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St Fagans National History Museum (セント・フェイガンズ国立歴史博物館)-6-

St Fagans National History Museum (セント・フェイガンズ国立歴史博物館)の6回目。

今日はRhyd-Y-Car鉄鋼労働者のコテージ。この、Cottage(コテージ)というのは小型住宅という意味なのだが、頻繁に棟続きの長屋形式(Terraced、テラス式と呼ぶ)を取っていることが多い。片側の壁材を使わなくていいので安上がりで、狭い敷地に最大限建てることができるため。特に都市部でコテージと呼ばれるのは、ほぼ間違いなくこのタイプ。ただし、田舎だと小さな一軒家でもコテージと呼ばれる。要は「労働者のための住宅」であって「お屋敷ではない」ということ。

イギリス人はこのコテージという言葉に、ノスタルジックなほのぼのとした響きを感じている。おばあちゃんが編んでくれたセーター的な・・・。なので、今でもこのような「元・安長屋」は、大人気。90年代後半以降の、イギリス全域の地価高騰もあって、1階2部屋、2階2部屋(これをtwo-up-two-downと呼ぶ)の典型的なコテージでも、日本の都市部の4LDK高級マンション並みの価格で取引される(あ、これはLondon郊外の例。この辺のウェールズの、そのまた田舎ならその半分ぐらいの価値、かな。)
ここの野外博物館には19世紀初頭に建造された、南ウェールズの6件の棟続きのコテージが移築されて、それぞれ1805、1855、1895、1925、1955、1985年の内装で保存されている。昨日の「村のよろずやさん」のほぼ隣がこのコテージで、ここも人気の展示物。私の目に付いたものをかいつまんで撮っているので、あまり系統だっていないけれど、まずは雰囲気・・・雰囲気。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
まさしく「長屋」。

下に居間兼キッチン兼ダイニングの部屋と寝室の2部屋、2階に2寝室。20世紀に入っても、トイレは屋外で、庭の一番奥に納屋のようにして建てられている場合が多い。お風呂は大きな「たらい」状のものを持ち出してきて、週に一度だけお湯を沸かし、キッチンの暖炉(か、オーヴン)の前で、まるで「行水」。うちの配偶者氏のような年配の人達は、洗面器一杯のお湯で体を洗って(というか、拭いて)生活していける。このような人達は、さすがのイギリスでも絶滅種に近いのだが、それというのも、このような環境で育っているため・・・。
現代ではこの小さな住宅を、庭に張り出して増築。そこに、キッチン・バス・トイレといった水周りの設備を集めたレイアウトが多い。2階建ての増築にして、寝室の隣の2階増築部にバス・トイレを設置したコテージは、便利なので不動産価値が高い。あ、ちょっと余談になってきたな・・・。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
コテージ通りの入り口にある共同ポンプ。建造当初は水道が各戸に通じてはいなかった。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
1805年設定の内装。この前の(シリーズ4回目)の18世紀の住宅とほぼ同じ。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
ウェールズ人ご自慢のドレッサー。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
ディティール。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
庭では生活の足しに野菜を作る。奥に見える小屋がトイレ。汲み取り式。
夜中にトイレに行きたくなったらどうするのか!?
各部屋に広口のチェンバー・ポットと呼ばれる陶器製の器あり。そこに「用を足して」朝、捨てに行く。
かなり合理的。しかし、日本人はきれい好きなので、このような習慣はなかった・・・と思う?

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
1855年設定の内装。
けして明るいとは言えない室内を、カーテンで覆って一段と暗くするのが当時の流行。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
ドレッサーも装飾的になってきている。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
ディティール。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
寝室。カーテンのことは言えない・・・。
くらい室内にテクスチャーをかけて、一段と暗くしてしまった(笑)。
水差しと洗面器。現代なら朝シャワーだが、当時は朝この一杯の水で、顔と体を拭う。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
1895年設定の内装。庶民の家にも手動式ミシンが普及。
左の暖炉にはオーヴンが組み込まれている。
つまり、まだここでもこの部屋がキッチンも兼ねているということ。
時代が下がると、キッチンは奥の寝室の部分に移動して、居間とキッチン・ダイニングが分離する。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
コックピットのようなコーナーは、暖炉も近くて暖かく快適だっただろうな。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
1925年設定の内装。第一次世界大戦の後は急速に「現代」に近づいている。こんな内装のうちは、今でもありそう。
これはキッチン・ダイニングが(この地区では)庭に増築した別棟に移動して、この部屋は純粋に「居間」となったためでもある。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
1955年設定の内装。これはその、コテージの庭に建てた別棟のキッチン・ダイニング。
Living-shed(居間小屋、とでも言うか・・・)と呼ばれ、当時この地域で流行っていたとか。
イギリスではあまり聞かない。たいてい奥の寝室がキッチン・ダイニングに改造された。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
ディーティール。

Rhyd-Y-Car Iron Workers' Houses
これは1985年設定のコテージより。
もう80年代になると、私が興味を急速に失っているのがご覧いただけるかと(笑)。
この蛇口のデザインはもともとは1920年代のもののリプロの様。
(実は我が家も80年代改装の家で、同じような20年代リプロの蛇口がついている。)
カップはエドワード7世(当時皇太子)と、アレクサンドラ妃の成婚25周年記念のコメモラ(記念品)なので、1888年のもの。
1980年代はモダンでありながらアンティーク品が流行した時代なので、こういう設定になっているのだろう。


このコテージ群は、鉄鋼労働者のためのものなのだが、19世紀当時はかなり「いい仕事」だったそうで、そのため内装も「豊かな庶民」設定になっているそうだ。

明日は、この野外博物館シリーズ、そしてウェールズ旅行の最終回。この敷地内にそもそも建っていて、いまもここで農場として経営されている、Llwyn-Yr-Eos農場を展覧予定。




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