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Reading's Copy of the Bayeux Tapestry (バイユー・タペストリーのレディング復刻版)

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金曜の夜ににRye(ライ)の撮影から帰ってきて、「なるべく早く~」と頼まれていたので、土日でポストプロセスを仕上げて、ただいまWeTransfer転送中。
全く・・・「撮りすぎ注意」もいいとこで、最終仕上げが200枚弱で、あー、もう完全に撮りすぎ。 それでもまぁ、喜んでもらえるといいのだけど。

標本箱はReading(レディング)の話の続きで、今回はライヴの前に街をウロウロしていて立ち寄った、Reading Museum(レディング博物館)に収蔵展示されている、Bayeux Tapestry (バイユー・タペストリー)の19世紀復刻版の話。(通称「タペストリー」と呼ばれているけれど、実際には刺繍されたもの。)

本家の方、11世紀のバイユー・タペストリーも、5年前の夏にノルマンディー・ドライヴでバイユーに立ち寄った時に見に行ったことがある(その時の話は<このページ>に)。 
レディングの方は、その19世紀の復刻版。
レディング博物館に現在所蔵されているけれど、これはレディングで製作されたものではなくて、1885年にスタッフォード州の刺繍グループ、Leek Embroidery Society(リーク刺繍協会)の女性たちによって制作されたもの。
このグループのリーダー、Elizabeth Wardle(エリザベス・ワードル)が本家のバイユー・タペストリーを見学した時に、「イギリスにも、この復刻版があるべきだ」と思い立ち、グループの35人の女性の協力のもと、1年かけて1886年に完成された。
サウスケンジントン博物館(現V&A)から提供された、水彩着彩の白黒写真を元にして図案が複写され、エリザベスの夫でシルク染工場を経営するThomas(トマス)が、できる限りオリジナルに忠実な毛糸・染色方法で刺繍糸を製作・提供した。
完成後は、イギリス各地で、またドイツやアメリカでも巡回展覧される。
1895年にレディングで展覧されていた時に、リーク刺繍協会はこの作品の売却に応じることを決定し、レディングの前市長だったA A Hill氏が£300で買い取って、レディング市に寄贈した。
その後も、世界各地に貸し出し巡回展覧された後、1993年にレディング博物館に、現在の専用ディスプレイ室が完成して、以降ここで常設展示されている。

前回も書いたけれど、本家の方は撮影禁止なので、まったく写真がなくて、かなり不満だったけれど、ここではフラッシュなしの撮影可。 なので、またまた、いろいろ撮ってしまったのだった。
ちなみに、本家の方は全編を<このページ>で見ることができる。(クリックで拡大。)



Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
これがタペストリーの始まりのシーン。
エドワード証聖王(懺悔王とも訳されている)が、ノルマンディー公ウイリアム(のちの征服王)を、
イングランド王位後継者に指名する旨伝えるべく、
義兄(嫁さんエディスの兄)ハロルド(ハロルド2世=ハロルド・ゴドウィンソン)をノルマンディーに派遣する。

ところで、元々のこのタペストリーは、1066年ノルマンディー公ウイリアムのイングランド征服後、ウイリアム征服王の異母弟Odo of Bayeux(バイユー司教オド:フランス語読みだとOdon=オドン)が制作させた、ということに現在なっている。
(元々は、「王妃マティルダのタペストリー」と呼ばれ、征服王の妻マティルダが制作させたと考えられていた。)
いずれにせよ、ウィリアム征服王・ノルマン側が、アングロサクソン系の王ハロルドを打ち負かしたのは、先代のエドワード証聖王が、ウィリアムを正当な後継者として指名していたからで*、ハロルドはそれを「不当に」横取りしたからだ・・・という、とても一方的なノルマン側の言い分に基づいて、ここでのストーリーは展開される。
史実は・・・たいがいそんなことはない。正当も不当もなくて、単に権力争いで、うまくやったもん勝ち・・・の、時代であった(あ、いつの時代でもそうか・・・笑)。

*ウィリアム征服王の祖父ノルマンディー公リチャード2世が、エドワード証聖王の母エマと兄弟・・・つまり、大叔父さんにあたって、エドワード証聖王のノルマンディー亡命期に親しかった、という根拠だそう。(オタッキーな覚書)


Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
で、船出するのだけれど、強風にあおられて、
Count Guy of Ponthieu(ポンティユー伯ガイ)の領土に難破してしまう。
そして、まんまと身代金目当てにガイに捕まってしまう。


話は刺繍糸の話になって、この写真の船の部分で、
刺繍糸が褪色しているのがよくわかる。
船の縁の模様部分と、船の櫂の部分は、
本家ではダークグリーン。
ここでも多分もともと同じような色が使われていたのだろうが、
船の後ろの方が激しく褪色してしまっている。
19世紀コピーの方は、全体的に、色の褪色が目立つため、
本家よりコントラストの弱いものになっている。
11世紀の糸の方が、19世紀の糸より色持ちがいいって不思議ー。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
その知らせを受けたウィリアムが、
ハロルドを救出するべく、使者を送る。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
ウィリアムの尽力(と、多分身代金支払い)で、
自由の身になったハロルドがガイにひき連れられて、
ハロルドに身柄を渡される。


真ん中のハロルド、捕虜なんだけれど、当時の貴族の捕虜は一応客人扱いなので、鷹を手に優雅なもの。
で、ハロルドはアングロサクソン人なので、初期ビートルズ(?)のようなヘアスタイルにヒゲ。
一方、ノルマン系の連中、上に出てきたウィリアムや、ここで前にいるガイ達のヘアスタイルが、どうやら後ろ刈上げというか、剃り上げスタイル。<こんなもの>が、史実に忠実なもののよう。
このタペストリーでもその違いが、描き分けられている。
(ちなみに、ノルマン人の祖先ヴァイキング達は、この頃でもずーっと、ロン毛。)

もう一つ、くだらない話。
タペストリーの枠外に、あまりストーリーとは関係ない・・・ような、動物やら人物やらがいろいろ(たぶん)模様のつもりで描かれているのだけれど、このシーンの下にはなぜだか裸の男女が描かれていて、男が女に求愛ちう(?)な様子。
本家の方では、男の股間にナニな状態の一物がはっきり描かれているのだけれど、そーゆーことに目くじら立てまくりのヴィクトリアン期の復刻版には、もちろんそれは削除されている。次に、もう一つ露骨な例をご紹介しよう(笑)。


Original figure modyfied with a pants in the 19th century reproduction.
あれ?日本ってこういうのまずかったのかな?
(え?19世紀のままなのだっけ?)
ってもう、記憶が定かでないけど、
自主規制で小さく、でも載せる(笑)。


この後、話は、ハロルドとウィリアムの交渉に入って、その時にウィリアムが娘を、ハロルドに嫁がせようという話が出るシーンの下、枠外に意味不明でこのような不埒な輩(左)が登場。復刻版の方では、右のようにパンツ穿かされてる。
これは、刺繍家のご婦人方が自主規制したのかと思いきや・・・、サウスケンジントン博物館(現V&A)からの資料の段階で、修正されていたものだそう。 ローマ時代の彫刻や、ルネサンス絵画にもイチジクの葉っぱを、つけて回っていた時代なことゆえ(笑)。


Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
本題に戻って、ウィリアムは反乱を起こした、
ブリタニー公コナン討伐軍に、ハロルドの参戦を依頼する。
クエスノン川を渡るシーンの向こうに見える、
亀の甲羅状のものは、モン・サン・ミシェル。

その後、ブリタニー公領の町Dol,、Rennes、Dinanを次々陥落させて、
コナンを降伏させる。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
その後、バイユーに一行は向かい、
聖堂内の聖遺物にかけて、ハロルドはウィリアムに、
臣下としての忠誠を誓う・・・のシーンなんだけれど、
大聖堂のシュールな構造に目を奪われて、
肝心の忠誠を誓うハロルドを、右に見切ってしまっていた。
写真の右に座っているのがウィリアム、で、
右端が聖遺物箱。そのまた右画面外にハロルドがいる。

これがまだ、話の伏線になる前半で・・・なかなか、話が進まないな・・・。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
その後ハロルドは無事、イングランドへ帰国し、
エドワード証聖王に使命の遂行を報告する。

が、程なくして、エドワード証聖王が死去する。
写真を撮り忘れてたけど、(本家のこのシーンは<このページ>に)
ここで、すかさずハロルドが、貴族の支持を取り付けて、
イギリス国王に即位してしまう。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
そのニュースは、スパイによって、あっという間にウィリアムの耳に届き、
イングランド侵略を決意したウィリアムは、
侵略用の船の建造を依頼する。
ウィリアムの右隣に座っているのは、
ここでは名前が出てこないけれど、トンスラ(剃髪)頭から、
ウィリアムの異母弟のオド。
彼が船の発注を取り仕切っていた。

この次に船の建造シーンがあって、

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
船が完成して、武具・兵器を積み込んでいるシーン。
チェーン・メイルは重いので、二人がかりで運んでいた様子。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
馬も積み込んで、海峡を渡る。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
船団は、Pevensey Bay(ペヴェンシー湾)に上陸。
上陸したのは6000-7000人の軍団とされている。
東のHastings(へースティングス)に向かいキャンプをはる。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
で、まずは腹ごしらえの宴会。
バーベキューというか、焼き鳥というか・・・。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
なにかというと、真ん中によく出てくるオド司教。
自分が発注したものだったら、当然といえば当然か。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
そして、作戦会議ちう。
ここでもウィリアムの左で、アドヴァイスしているのはオド。
右側はウィリアムの異母弟で、オドの実兄弟のロバート。
このオド、聖職者だけれども、当時の貴族なので戦闘参加。
後半ではチェーンメイル着用で、
メイス(こん棒?)振りかざして戦うシーンあり(写真は撮り逃し・・・)。
「恐喝・強盗で財を成した」と記録に残るほどの強者だそう(笑)。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
ハロルドの動きが報告される。

このころ時を同じくして、ハロルドの弟トスティが、
ノルウェー王ハーラル3世を引き込んで、反乱を起こし、北のヨークを制圧。
ハロルドは、これをBattle of Stamford Bridge
(スタンフォード・ブリッジの戦い)で撃破していたところ。
で、ウィリアムの上陸を聞いて、400km弱を7000の全軍をひき連れて、
南下し、バトルの丘の上(有利なポイント)に陣をはろうとしていた・・・ということ。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
ウィリアム側としては、ハロルドが態勢を整えないうちに、
開戦に持ち込みたかったので、1066年10月14日朝に進軍開始。

ちなみに、10月14日頃の週末は、バトルでリ・エンアクトメント(歴史再現)の、
コスチューム模擬戦闘イベントが行われているのだった。
今年は950年記念だったので、一段と大規模だったとか。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
ノルマン側の進撃。
ところで、ノルマン側は弓兵で一斉射撃しておいて、
このシーンのように槍を持つ騎兵が、
突撃・退却を繰り返す戦闘方式。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
対するアングロサクソン側は、
盾をみっちり組んで防御し進軍、
(これはローマ兵の戦闘方式と似ている)
長斧を振り回す切込み歩兵で、前線を切り開く戦闘方式。

通常、逆しずく型の長盾はノルマン盾で、
アングロサクソン側は、丸盾が定説なのだけれど、
実際にはアングロサクソン側でも、長盾が使われていたのだそう。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
戦闘は膠着状態で、午後に至るが、
ウィリアムは、アングロサクソン側の陣形を崩すことに成功。
ここで、ハロルドが目を矢で射抜かれて戦死。
一気にノルマン側の勝利が確定する。

あ、この左から2つ目の盾がアングロサクソンの丸盾。

ここで、目を射抜かれているのがハロルド・・・・ということになっているけれど、実はこれにも諸説あるらしい。
そもそも、ハロルドが目を射抜かれて死んだというのは、聖なるもの(聖遺物)にかけた誓(この場合、ウィリアムに臣従の忠節を誓った)を、破ったものに対する天罰を象徴していて、いくつか同様の伝説がみられるのだとか。
この伝説が後年できあがって、本家の方のこのシーンは、その伝説に準じるために、矢の部分が14世紀以降に付け足された、とも考えられている。
で、この人物がハロルド、ということになったのだけれど、本来は馬の前に倒れている(写真では右にはみ出している)人物が、ハロルドという説もある。
というわけで、現在では死因は確定はされていない。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
ここで、ウィリアムの王位が確定して、
この後に戴冠のシーンがあったはず・・・なのだけれど、
本家の方でそれは失われていて、この戴冠に向かうシーン(?)
でタペストリーは終わっている。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
復刻版の方は、その後にこの作品の制作についての解説が、
刺繍されている。
その下には、参加者の名前がスタンプされている。

また、全編に本家にはないもう一つ下の枠組みが
(写真でははみ出しているけれど)採られていて、
そこに「ここまではXXXXの制作」というように、
制作者名が刺繍で綴られている。

Reading's Copy of the Bayeux Tapestry
これは、刺繍の技法を解説したもの。
ステム・ステッチでアウトラインを描いてから、
中を色糸で埋めていく刺し方。


この辺のノルマン王家あたりの
イギリス中世史が専門(?)だったのだけど、
ずいぶんいろいろ忘れてしまっていたので、
散々調べものして、記憶を呼び戻した今回の標本箱。

最後のおまけヴィデオは、
その、今年のヘイスティングスの戦い950年記念、
リ・エンアクトメントの様子をYoutubeから。




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Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)-3-

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Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)から、まだ引き続き。


Bern Historical Museum
ベルンの市議会場(?だったかな、そういう感じのもの)を飾っていた、
スイスの主要輸出産業だった、傭兵を描いたもの。
詳細は記録してこなかったけれど、16世紀かな?

Bern Historical Museum
左の黒熊旗を掲げるのは、ベルンの傭兵かと。

スイス傭兵(Swiss Guard)は現在でも、(多分儀仗的に?)バチカンに存在するけれど、15-18世紀ではスイスの重要な外貨獲得のための産業だった。州単位で他国と契約して「出稼ぎ」したのだそう。
他に産業のあるドイツなどの国からやってくる傭兵は、そこからはみ出した、いわゆる「ならず者集団」で、雇用者側も扱いに手こずる。
一方、他に産業のなかったスイス傭兵は、州単位でやってくる、いわば国家輸出産業の担い手なので、職務に真剣。質実剛健と信頼度の高さで、プロフェッショナリズムを貫いていた。
18世紀には、マリー・アントワネットとルイ16世の一家を最後まで擁護して、全滅したのもスイス傭兵だったそう。


Bern Historical Museum
シルバーに金張(?かな)のチャージャー(大型の皿)の周囲の装飾。
エナメル彩の上に、クオーツのカボションがはめ込まれている・・・のだと思う。

Bern Historical Museum
ベルンの紋章のクマ君。
舌なんだろうけど反っ歯に見えるし、
なんだかこれではカッパ系の生き物・・・。

Bern Historical Museum
他にも銀器の展示が色々。

Bern Historical Museum
スイスの歴史的人物にまつわる展示・・・だとは思うけれど、
なにしろ、スイスの歴史は全く専門外なので、
オブジェ的に目を引くものしか見ていない。

Bern Historical Museum
18世紀のご衣装にインテリア。
この頃は汎ヨーロッパな様式なので、
特にスイス的なる・・・というものは目にとまらない。

Bern Historical Museum
ベルンの町のミニチュア・ジオラマ。
アーレ川に取り囲まれた半島状の高台に出来た町ということがよくわかる。

Bern Historical Museum
興味深かったのがこの展示。
18世紀後半にJoseph Reinhartが描いた、
The Reinhart cycle(ラインハルト・サイクル)と呼ばれる肖像画群。
スイス各地の様々な職業に従事するカップルを描いている。
ちょうど写真で記録を残すように、描かれている。
地方名士的な人々のみならず、
林業労働者、職人、清掃人等などが、対等に資料として描かれている。

Bern Historical Museum
特権階級でない「一般市民」の概念が現れている。
コスチュームの違い・特徴に興味津々。

Bern Historical Museum
このペルシャ・中央アジア的なインテリアは、
19世紀後半のスイスの探検家・コレクターHenri Moserのコレクション。

Bern Historical Museum
こういうペルシャ的インテリアにとてもソフトポイントあり・・・(笑)。

Bern Historical Museum
そしてディティールはコテコテ。

Bern Historical Museum
タイル画もこのコレクションの一部。

Bern Historical Museum
どこの族長の写真かと思ったら、
Henri Moser氏ご本人、中央アジアにてのコスチューム。
めちゃくちゃカッコいいかも、こんなコスチューム着たいっー。
(そう、基本、野郎コスチューム好きです・・・笑)。

Staircase to Einstein Museum
上階の1フロアが、ベルンに住んだアインシュタインの、
「アインシュタイン博物館」に充てられている。
そこにいたる階段が、ヴィジュアル的には最大インパクト。

Staircase to Einstein Museum
マトリクスしている。

Einstein Museum Room
で、カンジンの展示は、彼がベルンに住んでいた時に従事した、
機械工学系の展示が多くて、個人的にはちょっと興味薄。
ここのヴィデオで、相対性理論のハシリを理解したけれど・・・。

Bern Historical Museum
個人的にはこういうレトロ/アンティーク系の展示に興味。
「アインシュタイン博物館」の階から、上階の、
ベルン20世紀の歴史の展示。

Bern Historical Museum
ここで、目ウロコ的にToblerone(トブラローネ)チョコが、
スイスのものだったことを思い出す。
この独特の3角形は、マッターホルンに由来するものだそう。
で、あの折りやすいように付けられたギザギザは、
実際量より、見た目量を倍増する、
天才的な「カサ上げ」のための発明だと・・・これは私見。

Bern Historical Museum
20世紀前半の家電などの開発の展示。
近未来的掃除機(シルバーの)がとてもクール。
こんなのの、リプロが欲しい・・・。

Bern Historical Museum
この辺りは展示内容自体より、ここの展示インテリアに目が行く。
このフロアは博物館建物の屋根裏にあたるところ。
斜めに天井の下がる、使いにくそうな構造を、
うまく活用して、モダーンな展示室にしている。

Bern Historical Museum
お見事。

Bern Historical Museum
このフロアから、また螺旋階段を登ると、
展望室のフロアに出る。

Bern Historical Museum
はるかに見えるのは、アルプスの山並み。

Bern Historical Museum
最後に、外観をもう一度。
塔の上が、先ほどの展望台にあたるところ。



Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)

ヴィジター情報(英文)<このページ

地図:




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Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)-2-

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フランスやらトルコやら、惨事再び・・・sigh。UKは、動きが出始めて、前途多難だけれど、現状の中で最も理にかなった展開になってきているように感じる、so far (今のところ)。
と、いうところで、標本箱は再びベルン、Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)へ。
速く片付けないと・・・あと10日で、ノルマンディー・ホリデー突入ですがな・・・。



前回の続きで、中世ネタから。

Bern Historical Museum
この彫像達はベルン大聖堂を飾っていたもの。
詳細がNetで出てこないので不明だけれど、15世紀のものと思われる。
中央のドラゴンいぢめのミカエル君と、

Bern Historical Museum
おっとりした感じの天使達。

Bern Historical Museum
その奥にはジーザス先生と、
マリア母さま、洗礼者ヨハネを中心に、
12使徒が左右に並ぶ。
あー、こういうのを教会の中で、オリジナルの状態で見れるものなら素晴らしいのだけれど。
以前も書いたように、カルビン派新教の中心地、スイスでは、
教会は新教のシンプルな様式に「粛清」された歴史がある。
この彫刻でもよく残っていたものだと思う。
もっと気の毒なことになっているのが、以下。

Bern Historical Museum
建築に付随した石彫は取り除かれて、破壊され、
崖っぷちの教会裏敷地を広げるための、
埋め立て素材として使われたのだとか。
それが近年発掘されて、修復されて展示されている。
こんなもの見なくても、フランスやベルギーやカトリックの国の教会に、
もっと美麗な彫刻がいくらでもある・・・ので、このエリアは不愉快なので割愛(笑)。

Bern Historical Museum
これは美しくエレガントに残されている・・・正義の象徴かな?
最初の一連の彫刻達より、少し時代が下っている印象。

Bern Historical Museum
こちらも秀麗な彫像達。

Bern Historical Museum
その間を抜けて、地階へ降りていく。
この部屋に展示されている絵画は、このベルンの創設伝説。
1191年にゾーリンゲン公ベルトルト5世が、新しく町を創設するにあたり、
その地域で狩りをして、最初に仕留めた獲物のにちなんで、
町を名付けることになった。
そうして、最初の獲物は熊だったのでBär (bear)から、Bernと呼ばれるようになった・・、
という伝説を描いている。(この町の紋章も黒熊。)
しかし、実際には名前の由来は諸説あって、正確なところは不明なのだそう。

Bern Historical Museum
その先の展示室では、大聖堂の聖歌隊席のタペストリーが展示されている。
サラゴサの聖ヴィセンテの生涯を描いたもの。
聞いたことのない聖人さんだけれど、ベルン市の守護聖人なのだそう。

Bern Historical Museum
生涯・・といっても、最初はともかく・・・、

Bern Historical Museum
中盤は拷問の連続。
聖人さんというもの、たいていは殉教しているから聖人さんになっているわけで、
中世絵画を見ていたら、各聖人さんごとに、
よくまぁ、これだけいろいろな方法を考えつくな・・・
というような様々な拷問やら処刑が考案されている。
中世ヨーロッパ人は、人間を食肉を捌くのと大差なく捌いていたのかしらね。
まぁ、そこから、解剖学は発達したともいえるだろうけど。

Bern Historical Museum
最後は、めでたく(かどうかは知らんが・・・)、
聖別されて守護聖人になったのでした、完。

Bern Historical Museum
その次の部屋は、16世紀に修道院墓地の壁に描かれた壁画を、
その壁が1660年に取り壊される前の、1649年にAlbrecht Kauwが模写したもの。
最初は、旧約聖書のシーンで・・・で、本題は、

