
果樹園とワイルドフラワー・ガーデンになっている。

Abbaye de Beauport, Brittany


Abbaye de Beauport, Brittany
Île Saint-Riom(サン・リオム島)が、庭園の先に見えている。
この島もかつては、この修道院の所領だったそう。

Abbaye de Beauport, Brittany


庭から引き返して、レセプションのある建物に戻る。
ここの上階で公開されている、19世紀のアパートメントを、時間決めのガイド・ツアーで見学した。
これは、1992年に保存団体に売却されて以来封印されていたアパートメントを、修復に先立って、現状のまま、残されていた品々とともに、現代アーティストのインスタレーションも加えて(これ、個人的にない方がずっといい・・・と思った、余計な企画)、公開するというエキジビション。
知らなかったのだけれど、幸運なことに、たまたま私達の訪れたのはオープンからの9日後だった。

この背景を少し。
フランス革命後、修道院が解散されて、敷地は3つに区画されて売却された。
1840年に、Melanie Morand(マルレーネ・モランド)と、夫のCount Napoleon Poninski(ナポレオン・ポランスキー伯)が、ここのアパートメントを購入して、ネオゴシック・スタイルに改装して、夏の別荘として使う。
後年、末裔が他の区画も購入して、修道院廃墟全体が一つの物件に戻された。
1992年に老朽化したまま売却されるまで、夏の住居として使われていて、壁は次々に貼られた壁紙がレイヤー状態になっている。
19世紀以来各時代に、キャビネットの中に残されていた備品が、今年2016年にすべて登録されて、今回の公開となった。


FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
左のレセプションの建物の隣にくっついている、
この建物の、上階がアパートメント。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
階段を上がって、エントランスへ。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
応接室、

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
の、見事な暖炉。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
ベッドルームの一つ。
なんというかこの、廃墟っぷりが、
Pおじさんの作品だとか、ル・シャトーを思わせるのだけれど・・・(笑)。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
これがその「掘り起こされた」レイヤーになった壁紙。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
白の漆喰壁が一番下。
その上にフレーム枠入風景画が繋がるパターンのもの。
(もう一つ上の写真が解りやすい)
これは・・・18世紀末か、
19世紀中頃のポランスキー伯夫妻の改装のときなのかな?
その上のイエローオーカーXダークレッドの方かな?
その上に、これは多分20世紀前半の頃の、アイリスの花柄が、
全体を覆っている。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
もう一つのベッドルーム。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
19世紀以来、残されていたものたち。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
バスルームのキャビネット。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany


FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
バスルーム。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
ドローイングルームか?。
暖炉は18世紀風。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
下地に張り込まれた新聞は1850年のもの、
なので、そのすぐ上のダークグリーンの残る壁紙が、
ポランスキー伯夫妻の改装のものかと。
その上にまたイエローオーカー系の壁紙がはいって、
表面は1950年代っぽい感じ。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
雰囲気あるけど、修復の必要が差し迫っている窓辺。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
バスルームを覗いたところ。
ここにはキッチンの痕跡が見当たらなかった。
もしかすると下階にあったのかもしれないけれど。
あるいは、フリー・スタンディングのプロパン・ガスの、
オーブン付コンロが使われていて、
それはもう取り除かれていた(?)のかも。
(アテンダントの学生君は、全く知らないようだった。)

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
キッチン物も残されているので、
きっとどこかがキッチンだったはず。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
1933年のラズベリー酒(シロップ???)と、レーベルに記入されている。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
ネオ・ゴシック・スタイルのダイニングルーム。
これはポランスキー伯夫妻の改装。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
ここの壁紙も見もの。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
多分一番下の風景パネルのものが19世紀中の改装のもの。
(う~ん、あんまりいい趣味とは思えないけど・・・笑。)
その上に、後年2レイヤー重ねられている。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
ふふふ、ちょっとキッチュ。
コンチネントは18世紀がスタイルの頂点で、
19世紀には(革命や動乱の影響かと思うけれど)スタイルがどんどん崩れていく。
Pおじさんやティエリー氏が18世紀愛好家なのは、そのせい。
イギリスはヴィクトリア時代が文化の頂点なので、
(それまでは、コンチネント模倣の田舎臭さがどことなく感じられるけど)
19世紀に比較的スタイリッシュで美的なものを、生み出しているのだった。

FLAT-WITNESSES exhibition - Abbaye de Beauport, Brittany
最後に、ダイニングルームのパネルのディティール。




Abbaye de Beauport
(ボーポール修道院)

Kérity, 22500 Paimpol, France

Map:




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Abbaye de Beauport-1 (ボーポール修道院-1)- Brittany Drive (ブリタニー・ドライヴ)

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  • 2016-09-15 Thu 15:20:36
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今回から、ノルマンディーのル・シャトーを離れて、ブリタニーへ。
のんびり何のイベントもなく、ル・シャトーに滞在していても、全くハッピーな私とDanaさんなんだけれど、Pおじさんの友人で、ドライヴ好きのティエリー氏に、昨年何回か日帰りドライヴ旅行に連れて行ってもらって、これもとても楽しかった。
なので、ドライヴだと行きやすいブリタニーに、2泊3日のミニ・ドライヴ旅行を、今年の春頃から計画したのだった。
昨年と同様、3シーターのPおじさんの車を借りて(ティエリー氏の車は2シーターなので)、ガソリン代・食費・宿泊費はすべてわたしとDanaさんのシェアで、ティエリー氏にはただただ運転していってもらう。で、ブリタニーに詳しいティエリー氏に、少し見どころガイドもしてもらおう・・・という段取り。

ドライブだと行きやすい・・・というものの、今回の最大の目的地は l'île de Bréhat(ブレア島)<ここ>。
なぜかというと、ティエリー氏が幼いころ住んでいて、今でもおばさんが夏の間住んでいる、氏がその島をぜひ案内したい、という経緯。
ブリタニーの西端・・・ではないけれど、西端に至る半分ぐらい行ったところ、ル・シャトーからでも200km近くの距離、日本でいうなら、東京-大阪間の半分ぐらい、この距離を突っ走って、その間にボーポール修道院を観光して、フェリーで島に渡って、おばさんのお宅で午後のお茶をいただいて、少し島を観光して、またフェリーで本土に戻って、ホテルにチェック・イン・・・という、後で考えたらかなりムボーなスケジュールだったかも。 
ティエリー氏はル・シャトー本館に前泊して準備万端、朝8時にはドライヴ旅行に出発。


まずは、ドライヴの写真から。

Drive to Brittany - day 1
今年は滞在期間を1週間ほど前倒しにしたこともあって、
また、7月最終週からずっと、北ヨーロッパ全域、
天気のいい暑い夏が続いていたこともあり、この日も快晴。
朝のうち出ていた雲も、どんどん晴れていった。

Drive to Brittany - day 1
白黒の乳牛達がまったりするのは、ノルマンディー。
(ブリタニーでは、薄茶の肉牛をよく見かけるようになる。)

Drive to Brittany - day 1
ル・シャトーからブリタニーに向かうD976に面して建つ、
Ducey(デュセイ)のChâteau des Montgommerry (シャトー・デ・モンゴメリー )
もう少しでモン・サン・ミシェルが見える。

Drive to Brittany - day 1
はるか彼方にモン・サン・ミシェル。
ここを過ぎると、ノルマンディーからブリタニーへ入ったことになる。

Drive to Brittany - day 1
道はN175からN176へ。
最近整備されたばかりのようなキレイな道を、
順調にどんどんかっ飛ばす。
(といっても、Pおじほど運転の荒っぽくない、
ティエリー氏は、慎重・安全運転、優良ドライバー。)

Drive to Brittany - day 1
「あ、海だ!!」と思うけれど、まだこれは河口。
Dinan(ディナン)を通って、St-Malo(サン・マロ)へと流れる、
La Rance(ランス川)を越える、橋の上の眺め。

Saint-Brieuc(サン・ブリアック)を過ぎたところで、
N12の幹線道路を降りて、D786に入っていく。

Drive to Brittany - day 1
港町Binic(ビニック)を過ぎる時に、初めて海が見える。
夏気分全開。

10時頃には、最初の目的地Abbaye de Beauport(ボーポール修道院)到着。
D786を北上していくと、右手にちらっと修道院の廃墟が見える<こんな感じ>。
ここはまだ入り口ではなくて、道路のサインに従って、
あと150m程先に進んだ<ここ>が入り口。
道に面したパーキングは、観光バス優先なので、
乗用車は、小道を右に折れた先のパーキングへ。

Abbaye de Beauport, Brittany
Abbaye de Beauport(ボーポール修道院)入り口からの眺め。


Wikiでも仏語の表記しかないのを、Google英訳して粗訳しているので、かなりいい加減だけれど、ここの背景は以下のようなもの。
13世紀初頭にアウグスティアン修道院として開設されたもので、15世紀の全盛期の後、16世紀以降政治的に王と対立して、次第に衰退して行った。フランス革命にともなって、1790年に宗教施設として閉鎖され、住居として売却される。
1992年に最後のオーナーが、敷地を海岸線保存団体(?)に売却、修道院の廃墟部分は保存修復され、文化遺産として公開されている。
住居の部分は、売却以来閉鎖されていたが、2016年に残された800アイテムの品々がリストアップされて、修復・保存以前の状態の住居部分とともに、限定公開されている。(この部分も見学したので、その話はまた後ほど。)


上の写真の正面のちゃんと屋根のかかった建物の一階に、
レセプションがあって、ここから入場する。
タイミングよく、この8月から公開されていた、住居部分というのは、
この建物の2階にあたる部分。

Abbaye de Beauport, Brittany

Abbaye de Beauport, Brittany
レセプション部分ロビーの一角にある、聖母子像。

Abbaye de Beauport, Brittany


Abbaye de Beauport, Brittany
レセプションの建物の右側の廃墟。
元々はここが聖堂の身廊部分だった。

Abbaye de Beauport, Brittany
中世の騎士とその妻の墓標が保存されている。

Abbaye de Beauport, Brittany
他にも18世紀(?)の墓標。

Abbaye de Beauport, Brittany


Abbaye de Beauport, Brittany
その隣の部分、ちょうどレセプションの建物の裏側は、クロイスター。

Abbaye de Beauport, Brittany

Abbaye de Beauport, Brittany
石造りではなくて、多分木造の回廊が設けられていたのだと思う。

Abbaye de Beauport, Brittany

Abbaye de Beauport, Brittany
クロイスターに面して、レセプションの建物の反対側に建つ、
Chapter House(チャプター・ハウス=議事室)、典型的なノルマン様式。
(イギリスではそういうけれど、ここブリタニーではなんというのか・・・?)

