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博物館・美術館 Archive

ベルギー便り -2- ブラッセルズの博物館

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「ベルギー便り」なんて書いてますが、ちゃんとロンドンに戻ってきて書いていますよ。

ベルギー滞在の後半、前回の標本箱を書いた翌日の日曜日は、ブラッセルズのマーケットへ。
Namur(ナミュール)にも、日曜蚤の市がたつという話で、そこを先に見に行こうかと思って早起きしたものの、雨足がどんどん強くなるので断念。
天気予報によると、ブラッセルズの方が雨が少なそうだったので、そして、いつものオブジェ材料仕入れも兼ねて、いつものマーケットへ。




Marolles Flea Market(マロール・フリー・マーケット)で、オブジェの材料を仕入れ。
だんだん天気は回復して、青空も見えはじめた。

この後、ブラッセルズのミュージアムとしては、
あまり知られていないようだけれど、
Netで調べた感じでは、ロンドンのV&A級な感じの、
通称Cinquantenaire Museum(サンコンテナー(?)ミュージアム)へ。

Triumphal Arch, Brussels
サンコンテナーパークに建つ凱旋門に連なって、
2つのミュージアムが建っている。
一つは軍事博物館で、これは興味の対象外。
その反対側に、サンコンテナー・ミュージアムが建つ。
どうやら、サンコンテナーというのは50周年の意味で、
ベルギー独立50週年を記念して催された、1880年の全国展
(万博の国内版のようなもの)の時に、この一角は建造されたのだそう。

バスに乗るまで青空が見えていたのに、
バスを降りると再び曇天で、寒くて強風。
凱旋門をくぐったあたりで、雹混じりの豪雨にあって、
写真撮っている場合じゃない・・・とにかくミュージアムに転がり込む。

Cinquantenaire Museum, Brussels
まずはミュージアムのカフェ・レストランで、
ランチを食べて、体を温める。

Cinquantenaire Museum, Brussels
白身魚のムニエル。
イギリスならさしずめ、フィッシュ&チップス。
ケチャップの代わりに、サンドライ・トマトのピクルスが付いてきて、
ちょっと高級感漂う・・・と思ったら、
ミュージアム・カフェなのに20ユーロも取られた(笑)。
美味しいわけだ。

Cinquantenaire Museum, Brussels
右ウィング展示室を繋ぐホール。
左ウィングの企画展は家族連れで混んでいるのに、
常設展の右ウィングは、ガラーンとしている。
同時代だからか、なんとなく改装前のV&Aや、
自然史博物館的な、独特の「博物館の匂い」があって、和める。

で、偶然最初に入った展示室がここ、

Cinquantenaire Museum, Brussels
The Heart Museum(ハート博物館)
レリカリーやら、聖心やら、Ex-Votoやら、サントスやら・・・、
今一番興味がある装飾物達がギッシリ !!
あぁ、もう私は導かれてここへ参りましたぁ(笑)。

Cinquantenaire Museum, Brussels
ストロボ無し撮影可なので、もう撮りまくり・・・。

まだ、ちゃんとフォトショでプロセスできていないけれど、
モバイルのappで処理して、インスタにUPしたものたちを以下に。
(余談だけど、モバイルの写真プロセスappは、Snapseedがオススメ。
フォトショに迫る処理能力!!)

どちらも10枚ずつ入ってるので、右端に出る矢印をクリックして、
ページを繰って見てくださいね。






いやまた、ちゃんとプロセスできたら、再び標本箱に詰め込む予定。



それ以外にも、中世ものの展示室は、クロイスターのリプロだったり
(最初は、修道院跡地かと思った)して、
そして日曜なのに、ひとけがなくて、とても気持ちいい。

Cinquantenaire Museum, Brussels

Cinquantenaire Museum, Brussels
こういう静かな展示室で、展示物と話しするのが大好き(笑)。

Cinquantenaire Museum, Brussels
というわけで、ブラッセルNo1のお気にい入り博物館となった次第。

Cinquantenaire Museum, Brussels
暗くなるまで遊んでいた。

この後、帰りも大雨の中、鉄道でナミュールまで帰ったら、ナミュールも小雨。
エキスポまで15分歩く元気がなくなって、
タクシーで、エキスポで展示中のPおじさんに合流して、
その後、知り合いの出展者たちと皆で、
町の中心地のブラッセリーで、晩ごはん・・・の一日。

その翌日月曜は、私のベルギー滞在最終日。
(Pおじさんは、19日の日曜まで展示会場にアテンドしている。)
荷物をパックして、おじさんと別れて、駅に向かう。
ユーロスターは、夕方便なので、今日も半日ブラッセルズをうろつくことに。

とはいうものの、その日は月曜なので、ミュージアムの大半は休館日。
そして、やはり、にわか雨模様で、街歩きも楽しくなさそう。
なので、月曜も開いているミュージアム・・・で検索して、
ちょったマイナーな2館を尋ねてみることにした。

Brussels
メトロの駅から出ると、雨。
最寄りで目星を付けていた、ベトナム系レストランで早ランチを食べて、
出てきたら、青空。

Musée Hôtel de Charlier, Brussels
Musée Hôtel de Charlier(シャリア博物館)。
19世紀のアート・コレクターの屋敷が、博物館として公開されているもの。

Musée Hôtel de Charlier, Brussels

Musée Hôtel de Charlier, Brussels
絵画自体より、装飾美術好きなので、
インテリアを撮影するのが楽しい。

Musée Hôtel de Charlier, Brussels


Musée Hôtel de Charlier, Brussels
このミュージアムを出る頃には、にわか雨も通り過ぎて、
再び青空に。

次は、もっとマイナーな(?)、ミュージアムへ。

Brussels Toy Museum
Brussels Toy Museum(ブラッセルズおもちゃ博物館)。

Brussels Toy Museum
ロンドンにポロック玩具博物館があるけれど、そこと少し似た感じで、
でも展示品はもっと雑多で、20世紀物が多い。
アンティークとヴィンテージの違いといった感じ。

Brussels Toy Museum
ちょっとキッチュ感漂う・・・(笑)。

Brussels Toy Museum
このミッチリの展示(というか、収蔵というか)が3フロア続いている。

Brussels Toy Museum
窓から覗いたら、再び通り雨が通っていった後。

この後、メトロでユーロスターのブラッセル・Zuid(ズイド=南)駅に戻って、
晩ごはんを買って、お茶してから、ユーロスターにチェックイン。
帰ってきたら、ロンドンはブラッセルズほど雨はふらなかった様子。



さて次回は、リスボンに話は戻るか・・・な?





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Church of São Vicente of Fora, Lisobon (サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会)-2-

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リスボンのChurch of São Vicente of Fora, Lisobon (サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会)の奥で公開されている、その修道院部分を続編で今回も。


Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
エントランスから、宝物を公開している部屋を抜けて、
その先に向かうと、クロイスターが続いている。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
この回廊壁の下の部分が、すべてアズレージョ・タイルで飾られている。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)


Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)


Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
リスボンに来たからには、アズレージョ・タイルをいろいろ
見てみたいものだと思っていたら、
もうどこもかしこも、アズーレジョ・タイル。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)


Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)


Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
ディティール。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)


Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
ここにはクロイスター(回廊)が2ヶ所あって、
その中央に宝物庫が建っている。
そこを覗いてみることに。

The sacristy - Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
内部は華麗な、大理石象嵌で埋め尽くされている。

The sacristy - Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
保存状態も見事な天井画は、神の子羊。

The sacristy - Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
祭壇の聖母子。

The sacristy - Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
窓から下が、収納部分に。

The sacristy - Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
窓枠部分のディティール。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
宝物庫を出て階段を登って、回廊の上階へ。
階段部分にも、タイルは続く。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)


Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
上階も、タイルで覆われている。
その、パターンが、絵画のように一つ一つ違うのに驚かされる。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)


Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)


Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)


Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
上階の窓からのヴュー。
中庭部分に井戸が見える。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
そこから、また上階へと階段を登る。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
すると、上の方から光がさしていて、

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
屋上に出る。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
バニスター(手すり)とデコラティヴな、
スパイアの組み合わせが、フォトジェニック。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)

View from Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
カステロ方面の眺め。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
パンテオンの屋根と、タガス川。

Igreja de São Vicente de Fora (Church of São Vicente of Fora)
教会のみならず、色々と見所満載の修道院でした。



Church of São Vicente of Fora, Lisobon
サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会

Largo de São Vicente, 1100-572 Lisboa, Portugal

地図:







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Museum of Decorative Arts, Lisbon (装飾美術博物館、リスボン)-2-

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Etsyショップ:夏休みのお知らせ。
8月1日(火)~8月22日(火)の間、
Etsyショップは夏休みで、クローズになります。
よろしく、ご了承ください。



今日も、にわか雨が何度も通っていって・・・、肌寒いロンドンです。
来週からの、ノルマンディー夏休みは、ダウンジャケット+ウール物持参で・・・ということになりそうな雰囲気。
で、まだ先日の撮影仕事の、ポストプロセス+再修正のやり取りの真ん中だけれども、なんとか仕事を終わらせて夏休みに入りたいもの・・・。

Museum of Decorative Arts (装飾美術博物館)、正式にはFundação Ricardo do Espírito Santo Silva(リカルド・エスピリト・サント・シルバ財団)のイメージの続編を。



Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
途中の廊下に置かれていた、時計。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
ハンド・ペイントのディティール。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
ベッドルームに設えられた展示室。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
同じ部屋。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
その次の小さな部屋では、宗教的な「箱アート」が、
いくつかまとめて展示されている。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
聖家族のいるインテリア箱。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
これはまた別の、幼子キリストの礼拝。
リスボンの教会や修道院で、こんなような3D的ディスプレイを、
大小いくつか見かけた。
ポルトガル特有のものなのだろうか、
またスペインでもあるのだろうか?

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
ここの部屋で、中庭を取り囲む建物の展示室を一周してきたことになる。
展示室は、まだ上階へ続く。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
階段の部屋の展示。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
その左側の階段を上る。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
最初の部屋の天井。
この部分は、建造当初17世紀の天井が残されているのではないか・・・と思う。
天井画の様式が、17世紀風なので。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
このフロアでは、遡って17世紀の様式のものが、
部屋にコーディネートして展示されている。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
銀器を収める、キャビネット。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
その隣のベッドルームの展示。
17世紀のポルトガルのベッドの典型は、
このような複雑に、スピンドルを組み合わせたデザイン。
デザイン的には、ムーア(アラビア)のデザインの影響なのだそうで、
素材は当時ポルトガル領だった、ゴヤなど、
インド・東南アジアから運ばれた、
ローズ・ウッド、チーク、エボニーなどのハードウッドが主流。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
手前に写っている子供用のクリブ(ゆりかごベッド)も同様のデザイン。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
ベッドのミニチュアの展示。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
最上段のこういうものが、17世紀スタイル。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
同じフロアのムーア(アラビア)風のインテリア。
これもムーアの影響なのか、窓際のシート状の2つの出っ張り。
これをポルトガルの歴史的インテリアで、よく見かけた。
泊まっていたアパートメントの窓際もこんな風。
スペインは行ったことがないので、これがポルトガル特有なのか、
イベリア半島特有なのかは、知らないけれど・・・。

ここから、もう1フロア上にも一部屋の展示室があるので、
そこに上っていく。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
その部屋は、椅子マニア・ティエリー氏も驚くだろうという数の
椅子のコレクション。
入口の向かい側(この写真の右手)から17世紀の椅子で、
窓側(写真左)に向かって、18世紀に時代が下っていく。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
入り口側の壁は、窓側(写真右)から18世紀、写真左の19世紀へ。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
背のカーヴの感じが、Pおじさんのル・シャトーのダイニング椅子に似ている。
おじさんちの椅子も、18世紀モノなんだろうな。


Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
展示室を見て回った後は、中庭のカフェでお茶。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
ポルトガル定番のカスタード・タルトと・・・。



Museum of Decorative Arts(装飾美術博物館)

Map:





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Museum of Decorative Arts, Lisbon (装飾美術博物館、リスボン)-1-

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Etsyショップ:夏休みのお知らせ。
8月1日(火)~8月22日(火)の間、
Etsyショップは夏休みで、クローズになります。
よろしく、ご了承ください。


日本は暑中お見舞いなシーズンかと。 ロンドンは、近頃秋のように涼しくて、今日などは、何度も雨が来て、最高気温15℃・・・、これでも一応夏です(笑)。 暑いのが苦手な自分的には、実に快適。
この感じだと、来月からのノルマンディー滞在には、重衣料が要りそう。せっかくリネンの短パン買ったのに、これでは寒すぎて履けないので、持っていかないかも・・・。

標本箱は、今よりも暑かったリスボンの4月末。今回は、Museum of Decorative Arts (装飾美術博物館)のイメージ。
この博物館、正式にはFundação Ricardo do Espírito Santo Silva(リカルド・エスピリト・サント・シルバ財団)という名称で、2014年に破綻した、かつてはポルトガル最大級だった銀行、Banco Espírito Santo(バンコ・エスピリト・サント)の一族の銀行家、Ricardo do Espírito Santo Silva(リカルド・エスピリト・サント・シルバ)氏が、収集したアンティーク・コレクションを収蔵・展示している。
収蔵・展示の博物館機能だけでなく、様々な修復技術を引き継ぐ工房・研究所としても機能している。
2014年以降、倒産したバンコ・エスピリト・サントの多大な支援を失って、存続が危ぶまれていたそうだけれど、現在はどうやらRepublica Portuguesa Cultura(ポルトガル文化庁)や、コングロマリットの道路事業団などの支援で、運営されているようだ。


Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
正面エントランス。
17世紀建造の、Azurara Palace(アズララ・パレス)を、
1947年にリカルド氏が購入して、コレクションを収蔵公開の博物館とした。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
エントランス・ホールの、18世紀の馬車。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
ボディの装飾ペイントは、ギリシャ神話のモチーフ。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
階上の展示室に登る階段には、アズレージョ。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
18世紀前半の、ローマ兵士を描いたスタイル。
建物自体は、17世紀建造だけれど、
コレクションの背景として、18世紀の貴族の屋敷という設定で、
改装されたそうなので、これらのタイルも、
その時に導入されたものなのかも。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
階上から展示室が始まる。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva


Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
アンティーク工芸品を、組み合わせたコーナーが演出されている。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
アフリカをテーマにしたタペストリー。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
18世紀のタブナクル。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
Ordem Militar de Cristo(キリスト騎士団)の章飾クロス。
キリスト騎士団は、ローマ教皇令で、1312年に廃止された、
テンプル騎士団に相当するポルトガルの勲位。
なので、このタイプのクロスは、ポルトガル独特のもの。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
次の部屋は楕円形。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva


Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
隣の部屋との間に挟まれた、小部屋。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
天井の構造が美しい。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
その次の部屋。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
18世紀コンソール・テーブルいろいろ。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
この部屋のタイルは、シノワズリー。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva


Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
見事なタペストリーのディスプレイ。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva


Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
同じ展示室のキャビネット。
扉の中の絵は、オリエンタルのラッカー風に描かれているけれど、
ヨーロッパの手になるコピーかと?

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
濃厚な赤のベッドルームのディスプレイ。
これは、17世紀っぽい。

Museu da Fundação Ricardo Espírito Santo e Silva
また、次回もこの博物館のイメージを。



Museum of Decorative Arts(装飾美術博物館)

Map:






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Museu Nacional do Azulejo(国立アズレージョ博物館)-3-

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ロンドン滞在中の旧友達と一緒になって、只今、夏のロンドン観光の日々が続いているけれど、標本箱はリスボンに滞在中で、今回は、Museu Nacional do Azulejo(国立アズレージョ博物館)の最終回。
この博物館は、旧マドレ・デ・デウス修道院を、博物館に転用したものなので、その修道院付属教会も保存公開されている。
今回はそのイメージを。


Chapel - Museu Nacional do Azulejo
順路に沿って行くと、この教会部分の最初に現れるのが、
この上階のクワイア(聖歌席)の控室。
アズレージョ(装飾タイル)貼りのスケールの大きさもだけれど、
すべての空間を装飾+絵画で埋め尽くす豪華さ。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
タイルの「おっちゃん顔」の天使君達。

最初の写真の左に見えるドアを入って、
クアイア席の部屋へ。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
クアイア室の先が、教会の本堂に向けて開かれている。
通常は、クアイヤ席はアルター(祭壇)に近い一角に、
充てられていることが多いけれど、
ここの教会では後方の上階に設けられていて、
ちょうど天上から聖歌が響く・・・という効果になっている。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
この装飾性の濃さに驚く・・・。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
正面の天井部分。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo


Chapel - Museu Nacional do Azulejo
正面装飾のクローズアップ。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
入り口を振り返ってみたところ。
席の上の壁面びっしりの、
キャビネットに収められているのは、聖遺物。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
ディスプレイ・キャビネットにも、興味津々。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
なんだか仏壇的に感じるのは、私だけか?

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
彫像型の聖遺物容器・・・って、
これもなんだか仏像っぽい。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
三蔵法師の聖遺物・・・と騙されても、
私は信じるよな・・・これでは(笑)。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
クワイア室の開口部から見た、教会本堂。
光の入っている、一段上がっている部分に、
通常ならクアイア席が設けられるけれど、
ここはチャペル的な小さな本堂なので、
そのスペースが無くて、上階にもうけられたのかも。

下の階の順路の最後に、
またこの教会本堂部分を、下階から見ることに。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
これは下階教会本堂の控室部分。
正式にはチャプター・ハウスだそうなので、会議室ということになる。
ちょうどこの部屋を振り返って見ていて、
正面の廊下から、順路の最後にこの本堂部分に入ってくる。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
そしてまた、階段を上がって教会本堂へ。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
アズレージョのブルーと、金のコントラストが映える。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
祭壇前の部分は、天光を取り入れるドーム天井。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
元々は、修道院付属のMadre de Deus(マドレ・デ・デウス)教会、
つまり日本語だと「聖母教会」。
その、ご本尊の聖母子。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
ふりかえって見たところ。
最初に見ていた、クアイア室の開口部が見える。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
下階の壁面は主にアズレージョで覆われている。
これは、聖ウルシュラかな?