Bern Historical Museum
「Danse Macabre(死の舞踏)」

Bern Historical Museum
王侯貴族も、

Bern Historical Museum
女王や奥方も、

Bern Historical Museum
商人や、騎士、

Bern Historical Museum
傭兵や、芸人も
(ちなみに、傭兵は歴代スイスの重要な輸出産業だったのだそう。)

Bern Historical Museum
外国人(?)も、そしてそれ(壁画)を描く画家、Niklaus Manuel(自画像)も、
この世はうたかた、すぐに死にさらわれていく・・・というもの。
「死の舞踏」のテーマ自体は、14世紀の百年戦争の戦乱と、
ペスト禍から生まれてきたもので、その後一種の無常観として、
ヨーロッパ文化の中に定着していく。

Bern Historical Museum
エグい系が続いたので、チェストに描かれた素朴な天使君で中和。
地方の村落では、イコノクラスト(図像破壊)のが及ばず、
中世以来残されたものもある、という例で展示されていた。

あぁ、写真が多くて、まだ全然終わらないよー。
次回も続きます。


Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)

ヴィジター情報(英文)<このページ

地図:








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Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)-1-

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翌日は、また別の博物館へ向かう。
ここはどちらかといえば、私の守備範囲でBern Historical Museum(ベルン歴史博物館)。 たいていどこの街に行っても、時間があって博物館・美術館を見に行く場合、工芸・歴史・民芸関係の博物館が、美術館より優先、という傾向があるので。
この博物館は、名前通り、ベルンの歴史に関する展示が主で、他に1フロアが、ベルンに在住していたアインシュタイン博物館に充てられているのと、一階の一部はエジプト・アジア・オセアニア等の工芸品の展示に充てられている。


Bern Historical Museum
博物館の正面。
1894年建造の建物は、15-16世紀の城の様式をリバイバルさせたもの。
19世紀の世界的トレンド「なんでもリバイバル」の一環。

Bern Historical Museum
ファサードのモザイクは、どことなくミュシャを思わせる・・・、
ちょっと、アール・ヌーヴォーが入ってきている雰囲気。

Bern Historical Museum
自分的に一番興味のある、優先順位高い中世展示室にまず直行。

Millefleur tapestry, Brussels(?), ca 1466
Millefleur tapestry, Brussels(?), ca 1466
15世紀ブラッセル製のタペストリー。
スイスは典型的なプロテスタントの国なので、イコノクラスムも相当あったようで、
お宝があまり残されていない。(それもあって、ベルン大聖堂は見に入らなかった。)
なぜだか背景は知らないけれど、タペストリー類が充実している。

Adoration of the Magi tapestry, Brussels or Tournai, ca 1450-60
Adoration of the Magi tapestry, Brussels or Tournai, ca 1450-60
「マギの礼拝」これもブラッセル製のタペストリー。

Adoration of the Magi tapestry, Brussels or Tournai, ca 1450-60
クローズアップ。

IMG_0391 copy
詳細不明だけれど(14世紀じゃないかな?)、
「聖母戴冠」の刺繍パネル。

IMG_0393 copy
その、サイドパネルの聖人さん達。

IMG_0387 copy
これは、もっと古い・・・、13世紀かも?
様式がビザンティン。

IMG_0389 copy
ツバメのような翼の天使君。

Tapestry restore room
この一角にはタペストリー修復室があって、
ガラス越しに見ることができる。

Tapestry restore room
PC上で拡大して、
タペストリーの傷んでいる部分を分析しているところ・・・、
と思われる。

Bern Historical Museum
エナメル細工の天使君。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
個人的に・・・ここの博物館での最大のヒット。
13世紀の祭壇用ディプティーク。
ベネチア製で、これまたビザンティン様式スポット・オン。

熱血クローズアップいきまーす。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
Halo(光輪)を細かいシード・パールで綴っていたり、
小さな小さなルビーやエメラルドのカボションが貼り付けられていたり、
とにかく芸が細かい。
ハンガリー王アンドラーシュ2世のために制作されたものだそう。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
装飾を施された金彩画の上に、
薄いまるでガラス板のようなものが嵌められている。
想像だけれど、水晶をスライスした薄板じゃないかなと思う。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
淡いブルーのカルセドニー系の石がとてもキレイ。
このシーンは「トマスの不信」。
イスカリオテのユダは裏切りのあげく死んでいるので、
ここにはカウントされていなくて、弟子は11人。
(その後使徒行伝では、マティアが12人目にリクルートされるという話だけど。)

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
シーンは「ラザロの蘇生」かな?

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
聖マルガリタと聖カタリナ。
右の聖カタリナのコスチュームが、とてもビザンティン。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
これはマティアも入れた12使徒かな?
イスカリオテのユダが入っていると、彼には光輪が着いていないので。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
これは聖母昇天で、天上の父さんが幼子イエス連れで、
お迎えに来ていると思われる。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
「キリスト降架」。

Konigsfelden diptych, Venice, ca 1280-90
最後は、福音書記者マルコの象徴の、有翼ライオン。


また次回も、この博物館のイメージが続きますよ。




Bern Historical Museum(ベルン歴史博物館)

ヴィジター情報(英文)<このページ

地図:








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Zentrum Paul Klee, Bern(パウル・クレー・センター、ベルン)

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今回は、スイスのベルンに訪れた、最大の目的 Zentrum Paul Klee(パウル・クレー・センター)のイメージを。

20世紀初頭にドイツ、スイスで活動した、Paul Kleeパウル・クレー)の作品を4000点以上集大成した美術館(研究機関)で、2005年にオープンした。
以前も書いたけど、ウチの配偶者氏がパウル・クレーの大ファンで、ここがオープンしたニュースを聞いてから、ずっと行きたがっていたところ。
10年たって、なんでもNetで検索・ブッキングできる時代になってはじめて、やっと念願かなってたどり着いた。よかったね、父さん(笑)。


Paul Klee Museum, Bern
ベルンの駅前から、トラム7番Ostring行に乗って約20分、
終点Ostringがセンターの最寄りのストップ。
トラム内のストップ表示にも、Ostring-Zentrum Paul Klee
と表記されているので、解りやすい。
バスも出ているけれど、多分このトラムが一番わかりやすいアクセスだと思う。
トラム・ストップから遊歩道がセンターに続いている。
この遊歩道を歩くこと10分ぐらいで、エントランスに着く。

Paul Klee Museum, Bern
丘陵地に半ば沈み込んだような建物は、
イタリアの建築家Renzo Pianoによるもの。
もっと植栽が育ってくると、林の中の洞のようになることと。

Paul Klee Museum, Bern
中央の建物の地階がパウル・クレーのエキジビションに充てられている。
上階は別立ての企画展で、手前の建物は教育機関、
奥の建物は研究機関、というようになっている。
中央の建物の怪談を地階へ降りて、ぐるっと反対側に回ったところが入り口、
というのを、クレー的に表示。

Paul Klee Museum, Bern
展示室の中。

Paul Klee Museum, Bern

Paul Klee Museum, Bern

Paul Klee Museum, Bern
展示はヴィデオ室1つと、
テーマごとにゆるく5つにスペースが分かれている。
全体で100点と少し、という量の展示。
4000点収蔵しているのに、たった2.5%!?
ちょっと残念だった配偶者氏、後でレセプションで尋ねてみた。
「毎年テーマと展示内容が変更されるので、またぜひ見に来てください。」
なんだそうだけど、それじゃあ全部見るのに40年かかる計算になる(笑)。
そもそも、この激物価高(正確にいうと、消費税が33%だからだそう)のスイスに、
2度と来るかどうかココロモトナイ、多分来ないでしょう。

それでも、せっかく来たのだから、
展示されているのを全部、吸い込まんばかりのイキオイで、
丸一日かけて、鑑賞する配偶者氏。
(抽象画門外漢の私は、途中でカフェに退散・・・笑。)

Ohne Titel (Schiffe im Sturm), Paul Klee 1919
Ohne Titel (Schiffe im Sturm), Paul Klee 1919
有名な作品かどうかなど、専門外なので知らないし、
有名かどうかに興味はないので、自分の好きなモノばかりピックアップ。
「嵐の中の航行」というサブタイトルが付いている作品。

Ohne Titel (Schiffe im Sturm), Paul Klee 1919
これはガラスの裏に描かれて、
あとからスクラッチで絵の具を掻き落として、
テクスチャーを入れている、と思われる。
クレーの作品は工芸的で、テクスチャーが面白い。

Drei Fenster, Paul Klee 1920
Drei Fenster(3つの窓), Paul Klee 1920
これも色がとてもきれいだった作品。

Drei Fenster, Paul Klee 1920
建築や街並みを思わせる雰囲気も好き。
多分、一番気に入った作品かも。

ところで、館内はストロボ無しで撮影可。
配偶者氏に「あれ撮って、これ撮ってー。」
と子供のようにねだられる。
(「あれ買って、これ買ってー。」じゃないだけましか・・・笑)。

vor dem Schnee, Paul Klee, 1929
vor dem Schnee(雪が降る前), Paul Klee, 1929
暗いランドスケープと木?なんどろうけれど、
夜に咲く薔薇に見えるのは、私の趣味のフィルター?(笑)

das licht und die Scharfen, Paul Klee, 1935
das licht und die Scharfen(光とシャープさ), Paul Klee, 1935
シャープさ、というタイトルだけど、なんだか和めるのは色調のせい?

Genien (Figuren aus einem Ballett), Paul Klee, 1922
Genien (Figuren aus einem Ballett), Paul Klee, 1922
具象から抽象への過渡的な、バレエをモチーフにした作品。

in fasten Grenzen, Paul Klee 1935
in fasten Grenzen, Paul Klee 1935
焼き物とか、カーペットを連想させる作品。
もし、クレーがもっと長生きして(60歳で亡くなっている)、
もし、陶器をやっていたら(ピカソやシャガールみたいに)、
さぞかし面白い作品を創っただろうなーと感じる。

Tanz stellung 17.B, Paul Klee, 1935
Tanz stellung 17.B, Paul Klee, 1935
これもダンスを描いているけれど、表現が「忘れん坊の天使」みたいで愛らしい。

Ohne Titel (Kind und Drache), Paul Klee, um 1940
Ohne Titel (Kind und Drache), Paul Klee, um 1940
サブタイトルが「子どもとドラゴン」。
子供が走ってくるemailの擬人化に見えるのは私だけか?(笑)
色のコンビネーションが、絶妙に美しい。

Clown in Bett, Paul Klee, 1937
Clown in Bett, Paul Klee, 1937
「ベッドのクラウン」、だそうだけど、
フルーツ・ボウルを連想する。

der bluhende Garten, Paul Klee, 1930
der bluhende Garten, Paul Klee, 1930
「花咲く庭」が完全に抽象化された作品。

individualisierte Hohenmessung der Lagen, Paul Klee, 1930
individualisierte Hohenmessung der Lagen, Paul Klee, 1930
最後のエリアには、このような完全に抽象化された作品が、集約されている。

Paul Klee - note
作品とともに、制作プロセス(理論?)の記したノートも展示されていて、
そのノート自体が、作品としておもしろいかも・・・だった。

Paul Klee - note
最後にもう1ページ。




Zentrum Paul Klee(パウル・クレー・センター)

ヴィジター情報(英文で<このページ>)

地図:




*************


ようやく、まとまって時間が出来て、オブジェ制作モード、なう^^。

Assemblage objet d'art mode.... recent days : )



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Plantin-Moretus Museum (プランタン・モレトゥス博物館)-3-

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仕事でインテリア撮影に行ってたり、その先でトライポッド倒してスーパーワイド・レンズ折って、修理屋に駈け込んだり・・・で何かと忙しくしております。
「トライポッド倒してレンズ折る」の話は聞いたことがあるけど、比較的物を落としたり壊したりしない方の自分がやるとはね・・・Alas。
修理屋のお兄さん曰く「たいてい一度はやりますよ。」よくある話だそうで、ガラスレンズ自体は無傷で、新しいのを買うよりは安く修理できそう、なので、入院中。
もう一度同じクライアントさんで、第二弾ののインテリア撮影が来週の予定だったのを、レンズが退院してくる再来週に延期してもらったり・・・ヤレヤレ。
教訓:たとえつかの間でも、トライポッドを半開きで立ててはなりませぬ。

さて、本題はアントワープのPlantin-Moretus Museumプランタン・モレトゥス博物館)の最終回。まだまだ写真はあるけれど、なんとか今回で話を収めたいかも。


今回は印刷工房の中庭側半分に収納されている写植キャビネットから。

Plantin-Moretus Museum
印刷工房はこのように真ん中の通路を挟んで、
印刷機側と、写植文字キャビネット側に分かれている。
作業としては、このキャビネットから文字を組んで、
向かい側の印刷機に回す。
修正が出るとまたこの写植文字エリアに戻される、というもの。

Plantin-Moretus Museum
その写植文字。
これつまり、16世紀末~17世紀のもの。
写植文字自体ここのまた別の工房で原型が作られ、
鉛の鋳物で量産された。
その工房も通常は公開されているそうだけれど、
改装の始まった一角で、私が訪れた時にはクローズしていた。

Plantin-Moretus Museum
こんな縦に長い楔のような写植文字達が、
木の枠の中にぎっちり並べられる。

Plantin-Moretus Museum
組まれた写植文字と、それを印刷したサンプル。

Plantin-Moretus Museum
写植文字エリアの窓から覗いた中庭。

Plantin-Moretus Museum
工房を出ると、次にルートは図書室に向かう。

Plantin-Moretus Museum
18世紀様式のインテリアの部屋。
ここにも写本が展示されている。

Plantin-Moretus Museum

Plantin-Moretus Museum
小さな書庫が続く。

Plantin-Moretus Museum

Plantin-Moretus Museum

Plantin-Moretus Museum
博物館の中で「The Moretus Room (モレトゥスの部屋)」と呼ばれるこの部屋は、
ちょうど印刷工房の上階にあたる部屋。
1637-39年頃に、この上階が増築された。
当時工房に関連した業務のための部屋として、
増築されたと考えられているが、
具体的にどんな作業が行われた部屋なのかは不明。
現在はここの出版物が展示されている。

Plantin-Moretus Museum
天文学書の図解ページ。

Plantin-Moretus Museum
創業者プランタンが亡くなる1589年の前、
1585年にアントワープがスペイン領に陥落し、
スペインに陥落したローランド各地同様、景気が破綻する。
2代目ヤン・モレトゥス1世は巧みにスペイン王や、
イエズス会から宗教関連の書籍印刷を受注することで、
この危機を乗り切っていく。
1650年には生産はほぼ100%宗教書で、
創設時のアントワープ黄金時代の人文科学的な出版形態は、
もはや過去のものとなっていったのだそう。

Plantin-Moretus Museum
その先に続く部屋は「The Rubens Room(ルーベンスの部屋)」と呼ばれている。

Plantin-Moretus Museum
3代目バルタザール・モレトゥスとルーベンスは学友で、
仲が良かったと伝えられている。
ルーベンスがイタリアから帰国した1608年以降、
学友はプロフェッショナル同士の協力関係に発展する。
この頃から、書籍に豪華な挿絵入りのタイトルページが付くようになった。
このタイトルページや、書籍内の挿絵を、ルーベンスが数多く担当し、大成功をおさめる。
ルーベンス的にも、即金キャッシュで報酬が支払われたのみならず、
数々の書籍も譲り受け、素晴らしい蔵書を築くことができたのだそう。
お互いにメリットがあって、ハッピーな協力体制。
この部屋には、そのルーベンスの描いた挿絵が中心に展示されている。
と、言いつつ、インテリアの方に集中していて、
展示物は撮影せずじまい・・・。

Plantin-Moretus Museum
そして順路はまた、図書室。

Plantin-Moretus Museum
ここに展示されていた、豪華な絵巻物(?)は撮影した。

Plantin-Moretus Museum
なんだか詳細は不明なのだけど。
神聖ローマ帝国、ハプスバーグ家に関連しているものかと???

Plantin-Moretus Museum
枢機卿達。

Plantin-Moretus Museum
その次の部屋が、圧巻の図書室2室。

Plantin-Moretus Museum
最初の(これでも)小図書室。

Plantin-Moretus Museum
その先に繋がる大図書室。

Plantin-Moretus Museum
チャペルとして使用されていた時の名残で、
今でも磔刑画が残されている。

Plantin-Moretus Museum
天球儀・地球儀は18世紀中頃のもの。

Plantin-Moretus Museum
ここの図書室が最後の見どころなのでした。

このミュージアムのヴィデオをオマケに。
26分と長いのだけれど、今回公開されていなかった部屋や、
16世紀当時どのように使われていたか、とても詳しくてよくわかる。






Plantin-Moretus Museum
(プランタン・モレトゥス博物館)

Vrijdagmarkt 22-23, 2000 Antwerpen, Belgium

開館情報など英文で<このページ

Map:




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Plantin-Moretus Museum (プランタン・モレトゥス博物館)-2-

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アントワープのPlantin-Moretus Museumプランタン・モレトゥス博物館)から2回目の標本箱。
今回は、オフィスと印刷工房のエリアを。


Plantin-Moretus Museum
順路的に次に入っていくのがこの「The Correctors' Room (校正室)」

Plantin-Moretus Museum
窓辺に机が置かれていて、ここに向かい合わせで2人の校正係が作業した。
初稿と再稿の2回にわたって校正された。
校正者は、オランダ語、フランス語のみならず、
ギリシャ語・イタリア語・ヘブライ語・シリア語・アラム語にいたるまで、
使いこなせた・・・というから、言語の天才かも・・・。

Plantin-Moretus Museum
真ん中に展示されているのは、校正された刷り。

Plantin-Moretus Museum
今も使われているようなリアリティーのある、書類棚。

Plantin-Moretus Museum
次に繋がる小さな部屋はオフィス。

Plantin-Moretus Museum
ガイドブックによると、ここの壁のギルトレザーは、
17-18世紀のメヘレン製。
メヘレンもギルトレザーの産地だったそう。
どうりで、箱いっぱいのギルトレザー・アンティークが
この界隈から出てくるわけだ・・・。

Plantin-Moretus Museum
これは書簡棚。
上下で、届いた手紙、送り出す手紙というように識別されていたそう。

Plantin-Moretus Museum
帳簿用のデスクやら、金庫がこの部屋に集まっている。

Plantin-Moretus Museum
その隣の部屋は「Justus Lipsius(ユストゥス・リプシウス)の部屋」。

Plantin-Moretus Museum
文献・人文学者ユストゥス・リプシウスの著作も、
ここオフィシーナ・プランティニアで制作出版されていて、
彼が仕事でここを訪れた際には、
この部屋が使われた、という伝説。

Plantin-Moretus Museum
確実な根拠はないそうだけど・・・。

Plantin-Moretus Museum
この部屋のアラベスク風ギルトレザーは、スペイン製。

Plantin-Moretus Museum
リプシウスの著作のページ。

Plantin-Moretus Museum
階段のある廊下を抜けて・・・、

Plantin-Moretus Museum
次のルートは「Type Store(活字室)」

Plantin-Moretus Museum
印刷に使用された、歴代の鉛活字が棚に保管されている。

Plantin-Moretus Museum
上のトレイ状の箱に鉛活字が、下にある包は、
予備の鉛活字だそうで、包装紙は活字が制作された時のもの。
鉛は重いので、活字だけで10トン近い重量があるそう。

Plantin-Moretus Museum
いやまぁ、セロテープとスティッカーは、
17世紀のものじゃないけど(笑)。

Plantin-Moretus Museum
暖炉の装飾。

Plantin-Moretus Museum
次の部屋が、印刷工房。
クリストフル・プランタンがこの工房を設立した段階で、
少なくとも16台の印刷機を使い、計56人の従業員が働いていたそうで、
当時世界最大の印刷工房だった。

Plantin-Moretus Museum
銅版画のような輪転式ではなくて、上からプレスする形の印刷方式。

Plantin-Moretus Museum
18世紀まで印刷工は朝6時から夜8時まで
14時間労働だったそうだけれど、
賃金は出来高制だったので、出来る限り長時間働いて、
他の部署よりはるかに高額の賃金を得ていたのだそう。

Plantin-Moretus Museum
この奥の2機が、現存する最古の印刷機で、
1600年頃のもの。

次回はこの部屋の続き、
中庭側半分の、写植文字の話から続きますよ。




Plantin-Moretus Museum
(プランタン・モレトゥス博物館)

Vrijdagmarkt 22-23, 2000 Antwerpen, Belgium

開館情報など英文で<このページ

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Plantin-Moretus Museum (プランタン・モレトゥス博物館)-1-

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ロンドンは、爽やかな春の日々が続いている。
今年に入ってから、立て続けにいろいろ起きていた、仕事+雑務の方もようやく落ち着いて、溜め込んでいた写真のポストプロセスも、ようやくベルンの旅行のあたりにたどり着いた。
そうしたら、突然、件のPおじさんから電話で、「ロンドンから電話しとるぞー」って、何ごと・・・。 突然昨日、ケンジントンのドールハウス・フェスに、リサーチと材料仕入れにやってきたそう。 で、明日は「Kenwood House(ケンウッド・ハウス)へ行きたいから案内せよ」とのお達し。 了解、了解、自称トラベル・プランナーにお任せくだされ。 ついでに帰りに、Fenton House(フェントン・ハウス)もルートに入れて、Hampstead(ハムステッド)高級住宅街散策コースをプランニング中。 明日もいいお天気だといいな。(あ"~、うちの鉄道ラインがメンテナンス工事で、昼過ぎまで止まっている日曜に、代替バスに乗って出かけるですよ・・・。通常ターミナルのWaterlooまで16-20分のところを、1時間10分かけて行きまする・・・汗。)