Abbaye de Beauport, Brittany

Abbaye de Beauport, Brittany
天井の飾り彫刻。


Abbaye de Beauport, Brittany
もう一度クロイスターに出て、refectory(レフェクトリー=食堂)に向かう、

Abbaye de Beauport, Brittany
ところで、ティエリー氏と、すれ違う。

Abbaye de Beauport, Brittany
その、レフェクトリーだったエリア。

と、いうところで、話は次回に続きますよ。




Abbaye de Beauport
(ボーポール修道院)

Kérity, 22500 Paimpol, France

Map:





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Bellême (ベレム)の町

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-09-12 Mon 09:00:00
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前回のアンティーク・フェアの話の続きで、今回はBellême (ベレム)の町のイメージを。


Bellême town
石畳に17-18世紀の町並み。
お天気がピーカン天気だったこともあり、
このあたりではもう窓のシャッターが、ノルマンディー風の
田舎風板戸ではなくて、ルーバー式になっているせいでもあり・・・、
どこか南仏風の雰囲気が漂う。
まぁ、パリに近いから、そしてパリの建物はルーバー式だから、
ということなんだろうけど・・・?
この写真の左に写っている建物は、アンティーク・ショップ。
フェアの後に立ち寄ってみた。

Bellême - brocante shop
開いてる、開いてる。

Bellême - bricante shop
店の中はファニチャーが中心の品揃えだけれど、
裏にコートヤードがあって・・・、

Bellême - bricante shop
雨ざらし・日晒しでいい感じにラスティックになった、
手頃なアイテムがいろいろ。
私はガラスのピッチャー、Pおじは作品材料になる戸板を仕入れ。
それと、ボロボロになった18世紀の椅子を、箱に本とともに詰めた、
一種のアート作品を購入。これはまた後ほど。

Bellême town

Bellême town
この一角に昔の城門が残っていて、
それを抜けた、向こう側にも古い町並みは続く。

Bellême - town
その先には、ヴィンテージ・インテリア系の雑貨屋さんと、ビストロ・バー。
日曜日に開いている店が少なくて、あまり選択の余地はなくて、
で、雰囲気もよかったので、ここでお茶をしたり、ランチを食べる。

At La Verticale, - Bar à Vin & Cave à Manger.
At La Verticale - Bar à Vin & Cave à Manger

At La Verticale, - Bar à Vin & Cave à Manger.
魚のタルタルステーキというのが、とても美味。

At La Verticale, - Bar à Vin & Cave à Manger.
Danaさんのiphoneで、フェアの会場ヴィデオを見ているPおぢ。

Bellême - town
向かいの雑貨屋さんを覗いたりして、町を少しぶらついてみる。

Bellême - town
これはフェアの会場になっている、元城郭の敷地からの眺め。
高台の町なので、見晴らしがいい。

Bellême town
町並み。

Bellême town
17世紀と思われる、古い建物のドーマー窓。

Bellême - town
Church of Saint-Sauveur(救世主教会)が見えたので、
中に入ってみた。

Église Saint-Sauveur de Bellême
15世紀の基盤に、17世紀に大幅に改装が加えられたもの、だそう。

Église Saint-Sauveur de Bellême
バロックな感じの主祭壇。

Église Saint-Sauveur de Bellême
壁画などは、19世紀に描かれたもののよう。

Église Saint-Sauveur de Bellême
チャペルの中のタブナクルの一つ。

Église Saint-Sauveur de Bellême
この聖母子も19世紀のタッチ。

Église Saint-Sauveur de Bellême
これはもう少し昔の感じ。
19世紀初頭か、18世紀末かな?

Église Saint-Sauveur de Bellême
最後にPおじさんの好きそうな、18世紀ネタ。

オマケ・ヴィデオはル・シャトーのアジサイ・バーン。
この中に、ベレムのアンティーク・ショップで入手した、
件の「箱詰め古椅子」のアート・ボックスが収まった。
おじさんの発案で、バレリーナのDanaさん登場。
そして、おじさんもちらっと登場。



次回から、話はノルマンディーを離れて、
ブリタニー・ドライヴ旅行へ。




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Bellême Brocante Fair (ベレムのアンティーク・フェア)

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-09-09 Fri 20:37:29
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しばらく激忙しい日々が続いて(新作納品のピークですわ・・・)、標本箱の更新が滞っていたけれど、ようやく復活。
今回はまだノルマンディーで、Pおじさんに連れて行ってもらった、アンティーク・フェアの話を。
会場はBellême(ベレム)という、ル・シャトーからパリ方面に100km近く行ったところにある町。
Pおじさんにしたら、歳のせいか100kmを運転していくのは、近頃は面倒なようで、行くか行かないかビミョーなところだったようだけれど、Danaさんと私が、さんざん庭仕事を手伝ったので、じゃあどこかに連れて行ってやろうかという気になったらしく、それなら、一同アンティーク・ブロカンテ好きなので、このフェアに行くことにした様子。

まずはその100kmのドライヴ。

Drive to Bellême
ベレムまで、2時間弱見ておいて、朝は8時半に出発。
まだ朝もやの残る中を、東へ走る。

Drive to Bellême

Drive to Bellême
なだらかな丘を走って、

Drive to Bellême
点在する町々を抜けて、

Drive to Bellême

Drive to Bellême
フランス的なる並木道を抜ける。

Drive to Bellême
丘の上にベレムの町が見えてきた。

Drive to Bellême
町へのアプローチの並木道。
これ、ノルマンディーではあまり見かけない。
パリに近づくと、そして南フランスではこんな感じに並木道を
よく見かけるように思う。

Bellême - town
目にとまったパーキングに車をうまく入れて、
さて、会場はどこかと、なんとなく人の流れについていくと・・・、
着いたところは日曜でも開いている人気のパン屋さん。
行列ができていた。
あー、パン屋さんに用事があるのじゃなくて・・・、
並んでる人にアンティーク・フェアはどこか尋ねて、
この道を上がって行くよう教えてもらう。

Bellême - town
坂を登って行く。
この街自体がステキな、どことなく南仏風の街だったので、
そのイメージをまた次回に。

Bellême Brocante Market
10時過ぎに会場に到着。
このフェア、正式には「Salon des Antiquités & Brocante」というもの。
年に一度この時期、8月最初の日曜日に催されている。
普段はもっと激安いジャンク・ショップのようなところから、
オブジェ材料を掘り出していることが多いのだけれど、
「ここのはちゃんとしたアンティークやぞ。」と、
Pおじさんから、事前にちょっと脅されていた。
が、恐れていたほどシキイの高いものではなくて、
色々なものが入り混じっている感じ。

Bellême Brocante Market

Bellême Brocante Market

Bellême Brocante Market

Bellême Brocante Market
ピーカン天気の日差しにガラスボトルがキレイに映えるブース、
に、Pおじさんが吸い込まれていくと思ったら、

Bellême Brocante Market
おじさんの目にとまったのは、左上のタブナクル。
鍵が見つからなくて、中が開けれなくなってしまっていたけれど、
解体して作品材料に使うおじさんには関係ない、その分値切って購入。
サイドのアーコーヴのブルーのテクスチャーがいい感じ。
来年ぐらい作品になってそう。

Bellême Brocante Market
この辺りで・・・、

Bellême Brocante Market
18世紀フリーメーソンのタイルが目に留まるも・・・、
1000ユーロ弱の価格に、考える余地無しで手が出ない。

Bellême Brocante Market
ここではオブジェの材料になりそうな、
シェルやらサンゴを購入。
近頃、キャビネット・オブ・キュリオシティーのトレンドで、
アンティーク業界で、博物誌系はじめ、シェル、サンゴもの大流行。
ついつられて手を出してしまう。

Bellême Brocante Market
ここのブースの・・・、

Bellême Brocante Market
このディスプレイなど、その典型。

Bellême Brocante Market
ここのキャビネットを覗き込んで、どこかで見たような・・・、
と思ったら、先日連れて行ってもらった、バニョールの町の、
ちょっとお高いアンティーク屋さんが、ここに出店しているのだった。

Bellême Brocante Market
ここでも、やっぱりちょっとお高い・・・。

Bellême Brocante Market
テントの中の展示。
手前のブースはヴィンテージを扱っていて、手頃な価格。

Bellême Brocante Market
カトリックの国のアンティークは、宗教ネタが多いので興味津々。

Bellême Brocante Market
その奥の建物の中にも展示は続く。
ここは、おじさんのお友達で、しばらくお店を持っていた間は、
Kotomiジュエリーも取り扱ってもらっていた、フランソワーズのブース。

Bellême Brocante Market


My bootie, so far.
ここのフェアは入場料2.5ユーロを払うと、
紙のテープを手首に巻きつけてくれて、
これをつけていると一日出入りは自由。
なので、一巡りしてブランチに向かう。
その後もう一度戻って来たのだけれど、
写真はその最初の前半戦の戦利品。
このあと、まだ小さなフレームやエングレーヴのグラスなどを購入。
一同戦利品を手にして、なかなか収穫のあったフェアで楽しめたのだった。

次回は、このベレムの町と、その教会のイメージを。
















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Le Chateau(ル・シャトー)2016 - DSLR(一眼レフ)バージョン