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
パネル装飾のディティール。

Chapel - Museu Nacional do Azulejo
最後に、サイド・チャペルの聖母子像を。





Museu Nacional do Azulejo(国立アズレージョ博物館)

ヴィジター・インフォメーションは英文で<このページ

地図:





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Museu Nacional do Azulejo(国立アズレージョ博物館)-2-

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ロンドンの熱波は、予定通り去っていって、一気に12-13℃下がって23℃。 過ごしやすくて快適。
ただし、来週は毎日にわか雨で、天候不順の様。 
日本からウン十年来の友人達が、久々にロンドンにやってくるので、一緒に遊び回る予定なんだけれど、残念ながら、お天気の方はあまり期待できそうにないな。

今回もリスボンから、Museu Nacional do Azulejo(国立アズレージョ博物館)の続編を。


Museu Nacional do Azulejo
タイルの歴史を解説した、最初の部屋を抜けると、
現在はガラス張りになっている、クロイスター(回廊)と中庭に出る。

Museu Nacional do Azulejo
中央に噴水の水盤を置いて、幾何学的にヘッジを配した、
典型的なクロイスター/中庭のデザイン。
この修道院は16世紀初頭に開設されている・・・そうだけれど、
この中庭になった、大きい方のクロイスターは、
18世紀頃に建造されているのじゃないかな、
と、シンプルな様式を見て想像する。
(もしかすると、18世紀中頃の地震後の再建なのかも。)

Museu Nacional do Azulejo
リスボンで気がついたのだけれど、
噴水に水が入れられていないか、とても水量を制限して使っている例が多い。
借りていたアパートメントも、2人用のアパートなので、
設置できるボイラーのサイズが決められているそうで、
バスタブがついているのに、1/6位しかお湯が入らないようになっている
(後は、水になる)。
水資源が乏しいようで、とても節約して使っている感が、
あちこちで漂っているのだった。
これで山火事じゃぁ、それは大変だわ・・・。

Museu Nacional do Azulejo
バラはほとんど終わりかけ。
イギリスだと、バラのシーズンは、まだ一ヶ月以上後。
その上・・・、ここに来て鼻水がやたら出るので、
あぁ、花粉症に突入してしまった・・・と気づく。
これから、地中海地域に来る時は、
一ヶ月以上先倒しで気候を見ておく必要があると痛感。

Museu Nacional do Azulejo
クロイスターの一辺は、
研究・修復スタジオのスペースに充てられている。

Museu Nacional do Azulejo
修復中。

Museu Nacional do Azulejo
大きい方のクロイスターの後、また展示室を見て回って、
その先に、次は小さい方のクロイスターに向かう。

Museu Nacional do Azulejo
ここはまさしく、後期ゴシック。

Museu Nacional do Azulejo


Museu Nacional do Azulejo
お美しい・・・。

Museu Nacional do Azulejo
壁を彩るタイルは、初期のマヨルカ・スタイル。

Museu Nacional do Azulejo


Museu Nacional do Azulejo
壁に設置された水道の蛇口。
ま、これはゴシック期なはずはないけれど、
よく雰囲気に合っている。

Museu Nacional do Azulejo
階段を上がって、上階からのヴューが秀逸。

Museu Nacional do Azulejo


Museu Nacional do Azulejo


Museu Nacional do Azulejo
上階のクロイスターを取り巻く、
展示室の壁もアズレージョ(装飾タイル)。

Museu Nacional do Azulejo
その階段の壁も、アズレージョで覆われている。
これは、18世紀頃のものかと。

Museu Nacional do Azulejo
先に出てきた、大きい方のクロイスターを上階から見たところ。

Museu Nacional do Azulejo
上階もガラス張りになっていて、展示が続く。
ガラス張りになった、下の部分のアズレージョも、
オリジナルのもの。

Museu Nacional do Azulejo
もう無限にアズレージョが続くので、
だんだん目が素通りしてしまう(笑)。

Museu Nacional do Azulejo
18世紀の秀逸なアズレージョ。
上階のクロイスター部分には、他にも
19世紀やアール・ヌーヴォー、アールデコ、ミッドセンチュリーや、
コンテンポラリーのアズレージョも展示されている。
(のだが、もうタイル見すぎて、撮影の気力失う・・・。)

Museu Nacional do Azulejo
上階の展示で、目を引いたのは、このアズレージョ大パノラマ。
22.5mx1.15mのサイズで、1700年の制作。
1755年の大地震以前の、リスボンの街を描いている。

Museu Nacional do Azulejo
私達の滞在していたアパートメントは、
丘の上から城壁降りてきている、もう少し下のあたり。

Museu Nacional do Azulejo
話は少し飛んで、エントランスの先にあるカフェ・エリア。
この先にも、コンベントのオリジナルの中庭がある。

Museu Nacional do Azulejo
ウィンター・ガーデン(冬の庭)と呼ばれていて、
現在はカフェのテラスに使われている。

Museu Nacional do Azulejo
池と水盤があって、元々は
床の真ん中を水が流れていたものかと。
池には、鯉やら亀が在住。

Museu Nacional do Azulejo
日光浴中の亀のアラベスク・・・。


次回も、同ミュージアムより、絢爛豪華なチャペルのイメージを。




Museu Nacional do Azulejo(国立アズレージョ博物館)

ヴィジター・インフォメーションは英文で<このページ

地図:





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Museu Nacional do Azulejo(国立アズレージョ博物館)-1-

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今回から標本箱は、4月末に滞在していたリスボンのイメージを。
ホリデーに行っていたのは4月末~5月頭なんだけれど、その頃のリスボンの気候は、真夏のロンドンに相当する。
ここのところ、熱波続きのヨーロッパの夏で、ポルトガルで森火事になるのも解るわ・・・。
「ピレネーを越えると、アフリカが始まる」って、誰が言ったのか忘れたけれど、まさしくそんな感じ。

あ、ちなみにロンドンも、只今6月度記録破りの熱波、絶賛更新中、といっても、30℃超えだと「熱波」。
昔だったら、暑さに弱い生き物の自分は、エアコン無しのUK環境では、生存の危機・・・なんだけれど、ハード・コア・ズンバで汗だくになるのが効いてるのか、汗をかきやすい体質になってきて、暑さも随分しのぎやすくなってきた。
花粉症の方も、サプリやら、レッドライト・セラピーやら、いろいろな「オルタナティヴ」で乗り切っている(<こんなもの>+今年は<こんなもの>も追加で実験中・・・笑)。
今年からは、「締め切った部屋に閉じこもり」もしなくなって、なので、熱波もあまり苦にならないのかも。

ともあれ、ピーカン天気続きのリスボン滞在レポート、始まります。

自分達が訪れた時系列に沿って、今回はMuseu Nacional do Azulejo(国立アズレージョ博物館)から。
Azulejo(アズレージョ)というのは、ポルトガルやスペインで生産される、装飾絵付けタイルのことで、ポルトガルでは、建築の内・外装に多用されてきて、ポルトガルの装飾様式の重要な素材の一つ。
この博物館は、旧マドレ・デ・デウス修道院を、博物館に転用したもので、現在でもそのチャペルやクロイスターが保存公開されている。
実際にアズレージョを多用した、歴史的建造物の中に設けられた博物館なので、その内容の濃いことといったら、ハンパない。
ここを最初に見てしまったので、後の博物館が物足りなく感じたほど・・・。
前置きはこれぐらいで、イメージに。


Museu Nacional do Azulejo
修道院の壮大な建物の正面のドア、
は、実は博物館の入口ではなくて
(団体さんが出てきていたので、もしかすると団体出入口かも?)、
実際の入り口はこの建物の先にある、

Museu Nacional do Azulejo
このフェンスの先。

Museu Nacional do Azulejo
ちょうど、ブーゲンビリアが満開。

さっそく中にはいってみる。

Museu Nacional do Azulejo
アズレージョ・タイルの歴史・製法から話は始まるけれど、
展示の大半はポルトガル語のみの解説なので、
撮影しながら、ゲス(推測)で補う・・・。
この博物館の展示物の中でも、一番古い部類の15~16世紀。

Museu Nacional do Azulejo
この時代のものは、レコンキスタ以前に
イベリア半島を支配していた、
サラセン(アラブ)帝国の装飾様式・技法を、
そのまま踏襲したようなもの。
模様は基本的に、幾何学様式。
スペインのセルビアが、このタイプのタイルの生産地だったそうで、
ポルトガルのタイル製作も、セルビアから導入されたものだそう。

Museu Nacional do Azulejo
パターンが彫られた石版の上に粘土を、ローラーで伸ばして、

Museu Nacional do Azulejo
パターンが浮き出したビスケット・タイルを作り、
そのパターンの間を、釉薬で彩って、焼き上げる。

Museu Nacional do Azulejo
釉薬の粉末の状態と、焼き上がりの色見本。

Museu Nacional do Azulejo
16世紀初頭から、ルネッサンスのマヨルカ焼きの技法が、
スペイン、フランドル、イタリアからポルトガルにもたらされる。
これは釉薬を水でのばして、筆で描く技法。
なので、タイル自体はフラットなまま。

Museu Nacional do Azulejo
これによって、より描写的な、具象表現が可能になる。

Museu Nacional do Azulejo
図案を写した紙に、図案に沿ってピンホールをあけて、
そこに石炭粉(顔料・・・?)を、タンポで押し付けて、図案を転写する。

Museu Nacional do Azulejo
ドットを繋いで、アウトラインを描いてから、その中を彩色して焼き上げる。
ちなみに、この技法を今でも踏襲している、
18世紀セラミックのリプロを作るスタジオに、たまたま行き当たって、
いくつか購入して、写真も撮らせてもらったので、
この話もまた後日に。

その、お見事な例をいろいろランダムに。

Museu Nacional do Azulejo


Museu Nacional do Azulejo
ドアの周りの内装に使われた例。

Museu Nacional do Azulejo
教会の壁面だったもののよう。

Museu Nacional do Azulejo
イタリアだったら、フレスコで描くところを、
ポルトガルでは、全部タイルに描いて張り込んでいる。

Museu Nacional do Azulejo


Museu Nacional do Azulejo


Museu Nacional do Azulejo

Museu Nacional do Azulejo
プシャー^^。

Museu Nacional do Azulejo


次回もこの博物館から、修道院建築とタイルのイメージを。



Museu Nacional do Azulejo(国立アズレージョ博物館)

ヴィジター・インフォメーションは英文で<このページ

地図:










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Huis Van Gijn(ファン・ヘイン博物館)-3-

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Dordrecht(ドルドレヒト)のお屋敷博物館、Huis Van Gijn(ファン・ヘイン博物館)から最終回は、上階にある書斎から。


Huis Van Gijn, Dordrecht
このミュージアムの中でも一番好きな部屋。
19世紀の・・・・ちょっとコテコテ、17世紀リヴァイヴァルな様式。
版画、セラミック、絵画、などなど、幅広いコレクターだった、
ヘイン氏の応接室でもあり、研究室でもある部屋。
窓際に飾られているのは、先に亡くなった奥方の肖像画。

Huis Van Gijn, Dordrecht
小型のコレクションを収めたキャビネット達。
壁のパネリングの上部は、17世紀様式を復刻した、
19世紀のギルト・レザー。
一方、前回の最後に出てきた、隣に繋がる部屋、
図書室に使われているのは、
ギルト・レザーを模した、壁紙なのだそう。

Huis Van Gijn, Dordrecht


Huis Van Gijn, Dordrecht
ステンドグラスにそれぞれ描かれているのは、
17世紀オランダの詩人、Jacob Catsの諺。
猫が描かれていたので、つい撮ってしまう。

Huis Van Gijn, Dordrecht
同じく上階にある、メインベッドルーム。
この濃厚なパターンの壁紙は、この屋敷が建造された18世紀に由来するもの。
19世紀のヘイン氏の時代には、上から花柄の壁紙が貼られていたのだそう。
写真右半分の、ドア(廊下)側の壁紙は失われていたため、
他の壁に残っていた壁紙から複製して、2001年に導入された。

Huis Van Gijn, Dordrecht
暖炉の横のドアの先には・・・、

Huis Van Gijn, Dordrecht
ドレッシングルーム。

Huis Van Gijn, Dordrecht
と、その先にあるバスルーム。
ドルドレヒトに市の給水が始まった1882-3年に、
ヘイン氏が真っ先にバスルームとガスボイラーを設置した。
それまでは入浴は、使用人がお湯と水を、
何度も持って上がるという重労働だった。

Huis Van Gijn, Dordrecht
反対側からのヴュー。

Huis Van Gijn, Dordrecht
その先には、タイル張りのトイレ。

Huis Van Gijn, Dordrecht
メインベッドルームから、廊下を挟んで反対側のベッドルーム。

Huis Van Gijn, Dordrecht
奥方がなくなった後に、ヘイン氏の使用したベッドルーム。
手前の椅子は車椅子になっていて、
晩年体が不自由だったヘイン氏の使用したもの。

Huis Van Gijn, Dordrecht
そのまた上の階に登って、この部屋はプリント・ルームと呼ばれている。
ヘイン氏のプリント(版画)のコレクションを収蔵した部屋。

Huis Van Gijn, Dordrecht
キャビネットの中は、浅い引き出しになっていて、
コレクションをフラットにに保存している。

Huis Van Gijn, Dordrecht
コレクションの一部。

Huis Van Gijn, Dordrecht
プリントルームの横では、洗濯物干し場が再現されている。
元々このフロアは、使用人ベッドルームが2部屋あるだけで、
あとは広いロフトスペースになっていて、
日常生活を支える、バックステージの役割を果たしていた。

Huis Van Gijn, Dordrecht
現在は、このスペースを通って先にある階段を登り、
屋根裏の展示室へ。

Huis Van Gijn, Dordrecht
屋根裏部屋にはおもちゃのコレクションがみっちり詰まっている。

Huis Van Gijn, Dordrecht
ヘイン氏のコレクションは一部で、
大半はオールド・ドルドレヒト協会が1895年以降に集めた、
主に19世紀のおもちゃが、
1934年にこの博物館に寄贈されたもの。

Huis Van Gijn, Dordrecht
ドールハウスや、ミニチュア。

Huis Van Gijn, Dordrecht


Huis Van Gijn, Dordrecht


Huis Van Gijn, Dordrecht


Huis Van Gijn, Dordrecht
現在でも現役で動く。

Huis Van Gijn, Dordrecht
・・・というような、ここの博物館の様々な展示を楽しんだ後は、
階段を降りて・・・、

Huis Van Gijn, Dordrecht
併設のカフェでランチを。

Huis Van Gijn, Dordrecht
最後に、正面のヴューを。



Huis Van Gijn(ファン・ヘイン博物館)

Nieuwe Haven 29-30, 3311 AP Dordrecht, Netherlands

開館情報などは英文で<このページ>に。

地図:




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Huis Van Gijn(ファン・ヘイン博物館)-2-

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南オランダ、Oude Maas(オウド・マス)川に面した、水の町Dordrecht(ドルドレヒト)のお屋敷博物館、Huis Van Gijn(ファン・ヘイン博物館)から引き続き。


Huis Van Gijn, Dordrecht
前回の、ダイニングルーム-「赤のサロン」-リヴィングルームが、
一列に連なった部屋で、それらを繋いで、
玄関から裏の庭まで廊下がのびている。

Huis Van Gijn, Dordrecht
庭に向かったヴュー。
この廊下は、ヘイン氏のセラミック・コレクションの、
展示ギャラリーでもある。

Huis Van Gijn, Dordrecht
オラニエ家及びオランダの歴史を愛好したヘイン氏の
セラミックコレクションには、オラニエ公のコメモラ(記念アイテム)物が多い。
18世紀デルフト、オラニエ公ウィレム5世と、ヴィルヘルミーネ・フォン・プロイセンの
婚礼を記念した1767年の絵皿。
このシリーズはよほど色々作られていたようで、
アムスの国立博物館には豪華なヴァージョンが、
Pおじさんのル・シャトーにも、素朴ヴァージョンがコレクションされている。

Huis Van Gijn, Dordrecht

Huis Van Gijn, Dordrecht
これは、アムスの国立博物館に入っているもの<このページ>と、
同じ窯元のヴァージョンかと思われる。

Huis Van Gijn, Dordrecht
これは、お父さんの方のWilliam IV, Prince of Orange(オラニエ公ウィレム4世 )
を描いたタイル画。

Huis Van Gijn, Dordrecht
オランダ兵を描いた、デルフトタイル。
ま、後々、なにか「モドキ」ものの元ネタになるのでは・・・
という目論見で、色々撮っておく。

さて、「赤のサロン」から、その廊下を挟んで、
向かい側、同じく表に面した部屋が、この豪華な部屋。

Huis Van Gijn, Dordrecht
建物建造の翌年、1730年にインストールされた、The Hall(大広間)。

Huis Van Gijn, Dordrecht
木製パネリングにタペストリー。
19世紀にここに引っ越してきたヘイン氏も、
この部屋の保存に熱心で、遺言にも現状のまま維持する旨、指示されていた。
オランダの個人邸宅で、タペストリーがインストールされている、
最も古い例なのだそう。

Huis Van Gijn, Dordrecht
この部屋が、公式の応接室なので、
前回も書いていたけれど、正式の晩餐会はこの部屋で催されたものと。

Huis Van Gijn, Dordrecht
もう一度廊下に出て、庭に近い奥の方にある階段を上る。
この階段の天井には、18世紀にこの屋敷を建造した、
初代オーナー、Johan van Neurenbergとその妻の紋章が、
スタッコ・レリーフで描かれている。

Huis Van Gijn, Dordrecht
2階の廊下部分。
階段の壁には、ヘイン氏の武具のコレクションが飾られている。
右側のドアの奥は、晩年のヘイン氏の部屋で、ここはまた次回に。

Huis Van Gijn, Dordrecht
で、まずは、廊下部分。
ここでも、下階の廊下部分と同様、
コレクションの展示に使われている。
ちょうど17世紀、イギリス貴族の大屋敷の、Long Hall(ロング・ホール)が、
先祖の肖像やお宝の、ディスプレイ・スペースとして使われていたのと、
アイディアとしては同じかもしれない。

Huis Van Gijn, Dordrecht
英蘭戦争の英雄達の歴史に詳しいヘイン氏に相応しい、
モデル・シップのコレクション。

Huis Van Gijn, Dordrecht
セラミック、ガラス器のコレクションを収めたキャビネット。

この廊下の先の部屋にまず、向かってみる。

Huis Van Gijn, Dordrecht
17世紀後半の、個人邸宅の壁に使われた、
ギルト・レザーが現存する唯一の例。
これは、正確にはヘイン氏時代には、ここにはなかった。
この内装は元々はドルドレヒトのDe Rozijnkorfと呼ばれる屋敷のもので、
ヘイン氏も興味を持っていたようで、彼の手帳にそのことが記されている。
その後同じドルドレヒトのコレクターに、この内装は売却され、
彼の死後、オークションにかけられたが、
その後の行方がわからなくなっていた。
1992年にハーグとレイデンの間にある町、
ヴァッセナールの屋敷で再び発見され、この博物館に売却された。
2001年より、ここで修復公開されているもの。

Huis Van Gijn, Dordrecht
天井画パネルは、キャンバスに描かれたもの。

Huis Van Gijn, Dordrecht>
その次の部屋は、図書室。
中央に見えるドアで、隣の書斎につながっている。

Huis Van Gijn, Dordrecht
その暖炉には、19世紀にインストールされた鋳物のストーブ。

Huis Van Gijn, Dordrecht
そしてこれは・・・、Bavelaartje(バーファラチェ)ではないだろうか?
バーファラチェの話は<このページ>に。


次回は、引き続き、この隣の書斎のイメージから。



Huis Van Gijn(ファン・ヘイン博物館)

Nieuwe Haven 29-30, 3311 AP Dordrecht, Netherlands

開館情報などは英文で<このページ>に。

地図:






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Huis Van Gijn(ファン・ヘイン博物館)-1-