一方、標本箱は再びAntwerp(アントワープ)の街を漂っていて、今回はPlantin-Moretus Museumプランタン・モレトゥス博物館)のイメージを。

ここは16世紀に出版(当時で言えば、最新テクノロジー)業者、クリストフ・プランタンの印刷工房に端を発して、その屋敷、図書室など、印刷出版関連の機関オフィシーナ・プランティニアが、現在まで完全に保存されている、貴重な例。 2005年7月にユネスコの世界遺産にも登録されている。
現在、少しずつ修復工事が進行中で、私の訪れた3月の段階では、寝室などの私室が公開されていなかった(2016年5月30日~9月29日まで、修改装工事のため全面的に閉館)。 それでも、内容の濃さに圧倒された博物館。 あまりに熱中して写真撮りすぎ・・・なので、3回に分けてエントリー予定。
まず今回は、ルートの最初の、応接室のあたりから話を始めることに。


Plantin-Moretus Museum
まずは、エントランス。
この前の広場で、カーブーツ的セコハン物をわざわざ競りで売る、
430年の歴史(!!)「アントワープ金曜市」が立っていた。
(その話は<このページ>)

Plantin-Moretus Museum
上階は図書館・写本コレクションに充てられている。
そのイメージはまた後ほど。

Plantin-Moretus Museum
最初のSmall Drawing Room (小客間)には、タペストリーが張り詰められていて、
その保全のために、極端に照度が落とされている。
暖炉の上の絵画は、ルーベンスの「ライオン狩り」(原画は在ミュンヘン)の、
同時代の模写。

Plantin-Moretus Museum
ダッチ(オランダ)式のシャンデリア。

Plantin-Moretus Museum
次の部屋はGreat Drawing Room(大客間)。

Plantin-Moretus Museum
歴代の当主の肖像画。

Plantin-Moretus Museum
当時の富裕文化人宅になくてはならない、お宝キャビネット。
左右の肖像画は、左:創始者クリストフ・プランタン、
右:妻、ジャンヌ・リヴィエール、どちらもルーベンスによるもの。
ちなみに、クリストフ・プランタンの孫で3代目の、
バルタザール・モレトゥスとルーベンスは学友だったそうで、
この一族の肖像画を、何枚も描いているのだそう。

Plantin-Moretus Museum
Beam(梁)受けの部分に、黄金のコンパスが描かれている。
これがクリストフ・プランタンの紋章で、
彼のモットー動=「精勤」と不動=「継続」を象徴している。
(ラテン語で「Labore et Constantia」と表記されている。)

Plantin-Moretus Museum
この星の紋章は、事業を継いだクリストフ・プランタンの嫁婿、
Jan Moretus(ヤン・モレトゥス)の息子で、
当主を引き継いだBalthasar I (バルタザール1世)のもの。
Stella duce 「星に導かれる」のモットーで、
Balthasar MoretusのイニシャルB.M.が刻まれている。
これは、キリスト礼拝に、三博士が星に導かれた伝説に由来している。

Plantin-Moretus Museum
その次の部屋はManuscripts Room(写本室)と呼ばれている。
この一族のコレクションに638点の写本が含まれている。
その中でも、重要なものを厳選して、この部屋に展示されているのだそう。
当初は、写本原本を入手して、それを出版にかけるための「素材」として、
ビジネス目的で写本が収集された。
(当時、コピーライトの概念がなくてよかったね・・・笑、
あ、今でも、70年経ってたらいいのか?)

Plantin-Moretus Museum
同室を反対側から。

Plantin-Moretus Museum
15世紀初頭の聖書写本。
プラハにて、ボヘミア王ウィンセスラス4世のために制作されたもの。
後半が未完だそうで、その部分から、制作プロセスが研究できるため、
完成されたものより、一段と貴重な資料なのだそう。

Plantin-Moretus Museum
ディティール。

Plantin-Moretus Museum


Plantin-Moretus Museum
このあたりが未完の部分なのかな。
装飾部分にブルーの下描きだけが残っている。

Plantin-Moretus Museum
これもまた、Dの頭文字に濃厚な装飾が付くはず・・・だったもの。

Plantin-Moretus Museum
オウムを狙う、ネズミ色した猫のディティール。

Plantin-Moretus Museum
これはイリュミネート写本じゃないけれど、手書きの書籍。

Plantin-Moretus Museum
暖炉のタイルは建物シリーズ。

ここから順路は中庭へ続く。

Plantin-Moretus Museum
写本室のドアから出たところ。

Plantin-Moretus Museum
反対側から見たところ。
中庭を取り囲む建物は、元々建っていたものを購入して、
敷地を拡大していった場合もあり、
それぞれの階段やらドアやら複雑につながっている。
アーケードはその奥の建物の、細々した様式を隠すために、
2階の増築時に付け足されたものだとか。

Plantin-Moretus Museum
中庭にもあちこちに、歴代当主のバストがはめ込まれている。

Plantin-Moretus Museum
これは星を紋章にした、バルタザール・モレトゥス。

Plantin-Moretus Museum
これは初代の、クリストフ・プランタン。
コンパス・マークのモットーが下に付いている。

Plantin-Moretus Museum
アーケードの部分。
この階段はこの時は、上階が閉められていたのだけれど、
ここから寝室のエリアに上がっていく。
改装の終わっている、来年もまた行ってみようかな。

Plantin-Moretus Museum
手すりの装飾のライオン。

Plantin-Moretus Museum
アーケードの角。
別の建物の、小さな中庭だった様子がうかがえる。

Plantin-Moretus Museum
その隣の部屋は、キッチン。

Plantin-Moretus Museum


Plantin-Moretus Museum
そのドア。

ここから次に、仕事場の方に続いていく・・・、
というところで、続きは次回に。




Plantin-Moretus Museum
(プランタン・モレトゥス博物館)

Vrijdagmarkt 22-23, 2000 Antwerpen, Belgium

開館情報など英文で<このページ

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Museum Mayer van den Bergh(マイヤー・ファン・デン・ベルフ美術館)-2-

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先日ベルンに行った時、初日が激寒くて、街歩きしていて、配偶者氏ともども遭難・凍死するかと思って、川辺の崖の上の(風光明媚ヴューポイントの)テラスを見ないでホテルに大急ぎで戻った・・・のは、先週の話。 ロンドンも雹が降ったりで、全北ヨーロッパ、寒かったとか。
で、ここ2日ほど、突然夏日、24℃超えてるんですけど・・・。 ヨーロッパは湿度が低いので、日差しがきつくて、天気がいいと、そして気温が20℃をこえると・・・、日向は30℃を軽く超える。それが、今日ですわ、あっつー・・・。 イギリスには四季はなくて、冬・夏の二季しかないというのは、多分本当の話。 高温・日差しに弱いので、部屋の中でおとなしく、ヲタクっていることにする。

ロンドンは一昨日の木曜日にロンドン市長選があって、労働党のSadiq Khan(サディク・カーン)氏が当選して、初のムスリム市長となった。 自分は、基本的に労働党支持者じゃないけれど、近頃の時勢の中で(中だからこそ)、この選択をするロンドン、ロンドン市民の決断に、拍手を送りたいと思う。 相対峙した保守党は、戦略完全に大間違い。宗教・人種差別的方向にキャンペーンを持っていって、案の定敗北。 今後も、かなり痛手が響くと思うよ、こんなことしたら・・・。

天気とも政治とも縁のない、本題に戻って、Museum Mayer van den Berghマイヤー・ファン・デン・ベルフ美術館)のイメージの続編を。


Museum Mayer van den Bergh
この部屋では、この美術館の中で最も有名か・・・という、
Pieter Bruegel the Elder(ピーテル・ブリューゲル父)の作品がかためて展示されている。

Museum Mayer van den Bergh
Mad Meg (Dulle Griet) 「悪女フリート」by Pieter Bruegel the Elder 1562
あー、おばちゃんらの破壊力をなめたらあかんよ・・・。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
世界で一番女性のイカツイ国UK
(私見だが、多分当たっている・・・笑)にいると、実感あるある。

Museum Mayer van den Bergh
The Temptation of St Anthony Abbot(「聖アントニウスの誘惑」)by Pieter Huys, 1577
ピーテル・ブリューゲル父とよく似ているけれど、これはピーター・ハウスの作。
ブリューゲルとともに、Hieronymus Bosch(ヒエロニムス・ボス)の影響を強く受けている。

Museum Mayer van den Bergh
ボスのおかげでこんなものが流行りだしたじゃないか・・・(笑)。

Museum Mayer van den Bergh
Twelve proverbs on wooden plates by by Pieter Bruegel the Elder, 1558
「12のことわざ」
ピーテル・ブリューゲルのことわざシリーズの絵画では、
ベルリンの作品>が有名だけれど、
これは一つ一つを一枚のパネルに描いたもの。

Museum Mayer van den Bergh
「月におしっこ掛け」というのは、「無駄なことをして、時間を費やす」
ということだそうで、<英文出典

Museum Mayer van den Bergh
これは、「水に映る太陽を見ることが出来ない」を表していて、
「他人の成功を妬む」という意味だそう。

Museum Mayer van den Bergh
この部屋には、ガラス器や陶器も少し展示されている。
こういう、ヘタウマ系のエナメル彩されたガラス器にソフトポイント有・・・。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
これはまた別の18世紀のもの。

Museum Mayer van den Bergh
次の部屋に移動すると、ここがまた「濃い」インテリア。

Museum Mayer van den Bergh
壁面はギルトレザーで覆われて、写本の展示があるため、
採光も低く落とされている。

Museum Mayer van den Bergh
図書室で、写本を中心に展示されている。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
その写本の一つ。
鷲がメッセージを届けているので、John the Evangelist(福音記者ヨハネ)。
Evangelium Secundum Iohannemこと、「ヨハネによる福音書」の冒頭ページ。

Museum Mayer van den Bergh
階段を上がった次の部屋は、対象的に明るい18世紀のインテリア。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
奥の部屋ではレースや、刺繍の展示。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
ロマンティックな静物画。

Museum Mayer van den Bergh

この部屋からまた階下に降りて、増築された新展示室に向かう。

Museum Mayer van den Bergh
ここでも、中世絵画やタペストリーのコレクションが展示されている。

Museum Mayer van den Bergh
ここで目に止まった一点。
「聖母子」 Master of the Legend of the Magdalen(マグダレン伝説のマスター)
ブラッセル、1490-1500頃

Museum Mayer van den Bergh
ディティール。

Museum Mayer van den Bergh
最後にエントランス近くのステンドグラス。



Museum Mayer van den Bergh
(マイヤー・ファン・デン・ベルフ美術館)

Lange Gasthuisstraat 19
2000 Antwerp

開館:火~日 10:00am~5:00pm 月・閉館。
入場料 € 8 (各種割引詳細は英文で<このページ>)

地図:




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Museum Mayer van den Bergh(マイヤー・ファン・デン・ベルフ美術館)-1-

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話は再び3月のアントワープに戻ってきて、今回はMuseum Mayer van den Berghマイヤー・ファン・デン・ベルグ美術館)のイメージを。
相変わらず英語読みしか出来ないので「メイヤー・ヴァン・デン・バー・ミュージアム」と読んでいたけれど、Wikiに日本語ページがあったので、カタカナ表記が判明。Googleに発音させると「ベルへ(喉にひっかかった"へ")」のような発音のよう。

このミュージアムは、19世紀の美術コレクター、フリッツ・マイヤー・ファン・デン・ベルフのコレクションを、1901年に彼が乗馬事故でなくなった後、彼の母のヘンリエットが博物館を建ててコレクションとともに、1904年からプライベート・ミュージアムとして、限定公開したもの。その後1924年から、一般公開が始まった。
訪れているときは、17世紀の屋敷にしてはレイアウトが、なんとなく不自然なので、その後ミュージアム用に改装されたものか?・・・と考えていた。 このエントリーを書くのに下調べして、初めて、全くの19世紀の建造物だと判明。なるほど・・・・。



Museum Mayer van den Bergh
そのミュージアムの正面。
ゴシック・リヴァイヴァル様式の建物、ということになるけれど、
正面は完全に17世紀だと思い込んでいた・・・。

Museum Mayer van den Bergh
エントランスホールと階段。

Museum Mayer van den Bergh
真ん中に掲げられた肖像画が、フリッツ・マイヤー・ファン・デン・ベルフ

Fritz Mayer van den Bergh by Jozef Janssens
この方。事故で亡くなる年に描かれた肖像画。
元々は、中世~ルネッサンス期の工芸品やコインのコレクターだったのだけれど、
1892年頃から、中世絵画にコレクションの中心が移行していく。
その頃各地の主要博物館・美術館が、中世美術に関心を向け始めた頃で、
彼のコレクションは、時代を先取りしていたとも考えられている。

Museum Mayer van den Bergh
最初の展示室。ここも、ギルト・レザーの壁・・・、
なものだから、17世紀の建造だと思いこんだ次第。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
Portraits of the Vekemans family by Cornelis de Vos, ca 1625.
(フェケマンス一家のポートレート)
左右の子どもたちは、ドレスを着ているけれど息子たち。
19世紀頃まで、男の子でも幼いうちはドレスを着せられていた。
なので、髪型や持ち物で、ぼっちゃん、嬢ちゃんが判断される。

Museum Mayer van den Bergh
さて、そのギルト・レザー。
およそ60x90cmのパネルがスタンダードサイズとなっている。
これは、牛一頭のハイド(革)のサイズに由来する。
このレザーを型押しして、(金彩に見えるけれど)銀箔を施し、その上から着彩される。
黄色いワニス・コーティングを塗り、銀箔地がゴールド色に仕上げられる。
主にスペインで生産されたものだったので、
スペイン・ハプスブルグ領だったローランド地域(オランダ、ベルギー)で、頻繁に目にする。
(何度も書くけれど、イギリスではそれほど例がない。
イギリスではオーク材の木製パネリングがこの時代のインテリアの主流なのだった。)

Museum Mayer van den Bergh
次の部屋は中世の祭壇画を中心に、展示されている。

Museum Mayer van den Bergh

Museum Mayer van den Bergh
木彫のゴシック天使達。

Museum Mayer van den Bergh
暖炉のタイルは、デルフトかな。

Museum Mayer van den Bergh
隣の部屋に中世美術の展示は引き続く。
13世紀初頭に制作された、キリストとヨハネの彫像。
最後の晩餐のシーン。
そう、ジーザス先生にしだれ掛かっている青年がいたら、
それは「主に愛されし弟子」ヨハネなのだった。

Museum Mayer van den Bergh
詳細が不明だけれど、祭壇画「キリストの復活」。

Museum Mayer van den Bergh
「キリスト生誕」。

Museum Mayer van den Bergh
どちらかと言えば、インテリアの方に興味津々。
ゴシックな暖炉に、

Museum Mayer van den Bergh
再びデルフト・タイル。

Museum Mayer van den Bergh
ウッドパネリングのキャビネットに、ステンドグラス。

Museum Mayer van den Bergh
途中の廊下になった部分に、チャーミングな17世紀静物画が数点。

Museum Mayer van den Bergh
このガラスの表現が秀逸・・・。

Museum Mayer van den Bergh
そしてこれも。

Museum Mayer van den Bergh
クローズアップで。

次回も、このミュージアムから続きますよ。



Museum Mayer van den Bergh
(マイヤー・ファン・デン・ベルフ美術館)

Lange Gasthuisstraat 19
2000 Antwerp

開館:火~日 10:00am~5:00pm 月・閉館。
入場料 € 8 (各種割引詳細は英文で<このページ>)

地図:



おまけヴィデオは、なぜだかやたら景気のいい、
ここのミュージアムのプロモーションビデオ。





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Rubenshuis, Antwerp (ルーベンスの家 - アントワープ) -3-

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熊本界隈の余震も収まってきただろうか? 地域に日常が戻る日が近いことを祈る。

日本国内だといろいろなサポートが立ち上がっているのだろうけれど、海外から簡単にサポートできるプロジェクトを見つけたので、ここにメモしておくことに。
日本初のフードバンク、Second Harvest Japan(セカンドハーベスト・ジャパン)が、Kumamoto Earthquake Relief Fundraising(熊本地震救済募金)を実施し始めた。 <このページ
まずは、被災地域への食料供給の安定が、最優先と思われるので、プロジェクト自体も、具体的かつ効果的かと。

グローバル募金サイトのAmmadoがプラットフォームなので、世界中からクレジットカードやPaypal(ペイパル)で支援が簡単にできる。
募金ウィジェットを貼っておくので、海外でご興味の方はぜひご協力を^^。





さて、本題のアントワープ、Rubenshuis(ルーベンスの家)から最終回。
今回は、スタジオ展示室のイメージから。


Rubenshuis
2階の展示室を見て回って、バルコニーになった階段部分から今度は、
グランドフロアから、スタジオ展示室へ。
ギャラリーの階下が、スタジオへのエントランス部分。

ここは、ルーベンスとその弟子たちが、制作していたスタジオ(工房)だった部屋。
セレブ画家だったルーベンスには、ヨーロッパ各地からの注文が殺到。
多数のアシスタントや弟子を使って、
当時のヨーロッパ最大規模のこのアトリエで制作された。

Rubenshuis
エントランス部分の壁面には、ギルト・レザーが使われている。

Rubenshuis
ここでインテリア絵画好きの目にとまったのは、
Interior of the Jesuit church in Antwerp.
by Wilhelm Schubert van Ehrenberg.
(アントワープ・ジュスイット教会の内部)
現在のSt Charles Borromeo's Church
(聖チャールズ・ボロメオズ教会 ←英語読み)の前身。
ここの39枚の天井画を、ルーベンスとヴァン・ダイクが
1616-18年にかけて、コラボで描いたのだそう。
現存したら、とても見ものなのだけれど、
残念ながら1718年の落雷による火災で消失してしまった。

Rubenshuis
そのディティール。
現在の聖チャールズ・ボロメオズ教会に、
この後気が付かないで、偶然入ってしまっていた。
なので、現在の様子はまた後ほど、標本箱に詰め込むことに。


ルーベンス「スタジオ」の制作システムの話が、ブックレットに載っていて、興味深かったのでここに引用してみよう。

8年間のイタリアでの活動を終えて、1609年にアントワープに戻ってスタジオを持ったルーベンスは、即オーストリア大公アルブレヒト7世と、その大公妃でスペイン王女のイサベルの宮廷画家に迎えられる。
1611年の段階ですでに、ルーベンス・スタジオに弟子入り志願者が、様々な方面からの紹介でひっきりなし。
結果、100人以上も断りを出さねばならなかった。他の画家のスタジオのポジションを得ても、それでもまだ、ルーベンスの弟子に空きが出るのを、狙い続けている者もいるそうで・・・、ルーベンスがその事情を書いて、出版業者からの弟子紹介に断りを入れる手紙が現存している。
スタジオの制作方式は、まずルーベンス師匠が、油彩スケッチの下描きを描く(これが、アムスの国立博物館に入っているような・・・、私の好きなタッチのもの)。
それを元に、実際の大型の画面に引き伸ばして、描き込んでいくのが弟子たちの仕事。ここでも、風景・花・衣装・動物と、それぞれの得意分野があって、分業制で仕上げていった。
そして、メインの人物像、特に顔や手など、肌の出た部分は、師匠が仕上げる。そして、ポイントとなる部分/要素にも、師匠が筆を入れて完成となる。
最も重要な注文には、最初から最後まで師匠が仕上げるケースもあった。(また逆に、師匠の手がほとんど/全く入らない「スタジオ」作品も多数あり。 20世紀中頃までは「なんでもルーベンス」になっていたけれど、近年の分析テクノロジーの進歩で、多数が「スタジオ作品」として分別されるようになったのだそう。)
このスタジオ方式は、イタリア・ルネッサンスの、ラファエロやミケランジェロのスタジオで行われていた方式と同様のものなのだそう。

ここのスタジオに展示されている大作は、とても撮影が難しいので(ライトのリフレクションが、どうしてもひどく出てしまう)、小品を2つほど。


Rubenshuis
Self-portrait by Anthony van Dyck c.1635-1641
1635-41年ごろに描かれた、ヴァン・ダイクの自画像。
個人蔵の作品が、今年からこのミュージアムに長期ローンで展示されている。
ヴァン・ダイクはルーベンスの筆頭アシスタント。
ルーベンス同様富裕層出身で、幼い時から画才を認められていたヴァン・ダイクは、
ルーベンス工房に所属する前から、画家組合に所属して独自にスタジオを開いていた。
1620年からアントワープとイギリスを行き来して、
イギリスのチャールズ1世宮廷画家としてのポジションを築く。

この肖像画とほぼ同じ構図で、同時あるいは同時期に描かれたと考えられているものが、
ロンドンのナショナル・ポートレートギャラリーに入っている。
こんなもの
口ひげの先を上に跳ね上げてセットするのが、
チャールズ1世宮廷でのトレンド(または、エチケット)だったそうで、
ここの「ひげピン」の肖像画が公式のもので、
ポートレートギャラリーの「ひげ下がり」は、
自分用の非公式のものだったとも考えられている。

Rubenshuis
Portrait of Archduchess Isabella, After Peter Paul Rubens
ルーベンスの、アントワープでのパトロンNo1、
大公妃イサベル・クララ・エウヘニア

Rubenshuis
もちろん自分的興味は、ジュエリー。
あ、このクロスのデザイン、使える・・・(笑)。

その他、ここのミュージアム展示のマスターピースは、<ここ>に(英文解説)。

この後は、庭に出て行ってみよう。

Rubenshuis
右がミュージアムへの入り口、
その左隣が、前回の最後に出てきたバルコニー。
ここはコートヤード(中庭)になっている部分。
左側のウイングが、今出てきたスタジオの建物。
想像だけれど、その上階には弟子や従業員が住む部屋があったのかも?