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-08-28 Sun 22:36:16
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この前は、ルシャトー滞在中にモバイル写真/ヴィデオで、Le Chateau(ル・シャトー)2016の標本箱を作ったけれど、今回は眼レフで撮った写真で、まだしつこく今年のル・シャトーを。


le Château, box artist Peter Gabrielse's home
ダイニング・ルームの、おじさんのPC机の前の飾り棚。

le Château, box artist Peter Gabrielse's home
窓辺のガラス瓶たち。

le Château, box artist Peter Gabrielse's home
ダイニング・テーブルの上の、オランダ型シャンデリア越しに。

le Château, box artist Peter Gabrielse's home
おじさんのPC机の奥は、おじさんのベッドルーム。
そのまた奥が図書室。

le Château, box artist Peter Gabrielse's home
図書室の窓際。

le Château, box artist Peter Gabrielse's home


le Château, box artist Peter Gabrielse's home
横の出入り口から入って、ダイニングルームに繋がる廊下部分。

Box artist, Peter Gabrielse's atelier
アトリエに入ると、箱の新作が進行中。
もうこの段階でたいがいステキなことに・・・。

Box artist, Peter Gabrielse's atelier
アトリエからエキジビション・ルームを見たところ。

Box artist, Peter Gabrielse's atelier
アトリエの窓辺。

Box artist, Peter Gabrielse's atelier
大量の小枝は、薪ストーブの焚き付け用。

Box artist, Peter Gabrielse's atelier
これは作品ではなくて、家具パーツを入れてあるキャビネット。

le Château, box artist Peter Gabrielse's home
倉庫で出番待ちのオーナメントたち。

le Château, box artist Peter Gabrielse's home
上階への階段部分のディスプレイ。

le Château, box artist Peter Gabrielse's home
もっさもさに伸びていたプラントが、ちんまり刈り込まれた。

le Château, box artist Peter Gabrielse's home
オランダのオークションで落札した18世紀絵画、
と、それを元ネタにした、私制作のパロディ版がその下に。
これは去年のクリスマスプレゼントだった。
そのいきさつは<このページに>。

le Château, box artist Peter Gabrielse's home
もう一つ、セラミック・ペイントのパロディ版。
これは一昨年のクリスマスプレゼント。
そのいきさつは<このページに>。

le Château, box artist Peter Gabrielse's home
2階の寝室。

le Château, box artist Peter Gabrielse's home


le Château, box artist Peter Gabrielse's home


Peter's stock room
2階のストック・ルーム

Peter's stock room
の、窓際に新しいディスプレイが。

Store Room - le Château, box artist Peter Gabrielse's home
ストックルームの奥の階段を、上がる。

Attic - le Château, box artist Peter Gabrielse's home
屋根裏のディスプレイ。

Attic - le Château, box artist Peter Gabrielse's home
屋根裏チャペルの一角。

この写真やら、モバイル・ヴィデオを切り張りして、
ル・シャトー2016年ヴィデオを編集してみたので、オマケ・ヴィデオ。



次回は、Kotomiジュエリーの秋冬新作のご案内を入れて、
またノルマンディーにもどりますよ^^。



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Le Chateau(ル・シャトー)2016

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-08-12 Fri 15:27:07
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再び、ノルマンディーから、ボックス・アーティスト、Peter Gabrielse(ペーター・ガブリエルザ)おじさんの屋敷、ル・シャトーの今年の様子を。

le Chateau _ living room
おじさんのダイニングルーム。
今年はここに、作業テーブルが侵入してきた。
このテーブルでは、この春にメヘレンで大量に入手した、
ギルト・レザーをパネルに張り込む作業台。

Peter's gilt leather collection
出来上がったものはこんな感じ。
ユトレヒトのアンティーク・ディーラーのお友達にも、
かなりの枚数が委託されていて、
これはアート作品というよりは、アンティークとして販売されている。
私も・・・多分、一枚買う予定。

le Chaterau, box artist Peter Gabrielse's home
Pおじさんのダイニング・ルーム。
モバイル・ヴィデオで画質はよくないけれど。
下手な写真より、臨場感がある感じで、ちょっとハマっている。

le chateau - library
おじさんのライブラリー。

Peter's exhibition room at le Chateau.
エキジビション・ルーム。

Box art by Peter Gabrielse
作品のミニチュアインテリアも、まるで部屋のように見える。

Peter's atelier in le Chateau
カヴァー・イメージを指定し忘れて、カヴァー写真がきれいでないけれど、
展示室からアトリエに入って行ったところ。

VID_206130110_141904
アトリエ内おじさんのカンバン。

le Chateau _ stock room.
ストックルームのコレクション達。

le Chateau _ stock room.
これも、材料ストック。

le Chateau, box artist Peter Gabrielse's home
2階のランディングの植物が育ちすぎて、
すっぱり散髪されてしまった。

VID_200330911_032002
階段を上階部分へ。

VID_190141115_175735
上階の寝室。

le Chateau, box artist Peter Gabrielse's home
別の角度で。

IMG_20160808_074518
奥の方の寝室。

IMG_20160804_174425
ドア越しのアングルで。

IMG_20160808_074228
2階の方のストック・ルーム、

IMG_20160808_174139
の、パネリング。

VID_200520205_005620
階段から、屋根裏部屋のチャペルへ。

le Chateau, box artist Peter Gabrielse's home
最後は、庭の池に浮かぶ、浮き球を。

ル・シャトー呑気暮らしも、後5日。
もしかしたら、もう一度標本箱更新もあるかも・・・だけれど、
なにかと慌ただしくなってきたら、次回はロンドンからの更新です。





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Sunbury Antiques Market (サンバリー・アンティーク・マーケット)にキングストンからバスで行く

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-07-12 Tue 16:34:51
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いや、ベルン歴史博物館の途中だったけれど、今朝Sunbury Antiques Market (サンバリー・アンティーク・マーケット)にキングストンからバスで行く、という裏ワザをやってみて、これが意外と行きやすかったので自分内覚書として、記しておくことに。

このマーケット、ウチから車だと近いのだけれど、公共交通を使っていくと、ウチSurbitonからKingstonにバスで出て、そこから30分に一本のShepperton(シェパートン)行き鉄道に乗り換えて、Kempton Park(ケンプトン・パーク)で下車というのが通常考えられるルート。
この駅がぎりぎりOysterゾーンの外なので、乗るのにいちいち切符を買う・・・そして乗り換えるというのが面倒で、行くときは、友人と一緒にウチからタクシー、がいつものパターンになっていた(帰りはゆるゆる鉄道で帰ってくる)。
おのずと、行くのはよっぽど探しているものがあるとき、日本からの友人が来た時ぐらいで、今やロンドンNo1と称されるこのマーケットに行くのは年に1-2回。 同じ西ロンドン・ローカルに住んでいるのに、アンティーク+ジャンク好きなのに、実にもったいない・・・。
ところが、ごく最近ここのサイトを見ていて、アンティーク・マーケットの日は、メイン・エントランス以外にも、裏口(ゲート6)からも入れることに気がついた。



これがゲート6入口。
歩行者はほとんどいなくて、車のヴィジター、
屋外出店者のヴァンが入ってくる入り口。


そして、このA308沿いに100mほど離れたところを、216番バスが20分に一本、Kingstonから走っている(Stains行、ルートは<このページ>)。
16ストップめのBramwell Closeが、ゲート6の最寄りのバスストップ。
KingstonのCromwell Road Bus Terminalから、06:25amの始発(その次は、06:45am)バスに乗っていったら、22-3分で到着<タイムテーブル>。
バスはHarfield Roadの方に左折して行くので(下りるバス停は左折してすぐ)、少し戻ってA308に戻りここを渡って、ゲート6 へ、歩いて約3分。ゲートを入ってからも左方向に約10分ぐらい(駐車場を横目に見て)歩くと、一番端っこのブースにたどり着く。


kempton bus route
地図で見るとこんな風。
鉄道で行くより、歩く距離は増える・・・。


帰りは鉄道にしようかと考えていたけれど、バスとタイミングが合いそうだったので、結局またバスで帰った。
帰りのバス・ストップはA308を渡らずに、もう少し戻って、Kenton Avenueのバス停から、Kingston行に乗る<タイム・テーブル>。バスだと、オイスターで乗れる。

列車だと15分程度で着くので、歩く距離とか考えると、結果的には、電車の方が便利なのだろうけど、まぁ、こんなルートもあり、という覚書でした。

ここからは、マーケットのイメージを、モバイル写真で。


IMG_20160712_065118309 copy
朝7時前、まだ荷物を下ろしているところ。

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
今回の目的は、主にオブジェ用の材料。
ただいまいろいろ製作中で、材料を使ってしまったので、
いつになることやらだけど、次回のために、ボトルを物色。

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
これは大きすぎるけど、光の具合がキレイだったので、
つい撮ってしまう。

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
レンズを見つけた。
これはメガネのレンズではなくて、多分、カメラなどの、
光学機器のレンズ。
なので、サイズが大きい。

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
瓶モノ、ガラスモノにどうしても目が行く。

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
鉄道駅の標識の、錆びたもの?
テクスチャーがクール。

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
これは現在制作されているもの?と思われるけど、
プリント付サイザルバッグを扉に使う発想が面白いー。

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
ハダカンボのソファ。
これはこれで、このままでクールかも。

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
大量の引き出し、だけ、フレーム無し。
箱として売られている。

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
草の中にミラー色々、が、シュールな感じ。

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
どんどんヴィジターも増えて来た。

屋内のマーケットに移動する前に、
ここの名物のB級グルメをひとつ。

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
ハム・チーズ・パイナップルのホット・サンド。
甘塩っぱい味が絶妙。


Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
メインホールの中には、ぎっしりスタンドが詰め込まれている。
屋内の方が、小物、高い目プライス。

Sunbury Antiques Market at Kempton Park Race Course.
もう一つシルバー・リングと呼ばれる建物があって、
その中にもスタンドが並ぶ。

全体をのんびり見て回って、3時間。
10時にはまたバスに乗って、キングストンに戻る。
久しぶりで、材料仕入れも出来て、収穫いろいろ。
夏の間は朝が明けるのも早いので、
またぜひ来てみようと思うのだった。