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3月後半に、Pおじさんのベルギー、メヘレンでのアート・フェアの撮影兼、Net広報お手伝いで滞在していた時、自由時間に訪れたDordrecht(ドルドレヒト)の博物館、 Huis Van Gijn(ファン・ヘイン博物館)のイメージを今回から3回にわたって。
その時滞在していたのは、ベルギーのブラッセルズとアントワープの中間にある、メヘレンという町。
ここから、この博物館を見たいがために、オランダのドルドレヒトに一泊滞在した。
話だけ聞くと、どんだけ遠いのかと感じるけれど、北ベルギーのメヘレンから、南オランダのドルドレヒトは距離にして約100km、ロンドンから、オクスフォードやケンブリッジに出かける程度の距離で、1時間に一本直通の特急Intercityに乗ると、1時間10分程度で着く。
なので、最初は日帰りを考えていたのだけれど、ドードレヒト博物館もいい収蔵品を持っているということだし、町自体が美しいのと、ここに住むPおじさんのお友達の老婦人を「慰問(?)」することを頼まれたので、それなら、一泊してゆっくりすることにした、という経緯。

その最大の目的、ファン・ヘイン博物館。
ここは、いわゆる、お屋敷ミュージアムで、1729年建造のタウンハウスに、1864-1922年に住んだ裕福な銀行家Simon van Gijin(シモン・ファン・ヘイン)がコレクションした、アート、クラフト、家具、おもちゃなどが、当時のままに展示されている。
1922年の彼の死後、遺言で屋敷は彼の生前の状態を出来る限り保った上、1925年以来博物館として公開されている。
ちなみに・・・オランダ語(特にPおじさん!!)の発音は難しくて・・・この「Gijin」を、日本語カナ表記では「ヘイン」と書かれているので、準じたけれど、正確には「へ」音は喉に絡ます発音。とてもじゃないけど聞き取れなくて、つまり、もともと自分では発音できなかった・・・(笑)。


Huis Van Gijn, Dordrecht
入り口を入って、順路の最初にあたるのが、キッチン。

Huis Van Gijn, Dordrecht
モールド(型)を使った、典型的な19世紀のプディング。

Huis Van Gijn, Dordrecht
野菜達。

Huis Van Gijn, Dordrecht
作業テーブルの反対側の壁面には、ファイヤープレイス。
18世紀の建造当時から、このキッチンのレイアウトに、
ほとんど変更はないのだそう。

Huis Van Gijn, Dordrecht
ただ、18世紀にはオープン・ファイヤープレイスだったのだろうけれど、
この当時最新式の、鋳鉄のオーヴンが19世紀に導入されている。
調理全般に使われるのみならず、ボイラーとしても機能していて、
お湯をいつでも供給できるようになっているので、
24時間火は入れたまま保たれていた。

Huis Van Gijn, Dordrecht
そして、その上部のコンロ部分で、加熱調理する。

Huis Van Gijn, Dordrecht
キッチンの奥に設置された食器棚。
こことはまた別に、後出の食器収納室が設けられていたので、
ここのものは日常使いだったのかな・・・と想像する。

Huis Van Gijn, Dordrecht
洗い場はキッチンに繋がる小さな部屋に位置している。

Huis Van Gijn, Dordrecht
キッチンの横の階段下に設けられたpantry(パントリー=食品保管庫)。
現代のように、季節関係なく野菜が、
世界中からスーパーに並ぶ時代ではないので、
旬のものを、ピクルスやジャムなどの保存食にしておいた。
冷涼なヨーロッパでは卵も、常温保存。
冷蔵庫に入れるようになったのは、20世紀の後半じゃないかな?

Huis Van Gijn, Dordrecht
キッチンとは別に設けられた食器収納室。
ここの食器はのは、キッチンに収められている
デルフト系(多分?)の食器と違って、
マイセン系(これも多分?)のボーンチャイナのフル・サービング・セット。
なので、これはヘイン氏が頻繁に催していたといわれる、
晩餐会など、来客用のものだったのかな・・・と、これまた想像する。

Huis Van Gijn, Dordrecht
小物のアレンジが、とても絵になる。

Huis Van Gijn, Dordrecht
カトラリーやら、ガラス器。

Huis Van Gijn, Dordrecht
キッチンなどのバックステージばかり見ていたけれど、
これがメインのダイニングルーム。
現状で8人、テーブルを延長しても、12人ぐらいが座れる部屋なので、
富裕階級のダイニングルームにしては、比較的こじんまりしている。
もしかしたら、ここは家族的なダイニングルームで、
正式の晩餐会には、次回登場する「ホール」が使われたのかもしれない。

Huis Van Gijn, Dordrecht
1886年の改装時に、再設計されたこの部屋は、
ウッドパネリングの上部に、壁画と、天井画が施されている。
Constantijn Muysken設計の、ダッチ・ルネサンス・リヴァイヴァル様式。

Huis Van Gijn, Dordrecht
廊下の反対側は、コンサバトリーにつながっている。
このコンサバトリーというのも、
19世紀にボイラーからの暖房が普及するようになって、
冬の間に「屋外感覚」を楽しむために、設計されるようになった。
また、内部の部屋への、冬場の寒気に対する
インシュレーションとしても、機能している。

Huis Van Gijn, Dordrecht
奥に見えている、真っ赤なインテリアは、
奥様の応接室。

Huis Van Gijn, Dordrecht
その「赤のサロン」。
この部屋も、隣のダイニングルームと同様にMuyskenのデザイン。

Huis Van Gijn, Dordrecht
ダイニングルームと繋がってはいるものの、
引き扉で、別の部屋に仕切られるように設計されている。

Huis Van Gijn, Dordrecht
ダイニングルームを挟んで、「赤のサロン」の反対側に位置する、
リヴィングルーム。
家族や近しい友人とくつろぐための部屋で、
ピアノを楽しんだり、ゲームや朗読で、時を過ごした。

Huis Van Gijn, Dordrecht
その、リヴィングルームの暖炉。

次回も引き続き、ファン・ヘイン博物館より。



Huis Van Gijn(ファン・ヘイン博物館)

Nieuwe Haven 29-30, 3311 AP Dordrecht, Netherlands

開館情報などは英文で<このページ>に。

地図:




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Plantin-Moretus Museum Revisited(プランタン・モレトゥス博物館再訪)-2-

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再び、標本箱はアントワープのPlantin-Moretus Museum(プランタン・モレトゥス博物館)に戻って、昨年秋のリニューアル・オープンした部屋のイメージを。


Museum Plantin Moretus, Antwerp
前々回の最後の、印字を作る鋳造室の下にあたる部屋。
鋳造室は、最上階の3階にあたる部分に作られているので、
この部屋は建物の2階にあたる部分。
17世紀にこの印刷所で制作された本が、展示されている。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
間仕切りに使われている、ステンドグラス。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
プランタン・モレトゥスの紋章というか、トレードマークのコンパス。
モットーは、「勤労と継続」。
いや、まったく、ごもっとも・・・。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
同じ一角にある、寝室。
ものすごく暗く保たれている。
部屋の大半は、壁がギルト・レザー張りで、
多分その保存ためと思われるけど、どの部屋もとことん暗い。
手持ちローライト撮影が得意の私でも、かなり手こずる・・・。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
部屋割りが入り組んでいて、その上、
フロアレベルも一定していなくて、ちょっと迷路っぽい。
これは、元々別に建てられた建物を買い足して、
中を繋いで行ったからなんだと思う。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
地理学の部屋と呼ばれている一角には、
地図を中心に展示されている。
椅子に座って、ゆっくりファクシミリ本を、
手にとって見ることができる。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
この一角に展示されている、
17世紀アントワープ港のプリント。<大きいサイズで
アントワープは、シュヘルト川に面した港町として繁栄していたのだった。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
15世紀の世界地図。これは「コピー」なのかな?
類似の15世紀世界地図の、別ヴァージョンをよく目にする。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
その先にある応接室。
この部屋は、17世紀の部屋に、
調度品は18世紀のものが集められている。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
ガラスドームに収められて展示されている、18世紀のティーセット。
展示方法がナイス^^。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
どの部屋で撮ったかわからなくなったけれど、
暖炉のデルフトタイル達。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
前回来たときも、ここもさんざん撮った。
それでもまだ撮る、図書室。

Museum Plantin Moretus, Antwerp


Museum Plantin Moretus, Antwerp
途中の階段。ドアも渋いっ。
窓の外に見えているのはコートヤード。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
その、コートヤード。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
この回廊の部分がとても好き。
重いカーテンの奥は展示室の一つから繋がるドア。
ドアを開けても、日光や外気が直接部屋の中に入らないように、
遮断するためのもの。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
最後にもう少し、コートヤード側からのアングルで。



Plantin-Moretus Museum
(プランタン・モレトゥス博物館)

Vrijdagmarkt 22-23, 2000 Antwerpen, Belgium

開館情報など英文で<このページ

Map:




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Plantin-Moretus Museum Revisited(プランタン・モレトゥス博物館再訪)-1-

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今回は、メヘレン滞在中に訪れたPlantin-Moretus Museum(プランタン・モレトゥス博物館)のイメージを。

ここは16世紀に遡る書籍印刷製作所と、そのオーナーの家が保存公開されている、ユネスコ・ヘリテージにも登録された博物館。
昨年の同時期に訪れた時は、全面改装で閉館する少し前で、すでに幾つかの部屋が改装のため閉められていた。
それでも写真を撮りまくって、標本箱にも3箱のエントリーがある。(<このページ>から3エントリー。)
昨年の秋に全館改装が完成して、再オープン。 そのいくつか見逃した部屋を見るために、再びやってきたのだった。


Museum Plantin Moretus, Antwerp
この部屋が、見てみたかった部屋で、書店だったエリア。
ここで印刷された本が、販売されていた。
手前のカウンター上に見えるのは、木製の製本プレス機。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
通りに面したドアから入って、書棚と、カウンター。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
右のケースの中に収められているのは、秤。
これで、支払金を量ったものかと思う。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
書店を見守る聖母子。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
書店エリアに隣接する応接室。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
想像だけれど、上顧客はこの部屋に招かれて、
本を吟味したのではないかと。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
去年も散々撮った部屋だけど、
古色蒼然の印刷機が好きすぎて、また撮ってしまう。

Museum Plantin Moretus, Antwerp


Museum Plantin Moretus, Antwerp
印字を組み上げて、印刷できる段階になったもの。


その組み上げるプロセス。


印刷台にセッティングするプロセス。


実際の印刷のプロセス。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
文字がエレガント。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
上階の部屋に移動して・・・、
この部屋は、その写植印字の制作室。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
金属加工の作業台。
ここで、印字の原型も作られる。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
原型から、反転型が作られて、

Museum Plantin Moretus, Antwerp
ここで、反転型から、合金で印字が作られていく。

Museum Plantin Moretus, Antwerp
合金を作る炉。


原型を作るプロセス。


そして、反転型を作り、


反転型から、印字を作るプロセス。



次回もまた、続きますよ。



Plantin-Moretus Museum
(プランタン・モレトゥス博物館)

Vrijdagmarkt 22-23, 2000 Antwerpen, Belgium

開館情報など英文で<このページ

Map:






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The Potteries Museum & Art Gallery, Hanley(陶磁器博物館、ハンレィ)-2-

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今回も、The Potteries Museum & Art Gallery(陶磁器博物館)のイメージを引き続き。


The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
この博物館の見ものの一つ、
テンコモリのcow cream jugs(カウ・クリーム・ジャグ)
The Keiller Collection(ケーラー・コレクション)と呼ばれていて、
18世紀後半~19世紀初期にかけての、
牛の形のクリーム・ジャグ。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
30年以上かけて、Kingston Hill (キングストン・ヒル←ウチからさほど遠くない)の、
ケーラー夫人がコレクションしたもので、総数667個。
1962年にこの博物館に寄贈された。
寄贈の際の条件で、総数の3分の2以上が常設展示されている。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
ムラムラ・ブツブツのパターンは、
スポンジのテクスチャーを生かして、絵付けされたもの。
それにしても・・・英人のコレクター魂の典型とでも言うか・・・。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
その隣に展示されているコレクションは、
The Davies Collection (デイヴィス・コレクション)と呼ばれるもので、
一見、ただの大きなパイントジャグ。
上の段のマグには
「中に何を見ても、投げ出して壊さないでね」的な、
一文が書かれている。
で、中に何を見るのかというと・・・、

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
カエル・・・。
このコレクションはMarjorie M Davies(マージョリー・M・ディヴィス)が、
1987年に寄贈したもので、
18世紀後半~20世紀後半に至るまでの、
300個のfrog mugs(フロッグ・マグ)。
ジョーク・グッズとして流行した18世紀後半頃のビールは、
にごり酒だったため、最初は見えなくて、
ビールがなくなるに従ってカエル君が姿を現すというもの。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
カップはステキなのに、カエル君はちょっとねぇ・・・(笑)。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
Wedgwood(ウエッジウッド)の18世紀後半に建造された、
工場複合体Etruria(エトルーリア)のロクロ室の復元。
アシスタントが人力で、ロクロを回転させていた様子。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
そのウエッジウッド・・・かな?
ネオ・クラシックなフォルムと、
アゲート風のテクスチャーがよく合っている。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
18世紀のスタッフォードシャー製のティーポット達。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
黒い輪郭線のものは、黒プリントを施したあとから、
カラーを、エナメルで上絵付けされている。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
ディスプレイ室は、まだまだ続く。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent


The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
このあたりから、Pearlware figure(パールウェア・フィギュア)、
一般的にスタッフォードシャー・フィギュアと呼ばれる、
装飾彫像の展示がはじまる。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
ヴィクトリア女王とアルバート公・・・のつもり(笑)。
ヴィクトリア時代はイギリスの中産階級が爆発的に増加した時代。
国威政策もあって、またセンチメンタルな趣味もあって、
そしてまたニュースの一般普及ということもあっての、
ヒーロー・ブーム。
そして、小金持ち小市民が部屋を飾ることに目覚めた時代。
ここにスタッフォードシャー・フィギュアの需要が成り立つ。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
19世紀アングロ・アフガン戦の「英雄」Sir Robert Saleと、
その妻Lady Forentia Sale。
Sir Robertのインド・アフガン従軍に随行して、
子供を産み育て、かつ、捕虜になりつつも、
英人捕虜達のリーダーとなって戦った・・・とかいう、
怖いもの知らずの英人女性の典型。
当時のヒーローだったそうで、
このペアのフィギュアのヴァリエーションが、
色々と作られていて、
今でもアンティーク・マーケットで見かけることがある。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
シェイクスピアの「プリンス・ハル」こと、ヘンリー5世やら、
ウィリアム・テルやら、像のジャンボやら・・・、
ヒーローやニュース性があれば、
(つまり、市場性があれば・・・)何でも作られたよう。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
いかにもヘタウマ系のネプチューンやら、ヴィーナスやら、
後ろの象さんのファサードは、
18世紀後半のPolito's Menagerie(ポリトの巡回動物園)のエントランス。
もっと大きくてわかりやすい例が<これ>。
その前の一群は、Teetotalism(禁酒運動)を描いたもの。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
タッチが素朴で、でも、どことなくチャーミングなのが、
スタッフォードシャー・フィギュアの魅力。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
なんだけど・・・ここまでくると、
もうピカソ作かと思うよ・・・(笑)。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
フィギュアものに続いて、Toby Jug(トビー・ジャグ)。
これも、なかなかコアなコレクターズ・アイテム・・・、
といえども、個人的には、
いくらおっさん趣味とはいえ、これはちょっと
アグリーなのでパスです(笑)。

最後に展示を見終わった後、
ここに併設のカフェでお茶。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
このストークのエリアでは、
「オート・ケーキ」というのが、有名らしい。
普通「Oatcakes」といえば、オートのビスケットのことをそう呼ぶけれど、
このあたりのは、オートでできたクレープのようなもの。
中にチーズやトマトを入れて焼いて、サーヴされる。
もっちりめのガレット・・・という感じで、なかなか美味しかったですよ。



The Potteries Museum & Art Gallery
(陶磁器博物館)

Bethesda St, Stoke-on-Trent ST1 3DW

開館:月~土:10am – 5pm、日:11am – 4pm
入場無料

地図:






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The Potteries Museum & Art Gallery, Hanley(陶磁器博物館、ハンレィ)-1-

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前回「一泊して2ヶ所新しい所にも見学に訪れた」と書いていたうちのもう一つは、この、Hanley(ハンレィ)の町にあるThe Potteries Museum & Art Gallery(陶磁器博物館)。 この地域のポッタリーズ(陶磁器地区)は、Stoke-on-Trent(ストーク・オン・トレント)が、鉄道窓口の町になっていて、実際に一番大きな繁華街は、Hanley(ハンレィ)の町の方。その町の中に、この博物館は位置している。
ストーク・オン・トレントの町からは、バスの便が出ているほか、タクシーでも10分 £10程度。
余談だけれど、車で来ていない私達は、点在する窯元やミュージアムを回るのに、たいていタクシーを使っていた。 見学し終わったら、レセプションで「タクシー呼びたいんだけど。」と言うと、いつでも使う会社があるようで、親切なことに、どこでもすぐ電話して呼んでくれる。ロンドンと比べると、タクシー代も安いので(地方では黒いロンドン・キャブではなくて、ミニキャブがタクシーなので、価格もミニキャブ値段)、車がなくても便利だった。

話を陶磁器博物館に戻して・・・、


The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
博物館の入口。
ファサードのモチーフも、素材も陶磁器。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
エントランスに近い最初の展示エリアには、
アングロ・サクソンの展示。
2009年にこのスタッフォードシャーの、
フィールドから発掘された、一大お宝、
Staffordshire Hoard(スタッフォードシャー・ホード)」
の展示のために、設置されたセクション。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
金銀、ガーネットの7-8世紀の宝飾品が、
3500アイテム以上発掘されて、大ニュースになった。
大英博物館で展示されたのを見に行ったことがあるけれど、
現在はバーミンガム博物館と、
ここで展示されているのだそう。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
スタッフォードシャー・ホード以上にここの「ウリ」は陶磁器。
多分、UKでV&Aの次に収蔵展示量が多いのじゃないかと思う。
これは、スリップ・ウェアの展示ケース。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
スリップ・ウェアのテクスチャーが好きなので、
ついつい力を入れて撮っている。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
こちらは、Salt-Glaze(ソルト・グレイズ=塩釉)じゃないかな。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
あ、このキャビネットは・・・、

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
イングリッシュ・デルフト^^。
またいつか「モドキ・デルフト」のネタに使えるのではないかと・・・、

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
クローズアップ撮影。
よく似たのがV&Aにあって、
「モドキ」のネタに使わせてもらった。
(その時の話は<このページ>に。)

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
Pおじさんと、プシャーにしてみようか(笑)。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
このあたりも、イングリッシュ・デルフト。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
これはコンチネントのデルフト。
こんな筆のタッチが真似できると面白いんだけど・・・。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
これもカーディナル(枢機卿)の紋章なので、
コンチネントのもの。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
これまた、自分に趣味のものでAgate earthenware
(アゲート焼き?かな?日本語でどう呼ばれているのか不明)
釉薬で、マーブル状になっている。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
これなんかウチで使いたい・・・(笑)。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
このタイプの現代のフランスのカントリー・ウェアを、
買って帰ったことがある。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
この辺はヴィクトリアンなので、ちょっとフォルムのデザインが、
ごちゃごちゃしている。