Rubenshuis
とてもバロック的なる、濃い彫りの装飾パネルの付いた階段。

Rubenshuis
その、スタジオの建物。

Rubenshuis
コートヤードの反対側のウィングは、前々回のルーベンスの生活空間。
夏だとウィステリア(藤?かな?)で建物が彩られていることと。

Rubenshuis
整形式の庭園との間に、装飾portico(ポーチコ)。

Rubenshuis
庭園側の眺め。

Rubenshuis
庭園側から、正面にスタジオの建物を見たところ。
あぁ、いつも思うけど、出張ついでのお屋敷見物は、いつもいつも、冬か早春。
コンチネントの「美しい庭」を見る機会に恵まれないわぁ・・・。

Rubenshuis
庭の奥にはローマ神殿風のガゼボ。

Rubenshuis
ライオンの皮をまとったタフガイはヘラクレス。

Rubenshuis
手前の右側はバッカス。
左はヴィーナスだったはず。

Rubenshuis
最後にもう一度コートヤードごしのエントランス。



Rubenshuis(ルーベンスの家)
Wapper 9-11, 2000 Antwerpen, Belgium

英文オープニング情報・入場料<このページ

Map:




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Rubenshuis, Antwerp (ルーベンスの家 - アントワープ) -2-

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アントワープ、Rubenshuis(ルーベンスの家)から2回目の標本箱は、前回の続きで、ギャラリー室内の展示物を、まずいろいろ。

Rubenshuis
Rubens(ルーベンス)の油彩スケッチは、アントワープのJesuit教会の祭壇上のコーニス部分の装飾の、
下絵というか、まぁ、デザイン画のようなもの。

Rubenshuis
個人的には、完成された絵画より、スケッチの方が、
筆のタッチが伸びやかで、見ていて気持ちがいい。
とりわけ、ルーベンスには、完成した絵画のスタティック(静的)なタッチと、
油彩スケッチの筆勢の違いを感じるのは、
彼の絵画が「スタジオ生産性」だったことと関連しているのかも?
まず、ルーベンスが構図をとった下絵を書き、
弟子達が途中まで仕上げる。
顔や手など重要な部分をルーベンスが仕上げて、
それ以外は弟子たちが完成させる・・・という方式がとられていたことと。
なので、仕上がった作品の大半の部分は、弟子たちの着実な手によるものの、
ルーベンス師匠の筆のタッチはあまり関与していないのかも?
あくまでも、想像の話だけど・・・。

Rubenshuis

Rubenshuis
ルーベンスのコレクションの静物画。
作者は記録してこなかったので・・・どちらも不明。

Rubenshuis
木彫装飾が見事なルネッサンス様式のチェスト。

Rubenshuis
キュリオ・キャビネットは、カメオ・コイン・ミニチュアポートレートなどの、
小型のアート/アンティーク作品を収蔵するためのもの。
キャビネット自体が田園風景で彩られている。

Rubenshuis
テラコッタのバストは、Lucas Faydherbe作のHercules(ヘラクレス)。
ヘラクレス、伝説上で素手でライオンを倒したということになっている。
で、ライオンの皮をかぶっている(身にまとっている)タフガイの彫像なら、
それはヘラクレス。
Lucas Faydherbeはルーベンスの弟子で、メヘレンの彫刻家の息子で、
3年ルーベンスの元で働いてから、メヘレンに戻って彫刻家として独立した。
メヘレンの大聖堂にも、彫刻が入っているのだそう。
知らずに、この前日に写真を撮っていたかも?

Rubenshuis
ギャラリー・ルームから階段を上がって上階のコーナー・ルーム。

Rubenshuis

Rubenshuis
この部屋で目についたのは、この油彩スケッチ。

Rubenshuis
てっきりルーベンスと思い込んでいたら、
実際には彼の弟子のJustus van Egmontによるもの。
"The reconciliation of the Romans and the Sabines"
(「サビニの女たちの仲裁」ストーリーの詳細は<このページ>)
1950年代までこの作品はルーベンス自身によるものと考えられていたそう。
さもありなん、タッチが師匠に似ている。
しかしそう言われてみてよく見ると、師匠よりタッチがややしつこい。
師匠の方が、無駄のない完璧さがある。

Rubenshuis
ここにも、キュリオ・キャビネット。
アントワープ1640年頃のもの。

Rubenshuis
このキャビネットの場合、描かれているのは神話・伝説上のシーン。
ルーベンスの作品を元にして、ルーベンスの縮小版コピーを専門に制作した画家、
Victor Wolfvoetの手になるもの。

Rubenshuis
正面の2枚扉には、ペルセウスとアンドロメダ伝説が描かれている。

Rubenshuis
暖炉のデルフトタイル。
ローランド地域の風景と、聖書モチーフの組み合わせ。

Rubenshuis
上階の次の部屋はベッドルーム。
当時は、ベッドルームとして設定されたものというより、
リビング・ルームや客間の中に、そこが暖房されて温かいのでベッドを置く、
という感覚だったらしい。
あまり、プライベートやプライバシーという感覚はまだ形成されていなかったもののよう。
当時のベッドが短いのは、上半身をクッションで起こした状態で寝ていたから。
中世の頃の「寝ている時も、いつでもすぐ目覚めて戦闘態勢に入れる」説の名残かと思ったら、
消化・循環にいいと信じられていたからなのだそう。
腰にはよくないと思うけど・・・。

Rubenshuis
そのとなりは、リネン室。
当時はアイロンはないので、写真右のようなプレス機でプレスしてシワがつかないようにする。
一方、折目はピンピンに付いている方がよし、とされていたそう。
紙のようにピンピンになったリネンは、後ろのリネンチェストに保管される。
リネンは超高級品だったので、それにまつわるプレス機やチェストも豪華なもの。

Rubenshuis
ルーベンスは外交官役も務める、当時の筆頭画家だったものだから、
経済的にも恵まれていて、このような織地の入った、
超高級リネン・クラスのものが使用されていたはず。

Rubenshuis
その次の部屋の展示で面白かったのは、このPortefraes(英語だとSupportasseと呼ばれる)というもの。
何かというと、Ruff(ラフ)と呼ばれる襞襟の中に芯材としていれるものなのだそう。

Rubenshuis
その見本のポートレート。
エリザベス1世の肖像画もこの襞襟の典型なので、
「エリザベス・カラー」とも呼ばれるけれど、それがまた転じて、
犬や猫が怪我の治療中に、傷口を舐めないようにはめられる、
ロウト型のカラーも、「エリザベス・カラー」と呼ばれている。
あれ?日本語でもそうだったっけ?日本語でなんというか知らない・・・。
ま、とにかく、ペットでも人でも不便極まりないと思うのだけれど。

Rubenshuis
その次の部屋も、絵画やコレクションなどが展示されている。

Rubenshuis
目に止まったチャーミングなポートレートは、
Portrait of Elisabeth of France, later Isabella, Queen of Spain c.1610-12
(エリザベス・オヴ・フランス、後のスペイン女王イザベラ←便宜上全部英語読み)
Frans Pourbus De Jonge作。

Rubenshuis
レースの襞襟も見事だけれど、ついジュエリーに目が行く。

Rubenshuis
最後にスタジオだった展示室に向かう。
その前に、バルコニーになった階段部分から下の階に。

Rubenshuis
ここから、ポ-ティコ越しに庭が見える。
この庭のイメージはまた次回に。

Rubenshuis
バルコニー部分を反対側から見たところ。

次回は、スタジオ展示室と、庭のイメージを詰め込みますよ。


Rubenshuis(ルーベンスの家)
Wapper 9-11, 2000 Antwerpen, Belgium

英文オープニング情報・入場料<このページ

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Rubenshuis, Antwerp (ルーベンスの家 - アントワープ) -1-

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近頃天気のいいロンドン、日向にいると春を通り越して、夏感覚。気温の上がる街の中心部では、半袖Tシャツ、ノースリーブも見かける。
ちょうどそんないいお天気の昨日は、夏物のファッションフォト・シュートで、モデルさんは寒くなくてちょうどよかったね、私は日差しでちょっとバテ気味(甘く見て帽子をかぶってなかった)、な一日でしたよ。

標本箱は、これから本格的にAntwerp (アントワープ)。
街もなかなかステキなのだけど、ここのミュージアムも「濃い」。3つアタリをつけていったところ、その3つともが素晴らしく濃厚なミュージアムで、とても一日では回りきれず、2日通うことになった。
今回はまずその最初、Rubenshuis(ルーベンスの家)のイメージを。
Peter Paul Rubens(ルーベンス)といえば、 16世紀後半~17世紀前半にかけて活動した、バロック様式のフランドル画家で、あまりにも有名なので何も今更書くこともなくて、全部リンク先のWiki.jpにお任せしてしまう。
自分的には「太ったおばさん専門の画家」という印象で(実際に・・・、オランダ/フラマン語はもとより英語でも、豊満なご婦人を「rubenesque(ルーベンス的な)」などと形容詞に使われたりもする)、元々はあまり興味なかった。
ところが、去年アムスのRijksmuseum(国立博物館)で、ルーベンスの油彩の素描を見て、(こんなもの↓)

The triumphal Chariot of Kallo, 1638, Peter Paul Rubens

ブラシュ・ストロークの確実さとスピード感で一気に「お気に入り」。そこで、アントワープのミュージアム巡りの真っ先にここをいれておくことにした。


Rubenshuis
アントワープのハイ・ストリート、Meirから、噴水のある広い通りWapperを左に曲がると、
まずガラス張りのチケット売り場+ショップの建物が目に入る。
そこでチケットを買って、この17世紀の建物が入り口。
中庭から庭へ繋がっていくのだけれど、まずは建物の中から。
ゲートから入ると左側から順路が始まる。
この17世紀初頭のファサードで、インテリア/建築好きとしては、たいがい血圧上がる。

Rubenshuis
最初の部屋、多分、使用人用の入り口ホール、あるいは門番のための部屋だったと想像する。
ちなみに、自分はヴィジュアルで情報を読み取るタイプなので、オーディオガイドやガイドブックは使わない。
なので、詳しい情報はちょっと不明だけれど。
この部屋からして・・・すでに壁が、ギルト・レザー。この後の2つの博物館でもギルト・レザー続出。
今回の出張は、まるでギルト・レザーのお勉強のような・・・。
イギリスの同時代の建築の壁には、オーク材のパネリングが使用されていた。
ギルト・レザーの例は(Ham House)ハム・ハウスで見たことがあるだけ。

Rubenshuis
版画に描かれたルーベンスの屋敷。
外交官的職務でイタリアに8年滞在していたルーベンスが、
アントワープに持ち帰った、イタリア・ルネッサンスのエッセンス。

Rubenshuis
なぜここが、使用人用の入り口ホール、あるいは門番のための部屋・・・と思ったかというと、
隣の部屋が即、キッチンなので。

Rubenshuis
これだけ大きな屋敷にしては、意外とこじんまりしたキッチン。

Rubenshuis
壁のデルフトタイル。

Rubenshuis
ここでまた一段と血圧上がる・・・の、ダイニングルーム。
壁のギルト・レザーに、暖炉に・・・スリップウェアのタイル、ダッチ・ブラス・シャンデリア、
そして木彫装飾のドアフレーム・・・に熱中していて、
正面の、数少ないルーベンスの自画像は、全然目に入ってないし(笑)。
これが見どころ・・・だそうなので、Wikimediaから借りてきた。

Peter Paul Rubens - Self-Portrait - WGA20380
Self-Portrait - Peter Paul Rubens c.1628 - 30.
53歳ごろの、2度目の奥さんと結婚する頃に描かれた、
最もカジュアルな様式のもの。

Rubenshuis
どちらかというと、静物画に目がいってるし(笑)。
これは、ルーベンスのコレクションで、同時代の画家Frans Snydersのもの。

Rubenshuis
セラミックのジャグ。

Rubenshuis
暖炉のスリップウェアのタイルは、とてもイギリス的な印象。

Rubenshuis
幾何学的なPane glassの窓。

Rubenshuis
中央にはステンドグラス。

Rubenshuis
ルーベンスの自画像の向かいは、その2度目の奥さん、
Helena Fourmentと考えられている。
描いたのはルーベンスではなくて、彼の死後描かれたもので、作者は不明。

Rubenshuis
次のギャラリーの部屋との間に階段ホールがある。
これは上階から覗いたところ。

Rubenshuis
ギャラリーの部屋のドア・フレーム装飾。

Rubenshuis
これがギャラリー。
17世紀初期には富裕市民の屋敷には、富と教養を誇示するべく・・・、
コレクションしたアートや工芸品を展示する「ギャラリー」が設けられた。
ルーベンスのコレクションも間違いなく、その中では卓越したものだった。
奥のドーム状になった展示スペースには、
イタリアから持ち帰ったローマ期の彫刻が展示された。
ちなみに・・・この正面もまたルーベンスの数少ない自画像の一つで、
息子のAlbert(アルバート)とともに描かれたもの。<wiki リンク

この部屋の360°ヴューをGoogleで見つけた<このページ>。

Rubenshuis
この大理石造りのギャラリー、北ヨーロッパとはとても思えない。
まるで、イタリア・・・。

Rubenshuis
The Gallery of Cornelis van der Geest, by Willem van Haecht.
自分的に好きなのは、こういう、インテリアに、またモノがぎっちり詰まったような絵画。
17世紀に、個人アート・ギャラリー(つまり、画商のギャラリー)が出現する。
ここに描かれているのは、Cornelis van der Geest(コーネリス・ファン・ダー・ギースト)のギャラリー。

Rubenshuis
ご来訪のお客様は、スペイン王名代でオランダを統治するアルブレヒト大公イサベル・クララ・エウヘニア
オランダ黄金期の文化を支えた統治者とされている。
Quentin Massysの「聖母子」をお勧めしているのが、オーナーのファン・ダー・ギースト氏。
(<この絵>← うわ、NY Sothby'sで現物が売りに出ていたー。)
その絵の左側で、帽子を被っているのがルーベンス、
そのまた右隣りの、右隣がVan Dyck(ヴァン・ダイク)、オールスター出演の絵画。

Rubenshuis
随行の連中も、好き勝手にいろいろ見てるし。

いやいや、まだまだ写真は続くのだけれど、
ひとまず、今回はここまで、また続きます。



Rubenshuis(ルーベンスの家)
Wapper 9-11, 2000 Antwerpen, Belgium

英文オープニング情報・入場料<このページ

Map:











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Mechelen Toy Museum (メヘレンおもちゃ博物館)

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一昨日終わった2015-16年度のセルフ・アセスメント(確定申告)終わった~。これでまた一つ用事が片付いた。
英語で仕事や業務を、締め切りぎりぎりまでやらない人のことを、Procrastinator(プロクラスティネーター)というのだと、自称プロクラスティネーターの友人に教えてもらったことがある。
自分はまるでその逆で、反語としてPrecrastinator(プレクラスティネーター)というのがあるとしたら(ない、ない、自分の造語)、まさしくそれにあてはまる。
難儀そうで不安なこと、できるかできないかわからないことから、作業にとっかかっていく性分。
得っていえば、得な性分だけれど、土壇場ではキレて全部投げ出してしまう豪快(?)キャラだとよく自覚しているので、社会生活を営む上で自ずとこうなったまでで、自分を追い込んでキレるはめにならないように、極力注意している(笑)。
プロクラスティネーターっていうのは、最後の追い込みをかけられる自負がそうさせるのでは???

閑話休題・・・。
前回に「メヘレンの最終回で」、なんて書いていたけれど、あまりにも雰囲気が違うので忘れていた・・・、この博物館もメヘレンだったよ。 その古風な町とは別物のMechelen Toy Museum (メヘレンおもちゃ博物館)からのイメージ。
ここは、メヘレンの町の中心部からは少し離れた感のある、もう一つの駅Mechelen-Nekkerspoel(メヘレン・ネケスポール)駅の真横にある。 Pおじさんの出店していたEurantica(ユーランティカ)アートフェアの会場、Nekkerhal(ネカホール)もこの駅の近くなので、会場に撮影に行った帰りに立ち寄ってみた。
全体的に近年のおもちゃが多くて(つまり70年代以降の、プラスチックなおもちゃ達)、古い物好きの私には今ひとつだけれど、子供だと帰りたくなくなるかも・・・な、物量。おもちゃの殿堂状態。
その中から、自分のフィルターに引っかかってきた古っぽい奇妙なモノ達のイメージを中心に。


Mechelen Toy Museum
やっぱりミニチュア好きなので、こういうミニチュア・ショップは外せない。
19世紀のものかと。

Mechelen Toy Museum
おもちゃ博物館にある、ミニチュアのおもちゃ屋さん。

Mechelen Toy Museum
万屋さんの右側は日用品で、左側は食料品コーナー。
パッケージが凝っている・・・。

Mechelen Toy Museum
不気味系おばあちゃんの服飾材料店。

Mechelen Toy Museum
食料品店。

Mechelen Toy Museum
人形の家。

Mechelen Toy Museum
子供向けかどうかは疑わしい、ミニチュア・バー。

Mechelen Toy Museum
オママゴト・キット。
オママゴトって「お母さんごっこ(=Mamaごっこ)」のことだとずーっと思っていたら、
ままごと(飯事)から来てるんだと・・・Wikiで知った。
Wikiにも書かれてるけど、私もMamaのことだと疑ってもいなかったよ・・・。
いやー、日本語ってビミョーだわ・・・。

Mechelen Toy Museum
人形たち。

Mechelen Toy Museum
この子たちは服のデザインから、もう20世紀に入って50年代頃かも。
たくさん集合すると、どことなく不気味系な人形たち。

Mechelen Toy Museum
ベルギーの街並み風に作られたキャビネットに展示されている。

Mechelen Toy Museum
影絵やら、

Mechelen Toy Museum
視光学系オモチャ。

Mechelen Toy Museum
中世のオモチャの部屋。
主にブリューゲルの絵画から、中世の子供の遊び・玩具を検証している。

Mechelen Toy Museum
港町の呑み屋の「大人の玩具」ってなんだか、響きが怪しいな。
要は、UKでいうと、パブ・ゲームを展示・解説する部屋。
ビリヤード、ダーツ、カードゲームやコイン投げなど。

Mechelen Toy Museum
手着彩(?)のトランプ。

Mechelen Toy Museum
Eye of Providence(全能の目)が見ているので、
博打もほどほどにね。

Mechelen Toy Museum
キリがないぐらい展示されてる、ぬいぐるみの部屋。

Mechelen Toy Museum
ぬいぐるみには耐性ある方なのだけど、これはカワイイ・・・やられた(笑)。
9ピン・ボーリングなんだと思う。真ん中の猫の王様を倒したら勝ち、かな?

Mechelen Toy Museum
幼少時の積み木マニアとしては、こんなので遊びたかった。

Mechelen Toy Museum
ネオクラシカルな宮殿、今でも作りたい。

Mechelen Toy Museum
Batimaと呼ばれる、レゴの祖先。
1905年にベルギーで開発された初期プラスティック、カゼインで作られたブロック。
20~50年代に販売されていたもの。

Mechelen Toy Museum
この石目調の質感いいなぁ。
幼少時代レゴ建築マニアとしては、真っ白プラスチッキーなレゴより、
これで建築ごっこしたかったよぅ。
ebayにでも出てないかと思わずサーチしてしまった
(残念ながら何も出ていなかった・・・。)

Mechelen Toy Museum
男子系の戦争ごっこオモチャの部屋。
これはBattle of Waterloo(=ワーテルローの戦い)を再現した鉛の兵隊の大規模なキット。
いやまぁ、いつでも勝ち組の英人はウォータールー
(ワーテルローの英語読み、ちなみに、ウチのターミナル駅もこの名前)、
ウェリントン公(ワーテルローの戦いでナポレオン仏軍を破った英将軍)とか聞くと、
エキサイトするのだけれど、
自分などはオモチャでも戦争ごっこを見ていたら、
「もういいかげんやめなさい」と思ってしまうのは・・・、齢のなせる業か(?)。

Mechelen Toy Museum
やめときなさいってば(笑)。

Mechelen Toy Museum
最後の部屋は、ヨーロッパ以外の世界各地のオモチャの紹介。

Mechelen Toy Museum
最後は、アフリカのどこかの国の、ブリキ缶から作られたトラック。
なんだか、アートしている。




Mechelen Toy Museum (メヘレンおもちゃ博物館)
Nekkerspoelstraat 21, B-2800 Mechelen, Belgium

開館:火~金 10 am ~ 5 pm、
閉館:月曜、12月24/25/31日、1月1日

地図:




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Rijksmuseum(国立博物館)2016, アムステルダム -4-

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やっと、Euranticaがらみの仕事系写真を仕上げて、デジタル納品を済ませて、これからは趣味の写真にとりかかれる・・・と思ったら、またデジタル・プチ災難発覚。
愛用していたスライドショー・メーカー・サイト、Flickritがどうやら、他社に買収でもされたみたい(?)で、無料版を使っていると(PCでも、モバイルでも)イギタナイ、ポップ・アップが出る。これで、自分のサイトもこの標本箱にも使っているものだから、難儀。
有料版を使う分には異存はないのだけれど、3月6日付けのここのサイトのニュースで、「現在、有料会員支払いの決済ができません。対処中です。」と表示されている。メール問い合わせはしているけれど、ちょっとこれは信用ならんし、他のノン・フラッシュ・スライドショーも模索中。
なので、見苦しいポップアップしばらくご容赦。なんとかしようとはしています・・・。専門でないので、他力依存が基本のデジタル作業もやんなっちゃうわー。もうデジタル界から引退したいかも(こればっかり言ってる・・・笑)。

さてさて、標本箱は、またRijksmuseum(ライクス・ミュージアム=国立博物館)の絵画のイメージの最終回。ポートレートやら、風景画やらいろいろ詰め込んでみよう。


Militia Company of District II under the Command of Captain Frans Banninck Cocq ("The Night Watch"),  Rembrandt van Rijn, 1642
Militia Company of District II under the Command of Captain Frans Banninck Cocq
("The Night Watch"), Rembrandt van Rijn, 1642
多分ここ国立博物館筆頭の名画、レンブラントの旧「夜警」。
あまりにも画面がくすんで「夜」にしか見えなかったので「夜警」の通称が付いた。
Wiki.jpで日本語の詳しい解説が付いているので、解説はリンク先にお任せ。
動きのあるリアリティのある構図に「組合親父の集合ポートレート」を発展させた、
のが、レンブラントならでは、と、言われている。
この頃の「組合」だったりこの場合「軍」なんだけれど、
市民都市国家の、当時のオランダ諸都市では、
富裕市民が自費で軍備を整え、共同軍務を執るという統治方式だった様子。
(あまり・・・コンチネンタルの歴史に詳しくない)
イギリス・フランスは王権制なので、肖像画といえば、貴族とその一家というのが基本。
なので、こんなような集合肖像画を見かけない。

で、レンブラント「以前」の典型的な「組合親父の集合ポートレート」とはどんなものか?