サンバリー・アンティークス・マーケット
(Sunbury Antiques Market)


毎月第2、最終火曜日 
6:30am~12:00pm頃(11時半ごろから、片付け始めるスタンド続出)
駐車・入場無料。







仕事机の上は、オブジェ制作まっただ中のカオス。









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Bern(ベルン)の街 -3-

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-06-30 Thu 20:38:50
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UKの政権政党・保守党の党首選考が一歩前進。(これは一般投票でなくて、党内投票で党首が決定。現政権は保守党政権なので、自動的に、首相ということになる。)
圧倒的支持率だった、元ロンドン市長ボリス(ジョンソン)は、支持層ロンドン市民の意図とは逆の、EU離脱キャンペーンの中核となって、人気激失墜。後方支援が確定していた司法相Michael Gove (マイケル・ゴーブ)に、「裏切り?」立候補されて、結果的に党首選考立候補を断念した。(それはそれで、この混乱の張本人が責任放棄、というので、批判続出。)
立候補は今日の正午締め切られ、内務大臣Theresa May(テリーザ・メイ)と、その司法相Michael Gove (マイケル・ゴーブ)が最有力で、この2人で最終党内投票に持ち込まれることほぼ確実。 ゴーブの策略もマル見えなので、現状なんとなーく、実務家テリーザ・メイ優勢の感あり。
「USA大統領がトランプになって、UK首相がボリスになった日には、この世の終わり・・・。」という冗談が出てたけど、まだこの世は続行ラインで進行中の様子。 9月9日に新党首=新首相が決定のスケジュール。
EU離脱の最初のプロセス、リスボン条約50条発動はこの新首相・政府が申請するという段取りになっているので、その間対EU,政界VS経済界の水面下の調整をするための、時間稼ぎ・・・というところが実情かな。

バブった経済的繁栄を維持、推進することが、実際の市民生活・文化を向上させているか、というと、けしてそうとはいえない、経済高騰の前に失ったものが多すぎるのが、ここ20-30年のUKの(そしてロンドンの)実情。
これを機に、立ち止まっても、後退してもかまわないから、本来のゆったり鷹揚なイギリス気質を取り戻せたらいいのにと思う。

政治の話はこれぐらいで(はぁ、いまだかつて、自分がこんなに政治関連ニュースを読んだことはなかったぞ・・・。)、標本箱はベルンの話の続きを。
4日間の滞在最終日に、天候もすっかり春らしくなったので、ホテルで貰った街の地図の、散策ルートの中の一つ、ベルンの街を取り巻くArre(アーレ川)沿い小道を歩いてみることにした。 


Bern - town
ハイストリートから、北へ道を折れると、
とたんに静かな住宅地に入っていく。

Bern - town
昔の給水場の先に、

Bern - town
これは、その昔の共同洗濯場だと思う。

そこから、川沿いの自動車道を渡り、
その先の遊歩道を、高台から川に向かって下りていく。

Aare River walk, Bern
Kornhausbrücke(コーンハウス・ブリッジ=穀物取引所橋・・・という意味かな?)
の下にUferweg橋と呼ばれる、歩行者用橋がかかっている。
ここで、アーレ川北側へ渡る。

Aare River walk, Bern
その先の川沿い遊歩道を右(東)に歩き始める。
ちょうど川沿いに降りてきたあたりの、
Kirche St. Peter und Paul(聖ペテロ・パウロ教会)が見えている。

Aare River walk, Bern
川沿いに並ぶ、いかにもスイス的な住宅。

Aare River walk, Bern
ウチは玄関ポーチが木造なだけなのに、
メンテナンス大変・・・と感じるけれど、
木造住宅って、どうやってメンテナンスしてるのだろうかね?

Aare River walk, Bern
ちょうど桜が満開。

Aare River walk, Bern
気になったのが・・・、この川沿いにびっしり生えている植物は、
どう見てもJapanese Knotweedイタドリ)。
これUKではペストの様に恐れられている。
19世紀に植物収集家が日本からUKに持ち込んだのだが、
日本のように害虫がいないので、レンガ造りの建物をぶち破って繁茂することに。
なので、これを見つけたら役所に届け出て、専門の駆除業者に依頼して、
処分するよう定められている。
あー・・・、スイスでは大丈夫なんだろうか?と、余計な心配をする。

Aare River walk, Bern
ノットウィードはともかく・・・、春の川辺は新鮮な息吹で、
キラキラしている。

Aare River walk, Bern

Aare River walk, Bern
街の北側の川沿いを散策して、街の東側、
Untertorbrücke(Untertor橋)の辺りまで歩いてきた。
その上にに見えるのは、丘の上側にかかる、
Nydeggbrücke(Nydegg橋)。

Aare River walk, Bern
Untertor橋のたもと。

Aare River walk, Bern
ここで丘の上側に登って行って、Nydegg橋の通りを渡る。

この先に、Bärengraben(クマ公園)が川沿いにあるので、
そこを通って行く。

Aare River walk, Bern
ベルンの紋章はクマ。
ベルンという街の名前自体「クマ」に由来している。
これは12世紀にこの町を創設した大公が、
この地域で狩りをして最初の獲物の名前を、町に冠することとして、
最初に仕留めたのが、熊だったという伝説から。
この公園には、現在カップルと娘の、3頭のクマ一家が暮らしている。
高台から川に向かって繋がるスロープを利用した、
かなり大きな自然のある敷地に、地下になった家部分もあって、
まずまず快適な生活環境と思われる。
その間を人間用の通路が通っている。

Aare River walk, Bern
3匹の見分けは全くつかなかったけど・・・。

Aare River walk, Bern
クマといえばハチミツなのだかどうかは知らないけど、
鉢も巣箱が別のエリアに設置されている。

Aare River walk, Bern
このクマ公園からのベルンの街の眺めが格別。

Aare River walk, Bern
クマ公園の通路の先で、もう一度坂を下って、
川沿いの北側よりもっと自然な、木々の間を歩く遊歩道を、
川にそって今度は西側に戻っていく。

Aare River walk, Bern


Aare River walk, Bern
この南側の遊歩道は水際が近い近い。

Aare River walk, Bern


Aare River walk, Bern
ここまで来ると、川沿い遊歩道の最後。
左端になにげにいるのは、配偶者氏。

Aare River walk, Bern
川の堰の上のレストラン・・・はちょっとポッシュそうだったので、入らずに・・・
(そう、ロンドンより物価高なので、入る店に注意がいるのだった。)
上に見えているKirchenfelsbrücke(Kirchenfels橋)をくぐって、
川沿いレベルのDalmazibrücke(Dalmazi橋)を渡り、
また前回のケーブルカーに乗って丘の上の街に戻り、
イタリアン・カフェにてランチ。

そのあとホテルに戻って荷物を引き上げ、
駅からジュネーヴ空港までの鉄道に乗って帰った。

この時に歩いたルート:
River walk route map



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Bern(ベルン)の街 -2-

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-06-27 Mon 20:11:30
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Brexit(EU離脱)の大騒ぎのままむかえた週末が過ぎて、ヒステリック、パニッキーな現象・言動もいろいろ起きているけれど、ここまできたらもう、新政権の交渉力を祈るしかない(あ、キャメロン首相辞任しました・・・)。

ちなみに、再国民投票の請願運動もはじまった(このページ)。投票率75%以下で、60%以下の可決票の場合は再投票を要求するもの。(ちなみに今回は、投票率72%で51.9%の可決票なのでこの請願の再投票のケースに当てはまる。)
ウチも、こんな重要な決議に4%以下の格差で決定ってあんまりなことない?と感じていたので(ウチは残留支持組)、ホイホイ署名して友人にもリンク送ったり、インスタグラムに載せたりしていた。
この署名100、000を超えた場合、国会で討議されるというもので、署名のびるのびる・・・2日で討議に必要とされる票数の20倍に達する(現在で40倍に迫りつつある)。 海外在住英国籍か、UK在住人ならば(国籍がなくても)署名できるので、EUからのUK在住者も大量に署名していると思われる。

ところが、そこに愉快・スットンキョウな、イギリスらしいアホらしい真実が暴露される。
この請願は1ヶ月前に、離脱支持者が申請したもので、離脱議決になるとは思えなかったので、残留議決になった時のために作っておいたもので、Facebookに本人が「残留支持者に乗っ取られた。もう結果が出たんだから、再選挙など考えず受け入れよう。」的なことを書いて、非難ゴウゴウの炎上状態というはなし・・・(笑)。
ともあれ、こんだけ署名が集まってしまったので、オリジナルの意図はともかく討議せざるをえない状態なのだけど、不正署名も多数だそうで、とある一地区に、そこの人口の何倍もの署名が検出されているのだとか。
確かに、冷静に考えてみたらこのような「条件付け」は、投票の前に提示されるもので、後から条件を付け加えることはデモクラシーに反しとるよな・・・と、我ながら思い直す。 どうやら、政府もそのラインの反応になることと・・・残念だけど。

で、ロンドンVS地方、イングランドVSスコットランド、高年齢層VS若者、金融VS政治、移民肯定派VS移民規制派、エリート意識層VS下層意識層などなど、いろいろな切り口でUK中分断されてしまったけれど、もう結果が動かないなら、さっさと気分を切り替えて、連動して新しいシステムを作りましょうや・・・という気分になる。これ以上の分断は、なにも建設的なことをもたらさない。


さて、本題はスイスのBern(ベルン)の街。

Bern - Town
ベルン大聖堂のある、Junkerngasseの通りで見かけた、
チャーミングな壁画。

Bern - Town
元々は画材屋かなにかだったのだと思う。
現在はウィンドウにカーテンが引かれて、お店ではなくなっている。

Bern - Town
イタリアなら、さしずめルネッサンス壁画が残っている・・・、
ということだろうけど、ここのこれは19世紀のもの。
ゴシック・リヴァイヴァルの一環で描かれたものかと。

Bern - Town
ディティール。

Bern - Town
国会議事堂のコートヤード。

Bern, Kleine Schanze
その国会議事堂の隣に見晴らしのいいテラスになった公園Kleine Schanzeがある。
ベルンの街は三方を、Aare(アーレ)川に取り囲まれていて、
その真中に半島状に飛び出した、丘の上に街が築かれている。
なので、風光明媚。

Bern, View from Kleine Schanze
そのKleine Schanzeからの眺め。
はるか遠くに、まだ雪でおおわれたアルプスが見渡せる。

Bern, Kleine Schanze


Bern, Kleine Schanze
公園ではチューリップが満開。

Bern, Kleine Schanze


Bern, Kleine Schanze
これは、Dogwood(ハナミズキ)かな?