The Potteries Museum & Art Gallery -  Stoke-on-Trent
V&Aにも随分Agate earthenwareの収蔵があるけれど、
それ以外ではあまり見たことがないので、
やはり、ここの博物館の収蔵の充実ぶりが感じられる。

次回もまた、この博物館のイメージを。



The Potteries Museum & Art Gallery
(陶磁器博物館)

Bethesda St, Stoke-on-Trent ST1 3DW

開館:月~土:10am – 5pm、日:11am – 4pm
入場無料

地図:










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Royal Museums of Fine Arts of Belgium(ベルギー王立美術館)-3-

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Royal Museums of Fine Arts of Belgium(ベルギー王立美術館)の最終回は、Fin-de-siecle(世紀末美術館)のイメージを。
オールドマスターズ館で、のんびり写真を撮っていたら、気がついたら3時を過ぎている。
5時半頃のユーロスターなので、駅には4時半頃には着いていたい。美術館最寄りのブラッセルズ中央駅(歩いて6分ぐらい)から、預けている荷物を引き上げて、電車で2駅移動して・・・などと逆算していくと、4時前にはここを出たほうがいい。
Magritte(マグリット館)、Fin-de-siecle(世紀末館)がまだ残っているけれど、この際優先順位を付けてFin-de-siecle(世紀末美術館)の、学生時代好きだったFernand Khnopff(フェルナン・クノップフ)から見ていって、後は時間と相談で成り行きで・・・とおもって、世紀末美術館と思われる方向に移動。
これが最初特別展のエリアに向かっていて、間違いに気がついて引き返し、地下通路を抜けて階段を降りて、でもそこはまだマグリット館で、そこからまた、地下通路を抜けて階段を降りて・・・・入口を見つけて入ろうとすると、「バッグはロッカーに預けてください。」と止められる。だから、「ロッカーどこにあるねん~?」とキレれそうになったけど、入り口の横のくっらぁーいエリアにちゃんとありました。
ロッカーは無料だけれど、まず2ユーロか1ユーロのコインを投入する必要がある(後でロッカーをオープンしたときに、コインは戻ってくるシステム)。で、またモソモソ、サイフを出してコインを探して・・・あったからよかったけどね。(ない場合は、入り口の係員に頼むと代用コイン状のものを貸してくれるようだ。帰り際に「代用コイン返してもらえましたか?」とか聞かれた。「借りてないよ」まったく・・・。)
やっと入場して「クノップフはどこに展示されてるの?」と尋ねたら、「-8だから、一番下です。」ちょっと-8にクラクラきたけど、考えてみたらその入口はすでに-3なので、後5フロア降りればいいわけか・・・と、エレベーターを待てずに階段をドスドス降りる。
メザニン(中2階)構造になっているので、実質は2フロア半降りるぐらいのものだった。
そしてやっとクノップフ作品にに対面。


The Caress, Fernand Khnopff
The Caress(愛撫), Fernand Khnopff
ライオンじゃなくて、パンサー型のスフィンクス。
クノップフの横長(縦長)の画面の構成と、
絵画の装飾性が好きなんだと思う。

A blue wing, Fernand Khnopff
A blue wing(青い翼), Fernand Khnopff
チョーク画の下絵(?)の方。

A Blue Wing (The Blue Wing), Fernand Khnopff
A blue wing(青い翼), Fernand Khnopff
油彩画の方。
世紀末の頃は日本の浮世絵等の影響が強くて、
空間に「空き」のある、左右非対称なバランスの
構図がトレンディだったけれど、
クノップフもその典型的な例。

Under the tree, Fernand Khnopff
Under the tree(木の下), Fernand Khnopff
チョーク(チャコール)のモノクロームが
基盤にあって、そこに微妙に色彩が入る、
グレーィッシュなトーンも好き。
北ヨーロッパの冬の空気が感じられる。

Portrait of H.M. Prince Leopold of Belgium, Duke of Brabant, Fernand Khnopff
Portrait of H.M. Prince Leopold of Belgium, Duke of Brabant
(王太子ブラバント公レオポルドの肖像), Fernand Khnopff
ほとんどモノクロームの中にアクセント的に
カラーが入る、クノップフならではの描写。

Detail
クローズアップ。
こんなに少女漫画系(笑)に美しいはずがない。
王太子だからって美化してるな、クノップフ・・・
と思っていたけれど、レオポルド3世の写真をググってみたら、
そっくりのなかなかお美しい方でした・・・。

The Fairly Queen, Fernand Khnopff
The Fairly Queen(神仙女王), Fernand Khnopff
ラファエル前派的なるテーマと描写と思ったら、
実際に交流があって、イギリスでも展覧が催されていたのだそう。
そういうわけで、バーン・ジョーンズもここに入っている。

Psyche's Wedding, Edward Coley Burne-Jones
Psyche's Wedding(プシケの婚礼), Edward Coley Burne-Jones
バーン・ジョーンズ作品本では、よくお目にかかるけれど、
ここに入っていたのか・・・。

The dead Orpheus, Jean Delville
The dead Orpheus(死せるオルフェ), Jean Delville
アクの強いデルヴィル作品の中では、
一番静謐で美しい、私のお気に入り。

Detail
クローズ・アップ。

Satan's treasures, Jean Delville
Satan's treasures(サタンの宝物), Jean Delville
アクの強い方のデルヴィル作品。

The Angel of Splendours, Jean Delville
The Angel of Splendours(輝天使), Jean Delville

Detail
クローズアップ。
「被り物」のせいかバリのコスチューム的な印象。

A Carcass, Gustav Adolf Mossa
A Carcass(屍), Gustav Adolf Mossa
神秘的というよりは不可解をテーマにしているかのような、
モッサの作品の中でも、静謐な不気味さの漂う作品。
死神達が魂を「お焚きあげ」しているかのような。

The Masks, Francoise Decorchemont
The Masks(仮面), Francoise Decorchemont
世紀末のアール・ヌーヴォー様式の工芸も収蔵展示されている。
いわゆる・・・ガレなどと同時代の影響下の作品。

No title, Antonin Daum
No title(無題), Antonin Daum

The Nature, Alphonse Mucha
The Nature(自然), Alphonse Mucha
ミュシャのブロンズ作品。
ブロンズ色とマラカイト石のコントラストがキレイ。

Untitled
そのミュシャのポスターが展示されている、
家具の展示コーナー。
もうこのへんで時間切れ。
ブラッセルズは来年も2回来る予定なので、
その時にまた続きを見てみたいと思うのだった。


Royal Museums of Fine Arts of Belgium
(ベルギー王立美術館)

Rue de la Régence /
Regentschapsstraat 3
1000 Brussels

Map:







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Royal Museums of Fine Arts of Belgium(ベルギー王立美術館)-2-

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前回に引き続き、Royal Museums of Fine Arts of Belgium(ベルギー王立美術館)のイメージを。


Untitled
途中の窓の眺め。曇天曇り。

Untitled
詳細撮り忘れで、なんだかわからないのだけれど、
15世紀頃のマリア母様像・・・と思われる。
大理石レリーフを模したかのように、
モノクロで描かれているのが珍しい。

Adam and Eve, Lucas Cranach the Elder
Lucas Cranach the Elder (ルーカス・クラナッハ (父) )の、
数ある「アダムとイヴ」作品の一つ。

Virgin and Child, Jean Bellegambe
15世紀末~16世紀前半のフレミッシュ画家、
Jean Bellegambe(ジョン・ベルゴーンブ)の聖母子。
とてもチャーミング。

Winter Landscape with Skaters and Bird Trap, Pieter Brueghel I
で、(多分)このミュージアムのイチオシ収蔵物・・・なんだと思う。
親子含めて、20点弱収蔵されているんじゃないかな。
これは、「鳥罠とスケーターのある冬景色」ピーテル・ブリューゲル(父)。

Detail
そのディティール。
個人的に風景は好きだけど、
ゴチャゴチャ着膨れた(笑)人間がいっぱい出てくる
ブリューゲル絵画は全然興味の範疇にないのだけど、
ピーテル・ブリューゲル (子)が、父さんの昔の作品を模写している
共演が展示されていて、これにはやや興味。
その例を以下に・・・。

The Census at Bethlehem, Pieter Brueghel I
父さんの方の「ベツレヘムの人口調査」。
真ん中でロバに乗っているのが、妊娠中のマリア母様で、
ヨセフ父さんと、ベツレヘムの戸籍登録にやってきたところ。

Detail
ディティール。凍った川に低く沈んでいく太陽
(多分まだ4時前なんだろうけどね)。
北ヨーロッパのリアリティー。

The Census at Bethlehem Pieter Brueghel II
こっちは息子の方。
色味が全体にセピア系。

Detail
夕日が描かれてないし・・・。
それと、ところどころ人々の服の色が違っているけれど、
構図的には、まるっきり同じリプロダクション。
上記の「鳥罠とスケーターのある冬景色」も、
当時から人気の作品だったそうで、
息子の工房では、これを百枚位以上リプロして販売していたそう。
アンティカ展などで「ブリューゲル」が売りに出ていたりして、
たまげるけど、リプロ制作量が多いので、
その昔は入手しやすかったのかも・・・。

Fairground with theater and procession, Pieter Brueghel II
ブリューゲル(子)の、「芝居と行列のある祝祭」
あーもう、人がゴチャゴチャしていてうざいわ(笑)。

Still life with garland and scale, Jan Brueghel I
で、後のブリューゲル(子)の方の絵画は割愛して・・・、
こちらも息子の一人、ヤン・ブリューゲル。
この人も同名の息子が画家なので、
ヤン・ブリューゲル(父)ということになる。
ちょっとややこしい。
この画家は、静物画、花の絵が中心。
こういうのはすごく好き^^。

Detail
特にペンダントなんて、
私がリプロを作ってあげましょうか?(笑)。

Archduke Leopold William in his gallery of Italian paintings, David Teniers
「イタリア絵画ギャラリーのレオポルト・ヴィルヘルム大公」
1651 David Teniers II (ダフィット・テニールス (子))。
みっちりゴチャゴチャしていても、
ブツや絵画だったら好きなので(笑)、
こういう絵画内絵画興味深い。
レオポルト・ヴィルヘルム大公は絵画コレクターだったそうで、
ググるとこれ以外にもいろいろな、
大公のギャラリーシーンを描いた作品が出てくる。

Detail
真剣・・・。

Portrait of Jacqueline Caestre, Wife of Jean Charles de Cordes, Peter Paul Rubens
ルーベンスのPortrait of Jacqueline Caestre, Wife of Jean Charles de Cordes
あぁもう、いちいちカタカナ表記に直す根気が尽きたので、英語表記のまま。
これは、アトリエ表記がなかったので、ルーベンスの手になるものかと。

Detail
で、やっぱり凝視しているのは、ジュエリーだったりする。

Italian Landscape with Ruins, Jan van der Meer III
「廃墟のあるイタリア風景」 Jan van der Meer III
夕日で金色に染まった空が美しい。

Landscape, Gillis van Coninxloo III
「風景」Gillis van Coninxloo III
こういう静かな風景画が好きな歳になってきたかも・・・。

Detail
水車小屋のディティール。

次回は、Fin-de-siecle(世紀末美術館)のイメージを。


Royal Museums of Fine Arts of Belgium
(ベルギー王立美術館)

Rue de la Régence /
Regentschapsstraat 3
1000 Brussels

Map:













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Royal Museums of Fine Arts of Belgium(ベルギー王立美術館)-1-

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今回からはナミュール出張の最終日、夕方にユーロスターでロンドンに戻る前に訪れていたRoyal Museums of Fine Arts of Belgiumベルギー王立美術館)のイメージを。

この美術館、大きく一括りにして「王立美術館」ということになっているけれど、現在は大きく4つのセクションに分かれている。
Old Masters (古典美術館)、Magritte(マグリット美術館)、Fin-de-siecle(世紀末美術館)がひとまとめの常設展示。別々にチケットが販売されているが、3館共通チケットは13ユーロで、それぞれ買うよりお得ということになっている。まぁ、全館見るでしょう、というので、この3館共通チケットを買った。(その他、別チケットの企画展が主なModern(近代美術館)との、合計4つのセクション。)
この3館中で繋がってはいるものの、別の建物を無理から地下で繋いだ形式で、実に解りづらい。で、オールドマスターズの方ではショルダー・バッグを提げてても何も言われなかったのに、迷いもってたどり着いた世紀末館の方では、バッグは無料ロッカーに入れるように言われる。ややこしい。仏語圏ベルギーってどことなく「カフカ的なる」不条理感・・・とは言わないまでも、奇妙な微妙な食い違いで成り立ってる国(地域)だわーと、ここでも実感する(笑)。隣のオランダが、何でも解りやすくて合理的なのにね。


Royal Museums of Fine Arts of Belgium
メイン入り口の装飾。

Royal Museums of Fine Arts of Belgium
メインの入り口。

Royal Museums of Fine Arts of Belgium
入り口を入って、吹き抜けの1階でチケットを買う。
平日なせいもあるけど、ガラ空き。
アムスのライクスやパリのルーブルが、
チケットの事前ネット購入必至なのに比べると、
ぜんぜんゆるい、混んでなさすぎ・・・。
まぁ、規模が随分違うけど。

Scenes from the life of Mary - South Dutch school,  ca 1400
15世紀初頭の「聖母戴冠」の板絵。

Annunciation, Master of Flemalle, ca 1375-1444
15世紀初頭の「受胎告知」。
窓のシャッターや暖炉など、
インテリアのディティールが好きな絵。
ここに入っているとは知らなかった。
それにしても、天光があるにも関わらず曇天。
照明も落としてあるので、撮影にはひどく手こずる・・・。

Sforza - Triptych, Rogier van der Weyden
Rogier van der Weyden(ロヒール・ファン・デル・ウェイデン←
英語読みのロジャー・ヴァン・ダー・ウェィデンで覚えてるけど・・・)
の、トリプティック。

St. Virgin and Child with Saint Anne surrounded by Saint John the Baptist, Louis, Catherine and Barbara, the Ursula Legend Master,late 15th century
15世紀の聖母子。ウルシュラ伝説のマスター作。
後ろにいるのは、おばあちゃま聖アン、左に洗礼者ヨハネ、
右に聖王ルイと、その下にはいつでも塔がくっついてる聖バルバラ。
右で幼子ジーザスから婚礼指輪を渡されているのは、聖カテリナ
そう、伝説上では、別界次元では、
ジーザス先生に奥さんがいたわけです。
「聖おにいさん」に出てきてもいいのにと、いつも思う(笑)。

Scenes from the life of Saint Catherine, Catherine Legend of the Master, late 15th century
このカテリナ伝説のマスター作の15世紀後半の絵画でも登場。
まわりは女性聖人満載で、これではまるでグルーピー状態。

Brussels Altarpiece of the Temptation of St. Anthony,  circa 1530 copy.
へーえ、ここにボッシュの「聖アントニーの誘惑」が入ってたんだー、
と思っていたら、数あるコピーの中の一つで、1530年頃の、
「ブラッセルズの祭壇画コピー」と呼ばれているもの。
オリジナルはリスボンの国立古美術館に入っているそうなので、
来春リスボンに行ったときに見ることと。
(来年のホリデーは、リスボンで予約済み^^。)

Shutters of the trptiek of Zierikzee, South Dutch School, 1495-1506
16世紀初頭のトリプティックの扉絵。
奉納者夫妻が正装で描かれている。
(というのは、カスティーリャ王フェリペ1世と 
カスティーリャ女王 ファナの肖像画だと判明。)

Still Life with Parrot, Adrian of Utrecht, 1636
オウムのいる静物画。エイドリアン・デ・ユトレヒト、1636年。
金銀工芸師のショールーム的設定になっていて、
後ろに製作の現場が見えている、珍しい静物画。

View of Brussels, Jan Baptist Bonnecroy, 1618-1665
View of Brussels, Jan Baptist Bonnecroy.
17世紀のブラッセルズの眺め。
ルーベンスが集められたルーベンス室に入って、
ルーベンスより先に目についたのが、
このパラノイアックな描き込みの鳥瞰図。
ブラッセルズも星型要塞都市だったんだーと気づく。

Detail
見ていたらどんどん吸い込まれていって・・・、

Detail
こういうディテールに入り込んでしまって・・・、

Detail
17世紀Googleストリートを見ている気分になる。

The coronation of Maria, Peter Paul Rubens atelier
で、肝心のルーベンスの、「聖母戴冠」。
ルーベンスとはいうものの、ここのルーベンスは、
すべて「アトリエ」表記があったので、アトリエ制作版ということらしい。
これなども、ちょっと肉感的でいて輝くようなリアリティに欠ける印象。

The Assumption of Maria, Peter Paul Rubens atelier
この「聖母昇天」の方が「いい手」のスタッフが描いた、
あるいは師匠の手がはいっている感じ。

Detail
表情の描写に「張り」がある。

The Intervention of the Holy Virgin and St. Francis holds Christ's wrath, Rubens atelier
同じくルーベンス工房の「キリストの怒りをなだめる聖母と聖フランシス」
最初ゼウス先生かと思った。
ジーザス先生も、こんな癇癪持ちだったとは(笑)。

Adoration, Peter Paul Rubens atelier
ルーベンス工房の「三博士の礼拝」。
あぁ、もう来週末はクリスマスだぁ・・・。

The Triumph of the Catholic Faith, Peter Paul Rubens
「カソリック信仰の勝利」ルーベンス。
これは、師匠の下書指示書なのじゃないかな・・・、
つまりルーベンス自身の手になる・・・と、想像だけど。

Virgin and Child, Quinten Metsys
17世紀のルーベンスから、時代が逆行して・・・、
15世紀末~16世紀前半の Quinten Metsys
(クエンティン・マサイス)の、聖母子。

Banker with his wife, Quinten Metsys
マサイスの「両替商と妻」。

Detail
でも、自分が凝視しているのは、
こんなディテールだったりする(笑)。

次回も、この美術館、まだまだ続きますよ。



Royal Museums of Fine Arts of Belgium
(ベルギー王立美術館)

Rue de la Régence /
Regentschapsstraat 3
1000 Brussels

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Musée des Arts Anciens, Namur (古代博物館、ナミュール)

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今回は、ナミュールで私が唯一見ることのできたミュージアム、Musée des Arts Anciens (古代博物館)のイメージを。


Musée des Arts Anciens, Namur
地域史博物館と合体していて、入り口を入ってすぐの建物は地域史。
そこでは、メダルの歴史(?)というような、
ここナミュールとどこが関連しているのか、
よくわからない企画展がもよおされていてた。
それも、ざーっと見てみたけど、
なんだかイマイチ、インスパイアされるものがなかった。
そこで、次に中庭を通って、この古代博物館に移動。
入った最初の部屋は、中世工芸・・・というか、
主に聖遺物関連の展示。
レリカリー(聖遺物)イメージは自分的にライフワーク(?)なので、
ぐっと盛り上がる。
展示は激暗い部屋で、撮影はちょっと苦戦中。

Phylactere
Phylactere(仏語:フィラクテー)と呼ばれる、一種の容器。
12世紀中頃~13世紀中頃に北ヨーロッパで、
主に制作された。
時々フランス系の博物館で見かけるもので、
実際何に使われたのかは、まだ私には調べがついていない。
フィラクテーと言うのは中世絵画で「セリフ」が、
スクロールになったもののこともこう呼ばれるので
(コミックスの「フキダシ」も、フィラクテーということになる)、
祈りの語句を封じたもの(一種の「呪」)なんじゃないかな・・・、
というのはウラ無しの想像。
ただ単にReliquary(レリカリー=聖遺物)と記述されている場合もあるので、
その違いは、私にはまだよく解っていない。

Phylactere de St Hubert - 1230-35
その、13世紀前半のフィラクテー豪華版。
「聖ハーバートのフィラクテー」と記されていた。

Phylactere de St Hubert - 1230-35
クローズアップ。
祈りの語句を封じたもの・・・というか、
この周りに記された文字が、
聖句ということなのかもしれないな・・・。

Phylactere de St Hubert - 1230-35
その裏面。
明らかに「容器」になっていて、
リモージュ七宝の蓋が付いている。
この中に聖ハーバートの聖遺物が収められているのかと。

Pyxides - limousine, 13th century
Pyxides(ピクシード/ピクシダー)と呼ばれる容器。
13世紀リモージュ製。
これも初期の聖遺物容器だったのかと。
これに似たものは大英博物館にも幾つか所蔵されている。

Phylactere of St Martin - 1230
再びフィラクテー、聖マーティンのフィラクテー1230年

Phylactere of the tooth of st Andre
聖アンデレの歯のフィラクテー・・・というからには、
歯が収まってるんだろうな。

Phylactere of the tooth of st Andre
タイトルを撮り忘れたけれど、再びフィラクテー。

Reliquary Cross 1230
レリカリー・クロス、1230年。
容器になっていて、中に聖遺物が収納されている。

Reliquary Cross 1230
クローズアップ。
フィリグリーとか石留めに興味津々。

Reliquary of the rib of St Peter - 1238
聖ペテロの肋骨の聖遺物、1238年。
珍しいフォルム。
このあたりの聖遺物の信憑性はちょっと怪しいけど、
ま、伝説ということで・・・。

Musée des Arts Anciens, NamurIMG_9251 copy
Blessing Hand(祝福の手)のフォルムの聖遺物容器。

38/5000 Foot-reliquary of St Blaise - 1260
手があるかと思えば、足もあった。
聖ブレーズのレリカリー、1260年。
中身も足の骨だったのかな?