Militia Company of District XI under the Command of Captain Reynier Reael, Known as "The Meagre Company", Frans Hals and Pieter Codde, 1637
Militia Company of District XI under the Command of Captain Reynier Reael,
Known as "The Meagre Company", Frans Hals and Pieter Codde, 1637
こんなものです。
これはFrans Hals(フランス・ハルス)の描いたもの。
(3年前にHarrlemハーレムの本家Frans Hals Museumを訪れた時の標本箱は
このページ>)
全員を平等に描く必要から、なんだか構図がぎこちないのはやむなし。
ちなみにこの右4人は、解説でそういわれると、どことなくタッチが硬い。
この部分は、ハルスは未完のままで、
発注元の軍所在地アムステルダムに移動させて、
アムステルダムの画家Pieter Coddeの完成させた部分なのだそう。
ハルス自身は、けしてハールレムから出なかったので、
隊員たちは各々ハールレムの彼のアトリエに出向いて描いてもらった。
この4人が出向けなかった人達だったのだそう。
ちなみに、こうやって全身を描くのはアムステルダム式で、
ハールレムでは上半身(または最大ひざ上)のみが描かれていた。
(ハールレム、ハルス博物館収蔵の、集合ポートレートはすべてこの方式)
なので、ハルスにしては珍しい全身像の集合ポートレートということ。

Militia Company of District XI under the Command of Captain Reynier Reael, Known as "The Meagre Company", Frans Hals and Pieter Codde, 1637
構図はともかく、筆のタッチという点では、個人的には断然ハルスが好み。
布地の質感を表す、スピード感のある流麗なタッチが実に心地よい。
(お気に入りのJohn Singer Sargent=サージェントに、少しだけ通じる部分。)

Militia Company of District XI under the Command of Captain Reynier Reael, Known as "The Meagre Company", Frans Hals and Pieter Codde, 1637
そして、このご衣装と、「でや」顔^^。

Militia Company of District XI under the Command of Captain Reynier Reael, Known as "The Meagre Company", Frans Hals and Pieter Codde, 1637
この部分がPieter Coddeの完成させた部分。
ハルスの手早いブラシ・ストロークに出来る限り近づけて描いているのだそう。

Milita Company of District VIII under the Command of Captain Roelof Bicker, Bartholomeus van der Helst, 1643
Milita Company of District VIII under the Command of Captain Roelof Bicker,
Bartholomeus van der Helst, 1643
究極のアムステルダム式集合ポートレート。
(大きすぎで、3ショットしたものを繋いだ・・・)
おおきいヴァージョンは<このページ
30人以上詰め込んだ(子も犬も混じっている!?)巨大版は、バルトロメウス・ファン・デル・ヘルスト作。

Milita Company of District VIII under the Command of Captain Roelof Bicker, Bartholomeus van der Helst, 1643

Milita Company of District VIII under the Command of Captain Roelof Bicker, Bartholomeus van der Helst, 1643
このビラビラ・ドロップ飾りの付いた帯は何なんだろう?
想像だけれど、薬莢入れを装飾的にした銃士の儀式用正装の一部かと?
こんなに紐が長いと、もつれたり引っかかったり、
あまり、実用的ではなさそうなので(笑)。

Portrait of a Couple, Probably Isaac Abrahamsz Massa and Beatrix van der Laen, Frans Hals, c.1622
Portrait of a Couple,
Probably Isaac Abrahamsz Massa and Beatrix van der Laen, Frans Hals, c.1622
これもフランス・ハルス。
もう一つハルスの特徴的なのは「笑顔」を描くこと。
「笑いの画家」とも呼ばれているそう。
昔の肖像画には「笑顔」がありえない。
長時間モデルで座っているので「笑顔」にはならないからだろう。
(ロングエキスポージャーの初期写真でも、笑顔は少ない。)
早描きハルスだから、笑顔をキャプチャー出来たともいえるのかも。

A Militiaman Holding a Berkermeyer, Known as the "Merry Drinker", Frans Hals, c.1628-30
A Militiaman Holding a Berkermeyer, Known as the
"Merry Drinker", Frans Hals, c.1628-30
「笑いの画家」ハルスなら多分これが一番有名か。
「まぁ、一杯やりなせぃ」
もう一つ現代のように「歯」を出して笑うところを描かないのは、
歯科医療が発達してないので、
歯抜けの人が大半だから・・・という話も聞いたことがある。
真偽の程はさだかでないけれど(笑)。

Potrait of a Woman, Possibly Maria Trip, Rembrandt Harmensz van Rijin, 1639
Potrait of a Woman, Possibly Maria Trip, Rembrandt Harmensz van Rijin, 1639
お、「遅描き」レンブラントのポートレートも微笑んでいるぞ・・・。

Potrait of a Woman, Possibly Maria Trip, Rembrandt Harmensz van Rijin, 1639
ディティール
この絵は、ブローチがステキ。

Allegory on the Abdication of Emperor Charles V in Brusseles, Frans Francken II, c. 1630-40
Allegory on the Abdication of Emperor Charles V in Brusseles,
Frans Francken II, c. 1630-40
1555年に、神聖ローマ皇帝カール5世が、長子フェリペ2世にスペイン・ネザーランズを譲渡し、
弟のフェルディナント1世にオーストリア・神聖ローマ帝国を譲渡して、退位隠棲した出来事を、
寓意を駆使して描かれている。

Allegory on the Abdication of Emperor Charles V in Brusseles, Frans Francken II, c. 1630-40
まるで静物画かキャビネット・オブ・キュリオシティーズな、ディティールに興味。

The Taking of the English Flagship the Royal Prince (detail) by Willem van de, the Younger Velde
The Taking of the English Flagship the Royal Prince (detail)
by Willem van de, the Younger Velde, 1666
第二次英蘭戦争の4日海戦で、拘束したイギリス旗艦船 ロイヤル・プリンス(白旗側)を、
曳航するオランダ帆船。
この絵画では、のどかそうだけれど、4日間に渡る史上最長の海戦だったのだとか。
イギリスとオランダの17世紀前後の関係は、仲がいいのか悪いのか・・・。
アジアに進出するオランダに対抗して英蘭戦争を繰り返して、
結果的に、名誉革命後オラニエ公ウィレム3世を、
イングランド王ウィリアム3世として招聘することになるという皮肉・・・。

View of Haarlem from the Northwest, with the Bleaching Fields in the Foreground, Jacob Isaacksa van Ruisdeal, c.1650-82
View of Haarlem from the Northwest, with the Bleaching Fields in the Foreground,
Jacob Isaacksa van Ruisdeal, c.1650-82
もっとのどかな田園風景は「雲の画家」ライスデール(ライスダール)。
風景自体より、多分雲を描くほうが好きだったんだろうな・・・と思わせる、
表情豊かな(?)雲たち。

View of Haarlem from the Northwest, with the Bleaching Fields in the Foreground, Jacob Isaacksa van Ruisdeal, c.1650-82
いや、風景の方のライティングも見事なのだけど。

River View by Moonlight, Aert van der Neer, c.1640-50
River View by Moonlight, Aert van der Neer, c.1640-50
ソフトスポットのある、月光絵画。

River View by Moonlight, Aert van der Neer, c.1640-50
ディティール。

The Trekvliet Shipping Canal near Rijswijk, known as the "View near the Geest Bridge", Jhon Hendrik Weissenbruch, 1868
The Trekvliet Shipping Canal near Rijswijk,
known as the "View near the Geest Bridge", Jhon Hendrik Weissenbruch, 1868
18世紀の絵画をナイガシロ(?)にしているつもりはないのだけれど、
また時代は19世紀に飛んで、200年後もあまり変わりなくのどかな風景。

The Trekvliet Shipping Canal near Rijswijk, known as the "View near the Geest Bridge", Jhon Hendrik Weissenbruch, 1868
デティール。
タッチがすでに19世紀印象派画家風になっている。

Woodland Pond at Sunset, Albert Gerard Bilders, 1862
Woodland Pond at Sunset, Albert Gerard Bilders, 1862
文字通り印象的な、サンセット。

Woodland Pond at Sunset, Albert Gerard Bilders, 1862
ディティール。

Summer Luxuriance, Jacob van Looy, 1900
Summer Luxuriance, Jacob van Looy, 1900
20世紀に入ったばかり。
花の色がゴージャスで目に焼き付いた絵画。

Summer Luxuriance, Jacob van Looy, 1900
夏の日のたそがれ時。

Summer Luxuriance, Jacob van Looy, 1900
何の花かはわからないけれど(Erysimum?)甘い香りが漂ってくる様。




Rijksmuseum(国立博物館)
Museumstraat 1, 1071 XX Amsterdam

開館:毎日 9:00am- 17:00pm 
(クリスマスも、New Years Dayも、国王誕生記念日もオープン)

入場料:大人17.5ユーロ、特別展とのコンバイン・チケットだと25ユーロ。
チケット売り場がかなり並ぶ、という話なので、E-チケットが推奨されている。
プリントアウトを持っていけば、そのまま直接館内入口に向かい、
係員にプリントアウトをスキャンしてもらうだけ。
チケット、プリントアウトを持っている限り、その日の内の出入りは自由。
毎回、入口でスキャンして入れてもらう。

地図:

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まだ1月のDen Haag(デン・ハーグ)の写真が残っているけれど、
次回はEurantica(ユーランティカ)のPおじさんのブースのイメージを詰め込んでみることに。






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Rijksmuseum(国立博物館)2016, アムステルダム -3-

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今回もRijksmuseum(ライクス・ミュージアム=国立博物館)の絵画のイメージを。

実はこれは前書きしていて、ただいまユーロスターでブラッセルズに向かっているところ。
ブラッセルズとアントワープの間にある町、Mechelen(メシェレン)で、現在開催中のEurantica(ユーランティカ)アートフェアに出展中のPおじさんに合流する。
今回、Pおじさんが、AirBnBでメシェレンの町中に、3ベッドルームのコテージを借りたので、ロンドンから私、パリからティエリー氏も合流。
お手伝いするか・・・というと、そういうわけでもなくて、半日会場と新作を撮影した後は自由行動なので、アントワープやブラッセルズを観光することにしている。
それにしても・・・AirBnBって、Pおじさん、なんでそんなに今時なことができるかというと、私の他にもう一人の(というか、向こうがメインの)Net秘書、Pおじさんのサイトを制作・管理してくれている、Webデザイナー・クリスおばさまの尽力。
私も興味本位で、初めて今回、AirBnBにアカウント作ってみたのだった。
あ、余談はこれぐらいで・・・だから、何が言いたいかというと、一応Mifi + PCは持っているけれど、ホテルじゃないので、どれぐらいのスピードでNetに繋がるか不明、だから・・・今週末まで、またまた標本箱は、基本的に出張モードでお休み中。 うまく繋がれば、フェアの最新近況をアップできる・・・かも、な状況です。

さて、本題の絵画の方は、今回のテーマは「インテリア」、あるいは「生活」とでもいったらいいか、現代だったらモバイルでスナップしてFlickrやInstagramにアップロードするような・・・、「リアリティのある絵画」というくくりで。



The Love Letter, Johannes Vermeer, c.1669-70
The Love Letter, Johannes Vermeer, c.1669-70
まずは有名ドコロ、ヴァミェー(フェルメール)の「ラヴ・レター」。
このドアの間から垣間見ている感が、今時のインテリア雑誌風(笑)。
これはこの後出てくるピーター・デ・フーチの影響をうけた構図と考えられている。

The Love Letter, Johannes Vermeer, c.1669-70
フェルメールって、ことごとく左から光が入る構成になっている。
右から光が入るというのは一枚も(知る限り)ないんじゃないかな。


Woman Reading a Letter, Johannes Vermeer, 1663
Woman Reading a Letter, Johannes Vermeer, 1663
これもフェルメールの名作「手紙を読む女」。
フェルメール特有の深いブルーは、高価なラピスラズリ粉を顔料に使っているのだそう。

Woman Reading a Letter, Johannes Vermeer, 1663
ディティール

Man Handring a Letter to a Woman in the Entrance Hall of a House, Pieter de Hooch, 1670
Man Handring a Letter to a Woman in the Entrance Hall of a House,
Pieter de Hooch, 1670
フェルメールと同時代の画家ピーター・デ・フーチ(・・・というのは英語読みで、
ピーテル・デ・ホーホというオランダ式発音が日本語表記になっているよう。)。
フェルメールとも交流があったとされている。
この画家のパースペクティヴと奥行きが好きで、
じっと見ていたら、後で気がついたらフーチ(ホーホ)だったということがしばしば。

Man Handring a Letter to a Woman in the Entrance Hall of a House, Pieter de Hooch, 1670

Man Handring a Letter to a Woman in the Entrance Hall of a House, Pieter de Hooch, 1670
絵の向こうに、そのまま入っていってしまうような感覚が、
この画家の魅力。


Woman with a Child in a Pantry, Pieter de Hooch, c.1656-60
Woman with a Child in a Pantry, Pieter de Hooch, c.1656-60
同じくフーチ(ホーホ)の作で、
パースペクティヴの達人ぶりを発揮した構図。

Woman with a Child in a Pantry, Pieter de Hooch, c.1656-60
女の子の被り物Coif(コイフ)の刺繍が見事。
なので、これはお母さんじゃなくて、お手伝いさんに「のどかわいたー。」
と、水をもらっているところ。

A Mother Delousing her Chaild's Hair, Known as "A Mother's Duty", Pieter de Hooch, c.1658-60
A Mother Delousing her Chaild's Hair,
Known as "A Mother's Duty", Pieter de Hooch, c.1658-60
これもフーチで、子供の頭のシラミとりををしているお母さん。
その後ろのカーテンがかかった押入れのようなところがベッド。
想像だけれど、この奥の部屋が庭に面したキッチンで、
ちょうどこのべッドの壁の裏にファイヤー・プレイスがあるのじゃないかな。
つまり、キッチンの厨房の熱をベッド空間を温めるのに使っているような・・・気がする。

A Mother Delousing her Chaild's Hair, Known as "A Mother's Duty", Pieter de Hooch, c.1658-60
ここのお宅は、それほど上流階級でなくて、中流階級のお宅。
なので、大理石張りの床ではなくて、レンガタイル。
もしかすると応接室一室だけが、大理石張りかもしれない。
それでも、ちゃんと部屋には何枚かの絵画が飾られている。


Figures in a Courtyard behind a House, Pieter de Hooch, c.1663-65
Figures in a Courtyard behind a House, Pieter de Hooch, c.1663-65
フーチ好きなので、またもう一枚。
夏の日の裏庭風景。


The Milkmaid, Johannes Vermeer, 1660
The Milkmaid, Johannes Vermeer, 1660
有名ドコロ・フェルメールの「ミルクメイド」

The Milkmaid, Johannes Vermeer, 1660
このメイドさんのスカートも、見事なラピスラズリ・ブルー。


The Tailor's Workshop, Quiringh Gerritsz van Brekelenkam, 1661
The Tailor's Workshop, Quiringh Gerritsz van Brekelenkam, 1661
はじめて聞いた名前だけど、やはり同時代の画家。
テイラーの仕事場を描いているのだけれど、その記録性がとても面白い。
話し合ってるのは親方とおかみさん。
窓際で丁稚君たちが篝縫いをしている。
窓に取り付けたテーブルというか、床というかその上に座って作業する。
テイラーなので、裁断の場合は、
この上に布を大きく広げることができるのだろう。
窓からの光も最大限活用できるようになっている。
そして、その下は物置(物入れ)になる。上手な空間利用。
こんな普通の職人さんのアトリエにも、ちゃんと絵が飾られている。
この頃の絵画の普及・需要の高さが、一連の「絵画」から読み取ることができる。


The Lutenist, Hendrick Martensz Sorgh, 1661
The Lutenist, Hendrick Martensz Sorgh, 1661
これも初めて聞いた名前。
カナル沿いのバルコニー風の部屋で、リュートを弾いて歌う人。
夏の午後だったら、爽やかで最高の環境。

The Lutenist, Hendrick Martensz Sorgh, 1661
机の下には猫もいるし^^。


Interior with a Woman Feeding a Parrot, Known as "The Parrot Cage", Jan Havicksz Steen, c.1660-70
Interior with a Woman Feeding a Parrot,
Known as "The Parrot Cage", Jan Havicksz Steen, c.1660-70
とっちらかった室内の騒がしい人々を描いている印象の強いジャン・スティーン
(オランダ語読みだと、ヤン・ステーン)。
ここではキッチンで、オウムに餌をやったり、猫にミルクをやったり、
男衆はバックギャモンで賭けてるのかな。
オイスターをグリルした、ランチを待っているところかもしれない。
このオランダ式の、ラグをテーブル・クロスにするというのが大好きで、
ウチのダイニングも、仕事部屋テーブルにもラグをかけている。


The Shop of the Bookdealer Pieter Meijer Warnars on the Vijgendam in Amsterdam, Johannes Jelgerhuis, 1820
The Shop of the Bookdealer Pieter Meijer Warnars
on the Vijgendam in Amsterdam, Johannes Jelgerhuis, 1820
時代は150年一気に下って、19世紀の出版社、兼、書店。

Detail - The Shop of the Bookdealer Pieter Meijer Warnars on the Vijgendam in Amsterdam, Johannes Jelgerhuis, 1820
本をオーダーに来た紳士と書店員。
本棚に掛かっているのは、さしずめ出版書籍の広告ポスターか。

Detail - The Shop of the Bookdealer Pieter Meijer Warnars on the Vijgendam in Amsterdam, Johannes Jelgerhuis, 1820
外の雑踏が聞こえてくるような感じ。


最後にまた余談: 「ジュエリーデザイナーなのに、建築(インテリア)が好きなんですねぇ?」と、ブログをよく覗いてもらっているお客さんに尋ねられたことがある。「ええ、そうなんです。」
ウチの実父が生前、インテリア/ファニチャー・デザイナーのような生業をしていて、物心ついた時から眺めていたのが「室内」とか、イタリアの「Domus」などなどのインテリア雑誌。そのころ「The World of Interiors」がなかったのが、実に残念だけど(笑)。
小学校に行って絵の授業が始まると、即刻、実父にパースペクティヴ描法を伝授されるはめに(実父も少し奇人かも)。
それが今、スーパーワイドレンズで撮った写真の、ディストーションをフォトショップ修正するのにとても役立っている・・・とも言えるけども。 そんなわけで、デフォルトがパースペクティヴ奥行き好きなんですよね。

ではまた、帰ってきたら引き続き、ライクス・ミュージアムのイメージ続きますよ。




Rijksmuseum(国立博物館)
Museumstraat 1, 1071 XX Amsterdam

開館:毎日 9:00am- 17:00pm 
(クリスマスも、New Years Dayも、国王誕生記念日もオープン)

入場料:大人17.5ユーロ、特別展とのコンバイン・チケットだと25ユーロ。
チケット売り場がかなり並ぶ、という話なので、E-チケットが推奨されている。
プリントアウトを持っていけば、そのまま直接館内入口に向かい、
係員にプリントアウトをスキャンしてもらうだけ。
チケット、プリントアウトを持っている限り、その日の内の出入りは自由。
毎回、入口でスキャンして入れてもらう。

地図:

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Rijksmuseum(国立博物館)2016, アムステルダム -2-

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やっとRijksmuseum(ライクス・ミュージアム=国立博物館)の絵画のイメージまでたどり着いた。

ここは、ヴァーミエ(フェルメール)やらレンブラントやら、有名ドコロの絵画満載。しかし、そんなものはどこにでも載っているわけだし、切り口を変えて、自分内アンテナに引っかかってくる、絵画のテーマごとの括りにしてみようかと思う。有名ドコロがテーマに入っていれば出てくる・・・的な曖昧な扱いで行ってみる。
まず今回は、Still Life(静物画)をテーマに。


Feston of Fruits and Flowers, Jan Davidsz de Heem, 1660-70
Festoon of Fruits and Flowers, Jan Davidsz de Heem, 1660-70
花とフルーツの花束。
17世紀以降のオランダ絵画の中心の一つ静物画。
アレゴリー云々が秘められていたりするのだけれど、
純粋に装飾的で華麗なもの。

Feston of Fruits and Flowers, Jan Davidsz de Heem, 1660-70
ディティール。


Still Life with Flowers, Balthasar van der Ast, c.1625-30
Still Life with Flowers, Balthasar van der Ast, c.1625-30
17世紀当時の「博物誌」興味も、こういう静物画に反映されていると思う。
多種多様な花だけではすまされないで、果物、昆虫、貝、などなどが、
画家の力量発揮の小道具に駆り出される。

Still Life with Flowers, Balthasar van der Ast, c.1625-30
ディティール。


Banquet Still Life, Adraen van Utrecht, 1644
Banquet Still Life, Adraen van Utrecht, 1644
食べ物フルコース+宴会用楽器+賑やかしのペットたち。
究極の豊かさの象徴のような・・・。