Bern, Kleine Schanze


Bern, Kleine Schanze
流水のある池。

Bern - Town
この公園のあるテラスに向かって、
川沿いの低地から、ケーブルカーが走っている。
世界一短いそうだけれど、ちゃんと有料。
上のテラス側で、チケットを検札される。

Bern - Town
ここの物価高で激貧気分になる観光客のためか、
ベルンの宿では、滞在中の市内公共交通無料カードを発行してくれる。
カードを持ってたので、タダだったらもちろん乗ってみる。

Bern - Town
眺めがいいけれど、ほんの3分ぐらいで着いてしまう。

Bern - Town
ケーブルカーの下の駅近くの、いかにもスイス、な、住宅。
木彫部分のメンテナンスが大変かも・・・。
先日共同玄関の木製ポーチを、補修・ペンキ塗り替えを、
自力で済ませた我々は思った。

Bern - Town
これは、ベルン大聖堂裏のテラスからの眺め。
この写真、日本の山間にある温泉郷を連想してしまうのだけれど、
川のせいかな?(笑)

Bern - Town
Nydeggbrücke橋から大聖堂側の眺め。

Bern - Town
アーレ川の対岸から、国会議事堂側を見たところ。

Bern flower fair
国会議事堂前の広場を通りかかったら、
花のマーケットが出ていた。

Bern flower fair


Bern flower fair


Bern flower fair
生演奏BGMが入ったり、

Bern flower fair
フォークダンスがあったり、

Bern flower fair
山国スイスに春到来の、晴れやかなフェスティヴァル。


次回は、アーレ川沿いに散策した日の写真を。


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Bern(ベルン)の街 -1-

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-06-22 Wed 09:00:00
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今回からは、先月3泊4日のミニ・ホリデーで訪れていたBern(ベルン)の街のイメージを。

ここを訪れるきっかけは、以前も書いたと思うけれど、ウチの配偶者氏が、画家、Paul Klee(パウル・クレー)の大ファンで、彼の作品を集約したミュージアムがここの郊外に、2005年に開設された、そこに訪れるための、いわば配偶者氏孝行。
なので、自分自身は「ベルンってどこ?何?」というぐらいわかっていない。ここがスイスの首都だということも、ぜ~んぜん知らなくて、ずーーーっとスイスの首都はジュネーヴかチューリッヒだと思っていた・・・。その昔、共通一次で(あ、年がバレた・・・)世界地理専攻していたにも関わらず、だ。
で、自分的にはベルンというのは、3月に行っていたベルギーのメヘレンや、12月に行っていたドイツのビールフェルドと同じような、地方の町としか思っていない、それで、ホテルを探していた時に、その値段の高さに呆れる。
メヘレンは自分で宿をとっていないので解らないけれど、ビールフェルドの約3倍の値段、これ、ほとんどロンドン並み。スイスの物価は高いとは聞いていたけど、「このぅ、クソ田舎のくせに何様!!」とちょっとムカツク。
とにかく、ここでは安い目のホテルをブッキングして、随分たってから、ここはスイスの首都・・・ということに気づいて「あ、なるほどね。」と妙に納得したのだった。
ユネスコ世界遺産に、オールド・タウンの街並みがすっぽり指定されているという、美麗タウンでもあるので、物価高もヤムナシということ。


Bern - Town
その美麗タウンのまっただ中のハイストリート。

Bern - Town
なぜまたこの通りに、ことごとく旗が翻っているのかは不明。
フェスティヴァルでもあったのか、これが日常なのか?

Bern - Town
1530年設置の、Zytglogge(時計塔)が、ここのフォーカル・ポイント。

Bern - Town
2つの時計とカラクリ人形、裏のもう一つ時計、
すべてが同じ機械じかけで機能しているという話。

Bern - Town
この盤は、天文時計になっているそう。
カラクリ人形の方は、オクロックになると、
ベルンの紋章のクマ達が、ぞろぞろ動き出すものかと。
4月末なのに、この日は雨がちで、気温10℃前後。
寒すぎて、とてもオクロックまで待つ気になれなかったが・・・。

その天文時計の表示内容を(英文で)見つけた。

Zytglogge astronomical clock with labels.png
By Sandstein - Own photograph. Labeling according to Ueli Bellwald (1983). Der Zytglogge in Bern. Gesellschaft für Schweizerische Kunstgeschichte. ISBN 3-85872-341-0. Page 19-20., Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1952837



Bern - Town
こちらは裏側(西面)。

Bern - Town
このフレスコ画は、1929年に描かれたものなので、アールデコのスタイル。

Bern - Town
時計塔から東に伸びるハイストリートKramgasseには、
噴水(給水場)が点在していて、その真中が彫像で飾られている。
これはベルンの紋章クマ君と、ベルンの傭兵かな?
(そう、スイスは中世以来、地域単位の傭兵産業で成り立っていたのだった。)

Bern - Town
これは、ランボーもののサムソン氏。

Bern - Town
これは目隠しされた「正義」の象徴かなぁ?

Bern - Town
通りに面して建物にも、様々な彫像が付いている。
これは大工かな?
アムスの街の建物にはめ込まれたプラークと同様に、
住所がナンバー・システムでなかった時代に、
住所代わりの「屋号」を表すものとして、設置されたものじゃないかと想像する。

Bern - Town
赤ライオンやら、

Bern - Town
グリフォンやら、

Bern - Town
ハンマー持参のライオン(?)。

Bern - Town
ヘンデルさんだけれど、16世紀のコスチュームなので、一体何者かは不明。

Bern - Town
そして、トラムがこの通りを走っている。

Bern - Town
通りに面して、建物の前面はアーケードで繋がっている。

Bern - Town
裏通りにもアーケード。

Bern - Town
一建物に一つづつ、地下室への入り口がついていて、
通りに面している。
その昔は、ここに石炭か薪の暖房用燃料を貯蔵したのだろう。
現在では、それぞれが地下の店やら、ビストロになっていたりする。

Bern - Town
建物は5-6階建て。
屋根の上の煙突の構造が独特。
まるで煙突の上に小屋が建っているような・・・(笑)。

Bern - Town
Turret(張り出し窓)。

Bern - Town
路地を通って、

Bern - Town
ベルン大聖堂のある、Junkerngasseの通りへ。

と、いうところで、また次回に続きます。




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Grand Place, Blussels (グラン・プラス、ブラッセル)

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  • 2016-06-18 Sat 09:00:00
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メヘレン→アントワープ→ブラッセル出張旅行編最終回は、ブラッセルの観光名所グラン・プラスのイメージを。
市庁舎や「la Maison du Roi(王の家)」など中世由来の建物に取り囲まれた大広場で、ブラッセルの中心というか、ヘソ的なる場所。
1998年にユネスコ世界遺産に指定されている。


Brussels Panorama (8294291726).jpg
By Steve Collis from Melbourne, Australia - Brussels Panorama, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=24306507


相変わらず全体像は撮らないので、借り物写真。
私がここにたどり着いたのは土曜日の遅い午後。
ここをうめつくすぐらいの人混みで、
ほぼ全員がカメラ、フォンを問わず撮影しているという
(セルフィースティック振りかざす人多数)
すさまじい状態の中に、自分も乱入して撮影にいそしむ。

Grand Place, Bruxelles
前回も書いていたけれど、18年前に来た時は、
確か全体にもっと古色を帯びたといえばきこえはいいけれど、
くすんでシャビーな建物が並んでいたのを覚えている。
サーチしてみたら2011-12年に一部のファサードが、
2015年に大規模な全体的なファサードの修復が行われたそう。
どうりでまだぴっかぴかなわけだ。

Grand Place, Bruxelles
しかし、そもそも、18世紀末にベルギーで起きたブラバント革命で、
イコノクラスト的に破壊されて放置されていたのを、
19世紀後半に修復したものなのだとか。
いやもう、コンチネントの歴史って、どこもかしこも
イングランドにくらべると荒っぽいわー(笑)。

Grand Place, Bruxelles
この、広場に面して立つ建物は、それぞれギルドに由来しているのだけれど、
どれがどれという細かい判別までは、サーチしきれなかった。

Grand Place, Bruxelles


Grand Place, Bruxelles
これがHouses of the Dukes of Brabant (ブラバント公の家)というのは判明。

Grand Place, Bruxelles
このブルーグレイ X ゴールドのコントラストが、とてもエレガント。

Grand Place, Bruxelles
この建物もその装飾性でとりわけ目を引いた。

Grand Place, Bruxelles


Grand Place, Bruxelles
うるわしい・・・。

Grand Place, Bruxelles
この彫像はCharles de Lorraine(シャルル・ド・ロレーヌ)だと調べがついた。
なので、この建物は「黄金の木 (L'Arbre d'Or) ビール醸造業ギルドのものと判明。
現在はビール博物館なのだそう。

Grand Place, Bruxelles
これはどうやらSaint Giles(聖ジル)像で、
つまりこの建物は一輪手押車 (La Broouette)と呼ばれていて、
油商人ギルドのものだったそう。

Grand Place, Bruxelles
ギルドハウスはこれぐらいにして、
その右に写っている、Hotel de Ville(市庁舎)のイメージ。

Grand Place, Bruxelles
1420年完成のブラバントゴシックの建物で、そのベルタワー。

Grand Place, Bruxelles


Grand Place, Bruxelles
数々の彫像は王侯貴族、聖人、アレゴリー等いろいろ。

Grand Place, Bruxelles
ここに並ぶのはリプロで、オリジナルは向かいにある、
Maison du Roi (King's House=王の家)にある、
Museum of the City of Brussels(ブラッセル市博物館)に保管されているのだそう。