Reliquary-monstrance -1260-70
自分にとって「親しみやすい」フォルムのレリカリー。
13世紀後半のもの。

Reliquary-monstrance -1260-70
クローズアップ。
そのまた中に、聖句の刻まれたロケットが下げられている。

Vase-reliquary - 13th century
ヴァーズ型のレリカリー、13世紀。

Reliquary-monstrance - 1230-40
レリカリー・モンストランス、13世紀。
4つの聖遺物の詰め合わせセット。

Grand reliquary-turret of St Nicolas - 1260
タワー型の容器、1260年。

Grand reliquary-turret of St Nicolas - 1260
クローズアップ。

Virgin and Child
その他、象牙彫の聖母子像。

Virgin and Child - 1270
木彫の聖母子像、13世紀後半。
などなど・・・、13世紀ものにすっかり釘付けになっていたけれど、

Annunciation and Visitation - 1415-20
15世紀前半の受胎告知の木製パネル、

Annunciation and Visitation - 1415-20
そのクローズアップ、や、

Scenes of Childhood and the Passion of Christ - early 16th century
初期16世紀の、キリストの幼少期と受難を描いた、
立体レリーフの木彫パネルが、目を引いた。

Musée des Arts Anciens, Namur
ルネサンス期の展示室。

Musée des Arts Anciens, Namur
最後に、コートヤードを。



Musée des Arts Anciens(古代博物館)
Hôtel de Gaiffier d’Hestroy
Rue de Fer, 24
5000 Namur
火~土曜 10-18時開館。

地図:





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Reading's Copy of the Bayeux Tapestry (バイユー・タペストリーのレディング復刻版)

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金曜の夜ににRye(ライ)の撮影から帰ってきて、「なるべく早く~」と頼まれていたので、土日でポストプロセスを仕上げて、ただいまWeTransfer転送中。
全く・・・「撮りすぎ注意」もいいとこで、最終仕上げが200枚弱で、あー、もう完全に撮りすぎ。 それでもまぁ、喜んでもらえるといいのだけど。

標本箱はReading(レディング)の話の続きで、今回はライヴの前に街をウロウロしていて立ち寄った、Reading Museum(レディング博物館)に収蔵展示されている、Bayeux Tapestry (バイユー・タペストリー)の19世紀復刻版の話。(通称「タペストリー」と呼ばれているけれど、実際には刺繍されたもの。)

本家の方、11世紀のバイユー・タペストリーも、5年前の夏にノルマンディー・ドライヴでバイユーに立ち寄った時に見に行ったことがある(その時の話は<このページ>に)。 
レディングの方は、その19世紀の復刻版。
レディング博物館に現在所蔵されているけれど、これはレディングで製作されたものではなくて、1885年にスタッフォード州の刺繍グループ、Leek Embroidery Society(リーク刺繍協会)の女性たちによって制作されたもの。
このグループのリーダー、Elizabeth Wardle(エリザベス・ワードル)が本家のバイユー・タペストリーを見学した時に、「イギリスにも、この復刻版があるべきだ」と思い立ち、グループの35人の女性の協力のもと、1年かけて1886年に完成された。
サウスケンジントン博物館(現V&A)から提供された、水彩着彩の白黒写真を元にして図案が複写され、エリザベスの夫でシルク染工場を経営するThomas(トマス)が、できる限りオリジナルに忠実な毛糸・染色方法で刺繍糸を製作・提供した。
完成後は、イギリス各地で、またドイツやアメリカでも巡回展覧される。
1895年にレディングで展覧されていた時に、リーク刺繍協会はこの作品の売却に応じることを決定し、レディングの前市長だったA A Hill氏が£300で買い取って、レディング市に寄贈した。
その後も、世界各地に貸し出し巡回展覧された後、1993年にレディング博物館に、現在の専用ディスプレイ室が完成して、以降ここで常設展示されている。

前回も書いたけれど、本家の方は撮影禁止なので、まったく写真がなくて、かなり不満だったけれど、ここではフラッシュなしの撮影可。 なので、またまた、いろいろ撮ってしまったのだった。
ちなみに、本家の方は全編を<このページ>で見ることができる。(クリックで拡大。)



Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
これがタペストリーの始まりのシーン。
エドワード証聖王(懺悔王とも訳されている)が、ノルマンディー公ウイリアム(のちの征服王)を、
イングランド王位後継者に指名する旨伝えるべく、
義兄(嫁さんエディスの兄)ハロルド(ハロルド2世=ハロルド・ゴドウィンソン)をノルマンディーに派遣する。

ところで、元々のこのタペストリーは、1066年ノルマンディー公ウイリアムのイングランド征服後、ウイリアム征服王の異母弟Odo of Bayeux(バイユー司教オド:フランス語読みだとOdon=オドン)が制作させた、ということに現在なっている。
(元々は、「王妃マティルダのタペストリー」と呼ばれ、征服王の妻マティルダが制作させたと考えられていた。)
いずれにせよ、ウィリアム征服王・ノルマン側が、アングロサクソン系の王ハロルドを打ち負かしたのは、先代のエドワード証聖王が、ウィリアムを正当な後継者として指名していたからで*、ハロルドはそれを「不当に」横取りしたからだ・・・という、とても一方的なノルマン側の言い分に基づいて、ここでのストーリーは展開される。
史実は・・・たいがいそんなことはない。正当も不当もなくて、単に権力争いで、うまくやったもん勝ち・・・の、時代であった(あ、いつの時代でもそうか・・・笑)。

*ウィリアム征服王の祖父ノルマンディー公リチャード2世が、エドワード証聖王の母エマと兄弟・・・つまり、大叔父さんにあたって、エドワード証聖王のノルマンディー亡命期に親しかった、という根拠だそう。(オタッキーな覚書)


Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
で、船出するのだけれど、強風にあおられて、
Count Guy of Ponthieu(ポンティユー伯ガイ)の領土に難破してしまう。
そして、まんまと身代金目当てにガイに捕まってしまう。


話は刺繍糸の話になって、この写真の船の部分で、
刺繍糸が褪色しているのがよくわかる。
船の縁の模様部分と、船の櫂の部分は、
本家ではダークグリーン。
ここでも多分もともと同じような色が使われていたのだろうが、
船の後ろの方が激しく褪色してしまっている。
19世紀コピーの方は、全体的に、色の褪色が目立つため、
本家よりコントラストの弱いものになっている。
11世紀の糸の方が、19世紀の糸より色持ちがいいって不思議ー。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
その知らせを受けたウィリアムが、
ハロルドを救出するべく、使者を送る。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
ウィリアムの尽力(と、多分身代金支払い)で、
自由の身になったハロルドがガイにひき連れられて、
ハロルドに身柄を渡される。


真ん中のハロルド、捕虜なんだけれど、当時の貴族の捕虜は一応客人扱いなので、鷹を手に優雅なもの。
で、ハロルドはアングロサクソン人なので、初期ビートルズ(?)のようなヘアスタイルにヒゲ。
一方、ノルマン系の連中、上に出てきたウィリアムや、ここで前にいるガイ達のヘアスタイルが、どうやら後ろ刈上げというか、剃り上げスタイル。<こんなもの>が、史実に忠実なもののよう。
このタペストリーでもその違いが、描き分けられている。
(ちなみに、ノルマン人の祖先ヴァイキング達は、この頃でもずーっと、ロン毛。)

もう一つ、くだらない話。
タペストリーの枠外に、あまりストーリーとは関係ない・・・ような、動物やら人物やらがいろいろ(たぶん)模様のつもりで描かれているのだけれど、このシーンの下にはなぜだか裸の男女が描かれていて、男が女に求愛ちう(?)な様子。
本家の方では、男の股間にナニな状態の一物がはっきり描かれているのだけれど、そーゆーことに目くじら立てまくりのヴィクトリアン期の復刻版には、もちろんそれは削除されている。次に、もう一つ露骨な例をご紹介しよう(笑)。


Original figure modyfied with a pants in the 19th century reproduction.
あれ?日本ってこういうのまずかったのかな?
(え?19世紀のままなのだっけ?)
ってもう、記憶が定かでないけど、
自主規制で小さく、でも載せる(笑)。


この後、話は、ハロルドとウィリアムの交渉に入って、その時にウィリアムが娘を、ハロルドに嫁がせようという話が出るシーンの下、枠外に意味不明でこのような不埒な輩(左)が登場。復刻版の方では、右のようにパンツ穿かされてる。
これは、刺繍家のご婦人方が自主規制したのかと思いきや・・・、サウスケンジントン博物館(現V&A)からの資料の段階で、修正されていたものだそう。 ローマ時代の彫刻や、ルネサンス絵画にもイチジクの葉っぱを、つけて回っていた時代なことゆえ(笑)。


Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
本題に戻って、ウィリアムは反乱を起こした、
ブリタニー公コナン討伐軍に、ハロルドの参戦を依頼する。
クエスノン川を渡るシーンの向こうに見える、
亀の甲羅状のものは、モン・サン・ミシェル。

その後、ブリタニー公領の町Dol,、Rennes、Dinanを次々陥落させて、
コナンを降伏させる。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
その後、バイユーに一行は向かい、
聖堂内の聖遺物にかけて、ハロルドはウィリアムに、
臣下としての忠誠を誓う・・・のシーンなんだけれど、
大聖堂のシュールな構造に目を奪われて、
肝心の忠誠を誓うハロルドを、右に見切ってしまっていた。
写真の右に座っているのがウィリアム、で、
右端が聖遺物箱。そのまた右画面外にハロルドがいる。

これがまだ、話の伏線になる前半で・・・なかなか、話が進まないな・・・。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
その後ハロルドは無事、イングランドへ帰国し、
エドワード証聖王に使命の遂行を報告する。

が、程なくして、エドワード証聖王が死去する。
写真を撮り忘れてたけど、(本家のこのシーンは<このページ>に)
ここで、すかさずハロルドが、貴族の支持を取り付けて、
イギリス国王に即位してしまう。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
そのニュースは、スパイによって、あっという間にウィリアムの耳に届き、
イングランド侵略を決意したウィリアムは、
侵略用の船の建造を依頼する。
ウィリアムの右隣に座っているのは、
ここでは名前が出てこないけれど、トンスラ(剃髪)頭から、
ウィリアムの異母弟のオド。
彼が船の発注を取り仕切っていた。

この次に船の建造シーンがあって、

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
船が完成して、武具・兵器を積み込んでいるシーン。
チェーン・メイルは重いので、二人がかりで運んでいた様子。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
馬も積み込んで、海峡を渡る。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
船団は、Pevensey Bay(ペヴェンシー湾)に上陸。
上陸したのは6000-7000人の軍団とされている。
東のHastings(へースティングス)に向かいキャンプをはる。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
で、まずは腹ごしらえの宴会。
バーベキューというか、焼き鳥というか・・・。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
なにかというと、真ん中によく出てくるオド司教。
自分が発注したものだったら、当然といえば当然か。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
そして、作戦会議ちう。
ここでもウィリアムの左で、アドヴァイスしているのはオド。
右側はウィリアムの異母弟で、オドの実兄弟のロバート。
このオド、聖職者だけれども、当時の貴族なので戦闘参加。
後半ではチェーンメイル着用で、
メイス(こん棒?)振りかざして戦うシーンあり(写真は撮り逃し・・・)。
「恐喝・強盗で財を成した」と記録に残るほどの強者だそう(笑)。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
ハロルドの動きが報告される。

このころ時を同じくして、ハロルドの弟トスティが、
ノルウェー王ハーラル3世を引き込んで、反乱を起こし、北のヨークを制圧。
ハロルドは、これをBattle of Stamford Bridge
(スタンフォード・ブリッジの戦い)で撃破していたところ。
で、ウィリアムの上陸を聞いて、400km弱を7000の全軍をひき連れて、
南下し、バトルの丘の上(有利なポイント)に陣をはろうとしていた・・・ということ。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
ウィリアム側としては、ハロルドが態勢を整えないうちに、
開戦に持ち込みたかったので、1066年10月14日朝に進軍開始。

ちなみに、10月14日頃の週末は、バトルでリ・エンアクトメント(歴史再現)の、
コスチューム模擬戦闘イベントが行われているのだった。
今年は950年記念だったので、一段と大規模だったとか。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
ノルマン側の進撃。
ところで、ノルマン側は弓兵で一斉射撃しておいて、
このシーンのように槍を持つ騎兵が、
突撃・退却を繰り返す戦闘方式。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
対するアングロサクソン側は、
盾をみっちり組んで防御し進軍、
(これはローマ兵の戦闘方式と似ている)
長斧を振り回す切込み歩兵で、前線を切り開く戦闘方式。

通常、逆しずく型の長盾はノルマン盾で、
アングロサクソン側は、丸盾が定説なのだけれど、
実際にはアングロサクソン側でも、長盾が使われていたのだそう。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
戦闘は膠着状態で、午後に至るが、
ウィリアムは、アングロサクソン側の陣形を崩すことに成功。
ここで、ハロルドが目を矢で射抜かれて戦死。
一気にノルマン側の勝利が確定する。

あ、この左から2つ目の盾がアングロサクソンの丸盾。

ここで、目を射抜かれているのがハロルド・・・・ということになっているけれど、実はこれにも諸説あるらしい。
そもそも、ハロルドが目を射抜かれて死んだというのは、聖なるもの(聖遺物)にかけた誓(この場合、ウィリアムに臣従の忠節を誓った)を、破ったものに対する天罰を象徴していて、いくつか同様の伝説がみられるのだとか。
この伝説が後年できあがって、本家の方のこのシーンは、その伝説に準じるために、矢の部分が14世紀以降に付け足された、とも考えられている。
で、この人物がハロルド、ということになったのだけれど、本来は馬の前に倒れている(写真では右にはみ出している)人物が、ハロルドという説もある。
というわけで、現在では死因は確定はされていない。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
ここで、ウィリアムの王位が確定して、
この後に戴冠のシーンがあったはず・・・なのだけれど、
本家の方でそれは失われていて、この戴冠に向かうシーン(?)
でタペストリーは終わっている。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
復刻版の方は、その後にこの作品の制作についての解説が、
刺繍されている。
その下には、参加者の名前がスタンプされている。

また、全編に本家にはないもう一つ下の枠組みが
(写真でははみ出しているけれど)採られていて、
そこに「ここまではXXXXの制作」というように、
制作者名が刺繍で綴られている。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
これは、刺繍の技法を解説したもの。
ステム・ステッチでアウトラインを描いてから、
中を色糸で埋めていく刺し方。


この辺のノルマン王家あたりの
イギリス中世史が専門(?)だったのだけど、
ずいぶんいろいろ忘れてしまっていたので、
散々調べものして、記憶を呼び戻した今回の標本箱。

最後のおまけヴィデオは、
その、今年のヘイスティングスの戦い950年記念、
リ・エンアクトメントの様子をYoutubeから。




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Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)-3-

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Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)から、まだ引き続き。


Bern Historical Museum
ベルンの市議会場(?だったかな、そういう感じのもの)を飾っていた、
スイスの主要輸出産業だった、傭兵を描いたもの。
詳細は記録してこなかったけれど、16世紀かな?