Banquet Still Life, Adraen van Utrecht, 1644
ディティール。
シェルを使ったスタンド容器は、塩入れと装飾を兼ねたもの。


Still Life with Flowers in a Greek Vase - Allegory of Spring, Georgius Jacobus Johannes van Os, 1817
Still Life with Flowers in a Greek Vase
- Allegory of Spring, Georgius Jacobus Johannes van Os, 1817
時代は200年弱下って、19世紀前半の伝統にのっとった静物画。

Detail - Still Life with Flowers in a Greek Vase - Allegory of Spring, Georgius Jacobus Johannes van Os, 1817
19世紀ごろには、油彩絵の具の質も発展していて、
この花弁の盛り具合は、17世紀にはなかったもの。


A Bowl of Strawberries on a Stone Plinth, Adriaen Coorte, c.1696
A Bowl of Strawberries on a Stone Plinth, Adriaen Coorte, c.1696
時代は17世紀に戻って、文字通り「静かな」静物画、
アドリアーン・コールテの作品は、ミニマリスティックで、その分、現代的でもある。

Still Life with Asparagus, Adriaen Coorte, 1697
Still Life with Asparagus, Adriaen Coorte, 1697
これもアドリアーン・コールテ。
ほとんどが小作品で、活動していたジーランドの、
ミドルバーグ(Middelburg)以外ではまったく無名だった。
20世紀の中頃から、そのミニマリスティックなテイストが再評価されはじめ、
2008年のUSAに渡った巡回展の大成功から、
一躍ダッチ・バロック絵画のセレブ入りを果たしている。

A Spring of Gooseberries on a Stone Plinth, Adriaen Coorte, 1699
A Spring of Gooseberries on a Stone Plinth, Adriaen Coorte, 1699
「ミニマルよりデコラティブ」がモットーの私でも、
印象に焼き付いた、心に染み入るような描写。

A Spring of Gooseberries on a Stone Plinth, Adriaen Coorte, 1699
ディティール

Shells on a Stone Plinth, Adriaen Coorte, 1698
Shells on a Stone Plinth, Adriaen Coorte, 1698

Shells on a Stone Plinth, Adriaen Coorte, 1698
ディティール


Emblematic Still Life with Flagon, Glass, Jug and Bridle, Johannes Torrentius, 1614
Emblematic Still Life with Flagon, Glass, Jug and Bridle, Johannes Torrentius, 1614
これは、アドリアーン・コールテじゃないけれど、静謐なオブジェの静物画。
この絵画のように、黒のバックグラウンドに、
静物が浮かび上がるように描く手法は、コールテに相通じるもの。
コールテの手法は、その17世紀末期にまで、
このような17世紀初期のスタイルを研ぎ澄まして伝承してきたものと考えられている。

次回も絵画編、まだまだ続きますよ。




Rijksmuseum(国立博物館)
Museumstraat 1, 1071 XX Amsterdam

開館:毎日 9:00am- 17:00pm 
(クリスマスも、New Years Dayも、国王誕生記念日もオープン)

入場料:大人17.5ユーロ、特別展とのコンバイン・チケットだと25ユーロ。
チケット売り場がかなり並ぶ、という話なので、E-チケットが推奨されている。
プリントアウトを持っていけば、そのまま直接館内入口に向かい、
係員にプリントアウトをスキャンしてもらうだけ。
チケット、プリントアウトを持っている限り、その日の内の出入りは自由。
毎回、入口でスキャンして入れてもらう。

地図:

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Rijksmuseum(国立博物館)2016, アムステルダム -1-

モバイル用、
Bloggerバージョン
Mobile version on Blogger:
http://kotomicreations.blogspot.co.uk



今日はじめて気がついたんだけれど、PCヴューの時のサイドバーから「タグクラウド」が消滅・・・?理由は皆目不明だけれど、タグの量が多くなりすぎたから・・・・という気がする。 新たに貼り直してみても機能しないし、検索しても適切な原因+対処に行き当たらないので、えー、諦めた。カサが増えて、ちょっとうっとおしくなってきていたので、まあいいや。過去記事等データを探すのには「検索フォーム」を使ってもらうのが、手っ取り早いかと。
こういう時に、世界のBloggerとかだと、世界中からHow toのポストが出てきているので、圧倒的に問題が処理しやすいのだけれど。日本サイトはこういう点でも不都合が多い・・・という愚痴。もう本格的に、バックアップサイトのBloggerの方に乗り換えるかも・・・近い将来。

Follow up: って、愚痴っていたら、3日後に突然「タグクラウド」復活。ただのバグだったのね。失礼、FC2バカにしてて・・・(笑)。

アムステルダム続きで、今回から、最終日に訪れたRijksmuseum(ライクス・ミュージアム=国立博物館)の写真を詰め込んでいくことに。
ここは去年も訪れたのだけれど(そのときのエントリーは<このページ>から連続7回)、なにしろオランダ最大の博物館、半日で回りきれるものではなかった。その上、その日は雪で鉄道運休、ホテルのある駅前から運良くヒッチハイク状態で中央駅にたどり着いて、そこからまたミュージアムにやってきたので、1時間以上のロス。結局、ミュージアムの約半分を見て回っただけ。
今回は、その残り半分、昨年見逃しているところ、どちらかと言えば絵画中心に、見て回ってきた。
とはいうものの・・・根っこが、インテリア/工芸系なので、ついつい3Dのものに熱中して見て、撮影してしまうのはヤムナシ・・・。
その、絵画以外のものから、まず今回ははじめてみよう。


Music cabinet and Piano with a relic of St Cecillia, designed by Pierre Cuypers, 1858-59
Music cabinet and Piano with a relic of St Cecillia,
designed by Pierre Cuypers, 1858-59
ゴシック・リヴァイヴァル好きのソフト・スポットを激しくついてくる、
楽譜用キャビネットとピアノのセット。
この博物館の建築を設計した、ゴシック・リヴァイヴァルの建築家、
Pierre Cuypers(ピエール・カイパース)が、
2度目の奥さんとの婚約・結婚プレゼントにデザイン制作させたもの。

Music cabinet and Piano with a relic of St Cecillia, designed by Pierre Cuypers, 1858-59
キャビネットの方を真正面から。
イギリスでいうなら、William Burges(ウィリアム・バージェス)か、
Augustus Pugin(ピュージン)か。
ちょっとロマンティック、お伽話的手法が、バージェスの方に近かったりして・・・。

Details - Music cabinet and Piano with a relic of St Cecillia, designed by Pierre Cuypers, 1858-59
装飾的なロックの付いたパネル部分には、
聖カテリナと聖テレジアが描かれて、

Details - Music cabinet and Piano with a relic of St Cecillia, designed by Pierre Cuypers, 1858-59
その上の対のパネルには、受胎告知と、
聖セシリア
と(彼女の霊性を受け入れて改宗した)ヴァレリアヌスの婚礼が描かれている。
聖セシリアはまた、音楽の守護聖人なので、
音楽関連の装飾にはよく描かれている。

Details - Music cabinet and Piano with a relic of St Cecillia, designed by Pierre Cuypers, 1858-59
ピアノのバックパネルの装飾。

Details - Music cabinet and Piano with a relic of St Cecillia, designed by Pierre Cuypers, 1858-59
中央の玉座に座るマリア母さまを中心に、
左に女子部の聖人さんたちで、聖セシリアがまず筆頭。
聖カテリナ、アグネス、バルバラ、が続く。
右の男子部の聖人さんたちは、
ダヴィデ王、アンブロシウス、グレゴリウスと、音楽関連の聖人さん達。
そのまた左右のパネルには、歴史・伝説上の音楽家が描かれている。

Cabinet, Jan Adolf Hillebrand Leeuwwarden, 1844
Cabinet, Jan Adolf Hillebrand Leeuwwarden, 1844
次もゴシック・リヴァイヴァル様式のキャビネットで、
繊細な透かし彫りの後ろに、ミラーが貼り込まれている。

Details - Cabinet, Jan Adolf Hillebrand Leeuwwarden, 1844
19世紀には万博・見本市が全盛期。
国威を競った「究極の工芸品」の需要がここに生まれる。
産業・技術の興隆には役だったんだろうけれど、
デザイン的には「ハンパなくやり過ぎ」なものも多数産出。
これは万博出品作だったそうだけれど、「美しい」範疇にとどまっていて、
技術的にもかなり凄い。

Wall cabinet, Munich, 1844
Wall cabinet, Munich, 1844
これまたゴシック・リヴァイヴァル様式、ドイツ製壁掛けキャビネット。

Wall cabinet, Munich, 1844
オークのヴェニア貼ローズウッドに、ブラスや、錫でインレイされた華麗なモチーフ。

Part of Three-door cabinet,  c. 1835 - 38
これもインレイのパネルドア。
三枚扉のキャビネットの一部(全体像は<このページ>)。

Inlaid panel, Amsterdam, 1671
その昔、螺鈿に憧れて芸大で漆工芸をやってて、
しかし学生程度の修行期間では、まともな螺鈿など制作できるはずも無く・・・、
いまだにこういうインレイ・螺鈿系のものにはソフト・ポイントあり。
一見漆に見えるけれど、実際はLydian stone(リディア石)とよばれる、
スレート/フリント石にインレイされたものなのだとか。

Inlaid panel, Amsterdam, 1671
白い、カリグラフィー部分はいわゆるMother-of-pearl(白蝶貝)で、
花の部分には、Abalone(アワビ)系の色の濃いものが使われている。

Inlaid panel, Amsterdam, 1671
あまりに華麗すぎて・・・、しばらく見いっておりましたよ。
(だからって、漆を続けていればよかった・・・とはちっとも思わないんだけど・・・笑)。

Cigar chest, France, 1867-75
Cigar chest, France, 1867-75
これも19世紀ちょっとこってり、フランス製の葉巻入れ。
葉巻>火ということで、側面にサラマンダー(火龍)が描かれている。

Cigar chest, France, 1867-75
爬虫類的なモチーフにもソフトポイントあり。

Cigar chest, France, 1867-75
サイドにはこんぐらがった蛇達。

Rijksmuseum Collection
これは何だったか???資料を押さえてなくて不明だけれど、
19世紀ルネッサンス・リヴァイヴァル的なモチーフ。

Model of the memorial of J.F. de Friderici Gerrit Schouten, wood papaer glass, 1812
Model of the memorial of J.F. de Friderici Gerrit Schouten, wood papaer glass, 1812
ミニチュア好き心をくすぐられた・・・これはモニュメントのミニチュア・モデル。
(詳細は英文で<このページ>。)

Model of the memorial of J.F. de Friderici Gerrit Schouten, wood papaer glass, 1812
想像だけれど、これはアーティスト/工房が、
受注の前にプレゼンするものだったのでは・・・?
木と紙で作られていて、大理石風に白くペイントされている。
この紙で出来た髪の毛の表現とか・・・、

Model of the memorial of J.F. de Friderici Gerrit Schouten, wood papaer glass, 1812
薄紙を使った布地の表現に、何かインスピレーションを受ける。
Pおじさんが、「1/24のミニチュアで、布地を一番リアルに表現できるのは薄紙。」
といっていたのを思い出した。Pおじさんも、これを見てたりして・・・。

Diorama of Goverment Square in Paramaribo, Gerrit Schouten, wood paper glass, 1812
Diorama of Goverment Square in Paramaribo, Gerrit Schouten, wood paper glass, 1812
ミニチュア続きで、
ジオラマ。スリナム共和国の首都パラマリボを描いている。
こういうジオラマも、一種のボックスアートなのでかなり好き^^。
元々は英領だっものが、英蘭戦争後、オランダ領ニュー・アムステルダムがニュー・ヨークに、
パラマリボは英領から、オランダ領になったのだそう。
ここではまだユニオン・ジャックで描かれている。

Diorama of the waterfront of Paramaribo, 1820
Diorama of the waterfront of Paramaribo, 1820
最後にもう一つジオラマ。
同じくパラマリボのウォーターフロントを描いたもの。


次回からは絵画編を。



Rijksmuseum(国立博物館)
Museumstraat 1, 1071 XX Amsterdam

開館:毎日 9:00am- 17:00pm 
(クリスマスも、New Years Dayも、国王誕生記念日もオープン)

入場料:大人17.5ユーロ、特別展とのコンバイン・チケットだと25ユーロ。
チケット売り場がかなり並ぶ、という話なので、E-チケットが推奨されている。
プリントアウトを持っていけば、そのまま直接館内入口に向かい、
係員にプリントアウトをスキャンしてもらうだけ。
チケット、プリントアウトを持っている限り、その日の内の出入りは自由。
毎回、入口でスキャンして入れてもらう。

地図:

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Brilmuseum - Glasses museum(メガネ博物館)- Amsterdam

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標本箱、ちょっとまた更新遅れ。インスタグラムの沼にはまってるかもしれん・・・。
標本箱を更新するのに、平均約2時間かかっている(日本語タイピングがトロイ)。インスタに2-3枚写真を(Flickrから、モバイルにダウンロードして)アップして、他のステキ写真を見て回るのに一回約20-30分。一日にそれを2-3回やっているとして、3日で3時間。
つまりインスタやってなかったら、標本箱の時間は充分出てきている・・・というわけ。
モバイルで、ベッドの中からアップロードできる、ランチのお茶が湧く間にアップロードできる・・・という、インスタの簡便さ恐るべし・・・。
いやしかし、FlickrにはFlickrの必要性/必然性があるように、標本箱にも標本箱の必要性/必然性が(自分内で勝手に)あるわけなので、まだまだ続行しますよ。インスタは簡便・広範囲広報活動/情報収集にヨシ、だけど、データベース(←これ、自分内でとても重要)にはなりえないのだった。(時々尋ねられるんだけど、「ブツ」の美ヴィジュアルが興味の対象なので、アンチFacebook。自分内優先順位低すぎてやってないんです・・・。)

今回はまたアムステルダムから、ここはたいがいマイナーな博物館Brilmuseum - Glasses museum(メガネ博物館)のイメージを。
「博物館」と称しているけれど、表向きはただのヴィンテージ眼鏡屋さん。1階がショップで、2階がラボ、その上の3-4階の2フロアが展示スペースに充てられている。前世紀の博物館のような、レトロな展示を写真で見て、面白そうだったので行ってみることにした。
以前の標本箱の「アムスの街-Shop」に詰め込んだ、De Weldaadのお店と同じ通りにあるので、そこから中央駅に戻る途中に立ち寄った、ともいえる。


Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
博物館/お店の正面。
出た後に撮ったので、もうたいがい暗い。
ここに写っているのはショップとラボの1-2階のみ。
博物館はお店で「博物館を見たい」と言って、4.5ユーロを払う。
これを、高い!!と思うか、まあそんなもんか、と思うかは見る人の興味次第(笑)。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
そして、いまだかつて見たこともないような狭い階段。
階段幅(測ってないけど)60センチないかも。
手すりにしがみついて昇り降りする。
一般公開建造物の建築基準規制に合致していないこと、必至。
だから、よそでは見たことがない(笑)。
私は検査官でないので楽しませてもらったけど、
巨漢アメリカ人観光客は怒ると思う・・・ははは。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
ルートの最初、4階のフロア。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
ここは20世紀以降のヴィンテージメガネが中心に展示されている。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
こーいう、70'sのキワモノ・スタイル・マニアにはきっとウケる。
個人的にはこのフロアは、イマイチ興味外。

この、ジーザス先生を除いて・・・。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
主に愛されし弟子、ヨハネよ、それはやり過ぎだろう(笑)。
しかし、宗教家の視野を広げるメガネっていうのは、確実に需要(必要)ありかも。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
もう一度件の階段をゆるゆる下って、3階のフロアへ。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
ここが好奇心全開のキャビネット・オブ・キュリオシティー。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
ディスプレイ・ケース自体がボックス・アート状態の濃いさ加減。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
メカ・器具ものも、アンティークはエレガント。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
そのまま、スチーム・パンクで使える。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
オプティカル(=視覚)関連にコレクションの幅があるので、
Perspective Viewer (パースペクティヴ覗き箱?)とでもいうのか、
箱の穴から覗いて、その中にシーンの書割が何層かになっているもの。
19世紀のもの。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
もう少し時代は遡って、シューベルトなどの、18世紀のメガネ。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
その頃のオペラの流行とともに、オペラグラスが発明される。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
もう100年遡って、17世紀、かな。
このスタイルは中世から引き継いできている。
中世修道院で、詳細なマニュスクリプトを描くために、
発明・開発されたのが、メガネの起源だとか。
(1284年ごろのイタリアで、Salvino D'Armateなる人物が発明したという説あり。)

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
目に関連したEx-Voto(エクス・ヴォト)。
日本で言えば「御札」みたいなものかな。
「御札」は祈願だったと思うけれど、エクス・ヴォトの場合は成就御礼。
「おかげさまで助かりました。」の今でいうところのレヴュー・システム。
ヨーロッパの聖人さんたちの方が、シビアな評価に晒されているともいう(笑)。
これなどは、「目の病気が治りました」のお礼かと。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
同じくエクス・ヴォト。
古そうに見えるけれど、19世紀後半のもの。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
もう一つ19世紀のもの。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
メガネ屋さんの看板。

Brilmuseum - Glasses museum, Amsterdam
最後に窓から覗いた、ここの看板。
この手の、マニア・グッズ好きには楽しめる博物館。


Brilmuseum - Glasses museum(メガネ博物館)
Gasthuismolensteeg 7, 1016 AM Amsterdam, Nederland.

オープン: 水~金 11:30am-17:30pm,  土 11:30am-17:00pm
入場料: 4.5ユーロ

地図:





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Tassenmuseum Hendrikje(バッグとパース博物館), Amsterdam -3-

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予定外で第三部突入のTassenmuseum Hendrikje(バッグとパース博物館)。前回の続きで19世紀のビーズバッグのあたりから、話は引き続き・・・。

Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
ビーズ関連で少し話は遡るけれど、典型的なオランダの18世紀のバッグ、
というセクションのビーズバッグも目を引いた。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
1771年オランダ製の銀口金付き、ビーズバッグ。
(ビーズバッグ自体は19世紀のもの。)
上にリングが付いていて、紐やチェーンでベルトから提げて使うデザインが、
当時のオランダの典型なのだそう。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
装飾的な銀の口金は高価なもので、
母から娘へと受け継がれていった。
バッグのボディはその時々の流行に合わせて、
革製・ヴェルヴェット製・ダマスク織り製などのものに作り変えられたそう。
写真のようなビーズ織りのものは、19世紀初頭に制作されたもの。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
これも18世紀末から19世紀にかけて、
全ヨーロッパで使われていたchatelaine(シャテレーン)。
ペンやらハサミやらメジャーやら、便利グッズをいろいろ、
ジャラジャラチェーンに下げて、これをまたベルトに引っ掛けて持ち歩く。
スイス・アーミー・ナイフの女性版とでもいうか・・・。
ここにもビーズ編みのコイン入れが下がっている。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
上のシャテレーンは、スティールカットビーズ編み・・・のようだけれど、
シャテレーンのコイン入れでよく使われたのが、チェーン編みのもの。
初期中世の頃のチェーンメイル(鎖鎧)と基本的に同じようなもの。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
これは、19世紀末チェコ製・・・だったかな。
ジュエリーでも、スタンピングメタルパーツに、
ガラスカット石を使った、ブローチやバックルが
現在のチェコのエリアでよく生産されていた。
真ん中に使われているスタンピングメタルのパーツは、
ブローチにも使われるモチーフだったんじゃないかな・・・と思う。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
これはダマスク織のもの。
シトリン(?)とアメジスト(?)を留めつけた銀口金と、
生地の色味がよくマッチしていて、とても綺麗。

Bead bag with ornamental clasp, Germany, 1920-1930
これはもう20世紀、1920-30年頃のチェコまたはドイツ製。
デザインもアールデコやモダニズムを反映したもになっている。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
アール・デコといえば、こういったデザインが典型的。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
下にビーズ撚りではなくて、チェーンを下げているのは、
当時の、ちょっと量産品な感じがする。
口金のスタンピングも浅いし・・・。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
アール・デコの神、降臨的な・・・鉄板典型デザイン。
1915年フランス製、レザーにエナメル板貼り付けのイヴニング・バック。
朝の散歩と、昼のお出かけ、夜のお出かけ、
それぞれのオケージョンに合わせたバッグに持ち替えてでかけた。

Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
これも口金はアールデコ鉄板なデザインだけれど、
ボディはトラディショナルなレースワーク。
このコントラストがとても珍しい。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
19世紀の後半から、鉄道や旅客船での旅行が普及し始めると、
新たな旅行用バッグ・スーツケースの需要が増大する。
当時の紳士淑女は自分で荷物を引っ張って行ったりはしない。
すべて、使用人やポーター任せ。
なので、やたら重くて巨大な、化粧台一式箱詰め的ケースが一般的。
ルイ・ヴィトンなどは典型的にこの需要に乗って、出てきたブランド。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
現代の我々は、軽くて便利なMUJIのプラ・ボトル愛用してるんですけどね。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
どこへ行くにもティーセットなしでは出かけられない・・・、これはもしかすると、
イギリス製だったりして・・・。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
その、「ポーターさん荷物を運ぶ」のブリキおもちゃもコレクション入り。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
これもブリキおもちゃで、長靴を履いた・・・ハンドバッグ持参の猫。

Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
おもちゃの次は、子供用(通学用)バッグ。
日本にはランドセルという特有のバッグがあったけれど
(あれはよその国では見たことない?)
あの「ランドセル」の語源はオランダ語の「ransel(ランセル=ナップサック)」だったとは・・・、
はじめてWiki.jpで知った。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
自分的にとても「ツボ」だったのが、この木製通学バッグ(というか「箱」)。
素朴系のペインティングにソフト・ポイントあり。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
展示は続く、まだまだ続く。
この辺りは20世紀のイヴニングバッグ。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
で、やっぱり、ビーズ物を見ている。

Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
50年台の新素材、プラスチック製のバッグ達。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
今時は、こういうスマートフォン・カヴァーがあるような・・・(笑)。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
海物夏物のバッグ。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
なかなか素材感が面白かったりする。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
何でもありのデザインバッグ。
あぁもう勝手にやってください(笑)。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
最後は、21世紀のデザイナー製作の、18-19世紀の印刷物・カードを、
コーティングしたものをつなぎあわせた箱型バッグ。
時代は回帰する、しかし違う次元で・・・ってことかな。

Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
予想以上に濃い見応えのミュージアムでしたよ。


Tassenmuseum Hendrikje
(バッグとパース博物館)

Herengracht 573
1017 CD Amsterdam

毎日10:00 a.m. – 17:00 p.m.
入場料: 大人 12.5ユーロ
(祝日閉館等の情報は英文で<このページ>に)

map:





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Tassenmuseum Hendrikje(バッグとパース博物館), Amsterdam -2-

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春夏コレクションの立ち上げが出来た!!と思ったら、当たり前なんだけど、その納品が連続。 写真のポストプロセスは溜まっているし、そんなこんなで、標本箱の更新も遅れがち。 あー、2週間後のブラッセル(?日本式読み方ではブリュッセルだっけ?)出張までに、先月のアムスの写真が全部仕上がるのかなぁ?実にココロモトナイ。ま、とにかく、できてる写真を標本箱に詰め込んでいくことに。

今回は前回の続きで、Tassenmuseum Hendrikje(バッグとパース博物館)、19世紀以降の展示品を中心に。


Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
展示室の全体像はこんな感じで、布製品の退色を防ぐために、
全体に照明は落とされていて、かなり暗い展示室。

Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
前回の話の最後に出てきたWork Bag(ワーク・バッグ)のディスプレイ・コーナー。
アンドロイド写真にフォトショップでプロセスすると、
オンライン上では、まずまず使える写真になるとわかった。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
19世紀に入ると18世紀の頃のように、もっこもこのスカートではなくなったので、
スカートの下にバッグを提げて・・・ということはなくなって、
まさしく「ハンド」バッグになっていく。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
外に見えるものなので、自ずと装飾性が増していく。
デリケートなレース編みのもの。

Silk reticule with embroidery and Turkish knots along border, France, early 19th c.
19世紀フランス製。
刺繍というか、レース編みというか、Turkish knots(ターキッシュ・ノット)
と、ミュージアムでは表示されていたけれど、
Turkish Oya(ターキッシュ・オヤ=トルコ・レース)と現在でも呼ばれているものに近い。


Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
刺繍のもの。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
19世紀も後半になって、鉄道が普及すると、ご婦人方の活動範囲もずっと広がる。
財布やら、チケットやら、メモノートやら、持ち歩くものも増えて、
より丈夫なバッグが必要になってくる。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
ここでやっと、現代人の「ハンドバッグ」のイメージに近いデザインが現れる。
素材も、革製を始めとして、当時開発された、さまざまな新素材が使われた。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
べっ甲製のバッグ。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
これは確か、べっ甲調のセルロイド製・・・だったと思う。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
象牙を模した様々な、プラスチック系の新素材。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
オリエンタル調のバッグに使われる。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
オペラ用のバッグ。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
これは想像だけど、現代よりずっと長いドレスで出歩いているので、
スカートを引っ掛けたり破れたり・・・なんてことも頻繁だったのだと思う。
裁縫キットの付いているバッグもあった。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
新素材といえば、スティールがジュエリーにも使われ始めた時代。
バッグにも転用されている。
これはベルトとセットになったベルトポーチ。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
スティール・カット・ビーズのバッグ。

Beaded bags
手芸の盛んだった19世紀、ビーズ編みのバッグを作ることが流行した。
販売されているパターンを買って、それに準じてビーズをレース糸に通し、
それを編んでいく。
ビーズを通す順を間違えていたら、パターンが狂ってしまう。
絶対に失敗する自信あるわ・・・自分は(笑)。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
そのビーズ編みのキット。

Beaded bags

Beaded bags
中に裏地を張って、上の部分にリングやループを付けて、
チェーンや紐で絞る形に仕上げる。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
口金付きのバッグは、チェコやドイツでビーズ織り職人さんが製作したもの。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
カーペット状のデザイン。

Collection from Tassenmuseum, The Museum of Bags and Purses, Amsterdam
これも。

余談だけど、私の実の叔母が手芸マニアで、
ビーズ織りバッグにハマっていた、とかいう話を聞いたことがあるけれど、
そのDNAなんだか、ビーズバッグの写真をやたら撮ってしまって、
話がちっとも終わらない。
というわけで、予想外の第3部へ、次回も続きますよ。

Tassenmuseum Hendrikje
(バッグとパース博物館)

Herengracht 573
1017 CD Amsterdam

毎日10:00 a.m. – 17:00 p.m.
入場料: 大人 12.5ユーロ
(祝日閉館等の情報は英文で<このページ>に)

map:



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Tassenmuseum Hendrikje(バッグとパース博物館), Amsterdam -1-

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アムステルダムには毎年来ていて、毎年初日と最終日に博物館・美術館めぐりしているので、正直なところ、もうそろそろネタがない・・・(笑)。 今回訪れたTassenmuseum Hendrikje(バッグとパース博物館)は、あまり天気がよくなさそうだったので、街の撮影にも暗すぎるし、というので、確かこんな博物館もあったよな・・・的に、たいして期待せずに入ってみた。
そうしたら、ランチもできる落ち着いたインテリアのカフェもあって、展示も予想外の充実ぶりで、2時間近くゆっくり興味津々で見て回ることができた。写真もたくさん撮ってしまったので、2回に分けて標本箱に詰め込むことに。


Museum of Bags and Purses
これが入り口。
Herengrachtに面したカナルハウスに設置された博物館。

Museum of Bags and Purses
カフェ・レストランのあるフロアのランディングはこんな感じで、
お茶だけしに来るのも、落ち着いて和めていいかも。

Goat’s leather belt pouch with iron frame and 18 pockets, some behind secret closures, France, 16th c.
モダンなブランド系のバッグのコレクションが中心に展示されている・・・
と思い込んでいたのだけれど、順路の最初は、16-17世紀から始まる。
そこで、古物・歴史ネタ好きの好奇心が全開。
これは、ここで一番古い完全なバッグの一つで、(15世紀の口金、というのが実は一番古い)
男性用ベルトポーチ、16世紀フランス製。
ヤギ皮製で隠しポケットも含めて18のコンパートメントに分かれているそう。
17世紀まで男女ともに服にポケットがなかったので、
コイン・書類・手紙・武器・祈祷書やお守りなどなど、
様々な小物を持ち歩くのに、ポーチが必要だった。
さすがに、スマートフォンはなかったんだけれど・・・。

Women's bag, silk purse embroided with gild thread, drawstring of pleated silk with tassels, France, ca 1600
これは女性用で、シルク製に金糸刺繍。
1600年頃のフランス製。

Women's bag, Velvet bag with silver thread embroidery, Europe, 17th c.
17世紀のヴェルベットのバッグ。
こういうの、アンドロイドのケースにしたい(笑)。

Silk bridal bag with bride (Princess Maria Leszynska, the bride of King Louis XV) in enamel on copper, Limoges, France, 1725
リモージュ製のエナメルプレートを、二枚貝のように2つ組み合わせて、
その間をシルクやレースで繋いだパース。
エナメルにはカップルの肖像画描かれていて、ブライダル・バッグとよばれるもの。
貴族や王族の婚礼の際に、結納金を新婦に贈る際に使われた。
この中に金貨が入れられたわけだけれど、
こ・・・こんなに小さい?・・・これじゃ、ちょっとしか入らないんですけど(笑)。
多分儀式用のものなのじゃないかな。

bridal purses
その、二枚貝を開いたら、こんな風。

A beadwork purse with inscription ‘Remember the Pore 1630’, England, 1630
イギリス、1630年製造のビーズ細工のポーチ。

Drawstring purse made of ‘sablé’ glass beads, France, 18th century
18世紀フランス製のビーズポーチ。
この頃から0.5-0.6mmの極小シードビーズ、
sablé(セーブル=仏語の砂粒の意味から)が作られ始めた。
針が穴に通らないぐらい小さいので、馬の尻尾の毛で編んで作られた。
そういえば、19世紀の極小パール編のジュエリーも、馬の尻尾の毛で編まれていたな。

Sweet bag worked in silks on a ground of silver thread with text woven in drawstring, England, 1620-1630
1620-1630年イギリス製の「スィート・バッグ」。
スィート・バッグというのは、17世紀前半の習慣で、
このような小さなバッグに、花びらや香料を入れて、服の間に着けて、香りを楽しむもの。
英仏の宮廷では、新年にここに金貨を詰めて、王様にプレゼントしたのだそう。
お年玉袋・・・っていうか、年明けてからのお歳暮っていうか・・・。

Shield-shaped coin purse, embroidered, France, 1700-1730
1700-1730年フランス製の盾型コインパース。
羊飼いの男女(裏面は女性)のいる田園風景が刺繍されている。

Letter case
博物館のサイトのコレクションセクションに資料が公開されていないので、
このあたりから、詳細情報は不明なのだけれど、「レターケース」の展示。
手紙も、今どきのようにただの封筒やプラケースに入れて持ち歩いたりせずに、
こんな見事な「書類ケース」に収められていた。
これは枢機卿帽子のついた紋章なので、宗教関連の人も持ち物かと。

Letter case
「あなたのためにハートがを燃やします」的なメッセージの付いた、レターケース。
Sacred Heart(聖心)だったら、宗教関連だけれど、
多分ラヴレターをいれておく、ロマンティック系のものかと考えられている。

Letter case
これも細かいビーズ織りで作られたレターケース。

Letter case
刺繍入りのレターケース。

Purse
紋章入りのパース。

Tie pockets
18世紀ロココスタイルの頃の、Tie pocket(タイ・ポケット)と呼ばれるもの。
まだこの頃のご婦人のドレスにはポケットがなかった。
それでいて、スカート自体はたいそうボリュームのあるものだったので、
スカートの下にこのようなポケットを下げていた。

Tie pockets
一家でコルセットと苦戦中のイラストの女性も、
このようなタイ・ポケットを下げている。
この上からオーヴァー・スカートを被せて着ていた。

Workbag
18世紀から19世紀にかけて、ハンドメイドされたWork Bag(ワーク・バッグ)。
裁縫・手芸用品を入れて、家の中で持ち歩くもの。

Workbag
これもワークバッグ。

Workbag
これも。

sawing accessories
中に入れて持ち歩いていた裁縫用品はこんなようなもの。

Workbag
右手前の女性が膝の上に乗せているのが、そのワークバッグ。

ここからまた、19世紀以降のものを次回に。



Tassenmuseum Hendrikje
(バッグとパース博物館)

Herengracht 573
1017 CD Amsterdam

毎日10:00 a.m. – 17:00 p.m.
入場料: 大人 12.5ユーロ
(祝日閉館等の情報は英文で<このページ>に)

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Museum of Cambridge (ケンブリッジ博物館) -2-

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Museum of Cambridge (ケンブリッジ博物館)の続編を再び。


The Museum of Cambridge
2階へ上がって最初の部屋。
円形の暖炉が珍しい。
この部屋は、会食会場等に使われた部屋かと。

The Museum of Cambridge

The Museum of Cambridge
暖炉の上にかかっているプリントは、
ケンブリッジの街を、西側のフィールドから眺めたところ。
18世紀かな?

The Museum of Cambridge
コーナー・キャビネットには幼児の洗礼式に使われた、
レース等のコスチュームが。
右上にある、黒いメタルのパイプは、昔の雨樋パイプ。

その向かい側のガラスキャビネットに、19世紀のカード類が展示されている。

The Museum of Cambridge
元黒猫グッズ・コレクターとしては、この黒猫3Dカードに目が釘付け。
ウィル君からお母さんへのクリスマスカード。

The Museum of Cambridge
これもよく出来たポップアップ・カード。

The Museum of Cambridge
おぉ、クリスマスがこんなに寒かったことが、あったのだろうか。

The Museum of Cambridge
Happy New Yearが皮肉に聞こえる、この天気。
どちらかといえば、
クリスマス~新年のリアリティー天候はこっちかも。

The Museum of Cambridge
この部屋の先には、旧客室だったと思われる部屋に、
廊下や階段でつながっている。

The Museum of Cambridge

The Museum of Cambridge
右側の部屋には、ケンブリッジ周辺の村で使用されていた、
農耕器具が展示されている。
ケンブリッジシャー(州)は、Fenと呼ばれる湿地帯が多いので、
その地域での伝統的な農耕が解説されている。

The Museum of Cambridge

The Museum of Cambridge
レトロなタグに、ミュージアムの感想が書かれているのか?の、展示ボード。
タグのディスプレイが、なかなかいい味わいだったので、
内容は分からず撮ってしまう。

The Museum of Cambridge
隣の部屋は、街の家庭生活をテーマにしたディスプレイ。

The Museum of Cambridge
裁縫用品。

The Museum of Cambridge
ボビン・レース編み。

The Museum of Cambridge
ビーズとレース編みの、女性用小銭入れ。

The Museum of Cambridge
帽子・洋装店のポスター。
機関車が「トレンディ」だった、19世紀のものかと。

廊下の狭い階段を上がった部屋には、子供関連の展示品が。

The Museum of Cambridge
学校の教材に使われた、色々な素材のサンプル。

The Museum of Cambridge
人形達。

The Museum of Cambridge
ミニチュア、オママゴト・グッズ。

The Museum of Cambridge
ぬいぐるみたち。

The Museum of Cambridge
教育玩具・地理ゲームのカヴァー。


The Museum of Cambridge
最後に、ちょっと不気味な人形のお嬢ちゃん。



Museum of Cambridge (ケンブリッジ博物館)
2/3 Castle Street, Cambridge, Cambridgeshire, CB3 0AQ

開館: 火~土 10:30am - 5:00pm、 日・祝日 12:00 - 4:00pm  閉館:月
入場料: 大人£4、 60歳以上£2、 12歳以下無料。








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Museum of Cambridge (ケンブリッジ博物館) -1-

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ケンブリッジに再び標本箱は戻っていって、今回はケトルズ・ヤードの隣(というか、裏というか)にある、Museum of Cambridge (ケンブリッジ博物館)のイメージを。
以前は、Cambridge & County Folk Museum(ケンブリッジ州民俗博物館)と呼ばれていて、1936年に町と大学の有志によって、「一般大衆に、ケンブリッジ州で急速に失われつつある、地域社会の暮らしへの関心を呼びさます」ことを目的として、開設された。
この博物館が収められている、17世紀建造木造造りの建物は、旧White Horse Inn (ホワイト・ホース・イン)。
Inn(イン)というのは、いわゆる旅籠で、1階に馬や馬車をつなぐコートヤードと、パブのような飲食店、上階に宿泊用の部屋を備えたもの。なので、このミュージアムでも、その当時のキッチンや部屋が保存されていて、そこにうまく展示品が組み込まれて、ディスプレイされている。


The Museum of Cambridge
コートヤードの方、つまり裏口の方から見た建物。

The Museum of Cambridge
コートヤードにカフェ・スペースがあるけれど、
カフェがオープンしているのは、週末のみ。

The Museum of Cambridge
その壁に沿って並ぶ石彫は、
このエリアにあった給水場を飾っていたもの。

The Museum of Cambridge
中の展示室に入って、最初に目につくのが体重計。
その奥のスペースは、もともとはエールなどを保管サーヴする、
ドリンク用のエリアだったよう。

The Museum of Cambridge
体重計には「人間用」の表示。
つまり、芋や豚を量っても正確性は保証しませんよ、ということ?
ちなみに、UKの従来の重さ表記はストーン/ポンド制。
1ストーンは6.35kgで、1ポンド(Lb)は0.45kg。
14ポンドで1ストーンになるという、訳のわからん単位。
幸い21世紀に入って、kg表記の方が主流になっているので助かる。
未だに時々マーケットの野菜などで、
ポンド表記に出くわしたりすることもあるけど。

The Museum of Cambridge
ドリンク用のエリアには、「歴史的」パブ・グッズが展示されている。

The Museum of Cambridge
その一角にあった、クラウンマークの何かの商標?

The Museum of Cambridge
その前の部屋が、元々は飲食用のテーブルが置かれていたところ。
大きな暖炉が保存されている。
暖炉の中にも、その昔の暖炉用調理用品が展示されている。

The Museum of Cambridge
資料を、ちゃんと写してこなかったけれど、
19世紀前半のGaudy Welsh(ゴーディ・ウエルシュ)っぽい???
中国や日本の伊万里等のパターンが、
形だけ模写しようとして、デフォルメされてしまって、
意図不明のパターンになっているのが、面白かったりする。

The Museum of Cambridge
当時のパブ・ゲーム。
コインを滑らせて、板の端のバーにバウンドさせて、
戻ってきたものが、線にかかったらポイントになる・・・みたいなゲーム。
配偶者氏、実演中。

The Museum of Cambridge
その次の部屋は、キッチン。

The Museum of Cambridge
アンティークなキッチン・クリーニング用品が、
箱アート風に詰込まれた展示。

The Museum of Cambridge
テーブルの上には・・・、

The Museum of Cambridge
その昔の駄菓子の展示。
こういうキャンディー類のことを、
boiled sweets(ボイルド・スイーツ=溶かせた砂糖菓子)とも呼ぶ。
ウチの配偶者氏用語なのだけれど、もしかして半死語?
あるいは、レトロに乗じて復活語?

The Museum of Cambridge
窓のそばには、スケール(ハカリ)やら、手前にあるのは、
洗濯物を絞るRoller wringer(ローラー・リンガー)。
幼少の頃のかすかな記憶で、
ウチで昔使っていた洗濯機に、こんなのが付いていたのを覚えている。
若い人は、回転する脱水機しか知らんでしょう・・・ぁん?(笑)

The Museum of Cambridge
リンゴの皮むき器のメカ部分が、
インダストリアルしていて、クール。

The Museum of Cambridge
扉で閉められるようになっている、小さな洗い場。
業務用にしては、すごく小さいと思うのだけれど・・・。

The Museum of Cambridge
部屋の奥の方に展示されている、掃除機達。
右手前のは、19世紀当時、新発明手動式のもので、
確か上のバーをキコキコ動かして、ふいごの風力で吸い込む様な構造だったと思う。
1人では操作出来なくて、キコキコする人、吸い口をを動かす人チームで操作するもの。
ホウキかブラシで掃いた方が、よっぽど速いんじゃないかと?