Grand Place, Bruxelles
中央はブラッセルの守護大天使ミカエル、
左にセント・クリストファー、右にセント・ジョージ、
左端はちゃんと写ってないけどセント・セバスチャンかな?
右端は聞いたことのない聖人さんで、
Saint Gaugericus(聖ゴーゲリカス←英語読み)。

Grand Place, Bruxelles
市民権力の象徴が市庁舎としたら、
その広場の向かい側に、ブラバント公の権威を誇示するために、
1504-36年に建造されたのが、Maison du Roi (King's House=王の家)。
名前とは違って、実際にはどの王も公も、ここに住んだわけではないのだそう。

Grand Place, Bruxelles
17世紀末にルイ14世のフランス軍に破壊されて、
その後修復されたものの、荒廃が激しく、
19世紀に新たにゴシック・リヴァイヴァル様式で、
新たに建てなおされたものだそう。

Grand Place, Bruxelles


Grand Place, Bruxelles
今回は時間がなかったけれど、次回ブラッセルに行くときは、
ここの博物館ものぞいてみることにしよう。




Grand Place(グラン・プラス)

地図:




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Église Notre-Dame du Sablon, Brussels(ノートルダム・ドゥ・サブロン教会、ブラッセル)

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  • 2016-06-12 Sun 14:25:13
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昨日はUKは女王陛下の90歳公式誕生日で、ロンドンではHorse GuardsのTrooping the Colour (あー、正式の日本語訳調べる根気がない・・・)の後のパレードがあったり、各地でこれにかこつけて(?)ストリート・パーティーが催されたり、夜はフットボールのユーロカップでイングランド対戦があったり・・・で、なにかと騒々しい。


2016-06-12_10-12-52
人混みのキライな私はもちろん、テレビ前参加。
Happy 90th birthday, Her Majesty.


ちなみに、女王陛下の正式誕生日は4月21日だけれど、公式イベントを催すにあたって、天候の安定してきた6月が選ばれているという話。 いや、夏でも北ヨーロッパは天候安定しないんだけどね。
昨日はまずまずいいお天気だったけれど、今日はもう曇ってて雨予報。気温も20度はこさないつもり。
まぁ、花粉症時期なので、助かるともいえるかも・・・。

さて、閑話休題で、本題のBrussels(ブラッセル)の街のイメージを。
前回のSablon Antiques Market(サブロン・アンティーク・マーケット)の後に、その前に建っているÉglise Notre-Dame du Sablon(ノートルダム・ドゥ・サブロン教会)、というか、この教会の前の定期市として、マーケットが出来上がったんだろうけれど、とにかく・・・この教会を覗いてみた。 そのイメージを。


Notre-Dame du Sablon (Brussels)
相変わらず全体像を撮り忘れるので、Wikiメディアからの借り物。
13世紀からこの場所に、ブラッセルのクロスボウ(弩)隊の、
演習場とチャペルが設けられたのが始まりで、
現在の建物は15世紀建造の、後期バーバンティン・ゴシック(Brabantine Gothic)様式。
とはいうものの、現存する装飾部分は19世紀の
ゴシック・リヴァイヴァル様式の修復によるものだそう。


Église Notre-Dame du Sablon
ティンパヌムの、とても華麗な彫刻も、19世紀修復時のものかと。

Église Notre-Dame du Sablon
一方、内部はこんな感じで、かなりシンプル。
というのも、ここも16世紀中頃にプロテスタント・カルヴィン派に陥ちて、
内部の装飾物が剥ぎ取られたため。

Église Notre-Dame du Sablon
その後17世紀には再びカソリックに戻って、
(後出の)見事なバロック様式のサイド・チャペルが建造される。
18世紀末のフランス革命軍占領下では、
ここの司祭が共和国に忠誠を誓ったので、全面破壊を免れたのだとか。
いずこも、大変な歴史をくぐり抜けてきている。

Église Notre-Dame du Sablon
ステンドグラスも、19世紀のもの。

Église Notre-Dame du Sablon
ちょうどいい感じに日差しが入ってきた。

Église Notre-Dame du Sablon
この教会で目を引くのが、17世紀バロックのサイド・チャペル。
教会南入口のほぼ向かいに屋敷を持っていた、
ドイツのThurn und Taxis家が2つのチャペルを寄進した。
これは、聖ウルシュラ・チャペルの方の入り口。
トップにThurn und Taxis家の紋章が入っている。

Église Notre-Dame du Sablon
聖ウルシュラといえば、中世の(マントを広げて乙女達を庇う)
ベルのようなスタイルを見慣れているので、
バロック様式は、妙に色っぽい(笑)。

Église Notre-Dame du Sablon
チャペルの内部。
聖カローラス・ボロメウス教会の標本箱で書いたけれど、
ベルギーの教会のバロック様式の、
白黒のコントラスト(そして金)の装飾が独特だと思う。
他の地域でも、このタイプの例はあるのだろうか?
例えば南部のネザーランドとか?
夏に(建築様式の師匠)Pおじさんに会ったら尋ねてみよう。

Église Notre-Dame du Sablon
ご本尊。
矢で射られているのが、聖ウルシュラの象徴。

Église Notre-Dame du Sablon
お付の乙女と、船出(と堅い信仰)を象徴する錨。

Église Notre-Dame du Sablon
右側の乙女。
この盾で聖ウルシュラ(と信仰)の庇護を象徴しているものかと。

Église Notre-Dame du Sablon
ドームと明り採りのある天井部分。
右の「人喰いドラゴン」はミラノ・ヴィスコンティ家の紋章、
が、なぜまたここにあるのかは、不明。

Église Notre-Dame du Sablon
天上の方で明かりを灯す天使君。

Église Notre-Dame du Sablon
右側の乙女の彫像の、そのまた右側のパネル部分。
死と運命(?)が引っ張る・・・?の、象徴は意味不明。
ラテン語のモットー「Majorum ornantur statuo uirtute minorum」
はなんだか「祖先の愛する弱き者の力」みたいな意味だと思うけど、
ちょっと意味がとれない。
意味はとにかく、ここでも白黒のコントラストが印象的。

Église Notre-Dame du Sablon
翻るヴェールの表現が美しいー。

Église Notre-Dame du Sablon


Église Notre-Dame du Sablon
これはクワイヤ席エリアを挟んで反対の南側にある、
St. Marcouf(聖マルコフ)のチャペル。
同じくThurn und Taxis家が、約20-30年後に寄進したもの。
はじめて聞いた聖人さん聖マルコフ。
どちらかと言えばノルマンディーゆかりの聖人さんだそうだけれど、
ほとんど無名。
なぜまたここで取り上げられているのかはわからない。
リンパ結核に「効く」聖人さんだそうなので、
もしかするとこの病気に関連してのことかもしれない。
ここは、内部を見れなかったので、
このエントランスのディティールを以下に。

Église Notre-Dame du Sablon


Église Notre-Dame du Sablon


Église Notre-Dame du Sablon
同じく白黒な様式のアルター・ピース。
バロックというより、もう少し初期の16世紀後半なのかな。
アラバスター彫りで・・・こういうのはきっと、
メヘレンで制作されていたと思う。

Église Notre-Dame du Sablon
信仰を船に象徴しているのかな。
アムスとか港町だったら、とてもよくわかるんだけど、
ブラッセルって・・・内陸で川もないといことに気づいてびっくり。
(集落は水のまわりに発達するので)
カナルが通っているけれど、これが昔は川だったのかな。

Église Notre-Dame du Sablon
マリア母さまの生涯かと、中央は勉強中。
19世紀修復時のものかと。

Église Notre-Dame du Sablon
祭壇の側壁パネル。

Église Notre-Dame du Sablon
最後は、Sacred Heart (聖心)モードのジーザス先生。



Église Notre-Dame du Sablon
(ノートルダム・ドゥ・サブロン教会)

Rue de la Régence, 1000 Bruxelles, Belgium

map:





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Brussels(ブラッセル)のマーケット。

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-06-09 Thu 21:10:18
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去年の12月からずーーーーっと、休みなし多忙状態がやっと落ち着いたら、軽く「燃え尽きたぜ」な気分で、何をするでもなくネット・ショッピング瞑想(?)してしまってて、ブログ更新遅れていた(ebayなどで、延々モノが並んでいるページを、延々スクロールしていたら、一種の瞑想状態になる・・・のはモノマニアの私だけか?)。 あぁ、大丈夫、元気ですよ、脳も、多分(笑)。 今月の制作ノルマもクリアして、秋冬コレクション完成まであと一歩だし、へへへ。

今回の標本箱はメヘレン→アントワープの後、最終日夕方にロンドンに帰るユーロスターまでの間うろついていたBrussels(ブラッセル)のイメージを。 今回はブロカンテ・マーケットの話を中心に。


Marolles Flea Market, Place du Jeu de Balle, Brussels
ブラッセルでブロカンテ・マーケットといえば、まずはここ、
Marolles Flea Market(マロール・フリー・マーケット)
Place du Jeu de Balleの広場で、毎日朝6時~午後2時まで開催。
屋根無しなので、雨の日は開催されていないという話。

Marolles Flea Market, Place du Jeu de Balle, Brussels
上のリンクにつけたサイト・ページでは、
500スタンド出ているかのように書かれているけれど、
実際には(まだ寒いシーズンだったせいもあるだろうけど)そんなに多くはない。
せいぜい100スタンドぐらいだった。

Marolles Flea Market, Place du Jeu de Balle, Brussels
その分スタンドそれぞれが広い面積に拡大しているようで、
テーブル以外にも、大半のモノが地面に敷いた布に並べられている。

Marolles Flea Market, Place du Jeu de Balle, Brussels
正統アンティークは1割程度。
それ以外は、ヴィンテージ、セコハン、ジャンク・・・などなど。
値段は、概ね安い。