Bern Historical Museum
左の黒熊旗を掲げるのは、ベルンの傭兵かと。

スイス傭兵(Swiss Guard)は現在でも、(多分儀仗的に?)バチカンに存在するけれど、15-18世紀ではスイスの重要な外貨獲得のための産業だった。州単位で他国と契約して「出稼ぎ」したのだそう。
他に産業のあるドイツなどの国からやってくる傭兵は、そこからはみ出した、いわゆる「ならず者集団」で、雇用者側も扱いに手こずる。
一方、他に産業のなかったスイス傭兵は、州単位でやってくる、いわば国家輸出産業の担い手なので、職務に真剣。質実剛健と信頼度の高さで、プロフェッショナリズムを貫いていた。
18世紀には、マリー・アントワネットとルイ16世の一家を最後まで擁護して、全滅したのもスイス傭兵だったそう。


Bern Historical Museum
シルバーに金張(?かな)のチャージャー(大型の皿)の周囲の装飾。
エナメル彩の上に、クオーツのカボションがはめ込まれている・・・のだと思う。

Bern Historical Museum
ベルンの紋章のクマ君。
舌なんだろうけど反っ歯に見えるし、
なんだかこれではカッパ系の生き物・・・。

Bern Historical Museum
他にも銀器の展示が色々。

Bern Historical Museum
スイスの歴史的人物にまつわる展示・・・だとは思うけれど、
なにしろ、スイスの歴史は全く専門外なので、
オブジェ的に目を引くものしか見ていない。

Bern Historical Museum
18世紀のご衣装にインテリア。
この頃は汎ヨーロッパな様式なので、
特にスイス的なる・・・というものは目にとまらない。

Bern Historical Museum
ベルンの町のミニチュア・ジオラマ。
アーレ川に取り囲まれた半島状の高台に出来た町ということがよくわかる。

Bern Historical Museum
興味深かったのがこの展示。
18世紀後半にJoseph Reinhartが描いた、
The Reinhart cycle(ラインハルト・サイクル)と呼ばれる肖像画群。
スイス各地の様々な職業に従事するカップルを描いている。
ちょうど写真で記録を残すように、描かれている。
地方名士的な人々のみならず、
林業労働者、職人、清掃人等などが、対等に資料として描かれている。

Bern Historical Museum
特権階級でない「一般市民」の概念が現れている。
コスチュームの違い・特徴に興味津々。

Bern Historical Museum
このペルシャ・中央アジア的なインテリアは、
19世紀後半のスイスの探検家・コレクターHenri Moserのコレクション。

Bern Historical Museum
こういうペルシャ的インテリアにとてもソフトポイントあり・・・(笑)。

Bern Historical Museum
そしてディティールはコテコテ。

Bern Historical Museum
タイル画もこのコレクションの一部。

Bern Historical Museum
どこの族長の写真かと思ったら、
Henri Moser氏ご本人、中央アジアにてのコスチューム。
めちゃくちゃカッコいいかも、こんなコスチューム着たいっー。
(そう、基本、野郎コスチューム好きです・・・笑)。

Staircase to Einstein Museum
上階の1フロアが、ベルンに住んだアインシュタインの、
「アインシュタイン博物館」に充てられている。
そこにいたる階段が、ヴィジュアル的には最大インパクト。

Staircase to Einstein Museum
マトリクスしている。

Einstein Museum Room
で、カンジンの展示は、彼がベルンに住んでいた時に従事した、
機械工学系の展示が多くて、個人的にはちょっと興味薄。
ここのヴィデオで、相対性理論のハシリを理解したけれど・・・。

Bern Historical Museum
個人的にはこういうレトロ/アンティーク系の展示に興味。
「アインシュタイン博物館」の階から、上階の、
ベルン20世紀の歴史の展示。

Bern Historical Museum
ここで、目ウロコ的にToblerone(トブラローネ)チョコが、
スイスのものだったことを思い出す。
この独特の3角形は、マッターホルンに由来するものだそう。
で、あの折りやすいように付けられたギザギザは、
実際量より、見た目量を倍増する、
天才的な「カサ上げ」のための発明だと・・・これは私見。

Bern Historical Museum
20世紀前半の家電などの開発の展示。
近未来的掃除機(シルバーの)がとてもクール。
こんなのの、リプロが欲しい・・・。

Bern Historical Museum
この辺りは展示内容自体より、ここの展示インテリアに目が行く。
このフロアは博物館建物の屋根裏にあたるところ。
斜めに天井の下がる、使いにくそうな構造を、
うまく活用して、モダーンな展示室にしている。

Bern Historical Museum
お見事。

Bern Historical Museum
このフロアから、また螺旋階段を登ると、
展望室のフロアに出る。

Bern Historical Museum
はるかに見えるのは、アルプスの山並み。

Bern Historical Museum
最後に、外観をもう一度。
塔の上が、先ほどの展望台にあたるところ。



Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)

ヴィジター情報(英文)<このページ

地図:




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Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)-2-

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フランスやらトルコやら、惨事再び・・・sigh。UKは、動きが出始めて、前途多難だけれど、現状の中で最も理にかなった展開になってきているように感じる、so far (今のところ)。
と、いうところで、標本箱は再びベルン、Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)へ。
速く片付けないと・・・あと10日で、ノルマンディー・ホリデー突入ですがな・・・。



前回の続きで、中世ネタから。

Bern Historical Museum
この彫像達はベルン大聖堂を飾っていたもの。
詳細がNetで出てこないので不明だけれど、15世紀のものと思われる。
中央のドラゴンいぢめのミカエル君と、

Bern Historical Museum
おっとりした感じの天使達。

Bern Historical Museum
その奥にはジーザス先生と、
マリア母さま、洗礼者ヨハネを中心に、
12使徒が左右に並ぶ。
あー、こういうのを教会の中で、オリジナルの状態で見れるものなら素晴らしいのだけれど。
以前も書いたように、カルビン派新教の中心地、スイスでは、
教会は新教のシンプルな様式に「粛清」された歴史がある。
この彫刻でもよく残っていたものだと思う。
もっと気の毒なことになっているのが、以下。

Bern Historical Museum
建築に付随した石彫は取り除かれて、破壊され、
崖っぷちの教会裏敷地を広げるための、
埋め立て素材として使われたのだとか。
それが近年発掘されて、修復されて展示されている。
こんなもの見なくても、フランスやベルギーやカトリックの国の教会に、
もっと美麗な彫刻がいくらでもある・・・ので、このエリアは不愉快なので割愛(笑)。

Bern Historical Museum
これは美しくエレガントに残されている・・・正義の象徴かな?
最初の一連の彫刻達より、少し時代が下っている印象。

Bern Historical Museum
こちらも秀麗な彫像達。

Bern Historical Museum
その間を抜けて、地階へ降りていく。
この部屋に展示されている絵画は、このベルンの創設伝説。
1191年にゾーリンゲン公ベルトルト5世が、新しく町を創設するにあたり、
その地域で狩りをして、最初に仕留めた獲物のにちなんで、
町を名付けることになった。
そうして、最初の獲物は熊だったのでBär (bear)から、Bernと呼ばれるようになった・・、
という伝説を描いている。(この町の紋章も黒熊。)
しかし、実際には名前の由来は諸説あって、正確なところは不明なのだそう。

Bern Historical Museum
その先の展示室では、大聖堂の聖歌隊席のタペストリーが展示されている。
サラゴサの聖ヴィセンテの生涯を描いたもの。
聞いたことのない聖人さんだけれど、ベルン市の守護聖人なのだそう。

Bern Historical Museum
生涯・・といっても、最初はともかく・・・、

Bern Historical Museum
中盤は拷問の連続。
聖人さんというもの、たいていは殉教しているから聖人さんになっているわけで、
中世絵画を見ていたら、各聖人さんごとに、
よくまぁ、これだけいろいろな方法を考えつくな・・・
というような様々な拷問やら処刑が考案されている。
中世ヨーロッパ人は、人間を食肉を捌くのと大差なく捌いていたのかしらね。
まぁ、そこから、解剖学は発達したともいえるだろうけど。

Bern Historical Museum
最後は、めでたく(かどうかは知らんが・・・)、
聖別されて守護聖人になったのでした、完。

Bern Historical Museum
その次の部屋は、16世紀に修道院墓地の壁に描かれた壁画を、
その壁が1660年に取り壊される前の、1649年にAlbrecht Kauwが模写したもの。
最初は、旧約聖書のシーンで・・・で、本題は、

Bern Historical Museum
「Danse Macabre(死の舞踏)」

Bern Historical Museum
王侯貴族も、

Bern Historical Museum
女王や奥方も、

Bern Historical Museum
商人や、騎士、

Bern Historical Museum
傭兵や、芸人も
(ちなみに、傭兵は歴代スイスの重要な輸出産業だったのだそう。)

Bern Historical Museum
外国人(?)も、そしてそれ(壁画)を描く画家、Niklaus Manuel(自画像)も、
この世はうたかた、すぐに死にさらわれていく・・・というもの。
「死の舞踏」のテーマ自体は、14世紀の百年戦争の戦乱と、
ペスト禍から生まれてきたもので、その後一種の無常観として、
ヨーロッパ文化の中に定着していく。

Bern Historical Museum
エグい系が続いたので、チェストに描かれた素朴な天使君で中和。
地方の村落では、イコノクラスト(図像破壊)のが及ばず、
中世以来残されたものもある、という例で展示されていた。

あぁ、写真が多くて、まだ全然終わらないよー。
次回も続きます。


Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)

ヴィジター情報(英文)<このページ

地図:








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Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)-1-

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翌日は、また別の博物館へ向かう。
ここはどちらかといえば、私の守備範囲でBern Historical Museum(ベルン歴史博物館)。 たいていどこの街に行っても、時間があって博物館・美術館を見に行く場合、工芸・歴史・民芸関係の博物館が、美術館より優先、という傾向があるので。
この博物館は、名前通り、ベルンの歴史に関する展示が主で、他に1フロアが、ベルンに在住していたアインシュタイン博物館に充てられているのと、一階の一部はエジプト・アジア・オセアニア等の工芸品の展示に充てられている。


Bern Historical Museum
博物館の正面。
1894年建造の建物は、15-16世紀の城の様式をリバイバルさせたもの。
19世紀の世界的トレンド「なんでもリバイバル」の一環。

Bern Historical Museum
ファサードのモザイクは、どことなくミュシャを思わせる・・・、
ちょっと、アール・ヌーヴォーが入ってきている雰囲気。

Bern Historical Museum
自分的に一番興味のある、優先順位高い中世展示室にまず直行。

Millefleur tapestry, Brussels(?), ca 1466
Millefleur tapestry, Brussels(?), ca 1466
15世紀ブラッセル製のタペストリー。
スイスは典型的なプロテスタントの国なので、イコノクラスムも相当あったようで、
お宝があまり残されていない。(それもあって、ベルン大聖堂は見に入らなかった。)
なぜだか背景は知らないけれど、タペストリー類が充実している。

Adoration of the Magi tapestry, Brussels or Tournai, ca 1450-60
Adoration of the Magi tapestry, Brussels or Tournai, ca 1450-60
「マギの礼拝」これもブラッセル製のタペストリー。

Adoration of the Magi tapestry, Brussels or Tournai, ca 1450-60
クローズアップ。

IMG_0391 copy
詳細不明だけれど(14世紀じゃないかな?)、
「聖母戴冠」の刺繍パネル。

IMG_0393 copy
その、サイドパネルの聖人さん達。

IMG_0387 copy
これは、もっと古い・・・、13世紀かも?
様式がビザンティン。

IMG_0389 copy
ツバメのような翼の天使君。

Tapestry restore room
この一角にはタペストリー修復室があって、
ガラス越しに見ることができる。

Tapestry restore room
PC上で拡大して、
タペストリーの傷んでいる部分を分析しているところ・・・、
と思われる。

Bern Historical Museum
エナメル細工の天使君。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
個人的に・・・ここの博物館での最大のヒット。
13世紀の祭壇用ディプティーク。
ベネチア製で、これまたビザンティン様式スポット・オン。

熱血クローズアップいきまーす。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
Halo(光輪)を細かいシード・パールで綴っていたり、
小さな小さなルビーやエメラルドのカボションが貼り付けられていたり、
とにかく芸が細かい。
ハンガリー王アンドラーシュ2世のために制作されたものだそう。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
装飾を施された金彩画の上に、
薄いまるでガラス板のようなものが嵌められている。
想像だけれど、水晶をスライスした薄板じゃないかなと思う。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
淡いブルーのカルセドニー系の石がとてもキレイ。
このシーンは「トマスの不信」。
イスカリオテのユダは裏切りのあげく死んでいるので、
ここにはカウントされていなくて、弟子は11人。
(その後使徒行伝では、マティアが12人目にリクルートされるという話だけど。)

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
シーンは「ラザロの蘇生」かな?

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
聖マルガリタと聖カタリナ。
右の聖カタリナのコスチュームが、とてもビザンティン。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
これはマティアも入れた12使徒かな?
イスカリオテのユダが入っていると、彼には光輪が着いていないので。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
これは聖母昇天で、天上の父さんが幼子イエス連れで、
お迎えに来ていると思われる。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
「キリスト降架」。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
最後は、福音書記者マルコの象徴の、有翼ライオン。


また次回も、この博物館のイメージが続きますよ。




Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)

ヴィジター情報(英文)<このページ

地図:








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Zentrum Paul Klee, Bern(パウル・クレー・センター、ベルン)

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今回は、スイスのベルンに訪れた、最大の目的 Zentrum Paul Klee(パウル・クレー・センター)のイメージを。

20世紀初頭にドイツ、スイスで活動した、Paul Kleeパウル・クレー)の作品を4000点以上集大成した美術館(研究機関)で、2005年にオープンした。
以前も書いたけど、ウチの配偶者氏がパウル・クレーの大ファンで、ここがオープンしたニュースを聞いてから、ずっと行きたがっていたところ。
10年たって、なんでもNetで検索・ブッキングできる時代になってはじめて、やっと念願かなってたどり着いた。よかったね、父さん(笑)。


Paul Klee Museum, Bern
ベルンの駅前から、トラム7番Ostring行に乗って約20分、
終点Ostringがセンターの最寄りのストップ。
トラム内のストップ表示にも、Ostring-Zentrum Paul Klee
と表記されているので、解りやすい。
バスも出ているけれど、多分このトラムが一番わかりやすいアクセスだと思う。
トラム・ストップから遊歩道がセンターに続いている。
この遊歩道を歩くこと10分ぐらいで、エントランスに着く。

Paul Klee Museum, Bern
丘陵地に半ば沈み込んだような建物は、
イタリアの建築家Renzo Pianoによるもの。
もっと植栽が育ってくると、林の中の洞のようになることと。

Paul Klee Museum, Bern
中央の建物の地階がパウル・クレーのエキジビションに充てられている。
上階は別立ての企画展で、手前の建物は教育機関、
奥の建物は研究機関、というようになっている。
中央の建物の階段を地階へ降りて、ぐるっと反対側に回ったところが入り口、
というのを、クレー的に表示。

Paul Klee Museum, Bern
展示室の中。

Paul Klee Museum, Bern

Paul Klee Museum, Bern

Paul Klee Museum, Bern
展示はヴィデオ室1つと、
テーマごとにゆるく5つにスペースが分かれている。
全体で100点と少し、という量の展示。
4000点収蔵しているのに、たった2.5%!?
ちょっと残念だった配偶者氏、後でレセプションで尋ねてみた。
「毎年テーマと展示内容が変更されるので、またぜひ見に来てください。」
なんだそうだけど、それじゃあ全部見るのに40年かかる計算になる(笑)。
そもそも、この激物価高(正確にいうと、消費税が33%だからだそう)のスイスに、
2度と来るかどうかココロモトナイ、多分来ないでしょう。

それでも、せっかく来たのだから、
展示されているのを全部、吸い込まんばかりのイキオイで、
丸一日かけて、鑑賞する配偶者氏。
(抽象画門外漢の私は、途中でカフェに退散・・・笑。)

Ohne Titel (Schiffe im Sturm), Paul Klee 1919
Ohne Titel (Schiffe im Sturm), Paul Klee 1919
有名な作品かどうかなど、専門外なので知らないし、
有名かどうかに興味はないので、自分の好きなモノばかりピックアップ。
「嵐の中の航行」というサブタイトルが付いている作品。

Ohne Titel (Schiffe im Sturm), Paul Klee 1919
これはガラスの裏に描かれて、
あとからスクラッチで絵の具を掻き落として、
テクスチャーを入れている、と思われる。
クレーの作品は工芸的で、テクスチャーが面白い。

Drei Fenster, Paul Klee 1920
Drei Fenster(3つの窓), Paul Klee 1920
これも色がとてもきれいだった作品。

Drei Fenster, Paul Klee 1920
建築や街並みを思わせる雰囲気も好き。
多分、一番気に入った作品かも。

ところで、館内はストロボ無しで撮影可。
配偶者氏に「あれ撮って、これ撮ってー。」
と子供のようにねだられる。
(「あれ買って、これ買ってー。」じゃないだけましか・・・笑)。

vor dem Schnee, Paul Klee, 1929
vor dem Schnee(雪が降る前), Paul Klee, 1929
暗いランドスケープと木?なんどろうけれど、
夜に咲く薔薇に見えるのは、私の趣味のフィルター?(笑)

das licht und die Scharfen, Paul Klee, 1935
das licht und die Scharfen(光とシャープさ), Paul Klee, 1935
シャープさ、というタイトルだけど、なんだか和めるのは色調のせい?

Genien (Figuren aus einem Ballett), Paul Klee, 1922
Genien (Figuren aus einem Ballett), Paul Klee, 1922
具象から抽象への過渡的な、バレエをモチーフにした作品。

in fasten Grenzen, Paul Klee 1935
in fasten Grenzen, Paul Klee 1935
焼き物とか、カーペットを連想させる作品。
もし、クレーがもっと長生きして(60歳で亡くなっている)、
もし、陶器をやっていたら(ピカソやシャガールみたいに)、
さぞかし面白い作品を創っただろうなーと感じる。

Tanz stellung 17.B, Paul Klee, 1935
Tanz stellung 17.B, Paul Klee, 1935
これもダンスを描いているけれど、表現が「忘れん坊の天使」みたいで愛らしい。

Ohne Titel (Kind und Drache), Paul Klee, um 1940
Ohne Titel (Kind und Drache), Paul Klee, um 1940
サブタイトルが「子どもとドラゴン」。
子供が走ってくるemailの擬人化に見えるのは私だけか?(笑)
色のコンビネーションが、絶妙に美しい。

Clown in Bett, Paul Klee, 1937
Clown in Bett, Paul Klee, 1937
「ベッドのクラウン」、だそうだけど、
フルーツ・ボウルを連想する。

der bluhende Garten, Paul Klee, 1930
der bluhende Garten, Paul Klee, 1930
「花咲く庭」が完全に抽象化された作品。

individualisierte Hohenmessung der Lagen, Paul Klee, 1930
individualisierte Hohenmessung der Lagen, Paul Klee, 1930
最後のエリアには、このような完全に抽象化された作品が、集約されている。

Paul Klee - note
作品とともに、制作プロセス(理論?)の記したノートも展示されていて、
そのノート自体が、作品としておもしろいかも・・・だった。

Paul Klee - note
最後にもう1ページ。




Zentrum Paul Klee(パウル・クレー・センター)

ヴィジター情報(英文で<このページ>)

地図:




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ようやく、まとまって時間が出来て、オブジェ制作モード、なう^^。

Assemblage objet d'art mode.... recent days : )



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Plantin-Moretus Museum (プランタン・モレトゥス博物館)-3-

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仕事でインテリア撮影に行ってたり、その先でトライポッド倒してスーパーワイド・レンズ折って、修理屋に駈け込んだり・・・で何かと忙しくしております。
「トライポッド倒してレンズ折る」の話は聞いたことがあるけど、比較的物を落としたり壊したりしない方の自分がやるとはね・・・Alas。
修理屋のお兄さん曰く「たいてい一度はやりますよ。」よくある話だそうで、ガラスレンズ自体は無傷で、新しいのを買うよりは安く修理できそう、なので、入院中。
もう一度同じクライアントさんで、第二弾ののインテリア撮影が来週の予定だったのを、レンズが退院してくる再来週に延期してもらったり・・・ヤレヤレ。
教訓:たとえつかの間でも、トライポッドを半開きで立ててはなりませぬ。

さて、本題はアントワープのPlantin-Moretus Museumプランタン・モレトゥス博物館)の最終回。まだまだ写真はあるけれど、なんとか今回で話を収めたいかも。


今回は印刷工房の中庭側半分に収納されている写植キャビネットから。

Plantin-Moretus Museum
印刷工房はこのように真ん中の通路を挟んで、
印刷機側と、写植文字キャビネット側に分かれている。
作業としては、このキャビネットから文字を組んで、
向かい側の印刷機に回す。
修正が出るとまたこの写植文字エリアに戻される、というもの。