The Museum of Cambridge
キッチンの奥の階段を2階に上がったところ。

ここから階上部は次回の標本箱で。



Museum of Cambridge (ケンブリッジ博物館)
2/3 Castle Street, Cambridge, Cambridgeshire, CB3 0AQ

開館: 火~土 10:30am - 5:00pm、 日・祝日 12:00 - 4:00pm  閉館:月
入場料: 大人£4、 60歳以上£2、 12歳以下無料。











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Lobmeyr Glass Museum (ロブマイヤー・ガラス博物館)

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ヴィエナ(ウィーン)の話はまだ続いていて(あぁ、夏のノルマンディーまでに終わるかなぁー)、今回はLobmeyr Glass Museum (ロブマイヤー・ガラス博物館)のイメージを。
1827年にJoseph Lobmeyr(ヨーゼフ・ロブマイヤー)が設立したこの会社は、高級クリスタルガラス器の製造販売で有名で、ヴィエナヴォルクシュタット(ウィーン工房)のデザイナー、ヨーゼフ・ホフマン、アドルフ・ロース達のデザインしたガラス器を、製造販売していたことでも知られている。<日本総代理店のページ
ここは、一応博物館・・・ということになっているのだけれど、実際には、店舗の上階に、この会社のガラス器のコレクションや資料が詰込まれていて、そこを見せてもらえる、というもので、ガラス器やヴィエナヴォルクシュタット(ウィーン工房)に興味がある人には(人にだけ)面白い・・・という、場所。
ウチの場合、「ここに行きたいー。」と希望していたのは、もちろんヴィエナヴォルクシュタット好きの配偶者氏。


Lobmeyr - Vienna
これがその、格調高いお店の正面。
ヴィエナでNo1のショッピング・ストリートともいえる、
Kärntner Strasse(ケルントナー通り)に面している。

Lobmeyr - Vienna
ファサードが美しい。

お店の中に入ると、現行のガラス器が販売されているのだけれど、
その一番奥に博物館のフロアに上がる階段がある。
その前に受付があって(無料だけれど)入館申し込むシステム・・・だったような。
私が車椅子使用だったので、手前のリフトで上らせてもらった。
なので、この辺の事情が、ちょっと不明。

Lobmeyr Glass Museum
最上階がギャラリーになっていて、
その壁面に展示キャビネット。
その中に、ぎっしり収められたガラス器資料達。
キャビネットのライトは、来場者のあるときだけ点けられる。
私達は写真を撮ったりしながら、ノロノロ見ていたら、
途中で消えてしまった・・・けど、スイッチを見つけて、また点けた。

Lobmeyr Glass Museum
ぎっちり・・・、

Lobmeyr Glass Museum
すぎて、写真もとても撮りにくい。
それでなくても、ガラス器はフォーカスあいにくいのに・・・。

Lobmeyr Glass Museum
ヴィエナヴォルクシュタットの作品は、
吹き抜けに面した側のキャビネットに展示されている。

Lobmeyr Glass Museum

Lobmeyr Glass Museum
この天女のような、デザインドローイングは、
もしかして、MAKにいくつか入っていた、
Ena Rottenberg(エナ・ロッテンバーグ)という、
女性デザイナーのものではないかな・・・と思うけれど、
サインとタッチからの想像。

Lobmeyr Glass Museum
これはヴィエナヴォルクシュタット以前の、
19世紀のエングレービングのガラス皿、かな。

Lobmeyr Glass Museum
ギャラリーの反対側。

Lobmeyr Glass Museum
これが、Lobmeyr(ロブマイヤー)のマーク。
どことなく、アールデコやバウハウス(あ、デザインの方の・・・笑)を
連想させる、モダーンなデザインなので、
ヴィエナヴォルクシュタットの頃に作られたのかと思ったら、
19世紀前半の、設立の頃からのマークなんだそう。

Hubby's purchase
最後は、配偶者氏の一念発起のお買い物。
ヨーゼフ・ホフマンのデザインで、現在でも同様の製法で製造されているグラス。
beechwood(ブナ材)の型に、ガラスを吹き込んで製造される。
繊細でまるで布地のようなタッチから、
この技法は“muslin” (モスリン)とも呼ばれているのだとか。
「洗うの怖い・・・。」と言ってたら、このタイプのクリスタルは、
現代のクリスタル・ガラスとは、鉛配分のレシピが違うので、
見た目薄くても、脆くはないのだそう。
触ってみたら、たしかに少しもっちゃりした感じがして、
いわゆるスワロフスキー等のコンテンポラリー・クリスタルとは触感が違う。


Hubby's purchase
Series B (シリーズB)と呼ばれるこのシリーズは、
1914年のケルンの展覧会でデヴューしたもの。
この中の、シャンパングラスなのだった。





Lobmeyr Glass Museum
(ロブマイヤー・ガラス博物館)


Kärntner Strasse 26, 1010 Wien, Austria

開館時間が,資料によって諸説あって・・・正確には不明。
店舗の営業時間中は、頼めば見せてもらえる、様な感じだった。

地図:







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MAK (Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館)、ウィーン -4-

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ヴィエナ(ウィーン)のMAK (Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館)からの最終回は、標本箱のジャンル分けから、はみ出しているものいろいろと。


From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
上階のヴィエナヴォルクシュタットの展示室から階段を降りてくる。
建物自体は19世紀ルネッサンス・リヴァイヴァル様式。
文化・産業の亢進をはかる目的で、
いろいろな都市に博物館が建てられたのは、大体がこの19世紀。
万国博覧会ブームとも関連している。
なので、ヨーロッパの首都にある博物館は、たいていどこでも
こんな感じで19世紀のデコラティヴな様式なことが多い。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
回廊の天井。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
PORCELAIN ROOM FROM DUBSKY PALACE IN BRNO
バロック・ロココ・クラシカル様式にあてられた展示室の中に、
18世紀バロック-ロココスタイルの部屋が導入されている。
ダブスキー(ダスキー?)パレスから、
ポーセリン・ルームを再構築したものだそう。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
18世紀初頭の、当時トレンディとみなされていたポーセリンで、
部屋中ぎっちり飾り立てる・・・タイプのインテリア。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
窓枠のパネリングの中にも、ポーセリン飾りが嵌めこまれているし、
コンソール・テーブルの天板も多分、そう。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
で、まさかと思ったけど、どうやら暖炉もポーセリン・・・。
どうせだったら、部屋の壁も、床も全部タイルにすればいいのに(笑)。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
この展示室には、もうひとつ目を引くポーセリンのディスプレイがある。
これらも18世紀のもの。
この博物館、どうやら、インスタレーションアーティストとのコラボレーションで、
常設展示室を企画しているよう。
見せ方が一癖あるというか、クリエイティブというか・・・。
この展示室の解説ページ

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
同展示室の、バロック・ロココな超デコラティヴ・ミラー、に、
映り込むルネッサンス・リヴァイヴァルな、天井画。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
Permanent Collection Empire Style Biedermeier
18世紀後半~19世紀前半にかけてのインペリアル様式、
その後のビーダーマイヤー様式
(こんなドイツ的なる様式名、初めて知った。詳細は<このページ>)
の、展示室。これは上階だったかな・・・。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
同室に展示されていた、天然石を模したガラス(?)のボトル。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
Permanent Collection Historicism Art Nouveau
この展示室はアール・ヌーヴォー期の曲木の椅子、
この展示室の解説ページ
Michael Thonet (ミヒャエル・トーネット)の椅子を展示。
トーネーとフランス語風に発音する名前で、覚えていて、
UKでも有名、V&Aの家具セクションでもフィーチャーされているのに・・・、
ずーっと、ずーっと、フランスはパリ製だと思い込んでいた・・・私。
ご当地ドイツ・オーストリーのものでした・・・失礼。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
パネルの反対側から見ると、影絵のようになって、
曲木のフォルムが強調されている。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
Permanent Collection ASIA
アジア・オリエンタルの展示室も、インパクトありのディスプレイ。
この展示室の解説ページ
日本人インスタレーション・アーティストの、
Tadashi Kawamata(川俣正)氏が、ディスプレイ企画を担当。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
展示物の詳細は、ガラス上に手書きされている。
プラクティカルかどうかは別にして・・・、ヴィジュアル的には面白い。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
同展示室の仏像の展示に、
壁の漆喰とレンガを掘り出して壁龕が作られている。
ここの博物館の勇気に驚くわ・・・(笑)。

まだ、いくつか他にも常設展示室はあったのだけれど、
私の痛めていた足がタイム・アウト、「もう歩けません。」というので、
カフェで休憩。

Cafe @ MAK
博物館でもやっぱり、この辺りで「カフェ」といえば、
すなわち「バー/パブ」でもあるらしい構造。

Cafe @ MAK
このボトル・シャンデリアが圧巻。

で、私はチョコレート・ケーキを頼んだら・・・、

Cafe @ MAK
出てきたものはこれ。
この2本の赤い角は、なにかと思ってかじってみたら、
激辛チリの砂糖漬け・・・ったって、辛いに決まってるだろーが。
食べられるわけがない。
ヴィエネーゼの信じられん食感覚・本領発揮のシロモノでした。

この後ずーーーっと、ウィーンでは食難。
とにかく関西人の舌には塩辛すぎる。
アパートで自分で作った料理が一番美味しかったのだった。




MAK (Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館)

Stubenring 5, 1010 Vienna, Austria

ヴィジター情報は<このページ

地図:





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MAK (Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館)、ウィーン -3-

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ヴィエナ(ウィーン)のMAK (Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館)より、引き続き今回は、階下のグランド・フロアの展示の中から、ルネッサンス以降の(と、思ってるんだけれど、詳細が不明)ガラス器のイメージを。
ガラス器が好きなもので、いろいろ写真を撮ったものの、ヴィエナ・ヴォルクシュタット展示ほど、ちゃんと詳細を控えてこなかったので、そしてここのサイトは、白黒写真しか出てこなくて、その上とてもサーチしにくい構造・・・不満、なので、主にイメージだけでサクサクいくことに。


From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
展示室の真ん中におっ立つ、ガラスのキャビネット。
の、中から目に留まったものを撮っている。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
ガラスにエナメル彩(ペイント)にソフト・スポットあり。
古ければ一段と好きかも。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
これはカーディナル(枢機卿)帽子付紋章が付いている。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
ガラスにペイント、のみならず・・・、
3Dレリーフ状に盛り上がっている、

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
っていうのが、珍しくって、クローズアップ。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
これは、ジューイッシュのラビ。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
何語かわからないけれど、50歳にしてなんとか・・・、
100歳にしてなんとか・・・みたいな寓話なのだろうか?

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
神聖ローマ皇帝。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
17世紀のガラス器のジーザス先生。かなり上から目線(笑)。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
これも17世紀なのかな、全く意味不明の、紋章。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
これはエングレーヴィングで、これもカーディナルに関連したもの。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
同じくエングレーヴィング。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
金彩で、預言者ダニエルが描かれている。
これも17世紀っぽい。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
この金彩も華麗・・・こういうのを家で使いたい・・・。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
黒エナメルで描かれた風景。
器の反対側がちょうど遠景のように見える。
この辺りから18世紀っぽい。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
上と多分同時代のものかと思うけれど、
ドイツ的なるおっさん顔の・・・バッカスの従者かな(?)。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
女帝マリア・テレジア。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
これも18世紀だと思うけれど、描写がとても上手い。

次回はMAKから最終回で、ジャンル分けに収まっていないものをいろいろと。



MAK (Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館)

Stubenring 5, 1010 Vienna, Austria

ヴィジター情報は<このページ

地図:





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MAK (Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館)、ウィーン -2-

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ヴィエナ(ウィーン)のMAK (Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館)より、2回目のエントリーは、実はここの博物館、この作品で一番有名・・・という、Gustav Klimtギュスターヴ・クリムト)のモザイク壁画の制作用デザイン画を中心に。


Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stociet House in Brussels, 1910-11
前回の標本箱に詰め込んだ、MAKの中で、
ヴィエナ・ヴォルクシュタットに充てられた、2階の3室の真ん中の部屋にこの作品が鎮座している。
水彩(グワッシュ?)で描かれた制作用デザイン画(指示書)の、退色を防ぐために、
極端に暗く保たれている。


このモザイク壁画は、セセッションの同僚の建築家Josef Hoffmann(ヨーゼフ・ホフマン)が1905-1911年に設計した、ブルッセルのStociet Houseストックレー邸)のダイニング・ルームの壁面を飾るためにデザインされた。
ちなみに、このストックレー邸は2009年にユネスコ世界遺産に指定されているが、個人邸のため、現在も公開はされていないとのこと。 外観は<このページ>に。

Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stoclet House in Brussels, 1910-11
左右の小さいパネルも含めて、全体で9枚パネルの構成になっている。
その真中のかろうじて5枚分+少し、が、ここに写っている。
メインのテーマとして描かれているのは、生命の木。

Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stoclet House in Brussels, 1910-11
左側の女性像。
ジャワの影絵のようなエキゾティシズムを漂わせている。
このパネルはDie Erwartung (期待)と呼ばれている。

Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stociet House in Brussels, 1910-11
ゴールドとブルー/グリーンのコントラストが、美しく際立つ。

Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stoclet House in Brussels, 1910-11
右側の象徴化されたバラの生垣(かな?)

Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stoclet House in Brussels, 1910-11
制作指示書を兼ねたデザイン画なので、素材に関する指示出しがされているのだと思う。
この>サイトによると、大理石、陶器、金彩タイル、貴石、パールなど、
高価な材料が使われていたそう。

Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stoclet House in Brussels, 1910-11
ドイツ語が読めないのが残念。

Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stoclet House in Brussels, 1910-11
「モザイク」の指定はわかる^^。

Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stoclet House in Brussels, 1910-11
こんな風に丸く立体的になってるパーツをこう貼り付けて・・・、
みたいなことが書いてあるんじゃないかな?
基本がデザイナー+職人の自分的には、
こういうアーティストの指示書を見ていると、
本人と対話しているような感覚になってとても興味深い。

Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stoclet House in Brussels, 1910-11
とか、「あ、やっぱりここの蔓はやめて、花をいれるから・・・」
のような、デザイン変更とか、
「あ、確かにその方がバランスいいですよね、了解です。」
なんて、受け答えしてしまいそうになる(笑)。

Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stoclet House in Brussels, 1910-11
これは、左側に一枚独立したパネルで、Die Erfüllung(成就)と呼ばれている。

Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stoclet House in Brussels, 1910-11
これは右側の方で独立したパネルで、Ritter(騎士)と呼ばれている。
もうほとんど幾何学模様のタペストリーのような・・・。

Gustav Klimt, Nine Drawings for the Execution of a Frieze for the Dining Room pf Stoclet House in Brussels, 1910-11
そのディティール。

Stoclet House
Image source:www.architectmagazine.com
ネットで探し当てた実際のインテリアはこんな風。
大型の7枚パネルは実際には 向かい合わせて2枚作られて、
小さいパネル2枚は、ダイニング・ルームの短い方の壁に
向かい合わせて、インストールされたもののよう。
それにしても・・・、私が生きてる間に一般公開してくれないかな・・・、ここ。
それも、写真許可で(笑)。

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Margaret Macdonald Mackintosh, The Seven Princesses, Glasgow 1906
Margaret Macdonald Mackintosh, The Seven Princesses, Glasgow 1906
そのまた隣の壁面で、大きく展示されているのが、この、
Margaret Macdonald Mackintosh(マーガレット・マグドナルド・マッキントッシュ)の、
「7人のプリンセス」。
標本箱に収まるサイズにしたら小さくてなんだかわからない・・・。
せっかく3枚の画像合成して、全体を大きく作ったから<このページ>で大判をどうぞ。
スコットランド、グラスゴーを代表する建築家、
Charles Rennie Mackintoshチャールズ・レニー・マッキントッシュ)の奥さんだけれど、
彼女自身もアーティストで、彼の作風に多大な影響を与えたという話。

Margaret Macdonald Mackintosh, The Seven Princesses, Glasgow 1906
そのディティール。
ジェッソで、レリーフ状に盛り上げられている。
実に繊細でフェミニンな作品。

Margaret Macdonald Mackintosh, The Seven Princesses, Glasgow 1906
マッキントシュのバラは・・・元は彼女の「持ちネタ」だったりして・・・。

Margaret Macdonald Mackintosh, The Seven Princesses, Glasgow 1906
彼女のサイン。

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勢いで、その他の平面作品も一気に載せてしまう。

Gustav Klimt, 1st Art Exhibition of the Association of Visual Artists of Austria, Secession, Vienna, 1898
Gustav Klimt, 1st Art Exhibition of the Association of Visual Artists of Austria,
Secession, Vienna, 1898
クリムトのデザインした、第一回セセッション展のポスター。

Kolman Moser, Secession, 5th Art Exhibition of the Association of Visual Artists of Austria, Vienna 1899
Kolman Moser, Secession, 5th Art Exhibition of the Association of Visual Artists of Austria,
Vienna 1899
これは、Koloman Moser(コロマン・モーザー)のデザインした、5回展のポスター。

Carl Otto Czenschka, Panneau Diana, Vienna, 1911
Carl Otto Czenschka, Panneau Diana, Vienna, 1911
Carl Otto Czenschkaデザインのレリーフ状のパネル。

次回もMAKの一階部より、時代のさかのぼったガラス器のイメージを。


MAK (Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館)

Stubenring 5, 1010 Vienna, Austria

ヴィジター情報は<このページ

地図:







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MAK (Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館)、ウィーン -1-

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今回からはMAK (Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館)のイメージを。
Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館、ドイツ語でMuseum für angewandte Kunst、で、それを略してMAK(マック)と呼ばれている。
Secession(セセッション=ウィーン分離派)のムーブメントに平行して、建築家の Josef Hoffmannヨーゼフ・ホフマン)とデザイナー Koloman Moserコロマン・モーザー)が、Wiener Werkstätte(ヴィエナ・ヴォルクシュタット=ウィーン工房)を設立する。 そもそも、ウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ・ムーブメントを、ヴィエナに持ち込んだようなもので、アール・ヌーヴォー、アール・デコとも繋がっている、20世紀初頭の一連の新・装飾様式の一つ。
ここ、MAKは数々このムーブメントの工芸品が収蔵されているので、ヴィエナ・ヴォルクシュタット好きの配偶者氏が、「ヴィエナといえば・・・」真っ先に行きたがっていたところ。


MAK (Museum of Applied Arts), Vienna
まずは建物の外観と、

MAK (Museum of Applied Arts), Vienna
入口のファサード。
19世紀ルネッサンス・リヴァイヴァル様式の外観からもわかるように、
ヴィエナ・ヴォルクシュタットのために建てられた博物館というわけではないので、
1階部分にはロココ・バロックやオリエンタル工芸の展示室もある。
ロンドン的にいうと、ちょうど小型のV&A。
ヴィエナ・ヴォルクシュタットには2階の3室が充てられている。
今回はまず、その部屋から。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
最初の部屋は、こんな感じで、
アーツ・アンド・クラフツや、アール・ヌーヴォーなど、
ヴィエナ・ヴォルクシュタットに影響を与えたムーヴメントの作品の展示から始まる。
あ、右の配偶者氏、また、じゃまですね(笑)。

Untitled
右はマッキントッシュのキャビネット。

Rene Lalique, Ornamental Comb with Wisteria Blossoms
ガラスの展示ケースには、Rene Lalique(ルネ・ラリーク)の髪飾り。

Gustav Gurschner, Lamo,,Vienna, ca.1905
Gustav Gurschner(グスタフ・ガーシュナー)のランプ。

Koloman Moser, Liqueur Glasses, Vienna, ca.1900
ムーヴメントの創設者の1人、コロマン・モーザー、デザインのグラス。
ガラスの有機的なうねり感が独特。

Adolf Loos, Corner Seating Ensamble from the Study of Mary and Gustav Turnowsky, Vienna, 1900
Adolf Loosアドルフ・ロース)のインテリア。
とてもアーツ・アンド・クラフツしている。
アドルフ・ロースってもっとモダニズムだと思っていたけれど、初期なのかな?

Josef Hoffmann, Lady's Writting Desk from the Furnishings for the Home of Hermann Wittgenstein, Vienna, 1905
隣の部屋のホフマンの女性用机など。

Josef Hoffmann, Lady's Writting Desk from the Furnishings for the Home of Hermann Wittgenstein, Vienna, 1905
ディティール。
これを見て、80年台に黒染色材に白(グレイ)目地を入れた、
家具の仕上げがちょっと流行ってたのを思い出した。

Chandelier from the Dining Room of the Josef Engelhardt House
見事なシャンデリア、

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
が、2種。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
椅子の展示。
この辺りもとてもアーツ・アンド・クラフツ。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna
目を引いたガラスのボトルたち。

From MAK (Museum of Applied Arts) collection, Vienna

Carl Otto Czeschka, Necklace, Vienna 1910
ジュエリーは、画家のCarl Otto Czeschkaのデザイン。

Carl Otto Czeschka, Brooch, Vienna, 1913
同じシリーズのブローチ。

Necklace for Mada Primavesi, Vienna, 1916
Mada Primavesiのための、ネックレス。
彼女はヴィエナ・ヴォルクシュタットの後援者オットー・プリマヴェージの娘で、
クリムトが肖像画を描いている。<このページ

Necklace for Mada Primavesi, Vienna, 1916
ディティール。

Untitled
詳細は不明、の、ペンダント。
半貴石の組み合わせがアーツ・アンド・クラフツ的。

Davobert Peche, Brooch, Zurich, 1917-1919
これも詳細は不明のブローチ。

Ena Rottenberg, Bowl, Bohemia, ca.1922
Ena Rottenberg(エナ・ロッテンバーグ)というデザイナーのガラス器。
1922年のもので、ヴィエナ・ヴォルクシュタットの後期のもの。

Ena Rottenberg, Vase, Bohemia and Vienna ca. 1929
このガラス器も、同デザイナー。

Ena Rottenberg, Vase, Vienna 1931
陶器も同デザイナー。


次回はこの展示室の中の、実は見どころNo1、
クリムトのモザイク原画を中心に。



MAK (Museum of Applied Arts = 装飾美術博物館)


Stubenring 5, 1010 Vienna, Austria

ヴィジター情報は<このページ

地図:










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Volkskundemuseum (オーストリー民俗博物館)、ウィーン -2-

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Volkskundemuseum (オーストリー民俗博物館)から2回目は、その他いろいろな展示物の中から目にとまったものをランダムに。


Volkskundemuseum
左ウィング、入り口を入って最初の部屋にあった、
「山の暮らし」の紙製ポップアップ。
こうやって見ると、私的にはスイス・チロリアンとの区別がまったくついてない。

Volkskundemuseum
山の暮らし、の、奉納画、のようなもの。

Volkskundemuseum
セラミック、いろいろ。

Volkskundemuseum

Volkskundemuseum

Volkskundemuseum
柱時計の文字盤。

Volkskundemuseum
聖人さん(12使徒?)を描いた文字盤。

Volkskundemuseum
右側ウイングの展示室。
腰回りの立派なお姉さんは、何かのお店の看板娘?

Volkskundemuseum
こちらのウィングに展示されているセラミックは、
モチーフが街っぽい。

Volkskundemuseum

Volkskundemuseum
王様とか、司教とか。

Volkskundemuseum
インペリアルな図柄。

Volkskundemuseum
これはなにやら薬壺っぽい。

Volkskundemuseum
産業革命後の近代化した地方都市の様子を、
モチーフにしたジオラマは、実際に19世紀の趣味人の手になるもの。

Volkskundemuseum
趣味人といえば、天然石サンプルを組み合わせて、
こんなものを創りあげてしまう、ミニ・シュヴァルな人もいたようで・・・。

Volkskundemuseum
あんまり人のこと言えん・・・と思った。

Volkskundemuseum
これは誰?Franz Joseph I (フランツ・ヨーゼフ1世)皇帝っぽいので、
即位記念コラージュなのかな。

Volkskundemuseum
キッチュだけど、箱アートしてるんですけど・・・。
しかしクローズアップで、よく見ると1913と記されているので、
即位記念ではなくて・・・なんだろうか?

Volkskundemuseum
これも、テイストはともかく・・・ほとんど執念入っている。

Volkskundemuseum
上のフランツ・ヨーゼフ1世皇帝が亡くなって、
その甥に当たるCharles I (カール1世)が即位したのを記念したもののよう。

Volkskundemuseum
18世紀的な肖像画は誰を描いたものか、調べきれなかった。

Volkskundemuseum
19世紀の家族のポートレート写真が、
素朴なガラスペイントのフレームで飾られている。

Volkskundemuseum
19世紀の量産された宗教画プリントだと思われるけれど、
「呼んだ?遅くなってごめんねー。」的に何気な、
ジーザス先生降臨に、ここは立川かと錯覚。

Volkskundemuseum
最後に大掛かりな橇の・・・、

Volkskundemuseum
装飾彫刻のお姉さん。




Volkskundemuseum
(オーストリー民俗博物館)


Laudongasse 15-19, 1080 Wien
ヴィジター情報は<このページ

地図:






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