Marolles Flea Market, Place du Jeu de Balle, Brussels
小さなモノから、家具類まで、とにかくごった混ぜ。

Marolles Flea Market, Place du Jeu de Balle, Brussels
安いので、オブジェ材料の仕入れに最適。
ここのハンパもの、シャンデリア・パーツやら、

Marolles Flea Market, Place du Jeu de Balle, Brussels
一番ハマったのがここ、海の様にメタルパーツを広げているスタンド。
(実面積はこの画像に写っているのの3倍。)
大半がシャンデリアやライティング用の真鍮パーツのハンパもの。
ここで「ツイスター」状態(ツイスター自体がヴィンテージでしょうが、今や・・・)を、
2-3人の客と繰り広げながらの仕入れ。
そんなこんなで・・・、
予備に持ってきていた折りたたみエコバッグ一杯分の荷物が増える。
それでも問題なしの、ユーロスターって偉大。
アムス界隈では、エアラインの荷物制限のために、
こころおきなく買い物できたためしがないのだった。

Marolles Flea Market, Place du Jeu de Balle, Brussels
ここですでにほぼ満杯のエコバッグを下げて、
もっと正統アンティーク系のSablon Antiques Marketへと向かう。

Marolles Flea Market(マロール・フリー・マーケット)地図:



************

次に向かうSablon(サブロン)まで、歩いて10分程度の距離。

Brussels - Street
途中の街の風景。
マロールのある地区はダウンタウンで、
そこからサブロンに近づくにつれて、アップタウンな雰囲気に変わっていく。

Brussels - Street
ヴァイオリンのワークショップを覗き込む。

Brussels - Street


Brussels - Street


Brussels - Street
サブロンが近くなると、アンティーク・ショップや、
ギャラリーが目につくようになる。

Ladurée Sablon, Bruxelles
で、サブロンの教会前広場まで来ると、
ちょっとお茶したい気分になる。
普段はこんなエレガント系のカフェなんて入らないけれど、
旅先なので面白半分に入ってみたら・・・、
なんのことはない、マカロンで有名なLadurée(ラデュレ)の支店だった。
そんなことにもこの段階では気づいてなくて、
そしてマカロンはあまり好みじゃないので、
ダークチョコレートのケーキと、アールグレイ。

Ladurée Sablon, Bruxelles
本当はランチしたかったのに、セイヴリーはやってない。
結局ケーキがランチという不健康なことに・・・。
失敗した。

************

ケーキの後は、サブロンのマーケットへ。

Sablon Antiques Market, Bruxelles
Église Notre-Dame du Sablon(ノートルダム・ドゥ・サブロン教会)の前の広場で、
土曜日9時~5時、日曜9時~2時にオープンしている、週末マーケット。
ここはテント付なので、天候に関係なく開催されている。

Sablon Antiques Market, Bruxelles
本格的にアンティークなので、あまり材料になるものはない。

Sablon Antiques Market, Bruxelles
それでもここで、シェルで出来た、コインケースを買って、
もしかすると・・・オブジェに使ってしまうかも。

Sablon Antiques Market, Bruxelles


Sablon Antiques Market, Bruxelles
マロール・マーケットのようにエコバッグ一杯買い物はしないけれど、
それでも、フリーメーソンの手巻き時計を買ったり、で、なにかと楽しめた。

それでも不思議なのは・・・、このマーケットたしか18年前にも来たはず。
記憶が間違ってなかったら、その時は広場駐車場全域が、
マーケットになっていたと思うのだけれど、
今回見た限りでは、教会下の小さな広場でしか開催されていない。
これもシーズンの関係なのか、
昔に比べて規模が縮小したのか、どうなんだろうか。

また、この一角には屋内のアンティーク・マーケット、
Sablon Antiques Center(サブロン・アンティーク・センター)
というところもある。ここも正統アンティーク系。


Sablon Antiques Market
(サブロン・アンティーク・マーケット)
地図:





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St. Carolus Borromeuskerk, Antwerp (聖カローラス・ボロメウス教会 - アントワープ)

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  • 2016-06-01 Wed 13:57:05
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今月の制作ノルマに励んでいたら、標本箱更新が遅れていた・・・。
ここ一年以上、年2回のシーズン追い込み制作体制改め、毎月少しずつ制作体制に変換した。
仕上げの組加工や糸通しを手伝ってくれている、サポート・スタッフがフルタイムの加工屋さんから、副業内職ガールに移行したので、それにともなっての制作体制の変更。
楽になるか・・・?とおもいきや・・・、プチ・デッドラインが毎月派生することになって、なかなかまとまった余分な時間が取れないのがちょっと難点。 シシフォスな気分なんだなー。
あ、いや、制作体制よりなにより、Instagramやったり、ジム+ズンバ+太極拳(デヴューしたですよ・・・笑)+水泳やったり、で、時間足らんともいうが・・・。 1日が30時間にならんものかといつも思う。

気を取り直し、今回はアントワープの大聖堂の北側にある、St. Carolus Borromeuskerk(聖カローラス・ボロメウス教会)のイメージを。
この教会、元々は Jesuit church (ジュスイット←イエズス教会)として1625年に聖別され、ルーベンスがその祭壇画を、ルーベンス+筆頭アシスタント、アンソニー・ヴァン・ダイクをはじめとするワークショップのチームで、39枚の天井装飾パネルを描いたもの。
残念なことに、1718年の落雷による火災で、これらは焼失してしまう。
1773年に再建されるが、今度はオランダの新教統治に陥落したアントワープで、旧教の修道会イエズス会の建物は没収され、カルロ・ボッロメーオに由来する「聖カローラス・ボロメウス教会」と改名された。
19世紀には地区教会として使用され、新教なので、内部粧飾が大幅に取り除かれ、シンプルなものになった。
1980年代に元々のバロック様式のインテリアに修復する運動が起きて、現在のデコラティブな様式に戻されていった。
その後2009年にも火災にあうが、この時は比較的マイナーな被害で収まった・・・というように、ここも波乱万丈な歴史を生き延びてきている教会の一つ。



St. Carolus Borromeuskerk
教会のファサードがデコラティヴで、「タダモノではない」と思わせる。
で、公開されていたので、吸い込まれていった。

St. Carolus Borromeuskerk
確かに彫刻の彫りが、現代の手になるもの、な、感じがある。
特に天使、表情・翼・ドレープの「率直」な表現が、
バロックの手になるものとはかなり違う。
(1930年代の彫り、と言われたら、信じるかも、ちょっとデコっぽいー。)

St. Carolus Borromeuskerk
記録がいろいろ残されていたので、
復旧も可能だったんだろうな。

St. Carolus Borromeuskerk
豪華絢爛の祭壇とその天井。
祭壇画はGerard Seghers作「The Raising of the Cross」 。

St. Carolus Borromeuskerk
祭壇部分は、正統バロック様式、
天井部分は、ルネッサンス様式が色濃く残っている。

St. Carolus Borromeuskerk
元々は大理石彫刻で作られたものなのだけれど、
1980年台の修復では、大理石「風」素材が使われているのだそう。
木製にペイントしたものか、樹脂などの新素材で作られたのかは、
サーチでは出てこなかったけれど。
そうでしょう、いまどきこれを大理石で作る予算はあるまい・・・。

St. Carolus Borromeuskerk
濃ゆい・・・ドーム天井のレリーフ。

St. Carolus Borromeuskerk
Lady Chapel とよばれるサイドチャペルの「聖母昇天」。
ルーベンスの作の模写だそう。

St. Carolus Borromeuskerk
この白黒(+金)のバロック装飾が、とてもベルギー的だと思う・・・、
のは、他の例を知らないからだろうか。

St. Carolus Borromeuskerk
天上の父様も、表情がなんとなくバロックしてないな・・・、
と思ったけど、これも20世紀復刻版かも。

St. Carolus Borromeuskerk
いや、いいんですよ、ニギニギしかったら、私はそれで(笑)。

St. Carolus Borromeuskerk


St. Carolus Borromeuskerk
バロックに復興させようというプロジェクト自体が、
画期的で、絶賛したくなるわ。
リヴァイヴァル傾向の強かった80年代だから出来たことなのかも。

St. Carolus Borromeuskerk
麗しい聖母子の彫像は、19世紀後半な印象。

St. Carolus Borromeuskerk
現在はカトリック教会なので、
彫りの見事なパネリングの告解室が設置されている。

St. Carolus Borromeuskerk

St. Carolus Borromeuskerk
最後にこれは「修復スタジオ」。
サイドチャペルの一つが充てられている。




St. Carolus Borromeuskerk
(聖カローラス・ボロメウス教会 )

Hendrik Conscienceplein 12,
2000 Antwerpen, Belgium

地図:




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Cathedral of Our Lady Antwerp (聖母大聖堂アントワープ)

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  • 2016-05-28 Sat 20:02:52
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標本箱は再び、アントワープに戻ってきて、アントワープ大聖堂、正確にはCathedral of Our Lady Antwerp (聖母大聖堂アントワープ)のイメージを。


Cathedral of Our Lady Antwerp
アントワープのど真ん中にそそり立つ、
13世紀由来のゴシック建築。

Cathedral of Our Lady Antwerp
このリアルに端正な感じが、19世紀的だなと思って、
Wikiを読んでみたら、この大聖堂、
宗教戦争やら、フランス革命軍やらで、何度も何度も
破壊・略奪されてきた踏んだり蹴ったりの歴史。
現在の状態に完全に修復されたのは、
やはり見たとおり19世紀のことだそう。

Cathedral of Our Lady Antwerp
それでも秀麗・華麗なティンパヌム。

Cathedral of Our Lady Antwerp
内部のインテリア。

Cathedral of Our Lady Antwerp
これは15世紀ぐらいかな、天井装飾の一部が、
白く塗り込められた下から修復されている。

Cathedral of Our Lady Antwerp
祭壇部分のヴォールト装飾も修復されたもの。

Cathedral of Our Lady Antwerp
その下に掲げられた、主祭壇のジーザス先生。

Cathedral of Our Lady Antwerp
Trancept(翼廊)のCrossing(交差点)がタワー状になっている。
正面左のベルタワーとは別物で、
先端にOnion dome(タマネギ・ドーム)の乗っかった方のタワー。