Plantin-Moretus Museum
その写植文字。
これつまり、16世紀末~17世紀のもの。
写植文字自体ここのまた別の工房で原型が作られ、
鉛の鋳物で量産された。
その工房も通常は公開されているそうだけれど、
改装の始まった一角で、私が訪れた時にはクローズしていた。

Plantin-Moretus Museum
こんな縦に長い楔のような写植文字達が、
木の枠の中にぎっちり並べられる。

Plantin-Moretus Museum
組まれた写植文字と、それを印刷したサンプル。

Plantin-Moretus Museum
写植文字エリアの窓から覗いた中庭。

Plantin-Moretus Museum
工房を出ると、次にルートは図書室に向かう。

Plantin-Moretus Museum
18世紀様式のインテリアの部屋。
ここにも写本が展示されている。

Plantin-Moretus Museum

Plantin-Moretus Museum
小さな書庫が続く。

Plantin-Moretus Museum

Plantin-Moretus Museum

Plantin-Moretus Museum
博物館の中で「The Moretus Room (モレトゥスの部屋)」と呼ばれるこの部屋は、
ちょうど印刷工房の上階にあたる部屋。
1637-39年頃に、この上階が増築された。
当時工房に関連した業務のための部屋として、
増築されたと考えられているが、
具体的にどんな作業が行われた部屋なのかは不明。
現在はここの出版物が展示されている。

Plantin-Moretus Museum
天文学書の図解ページ。

Plantin-Moretus Museum
創業者プランタンが亡くなる1589年の前、
1585年にアントワープがスペイン領に陥落し、
スペインに陥落したローランド各地同様、景気が破綻する。
2代目ヤン・モレトゥス1世は巧みにスペイン王や、
イエズス会から宗教関連の書籍印刷を受注することで、
この危機を乗り切っていく。
1650年には生産はほぼ100%宗教書で、
創設時のアントワープ黄金時代の人文科学的な出版形態は、
もはや過去のものとなっていったのだそう。

Plantin-Moretus Museum
その先に続く部屋は「The Rubens Room(ルーベンスの部屋)」と呼ばれている。

Plantin-Moretus Museum
3代目バルタザール・モレトゥスとルーベンスは学友で、
仲が良かったと伝えられている。
ルーベンスがイタリアから帰国した1608年以降、
学友はプロフェッショナル同士の協力関係に発展する。
この頃から、書籍に豪華な挿絵入りのタイトルページが付くようになった。
このタイトルページや、書籍内の挿絵を、ルーベンスが数多く担当し、大成功をおさめる。
ルーベンス的にも、即金キャッシュで報酬が支払われたのみならず、
数々の書籍も譲り受け、素晴らしい蔵書を築くことができたのだそう。
お互いにメリットがあって、ハッピーな協力体制。
この部屋には、そのルーベンスの描いた挿絵が中心に展示されている。
と、言いつつ、インテリアの方に集中していて、
展示物は撮影せずじまい・・・。

Plantin-Moretus Museum
そして順路はまた、図書室。

Plantin-Moretus Museum
ここに展示されていた、豪華な絵巻物(?)は撮影した。

Plantin-Moretus Museum
なんだか詳細は不明なのだけど。
神聖ローマ帝国、ハプスバーグ家に関連しているものかと???

Plantin-Moretus Museum
枢機卿達。

Plantin-Moretus Museum
その次の部屋が、圧巻の図書室2室。

Plantin-Moretus Museum
最初の(これでも)小図書室。

Plantin-Moretus Museum
その先に繋がる大図書室。

Plantin-Moretus Museum
チャペルとして使用されていた時の名残で、
今でも磔刑画が残されている。

Plantin-Moretus Museum
天球儀・地球儀は18世紀中頃のもの。

Plantin-Moretus Museum
ここの図書室が最後の見どころなのでした。

このミュージアムのヴィデオをオマケに。
26分と長いのだけれど、今回公開されていなかった部屋や、
16世紀当時どのように使われていたか、とても詳しくてよくわかる。






Plantin-Moretus Museum
(プランタン・モレトゥス博物館)

Vrijdagmarkt 22-23, 2000 Antwerpen, Belgium

開館情報など英文で<このページ

Map:




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Plantin-Moretus Museum (プランタン・モレトゥス博物館)-2-

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アントワープのPlantin-Moretus Museumプランタン・モレトゥス博物館)から2回目の標本箱。
今回は、オフィスと印刷工房のエリアを。


Plantin-Moretus Museum
順路的に次に入っていくのがこの「The Correctors' Room (校正室)」

Plantin-Moretus Museum
窓辺に机が置かれていて、ここに向かい合わせで2人の校正係が作業した。
初稿と再稿の2回にわたって校正された。
校正者は、オランダ語、フランス語のみならず、
ギリシャ語・イタリア語・ヘブライ語・シリア語・アラム語にいたるまで、
使いこなせた・・・というから、言語の天才かも・・・。

Plantin-Moretus Museum
真ん中に展示されているのは、校正された刷り。

Plantin-Moretus Museum
今も使われているようなリアリティーのある、書類棚。

Plantin-Moretus Museum
次に繋がる小さな部屋はオフィス。

Plantin-Moretus Museum
ガイドブックによると、ここの壁のギルトレザーは、
17-18世紀のメヘレン製。
メヘレンもギルトレザーの産地だったそう。
どうりで、箱いっぱいのギルトレザー・アンティークが
この界隈から出てくるわけだ・・・。

Plantin-Moretus Museum
これは書簡棚。
上下で、届いた手紙、送り出す手紙というように識別されていたそう。

Plantin-Moretus Museum
帳簿用のデスクやら、金庫がこの部屋に集まっている。

Plantin-Moretus Museum
その隣の部屋は「Justus Lipsius(ユストゥス・リプシウス)の部屋」。

Plantin-Moretus Museum
文献・人文学者ユストゥス・リプシウスの著作も、
ここオフィシーナ・プランティニアで制作出版されていて、
彼が仕事でここを訪れた際には、
この部屋が使われた、という伝説。

Plantin-Moretus Museum
確実な根拠はないそうだけど・・・。

Plantin-Moretus Museum
この部屋のアラベスク風ギルトレザーは、スペイン製。

Plantin-Moretus Museum
リプシウスの著作のページ。

Plantin-Moretus Museum
階段のある廊下を抜けて・・・、

Plantin-Moretus Museum
次のルートは「Type Store(活字室)」

Plantin-Moretus Museum
印刷に使用された、歴代の鉛活字が棚に保管されている。

Plantin-Moretus Museum
上のトレイ状の箱に鉛活字が、下にある包は、
予備の鉛活字だそうで、包装紙は活字が制作された時のもの。
鉛は重いので、活字だけで10トン近い重量があるそう。

Plantin-Moretus Museum
いやまぁ、セロテープとスティッカーは、
17世紀のものじゃないけど(笑)。

Plantin-Moretus Museum
暖炉の装飾。

Plantin-Moretus Museum
次の部屋が、印刷工房。
クリストフル・プランタンがこの工房を設立した段階で、
少なくとも16台の印刷機を使い、計56人の従業員が働いていたそうで、
当時世界最大の印刷工房だった。

Plantin-Moretus Museum
銅版画のような輪転式ではなくて、上からプレスする形の印刷方式。

Plantin-Moretus Museum
18世紀まで印刷工は朝6時から夜8時まで
14時間労働だったそうだけれど、
賃金は出来高制だったので、出来る限り長時間働いて、
他の部署よりはるかに高額の賃金を得ていたのだそう。

Plantin-Moretus Museum
この奥の2機が、現存する最古の印刷機で、
1600年頃のもの。

次回はこの部屋の続き、
中庭側半分の、写植文字の話から続きますよ。




Plantin-Moretus Museum
(プランタン・モレトゥス博物館)

Vrijdagmarkt 22-23, 2000 Antwerpen, Belgium

開館情報など英文で<このページ

Map:



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Plantin-Moretus Museum (プランタン・モレトゥス博物館)-1-

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ロンドンは、爽やかな春の日々が続いている。
今年に入ってから、立て続けにいろいろ起きていた、仕事+雑務の方もようやく落ち着いて、溜め込んでいた写真のポストプロセスも、ようやくベルンの旅行のあたりにたどり着いた。
そうしたら、突然、件のPおじさんから電話で、「ロンドンから電話しとるぞー」って、何ごと・・・。 突然昨日、ケンジントンのドールハウス・フェスに、リサーチと材料仕入れにやってきたそう。 で、明日は「Kenwood House(ケンウッド・ハウス)へ行きたいから案内せよ」とのお達し。 了解、了解、自称トラベル・プランナーにお任せくだされ。 ついでに帰りに、Fenton House(フェントン・ハウス)もルートに入れて、Hampstead(ハムステッド)高級住宅街散策コースをプランニング中。 明日もいいお天気だといいな。(あ"~、うちの鉄道ラインがメンテナンス工事で、昼過ぎまで止まっている日曜に、代替バスに乗って出かけるですよ・・・。通常ターミナルのWaterlooまで16-20分のところを、1時間10分かけて行きまする・・・汗。)

一方、標本箱は再びAntwerp(アントワープ)の街を漂っていて、今回はPlantin-Moretus Museumプランタン・モレトゥス博物館)のイメージを。

ここは16世紀に出版(当時で言えば、最新テクノロジー)業者、クリストフ・プランタンの印刷工房に端を発して、その屋敷、図書室など、印刷出版関連の機関オフィシーナ・プランティニアが、現在まで完全に保存されている、貴重な例。 2005年7月にユネスコの世界遺産にも登録されている。
現在、少しずつ修復工事が進行中で、私の訪れた3月の段階では、寝室などの私室が公開されていなかった(2016年5月30日~9月29日まで、修改装工事のため全面的に閉館)。 それでも、内容の濃さに圧倒された博物館。 あまりに熱中して写真撮りすぎ・・・なので、3回に分けてエントリー予定。
まず今回は、ルートの最初の、応接室のあたりから話を始めることに。


Plantin-Moretus Museum
まずは、エントランス。
この前の広場で、カーブーツ的セコハン物をわざわざ競りで売る、
430年の歴史(!!)「アントワープ金曜市」が立っていた。
(その話は<このページ>)

Plantin-Moretus Museum
上階は図書館・写本コレクションに充てられている。
そのイメージはまた後ほど。

Plantin-Moretus Museum
最初のSmall Drawing Room (小客間)には、タペストリーが張り詰められていて、
その保全のために、極端に照度が落とされている。
暖炉の上の絵画は、ルーベンスの「ライオン狩り」(原画は在ミュンヘン)の、
同時代の模写。

Plantin-Moretus Museum
ダッチ(オランダ)式のシャンデリア。

Plantin-Moretus Museum
次の部屋はGreat Drawing Room(大客間)。

Plantin-Moretus Museum
歴代の当主の肖像画。

Plantin-Moretus Museum
当時の富裕文化人宅になくてはならない、お宝キャビネット。
左右の肖像画は、左:創始者クリストフ・プランタン、
右:妻、ジャンヌ・リヴィエール、どちらもルーベンスによるもの。
ちなみに、クリストフ・プランタンの孫で3代目の、
バルタザール・モレトゥスとルーベンスは学友だったそうで、
この一族の肖像画を、何枚も描いているのだそう。

Plantin-Moretus Museum
Beam(梁)受けの部分に、黄金のコンパスが描かれている。
これがクリストフ・プランタンの紋章で、
彼のモットー動=「精勤」と不動=「継続」を象徴している。
(ラテン語で「Labore et Constantia」と表記されている。)

Plantin-Moretus Museum
この星の紋章は、事業を継いだクリストフ・プランタンの嫁婿、
Jan Moretus(ヤン・モレトゥス)の息子で、
当主を引き継いだBalthasar I (バルタザール1世)のもの。
Stella duce 「星に導かれる」のモットーで、
Balthasar MoretusのイニシャルB.M.が刻まれている。
これは、キリスト礼拝に、三博士が星に導かれた伝説に由来している。

Plantin-Moretus Museum
その次の部屋はManuscripts Room(写本室)と呼ばれている。
この一族のコレクションに638点の写本が含まれている。
その中でも、重要なものを厳選して、この部屋に展示されているのだそう。
当初は、写本原本を入手して、それを出版にかけるための「素材」として、
ビジネス目的で写本が収集された。
(当時、コピーライトの概念がなくてよかったね・・・笑、
あ、今でも、70年経ってたらいいのか?)

Plantin-Moretus Museum
同室を反対側から。

Plantin-Moretus Museum
15世紀初頭の聖書写本。
プラハにて、ボヘミア王ウィンセスラス4世のために制作されたもの。
後半が未完だそうで、その部分から、制作プロセスが研究できるため、
完成されたものより、一段と貴重な資料なのだそう。

Plantin-Moretus Museum
ディティール。

Plantin-Moretus Museum


Plantin-Moretus Museum
このあたりが未完の部分なのかな。
装飾部分にブルーの下描きだけが残っている。

Plantin-Moretus Museum
これもまた、Dの頭文字に濃厚な装飾が付くはず・・・だったもの。

Plantin-Moretus Museum
オウムを狙う、ネズミ色した猫のディティール。

Plantin-Moretus Museum
これはイリュミネート写本じゃないけれど、手書きの書籍。

Plantin-Moretus Museum
暖炉のタイルは建物シリーズ。

ここから順路は中庭へ続く。

Plantin-Moretus Museum
写本室のドアから出たところ。

Plantin-Moretus Museum
反対側から見たところ。
中庭を取り囲む建物は、元々建っていたものを購入して、
敷地を拡大していった場合もあり、
それぞれの階段やらドアやら複雑につながっている。
アーケードはその奥の建物の、細々した様式を隠すために、
2階の増築時に付け足されたものだとか。

Plantin-Moretus Museum
中庭にもあちこちに、歴代当主のバストがはめ込まれている。

Plantin-Moretus Museum
これは星を紋章にした、バルタザール・モレトゥス。

Plantin-Moretus Museum
これは初代の、クリストフ・プランタン。
コンパス・マークのモットーが下に付いている。

Plantin-Moretus Museum
アーケードの部分。
この階段はこの時は、上階が閉められていたのだけれど、
ここから寝室のエリアに上がっていく。
改装の終わっている、来年もまた行ってみようかな。

Plantin-Moretus Museum
手すりの装飾のライオン。

Plantin-Moretus Museum
アーケードの角。
別の建物の、小さな中庭だった様子がうかがえる。

Plantin-Moretus Museum
その隣の部屋は、キッチン。

Plantin-Moretus Museum


Plantin-Moretus Museum
そのドア。

ここから次に、仕事場の方に続いていく・・・、
というところで、続きは次回に。




Plantin-Moretus Museum
(プランタン・モレトゥス博物館)

Vrijdagmarkt 22-23, 2000 Antwerpen, Belgium

開館情報など英文で<このページ

Map:




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Museum Mayer van den Bergh(マイヤー・ファン・デン・ベルフ美術館)-2-

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先日ベルンに行った時、初日が激寒くて、街歩きしていて、配偶者氏ともども遭難・凍死するかと思って、川辺の崖の上の(風光明媚ヴューポイントの)テラスを見ないでホテルに大急ぎで戻った・・・のは、先週の話。 ロンドンも雹が降ったりで、全北ヨーロッパ、寒かったとか。
で、ここ2日ほど、突然夏日、24℃超えてるんですけど・・・。 ヨーロッパは湿度が低いので、日差しがきつくて、天気がいいと、そして気温が20℃をこえると・・・、日向は30℃を軽く超える。それが、今日ですわ、あっつー・・・。 イギリスには四季はなくて、冬・夏の二季しかないというのは、多分本当の話。 高温・日差しに弱いので、部屋の中でおとなしく、ヲタクっていることにする。

ロンドンは一昨日の木曜日にロンドン市長選があって、労働党のSadiq Khan(サディク・カーン)氏が当選して、初のムスリム市長となった。 自分は、基本的に労働党支持者じゃないけれど、近頃の時勢の中で(中だからこそ)、この選択をするロンドン、ロンドン市民の決断に、拍手を送りたいと思う。 相対峙した保守党は、戦略完全に大間違い。宗教・人種差別的方向にキャンペーンを持っていって、案の定敗北。 今後も、かなり痛手が響くと思うよ、こんなことしたら・・・。

天気とも政治とも縁のない、本題に戻って、Museum Mayer van den Berghマイヤー・ファン・デン・ベルフ美術館)のイメージの続編を。


Museum Mayer van den Bergh
この部屋では、この美術館の中で最も有名か・・・という、
Pieter Bruegel the Elder(ピーテル・ブリューゲル父)の作品がかためて展示されている。

Museum Mayer van den Bergh
Mad Meg (Dulle Griet) 「悪女フリート」by Pieter Bruegel the Elder 1562
あー、おばちゃんらの破壊力をなめたらあかんよ・・・。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
世界で一番女性のイカツイ国UK
(私見だが、多分当たっている・・・笑)にいると、実感あるある。

Museum Mayer van den Bergh
The Temptation of St Anthony Abbot(「聖アントニウスの誘惑」)by Pieter Huys, 1577
ピーテル・ブリューゲル父とよく似ているけれど、これはピーター・ハウスの作。
ブリューゲルとともに、Hieronymus Bosch(ヒエロニムス・ボス)の影響を強く受けている。

Museum Mayer van den Bergh
ボスのおかげでこんなものが流行りだしたじゃないか・・・(笑)。

Museum Mayer van den Bergh
Twelve proverbs on wooden plates by by Pieter Bruegel the Elder, 1558
「12のことわざ」
ピーテル・ブリューゲルのことわざシリーズの絵画では、
ベルリンの作品>が有名だけれど、
これは一つ一つを一枚のパネルに描いたもの。

Museum Mayer van den Bergh
「月におしっこ掛け」というのは、「無駄なことをして、時間を費やす」
ということだそうで、<英文出典

Museum Mayer van den Bergh
これは、「水に映る太陽を見ることが出来ない」を表していて、
「他人の成功を妬む」という意味だそう。

Museum Mayer van den Bergh
この部屋には、ガラス器や陶器も少し展示されている。
こういう、ヘタウマ系のエナメル彩されたガラス器にソフトポイント有・・・。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
これはまた別の18世紀のもの。

Museum Mayer van den Bergh
次の部屋に移動すると、ここがまた「濃い」インテリア。

Museum Mayer van den Bergh
壁面はギルトレザーで覆われて、写本の展示があるため、
採光も低く落とされている。

Museum Mayer van den Bergh
図書室で、写本を中心に展示されている。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
その写本の一つ。
鷲がメッセージを届けているので、John the Evangelist(福音記者ヨハネ)。
Evangelium Secundum Iohannemこと、「ヨハネによる福音書」の冒頭ページ。

Museum Mayer van den Bergh
階段を上がった次の部屋は、対象的に明るい18世紀のインテリア。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
奥の部屋ではレースや、刺繍の展示。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
ロマンティックな静物画。

Museum Mayer van den Bergh

この部屋からまた階下に降りて、増築された新展示室に向かう。

Museum Mayer van den Bergh
ここでも、中世絵画やタペストリーのコレクションが展示されている。

Museum Mayer van den Bergh
ここで目に止まった一点。
「聖母子」 Master of the Legend of the Magdalen(マグダレン伝説のマスター)
ブラッセル、1490-1500頃

Museum Mayer van den Bergh
ディティール。

Museum Mayer van den Bergh
最後にエントランス近くのステンドグラス。



Museum Mayer van den Bergh
(マイヤー・ファン・デン・ベルフ美術館)

Lange Gasthuisstraat 19
2000 Antwerp

開館:火~日 10:00am~5:00pm 月・閉館。
入場料 € 8 (各種割引詳細は英文で<このページ>)

地図:




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Museum Mayer van den Bergh(マイヤー・ファン・デン・ベルフ美術館)-1-

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話は再び3月のアントワープに戻ってきて、今回はMuseum Mayer van den Berghマイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館)のイメージを。
相変わらず英語読みしか出来ないので「メイヤー・ヴァン・デン・バー・ミュージアム」と読んでいたけれど、Wikiに日本語ページがあったので、カタカナ表記が判明。Googleに発音させると「ベルへ(喉にひっかかった"へ")」のような発音のよう。

このミュージアムは、19世紀の美術コレクター、フリッツ・マイヤー・ファン・デン・ベルフのコレクションを、1901年に彼が乗馬事故でなくなった後、彼の母のヘンリエットが博物館を建ててコレクションとともに、1904年からプライベート・ミュージアムとして、限定公開したもの。その後1924年から、一般公開が始まった。
訪れているときは、17世紀の屋敷にしてはレイアウトが、なんとなく不自然なので、その後ミュージアム用に改装されたものか?・・・と考えていた。 このエントリーを書くのに下調べして、初めて、全くの19世紀の建造物だと判明。なるほど・・・・。



Museum Mayer van den Bergh
そのミュージアムの正面。
ゴシック・リヴァイヴァル様式の建物、ということになるけれど、
正面は完全に17世紀だと思い込んでいた・・・。

Museum Mayer van den Bergh
エントランスホールと階段。

Museum Mayer van den Bergh
真ん中に掲げられた肖像画が、フリッツ・マイヤー・ファン・デン・ベルフ

Fritz Mayer van den Bergh by Jozef Janssens
この方。事故で亡くなる年に描かれた肖像画。
元々は、中世~ルネッサンス期の工芸品やコインのコレクターだったのだけれど、
1892年頃から、中世絵画にコレクションの中心が移行していく。
その頃各地の主要博物館・美術館が、中世美術に関心を向け始めた頃で、
彼のコレクションは、時代を先取りしていたとも考えられている。

Museum Mayer van den Bergh
最初の展示室。ここも、ギルト・レザーの壁・・・、
なものだから、17世紀の建造だと思いこんだ次第。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
Portraits of the Vekemans family by Cornelis de Vos, ca 1625.
(フェケマンス一家のポートレート)
左右の子どもたちは、ドレスを着ているけれど息子たち。
19世紀頃まで、男の子でも幼いうちはドレスを着せられていた。
なので、髪型や持ち物で、ぼっちゃん、嬢ちゃんが判断される。

Museum Mayer van den Bergh
さて、そのギルト・レザー。
およそ60x90cmのパネルがスタンダードサイズとなっている。
これは、牛一頭のハイド(革)のサイズに由来する。
このレザーを型押しして、(金彩に見えるけれど)銀箔を施し、その上から着彩される。
黄色いワニス・コーティングを塗り、銀箔地がゴールド色に仕上げられる。
主にスペインで生産されたものだったので、
スペイン・ハプスブルグ領だったローランド地域(オランダ、ベルギー)で、頻繁に目にする。
(何度も書くけれど、イギリスではそれほど例がない。
イギリスではオーク材の木製パネリングがこの時代のインテリアの主流なのだった。)

Museum Mayer van den Bergh
次の部屋は中世の祭壇画を中心に、展示されている。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
木彫のゴシック天使達。

Museum Mayer van den Bergh
暖炉のタイルは、デルフトかな。

Museum Mayer van den Bergh
隣の部屋に中世美術の展示は引き続く。
13世紀初頭に制作された、キリストとヨハネの彫像。
最後の晩餐のシーン。
そう、ジーザス先生にしだれ掛かっている青年がいたら、
それは「主に愛されし弟子」ヨハネなのだった。

Museum Mayer van den Bergh
詳細が不明だけれど、祭壇画「キリストの復活」。

Museum Mayer van den Bergh
「キリスト生誕」。

Museum Mayer van den Bergh
どちらかと言えば、インテリアの方に興味津々。
ゴシックな暖炉に、

Museum Mayer van den Bergh
再びデルフト・タイル。

Museum Mayer van den Bergh
ウッドパネリングのキャビネットに、ステンドグラス。

Museum Mayer van den Bergh
途中の廊下になった部分に、チャーミングな17世紀静物画が数点。

Museum Mayer van den Bergh
このガラスの表現が秀逸・・・。

Museum Mayer van den Bergh
そしてこれも。

Museum Mayer van den Bergh
クローズアップで。

次回も、このミュージアムから続きますよ。



Museum Mayer van den Bergh
(マイヤー・ファン・デン・ベルフ美術館)

Lange Gasthuisstraat 19
2000 Antwerp

開館:火~日 10:00am~5:00pm 月・閉館。
入場料 € 8 (各種割引詳細は英文で<このページ>)

地図:



おまけヴィデオは、なぜだかやたら景気のいい、
ここのミュージアムのプロモーションビデオ。





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Rubenshuis, Antwerp (ルーベンスの家 - アントワープ) -3-

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熊本界隈の余震も収まってきただろうか? 地域に日常が戻る日が近いことを祈る。

日本国内だといろいろなサポートが立ち上がっているのだろうけれど、海外から簡単にサポートできるプロジェクトを見つけたので、ここにメモしておくことに。
日本初のフードバンク、Second Harvest Japan(セカンドハーベスト・ジャパン)が、Kumamoto Earthquake Relief Fundraising(熊本地震救済募金)を実施し始めた。 <このページ
まずは、被災地域への食料供給の安定が、最優先と思われるので、プロジェクト自体も、具体的かつ効果的かと。

グローバル募金サイトのAmmadoがプラットフォームなので、世界中からクレジットカードやPaypal(ペイパル)で支援が簡単にできる。
募金ウィジェットを貼っておくので、海外でご興味の方はぜひご協力を^^。





さて、本題のアントワープ、Rubenshuis(ルーベンスの家)から最終回。
今回は、スタジオ展示室のイメージから。


Rubenshuis
2階の展示室を見て回って、バルコニーになった階段部分から今度は、
グランドフロアから、スタジオ展示室へ。
ギャラリーの階下が、スタジオへのエントランス部分。

ここは、ルーベンスとその弟子たちが、制作していたスタジオ(工房)だった部屋。
セレブ画家だったルーベンスには、ヨーロッパ各地からの注文が殺到。
多数のアシスタントや弟子を使って、
当時のヨーロッパ最大規模のこのアトリエで制作された。

Rubenshuis
エントランス部分の壁面には、ギルト・レザーが使われている。

Rubenshuis
ここでインテリア絵画好きの目にとまったのは、
Interior of the Jesuit church in Antwerp.
by Wilhelm Schubert van Ehrenberg.
(アントワープ・ジュスイット教会の内部)
現在のSt Charles Borromeo's Church
(聖チャールズ・ボロメオズ教会 ←英語読み)の前身。
ここの39枚の天井画を、ルーベンスとヴァン・ダイクが
1616-18年にかけて、コラボで描いたのだそう。
現存したら、とても見ものなのだけれど、
残念ながら1718年の落雷による火災で消失してしまった。

Rubenshuis
そのディティール。
現在の聖チャールズ・ボロメオズ教会に、
この後気が付かないで、偶然入ってしまっていた。
なので、現在の様子はまた後ほど、標本箱に詰め込むことに。


ルーベンス「スタジオ」の制作システムの話が、ブックレットに載っていて、興味深かったのでここに引用してみよう。

8年間のイタリアでの活動を終えて、1609年にアントワープに戻ってスタジオを持ったルーベンスは、即オーストリア大公アルブレヒト7世と、その大公妃でスペイン王女のイサベルの宮廷画家に迎えられる。
1611年の段階ですでに、ルーベンス・スタジオに弟子入り志願者が、様々な方面からの紹介でひっきりなし。
結果、100人以上も断りを出さねばならなかった。他の画家のスタジオのポジションを得ても、それでもまだ、ルーベンスの弟子に空きが出るのを、狙い続けている者もいるそうで・・・、ルーベンスがその事情を書いて、出版業者からの弟子紹介に断りを入れる手紙が現存している。
スタジオの制作方式は、まずルーベンス師匠が、油彩スケッチの下描きを描く(これが、アムスの国立博物館に入っているような・・・、私の好きなタッチのもの)。
それを元に、実際の大型の画面に引き伸ばして、描き込んでいくのが弟子たちの仕事。ここでも、風景・花・衣装・動物と、それぞれの得意分野があって、分業制で仕上げていった。
そして、メインの人物像、特に顔や手など、肌の出た部分は、師匠が仕上げる。そして、ポイントとなる部分/要素にも、師匠が筆を入れて完成となる。
最も重要な注文には、最初から最後まで師匠が仕上げるケースもあった。(また逆に、師匠の手がほとんど/全く入らない「スタジオ」作品も多数あり。 20世紀中頃までは「なんでもルーベンス」になっていたけれど、近年の分析テクノロジーの進歩で、多数が「スタジオ作品」として分別されるようになったのだそう。)
このスタジオ方式は、イタリア・ルネッサンスの、ラファエロやミケランジェロのスタジオで行われていた方式と同様のものなのだそう。

ここのスタジオに展示されている大作は、とても撮影が難しいので(ライトのリフレクションが、どうしてもひどく出てしまう)、小品を2つほど。


Rubenshuis
Self-portrait by Anthony van Dyck c.1635-1641
1635-41年ごろに描かれた、ヴァン・ダイクの自画像。
個人蔵の作品が、今年からこのミュージアムに長期ローンで展示されている。
ヴァン・ダイクはルーベンスの筆頭アシスタント。
ルーベンス同様富裕層出身で、幼い時から画才を認められていたヴァン・ダイクは、
ルーベンス工房に所属する前から、画家組合に所属して独自にスタジオを開いていた。
1620年からアントワープとイギリスを行き来して、
イギリスのチャールズ1世宮廷画家としてのポジションを築く。

この肖像画とほぼ同じ構図で、同時あるいは同時期に描かれたと考えられているものが、
ロンドンのナショナル・ポートレートギャラリーに入っている。
こんなもの
口ひげの先を上に跳ね上げてセットするのが、
チャールズ1世宮廷でのトレンド(または、エチケット)だったそうで、
ここの「ひげピン」の肖像画が公式のもので、
ポートレートギャラリーの「ひげ下がり」は、
自分用の非公式のものだったとも考えられている。

Rubenshuis
Portrait of Archduchess Isabella, After Peter Paul Rubens
ルーベンスの、アントワープでのパトロンNo1、
大公妃イサベル・クララ・エウヘニア

Rubenshuis
もちろん自分的興味は、ジュエリー。
あ、このクロスのデザイン、使える・・・(笑)。

その他、ここのミュージアム展示のマスターピースは、<ここ>に(英文解説)。

この後は、庭に出て行ってみよう。

Rubenshuis
右がミュージアムへの入り口、
その左隣が、前回の最後に出てきたバルコニー。
ここはコートヤード(中庭)になっている部分。
左側のウイングが、今出てきたスタジオの建物。
想像だけれど、その上階には弟子や従業員が住む部屋があったのかも?

Rubenshuis
とてもバロック的なる、濃い彫りの装飾パネルの付いた階段。

Rubenshuis
その、スタジオの建物。

Rubenshuis
コートヤードの反対側のウィングは、前々回のルーベンスの生活空間。
夏だとウィステリア(藤?かな?)で建物が彩られていることと。

Rubenshuis
整形式の庭園との間に、装飾portico(ポーチコ)。

Rubenshuis
庭園側の眺め。

Rubenshuis
庭園側から、正面にスタジオの建物を見たところ。
あぁ、いつも思うけど、出張ついでのお屋敷見物は、いつもいつも、冬か早春。
コンチネントの「美しい庭」を見る機会に恵まれないわぁ・・・。

Rubenshuis
庭の奥にはローマ神殿風のガゼボ。

Rubenshuis
ライオンの皮をまとったタフガイはヘラクレス。

Rubenshuis
手前の右側はバッカス。
左はヴィーナスだったはず。

Rubenshuis
最後にもう一度コートヤードごしのエントランス。



Rubenshuis(ルーベンスの家)
Wapper 9-11, 2000 Antwerpen, Belgium

英文オープニング情報・入場料<このページ

Map:




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Rubenshuis, Antwerp (ルーベンスの家 - アントワープ) -2-

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アントワープ、Rubenshuis(ルーベンスの家)から2回目の標本箱は、前回の続きで、ギャラリー室内の展示物を、まずいろいろ。

Rubenshuis
Rubens(ルーベンス)の油彩スケッチは、アントワープのJesuit教会の祭壇上のコーニス部分の装飾の、
下絵というか、まぁ、デザイン画のようなもの。

Rubenshuis
個人的には、完成された絵画より、スケッチの方が、
筆のタッチが伸びやかで、見ていて気持ちがいい。
とりわけ、ルーベンスには、完成した絵画のスタティック(静的)なタッチと、
油彩スケッチの筆勢の違いを感じるのは、
彼の絵画が「スタジオ生産性」だったことと関連しているのかも?
まず、ルーベンスが構図をとった下絵を書き、
弟子達が途中まで仕上げる。
顔や手など重要な部分をルーベンスが仕上げて、
それ以外は弟子たちが完成させる・・・という方式がとられていたことと。
なので、仕上がった作品の大半の部分は、弟子たちの着実な手によるものの、
ルーベンス師匠の筆のタッチはあまり関与していないのかも?
あくまでも、想像の話だけど・・・。

Rubenshuis

Rubenshuis
ルーベンスのコレクションの静物画。
作者は記録してこなかったので・・・どちらも不明。

Rubenshuis
木彫装飾が見事なルネッサンス様式のチェスト。

Rubenshuis
キュリオ・キャビネットは、カメオ・コイン・ミニチュアポートレートなどの、
小型のアート/アンティーク作品を収蔵するためのもの。
キャビネット自体が田園風景で彩られている。

Rubenshuis
テラコッタのバストは、Lucas Faydherbe作のHercules(ヘラクレス)。
ヘラクレス、伝説上で素手でライオンを倒したということになっている。
で、ライオンの皮をかぶっている(身にまとっている)タフガイの彫像なら、
それはヘラクレス。
Lucas Faydherbeはルーベンスの弟子で、メヘレンの彫刻家の息子で、
3年ルーベンスの元で働いてから、メヘレンに戻って彫刻家として独立した。
メヘレンの大聖堂にも、彫刻が入っているのだそう。
知らずに、この前日に写真を撮っていたかも?

Rubenshuis
ギャラリー・ルームから階段を上がって上階のコーナー・ルーム。

Rubenshuis

Rubenshuis
この部屋で目についたのは、この油彩スケッチ。

Rubenshuis
てっきりルーベンスと思い込んでいたら、
実際には彼の弟子のJustus van Egmontによるもの。
"The reconciliation of the Romans and the Sabines"
(「サビニの女たちの仲裁」ストーリーの詳細は<このページ>)
1950年代までこの作品はルーベンス自身によるものと考えられていたそう。
さもありなん、タッチが師匠に似ている。
しかしそう言われてみてよく見ると、師匠よりタッチがややしつこい。
師匠の方が、無駄のない完璧さがある。

Rubenshuis
ここにも、キュリオ・キャビネット。
アントワープ1640年頃のもの。

Rubenshuis
このキャビネットの場合、描かれているのは神話・伝説上のシーン。
ルーベンスの作品を元にして、ルーベンスの縮小版コピーを専門に制作した画家、
Victor Wolfvoetの手になるもの。

Rubenshuis
正面の2枚扉には、ペルセウスとアンドロメダ伝説が描かれている。

Rubenshuis
暖炉のデルフトタイル。
ローランド地域の風景と、聖書モチーフの組み合わせ。

Rubenshuis
上階の次の部屋はベッドルーム。
当時は、ベッドルームとして設定されたものというより、
リビング・ルームや客間の中に、そこが暖房されて温かいのでベッドを置く、
という感覚だったらしい。
あまり、プライベートやプライバシーという感覚はまだ形成されていなかったもののよう。
当時のベッドが短いのは、上半身をクッションで起こした状態で寝ていたから。
中世の頃の「寝ている時も、いつでもすぐ目覚めて戦闘態勢に入れる」説の名残かと思ったら、
消化・循環にいいと信じられていたからなのだそう。
腰にはよくないと思うけど・・・。

Rubenshuis
そのとなりは、リネン室。
当時はアイロンはないので、写真右のようなプレス機でプレスしてシワがつかないようにする。
一方、折目はピンピンに付いている方がよし、とされていたそう。
紙のようにピンピンになったリネンは、後ろのリネンチェストに保管される。
リネンは超高級品だったので、それにまつわるプレス機やチェストも豪華なもの。

Rubenshuis
ルーベンスは外交官役も務める、当時の筆頭画家だったものだから、
経済的にも恵まれていて、このような織地の入った、
超高級リネン・クラスのものが使用されていたはず。

Rubenshuis
その次の部屋の展示で面白かったのは、このPortefraes(英語だとSupportasseと呼ばれる)というもの。
何かというと、Ruff(ラフ)と呼ばれる襞襟の中に芯材としていれるものなのだそう。

Rubenshuis
その見本のポートレート。
エリザベス1世の肖像画もこの襞襟の典型なので、
「エリザベス・カラー」とも呼ばれるけれど、それがまた転じて、
犬や猫が怪我の治療中に、傷口を舐めないようにはめられる、
ロウト型のカラーも、「エリザベス・カラー」と呼ばれている。
あれ?日本語でもそうだったっけ?日本語でなんというか知らない・・・。
ま、とにかく、ペットでも人でも不便極まりないと思うのだけれど。

Rubenshuis
その次の部屋も、絵画やコレクションなどが展示されている。

Rubenshuis
目に止まったチャーミングなポートレートは、
Portrait of Elisabeth of France, later Isabella, Queen of Spain c.1610-12
(エリザベス・オヴ・フランス、後のスペイン女王イザベラ←便宜上全部英語読み)
Frans Pourbus De Jonge作。

Rubenshuis
レースの襞襟も見事だけれど、ついジュエリーに目が行く。

Rubenshuis
最後にスタジオだった展示室に向かう。
その前に、バルコニーになった階段部分から下の階に。

Rubenshuis
ここから、ポ-ティコ越しに庭が見える。
この庭のイメージはまた次回に。

Rubenshuis
バルコニー部分を反対側から見たところ。

次回は、スタジオ展示室と、庭のイメージを詰め込みますよ。


Rubenshuis(ルーベンスの家)
Wapper 9-11, 2000 Antwerpen, Belgium

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