Cathedral of Our Lady Antwerp
その天井画は、"The assumption of the Virgin"(聖母昇天)
Cornelis Schut1647年の作品。

Cathedral of Our Lady Antwerp
そうそう、"The assumption of the Virgin"(聖母昇天)といえば、
この教会で一番有名なのは、主祭壇画のルーベンス・ヴァージョン。

Cathedral of Our Lady Antwerp
なんとも色っぽいマリア母さま。
ルーベンス1625-26年の作品。
余談だけれど、日本語だと「Jesus' Ascension(キリストの昇天)」も、
「Mary's Assumption(聖母メアリーの昇天)」のどちらも
「昇天」という同一語を用いるけれど、
英語だとAscensionとAssumptionと、別の用語が使われる。
これは、キリストは「自力で上昇」して、
聖母は「キリストの力によって引き上げられた」という違いなのだそう。
キリストも天界の父様が引き上げたんでないのかい?
などと、私は突っ込んでしまいそうになるが・・・、
あくまでも自力上昇なのだそう。

Cathedral of Our Lady Antwerp
主祭壇左側の‘The raising of the cross’
(十字架を立てる←日本語が解らない・・・)
も、ルーベンス1609-1610年の作品。
元々は、St Walburgis教会の祭壇画だったものが、
フランス革命軍によって他のお宝ともども略奪され、
元あった教会も破壊されたため、
1815年にこの大聖堂に返却されたのだそう。
散々な歴史をくぐり抜けてきている絵画たち。

Cathedral of Our Lady Antwerp
もう一つ1611-1614年のルーベンスの作、
‘The descent from the cross’
(十字架からの降下←日本語の正式名称不明)

Cathedral of Our Lady Antwerp
Last Judgement and the Seven Works of Mercy,
Bernard van Orley 1518-1519年
このトリプティックは、Royal Museum of Fine Arts Antwerp
(アントワープ王立美術館)所蔵のもの。
この美術館が2019年まで、大改修のため閉館していて、
特別企画展として、ここの大聖堂に貸し出しされていたもののよう。

Cathedral of Our Lady Antwerp
このミカエルや背景のバラ色の広がるイメージに惹きこまれる。

Cathedral of Our Lady Antwerp
オーク材のクワイヤ・ストールは、
この大聖堂の19世紀の復興の中心人物だった
建築家François Durletの設計で、
1840年から1883年まで40年以上かけて制作された。

Cathedral of Our Lady Antwerp
見事なゴシック・リヴァイヴァル。

Cathedral of Our Lady Antwerp
このバラ窓も、19世紀復興時のもの。

Cathedral of Our Lady Antwerp
とてもゴシック風にデザインされている。

Cathedral of Our Lady Antwerp
Trancept(翼廊)北面のステンドグラスは、1616年のもの。
なので、実はこの方が古い。

Cathedral of Our Lady Antwerp
この力強く、くっきりした感じが、ゴシック・リヴァイヴァルの典型。

Cathedral of Our Lady Antwerp

Cathedral of Our Lady Antwerp
お見事なシャンデリア、これも19世紀。

Cathedral of Our Lady Antwerp
St Joseph retable(聖ヨセフ祭壇画)19世紀。

Cathedral of Our Lady Antwerp
地上の父さんのストーリーが、レリーフで描かれている。

Cathedral of Our Lady Antwerp
再度チャペルのこの天上の父さんは、
バロック期の生き残りと思われる。

Cathedral of Our Lady Antwerp
こちらのサイドチャペルも、賑々しくバロック。

Cathedral of Our Lady Antwerp
サイド・チャペルの16世紀の、
Devotional statue ‘Our Lady of Antwerp’
(献身彫像「アントワープの聖母」)
こういう献身彫像は、きせかえ式になっている。
ここのものもそうで、いろいろご衣装をお持ちなのだそう。

Cathedral of Our Lady Antwerp
これは奥のサイドチャペル(だったかな・・・)で、
修復された16世紀(多分)の壁画。
典型的なルネッサンス様式。

Cathedral of Our Lady Antwerp
最後に、展示されていた、この大盛堂の建築モデル。



Cathedral of Our Lady Antwerp
(聖母大聖堂アントワープ)

Groenplaats 21, 2000 Antwerpen, Belgium

Map:





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Kenwood House in Hampstead Heath (ハムステッド・ヒースのケンウッド・ハウス)

  • Posted by: Kotomicreations
  • 2016-05-24 Tue 21:10:11
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アントワープの話の間に、この前天気のいい夏日に訪れたHampstead Heath(ハムステッド・ヒース)のKenwood House (ケンウッド・ハウス)のイメージを。

ここは現在はEnglish Heritage(イングリッシュ・ヘリテージ)の管轄下で、無料で一般公開されている。
ウン十年前にロンドンに滞在していた頃は、夏の夕暮れに、この建物の前で催されていた野外クラシック・コンサートが有名だったのだけれど、それはもう遠い過去の話のよう。ポップスのコンサートになって、周辺住民から騒音の苦情が出て(この界隈はロンドンの最高級住宅地の一つだし・・・)、場所が変更になったりしたものの、結局人気がなくなってしまって、2014年頃には消滅してしまったイベントらしい。(唯一、クラシカル・コンサートが夏に一度、サマー・ガラ・コンサートとして、ここのオランジェリーで催されているのが、名残といえば名残かな?)
いや、時代は移り変わっているもんだと、改めてオバサンぶりを実感したのだった。

本題のケンウッドのお屋敷の方。
1764-1779年にかけて、初代マンスフィールド伯爵ウィリアム・マレーが、建築家ロバート・アダムに発注して建造した、ネオクラシカルの典型の建造物。
相続税対策で一族から売却されたものを、1925年にギネスビール社会長の初代アイヴィー伯爵エドワード・セシル・ギネスが購入して、彼の絵画コレクションを展示する場となった。1927年の彼の死後国に寄贈され、1928年には一般公開が始まった。
ケンウッドといえば、夏のコンサートとしか認識できていなくて、今回ロンドンに週末遊びに来たPおじさんを案内して、初めてここの絵画コレクションを拝見。有名ドコロ満載に驚く。
とはいうものの、相変わらず、絵画よりインテリアなので、インテリア写真を中心に。


Hampstead Heath
この日は最高の夏日の日曜日。
ハムステッド・ヒースは丘になっているので、
ロンドン一望のヴュー・ポイント。

Hampstead Heath
左にガーキン、その次真ん中寄りにシャード、
右寄りに微かにロンドン・アイ、一番右にBTタワーが見える。

Hampstead Heath
池を下に見てなだらかな丘の上にケンウッド・ハウスは建っている。

Kenwood House Cafe
まずは、お茶することにして、併設するカフェへ。
このエリアは犬連れOK。
右のエリアは犬禁止エリア。

Kenwood House Cafe
お茶もケーキも、ランチもなかなかいける。
そして、アイスクリームがすぐれもの。

Kenwood House Cafe
ここは犬禁止エリア。
Pおじさんは猫好き、犬は好きそうでないので、
このエリアに席を取る。

Kenwood House
お茶の後、ハウスへ。
その途中のウィステリア(藤)が見事に咲いている。
この花を見ると、初夏なんだなーという感じがする。

Kenwood House
ハウス正面入口。
あまりにも端正なネオクラシカル様式。
屋敷というより、博物館・・・のような印象。

Kenwood House
中もネオ・クラの典型。
図書室への入り口ホール。

Kenwood House
その、図書室。
この・・・パステルカラーの色合いにちょっとびっくり。
なぜまたこの色のチョイス?

Kenwood House
ウエッジウッド風ともいえるけれど。

Kenwood House
多分ここの紋章がライオンだったのだと思う。
あちこちにライオンのモチーフが描かれている。

Kenwood House
部屋がこんなだったら、
蔵書は(フランス風に)白いキッド革装丁だったらいいのにね。

Kenwood House
絵画展示室。
フェルメール、レンブラント、ハルスなど、
ナショナルギャラリー級のオランダ絵画のお宝がごっそり。
こんなところにあるとは知らなかった。

Vermeer/Kenwood House
Photo by NorikoStardust
Vermeer(フェルメール)は、同行のDanaさんのチョイス。

Kenwood House
私のチョイスは、筆さばきのお見事な、
Frans Hals(フランス・ハルス)。

Kenwood House
ロココ絵画にDanaさんと、Pおじさん。
Pおじさん、パイナップルが消化できない体質なのに、
ビュッフェ朝ごはんのフルーツに、パイナップルが混じっていたらしく、
気の毒にも体調不調。
この後結局、ヒースで日光浴してまったりしただけで、ホテルに戻った。
翌日にはすっかり元気になって、ユーロスターで帰ったそうで、
それを聞いて安心したけど。

Kenwood House
奥の部屋にはGainsborough(ゲインズバラ)などのコレクション。

Kenwood House

Kenwood House
Joshua Reynolds(ジョシュア・レノルズ)のコレクションが、
集められている部屋。

Kenwood House
この部屋の、大理石の暖炉にも、ライオンの装飾。

Kenwood House
2階の部屋には16世紀後半のサフォーク・コレクション。
これらはサフォーク家および、
バークシャー家の受け継いできた家族肖像画で、
第十一代サフォーク伯爵夫人の遺言で寄贈されたものだそう。
こういうジャコビアン~スチュアートの頃の、
典型的なイギリス絵画の工芸的なところも、好きだったりする。

Kenwood House
2階にはもう一室、ジュエリーや、
ミニアチュアのコレクションを展示する部屋もある。

Hampstead Heath
この後は、前の芝生に寝転んで日光浴したり、
(Danaさんと私は)ランチを食べたり、
アイスクリームを食べたりのんびりまったり。
Pおじさんは食べられなかったのが、ちょっと気の毒。
それでも、天気がよかったので、気持ちのいい休日を楽しんできましたよ。



Kenwood House(ケンウッド・ハウス)

Map:





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